サイモン・レン=ルイス「各国間の豊かさを比較すると、生産性と不平等がその殆どを説明する」(2023年2月21日)

個人の(課税後の)所得水準の比較は、余暇、投資、公共財を無視しているため、相対的な豊かさの指標としては部分的なものに過ぎません。そのため、相対的な豊かさの指標としては、生産性の水準の比較が相対的な所得水準よりも優れている可能性があります。

かつて経済学者ポール・クルーグマンは、一国の生活水準を長期的に改善していくには「生産性が全てではないが、長い目で見れば、生産性が殆ど全てである」と言いました。私は、レゾリューション財団〔低中所得世帯の生活水準改善を目的とする、英国のシンクタンク〕の最近の研究を用いながら、少しだけ意味の異なる、それぞれの国の豊かさの違いを何が決定するのかという問題を検討していきます。答えは 〔クルーグマンの主張と〕とてもよく似ていますが、重要な修正があります。

クリシャン・シャーとグレゴリー・スウェイツによるレゾリューション財団のレポートでは、イギリスの生産性と家計あたりの(購買力平価調整済みの)所得を、アメリカ、ドイツ、フランスとの間で比較しています。また、フランスとの間では2008年と2019年の両方を調査しており、時系列での比較結果も確認できます。ただし、この分析はより多くの国を含む次の図表に端を発しています。

労働時間当たりGDPの対数値と(購買力平価済み)所得の中央値の対数値の各国比較(2019年)

この図は、横軸に生産性の指標として時間当たりのGDPの対数値を、縦軸に所得の中央値の対数値をとり、多くの国をプロットしています。それぞれの国を示す点を通る線は45度線であり、この線の周りに点が集まっているという事実は、生産性の違いが所得の決定に極めて重要であることを示しています。しかしながら、この45度線から大きく離れた場所に位置する点も存在し、他の要因も重要であることが示唆されています。

レポートの詳細のついて見落とされがちな第一のポイントは、豊かさをより一般的な意味で定義した時、所得は豊かさと等しく同じ意味にはならないということです。所得によって捉えることができない豊かさの側面としては、余暇と公共財、そして投資の3つが挙げられます。それぞれを順番に検討していきましょう。

2つの国を想像してください。片方の国では、人々が長時間働き、休暇が少なく、リタイアまでの年数が長いため、その結果として所得が高くなります。もう片方の国では、人々は労働時間が短く、休暇が長く、リタイアするタイミングも早いため、その結果として所得が少なくなります。この時、労働時間の長い国を豊かな国と呼ぶのは、明らかな間違いでしょう。税金の金額が異なるために所得が異なる場合、つまりより多くの公共財への支出に税金が充てられている場合にも、同じことが言えます。所得は高いものの国からの財の提供が少ない国は、特にこうした財を民間部門が提供する場合の生産性が低い場合には、必ずしもより豊かであるとは言えません(アメリカの医療を考えてみてください)。これらは、たとえばアメリカとフランスを比較する際には、重要な問題となります。

最後のポイントは、将来への投資をしないことによって現在の所得を上げることができるということです。将来への投資を減らすことは今日の人々の所得を増やすかもしれませんが、将来の生産性は今日の投資に依存するため、明日の所得が犠牲になります。資本財、建物などの生産だけでなく、教育への投資、または単に海外にある資産から得られる所得の点からも、投資の違いが生じる可能性があります。

これらは、生産性の比較と家計あたりの所得の比較との関係を考える際に考慮すべき重要な要素です。ここで、2019年の英国とフランスを比較したレポートを紹介します。

フランスとイギリスの労働時間当たりGDPと平均家計収入の差の分解図(2019年)

左端には、生産性の尺度である労働時間あたりのGDPがあります[1]。この図は、フランスがイギリスよりも17%生産性が高いことを示しています。最後から2番目の列は平均家計あたり所得で、フランスと英国はほぼ同じです。なぜフランスはより生産性が高いにも関わらず、所得が高くないのでしょうか。主な回答としては「人口あたり労働者」の列が挙げられ、この場合は主にフランスでの早期リタイアを反映しています(ただし、イギリスに比べフランスは平均余命も長くなっています)。平均的なフランス人は、英国の平均的な人よりも生産性が高いにもかかわらず、より裕福というわけではないということでしょうか。ほぼ間違いなく[2]そうではありません。なぜなら、フランスの人々は、より高い生産性を利用して早期リタイアすることを決めているからです。

人口に対する労働者の割合の違いは、リタイアだけを反映しているわけではありません。フランスでは労働人口に占める若者の数が少なくなっています。これは部分的には投資の効果(より充実した教育)によるものですが、若者の高い失業率も反映しています。フランスの平均所得を低下させるもう1つの大きな要因は、国内国民所得に対する国内家計所得の比率です。これは、フランスの企業がより多くの投資を行っているため、GDPに占める利益の割合が高い(そして賃金の割合が低い)ことを部分的に反映していますが、より高い税金と(ほぼ確実に)より多くの公共財の提供も反映しています。[3]

所得と豊かさの違いを私が強調したかった理由が明確になったのではないでしょうか。フランスの平均所得はイギリスほど高くはないかもしれませんが、フランス人は生産性の利点を利用してリタイア後の期間をより長く過ごし、より多くの公共財を手に入れ、将来により多くの投資を行っているため、イギリス人よりも豊かであると言えます。したがって、生産性は依然として豊かさにおいて重要ですが、人々がその豊かさを享受する方法は国によって大きく異なりうるのです。

最後の重要なポイントは、右端の2つの列を比較することです。収入の中央値は、収入分布の中間に位置する人の収入であり、中央値は、所得分布の中間に位置する人の所得のことであり、その水準以上の所得を持つ可能性も、それ以下の所得を持つ可能性も同じくらい存在します。所得分布が非常に不平等で、特に上位に偏っている場合、中央値は平均所得を下回ることになります。イギリスはより不平等であるため、所得の中央値はイギリスよりもフランスの方が大幅に高くなっています。つまり、生産性は国の豊かさを比較する上で重要ですが、不平等もまた重要です。(さまざまな所得層のより詳細な比較分析については、こちらのジョン・バーン・マードックの記事を参照してください。英国の上位1%が占める所得の割合の時系列的な変化の影響に関する議論については、こちらや、特にこちらを参照してください。)

2019年ではなく2008年の比較は、おなじみの重要なポイントを示しています。2019年の生産性の差は17%でしたが、2009年〔誤りと思われる、正しくは2008年〕ではわずか7%でした。過去10年から15年は、本当にイギリスの衰退期だったのです。2019年のドイツとの比較は、レポートが取り上げているフランスとの類似点と相違点を浮き彫りにします。生産性の差は似ていますが、リタイアまでの年数ではなく労働時間の短縮によってその便益が得られています。アメリカに目を向けると、イギリスとの生産性の差はドイツやフランスと同様ですが、アメリカの所得の方がはるかに高くなっています。その大きな差分の一部は、アメリカの労働者の労働時間が長く、公共財の提供が少ないが故に税金が低いためですが、使用したデータの問題を反映していると考えられる差もあります。

レゾリューション財団によるこの分析は、2つの一般的なポイントを示しています。 第一に、個人の(課税後の)所得水準の比較は、余暇、投資、公共財を無視しているため、相対的な豊かさの指標としては部分的なものに過ぎません。そのため、相対的な豊かさの指標としては、生産性の水準の比較が相対的な所得水準よりも優れている可能性があります。 第二に、生産性が無視するのは、不平等の度合いの違いが、典型的な家庭の豊かさにしばしば重大な影響を与えるということです。

[1] 労働時間あたりのGDPは、生産性の非常に集約的な尺度であり、生産物の構成の違いや、類似した企業の生産性の高さを反映している可能性があります。

[2] 退職年齢の差が、退職所得についての選択を含む国民の選好を表していると確信できるのであれば、ほとんど取り除いてもよいでしょう。

[3] 理論的には、より高い利益は、もちろん、より高い投資ではなく、より高い配当を反映していると考えられます。これは、タイヒグレーバーとヴァンリーネンの研究に基づき、こちらで私が展開している(生産性と実質賃金の間の)デカップリングの議論と関連しています。


〔原文:“In comparing prosperity across countries, productivity and inequality are almost everything”(Simon Wren-Lewis, Tuesday, 21 February 2023)〕

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