タイラー・コーエン 「米国内の人口移動のどれくらいがエアコンの登場によって説明できるか?」(2015年3月29日)

気候面で過ごしやすい地域に移住するという米国内のこれまでの人口移動のパターンの大部分は、一人当たりの所得が増加した結果として引き起こされたと言えそうだ。一人当たりの所得の増加に伴って、過ごしやすい気候というのが快適な環境(アメニティ)の一つとして高く評価されるようになったからだと思われるのだ。
画像の出典:https://www.photo-ac.com/main/detail/30218519

この問いをしきりに取り上げているのが、ポール・クルーグマンだ――端緒となった記事はこちら。最新の記事はこちら――。エアコンが重要な役割を果たしたというクルーグマンの言い分は間違っていないが、この件については見過ごされがちな微妙な面が潜んでいる。そのあたりについて最も的を射た研究がジョーダン・ラパポート(Jordan Rappaport)のこちらの論文(pdf)だ。アブストラクト(要旨)を引用しておこう。

米国内のこれまでの人口移動のパターンを振り返ると、気候面で過ごしやすい地域への移住が盛んだった。よく知られているのは、(夏場だけでなく)冬場でも温暖な地域への移住だが、その原動力としてエアコンの登場が挙げられる――エアコンのおかげで夏の暑さがしのぎやすくなったからと語られる――ことが多い。しかしながら、夏場でも涼しくて湿気の少ない地域への移住もやはり盛んだった。エアコンが登場したおかげとはとても言い難い人口移動のパターンである。気候面で過ごしやすい地域に移住するという米国内のこれまでの人口移動のパターンは、産業構造の転換によっても説明できない。定年退職した高齢者に特有の現象というわけでもない。気候面で過ごしやすい地域への移住の大部分は、一人当たりの所得が広い層で増加した結果として引き起こされたと言えそうだ。一人当たりの所得の増加に伴って、過ごしやすい気候というのが快適な環境(アメニティ)の一つとして高く評価されるようになったからだと思われるのだ。

エアコンのおかげで、温暖で過ごしやすい地域の過ごしやすさが増したのはその通りだとしても、(アメリカ南部および南西部の温暖な気候の)サンベルトに大勢の人が引き寄せられたのは、エアコンそれ自体のおかげというよりも、「過ごしやすい(温暖な)気候が正常財 [1] … Continue reading」だから――言い換えると、一人当たりの所得が増加したおかげ――というのがラパポートが導き出している結論だ。(気候面で過ごしやすい地域で暮らせるのならどれくらいの犠牲を払う気があるかを測る指標の一つとなる)補償賃金の大きさについての推計結果に照らすと、「エアコンのおかげで夏がしのぎやすくなった(暑さと湿気の不快感が和らいだ)のが『気候面で過ごしやすい地域』への移住を駆り立てた主因かというと、そうとは言えない」(p. 26)というのだ。

1880年から1910年までの米国内の人口移動のパターンとしては、気候面で過ごしにくい(寒い)地域を目指して移動するというのが大勢だった。1920年代に入ると、気候面で過ごしやすい地域への純転入(純移動)がプラスに転じるようになり、その後もその傾向が続いた。第二次世界大戦後にエアコンがお手頃な値段で手に入るようになると、過ごしやすい地域への移住が加速した。とは言え、過ごしやすい地域への移住というのは、エアコンが登場する前から既に見受けられた傾向なのだ。もう一点指摘しておくと、エアコンが南部で利用できるようになってからだいぶ経つが、南部への移住は今も続いている。クルーグマンの言い分によると、エアコンの登場に対する「緩やかな調整」が継続中とのことだが、「過ごしやすい気候が正常財」だから(所得が増えるのに伴って)南部への移住が続いているという説明のほうがしっくりくるように思える。今後もこの傾向が続くかどうかに要注目だが、続くだろうというのが私なりの予想だ。今後も南部への移住が続くようなら、エアコンの登場に対する「遅れた反応」が継続中なのだと言い募るのもそのうち苦しくなってくるだろう。その一方で、「正常財」説の妥当性は高まるだろう。

注目すべき事実は、他にもある。寒い地域よりも温暖な地域のほうが平均寿命がだいぶ長いのだ。デシーンズ(Olivier Deschenes)&モレッティ(Enrico Moretti)の二人によると(pdf)、「過去30年の間にアメリカで生じた平均寿命の伸びの4%~7%は、北東部から南西部への人口移動によって説明できる」というのだ。

これもまた「正常財」説に有利な証拠だ。エアコンは、せいぜい脇役なのだ。

この件の背後には政治的な論争が潜んでいて、南部への移住が盛んな理由(あるいは、サンベルトが発展した理由)を所得税率の低さに求める説を否定するというのがクルーグマンの狙いの一つだ。その面に限ると、クルーグマンは間違っていない――南部の州の中位投票者は、低い所得税率を支持するだろうけれど――。いずれにせよ、エアコンの登場に原因を求めるよりも明快で優れた説――それも、気候が絡む説――が他にあるのは確かなのだ。

追記:デビッド・ベックワース(David Beckworth)もこの件について(興味深い地図も添えて)コメントを加えている〔拙訳はこちら〕。


〔原文:“How much has the introduction of air conditioning driven interstate mobility?”(Marginal Revolution, March 29, 2015)〕

References

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1 訳注;「正常財」というのは、所得が増えるにつれて消費量が増える財のこと。「過ごしやすい(温暖な)気候が正常財」というのは、所得が増えるにつれて、過ごしやすい気候への評価が高まり、その結果として過ごしやすい地域への移住が決意される、という意味。
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