●Scott Sumner, “Independence Day for Greece!”(TheMoneyIllusion, July 5, 2015)
複雑な経済問題に脊髄反射で物を言うと大抵間違えてしまうものだが、だからといって躊躇するような性質(たち)の人間じゃないときている。かなりびっくりしたのだが、(EUをはじめとした債権団が要求する)財政緊縮策の受け入れの是非を問うギリシャの国民投票の途中経過で、(財政緊縮策の受け入れの拒否を意味する)「ノー」票が圧倒的多数を占めているとの速報が伝わってきた [1]訳注;ご存知の通り、最終的に「ノー」票が勝利を収めた。 … Continue reading。このことは、一体何を意味しているのだろうか?
1. ギリシャ政府がEU側の要求を飲むことはあり得なくなった。EU側が要求内容を多少変更したとしても、それは変わらない。
2. EU側が大幅に譲歩するというのは、想像し難い。とは言っても、どんなことでも起き得る話であって、EU側が大幅に譲歩する可能性も皆無というわけではない。EU側が大幅に譲歩するかどうかは、(ギリシャの運命だけではなく)スペインの(急進左派政党である)ポデモス党の運命を大きく左右することにもなるだろう。EU側がギリシャに対して大幅に譲歩したとしたら、ポデモス党がスペインの次期政権の座を奪取する可能性も出てくる。その一方で、EU側がギリシャに対して大幅に譲歩することがなければ、ポデモス党は苦しい立場に追い込まれるだろう [2]訳注;アニール・カシャップ(Anil Kashyap)も同様の指摘をしている――“A Primer on the Greek Crisis: the things you need to know from the start until … Continue reading。ここで思い出しておきたいのは、ユーロ圏の各国政府は(人質にとられた同胞を救い出すために身代金を支払うことで)ISIS(イラク・シリア・イスラム国)の重要な資金源の一つになっているという事実だ [3] 訳注;この点については、サムナー自身がコメント欄で言及している記事(英語)を参照されたい。。テロリストにさえ資金協力する気があるとするなら、ギリシャに大幅に譲歩して共産主義者――チプラスを首相に選んだギリシャ――を(債務負担の軽減というかたちで)資金面でサポートするに至るのもあり得なくはないんじゃなかろうか?
3. ギリシャ政府は、ユーロ圏からの離脱を密かに望んでいるのだろうか? ギリシャ政府のこれまでの奇妙な行動を説明するには、ユーロ圏からの離脱を密かに望んでいるがゆえと考えるのが最も妥当なように思える。とは言っても、この点については確信があるわけではない。
4. ギリシャ政府がユーロ圏からの離脱を密かに望んでいるにしても、ギリシャ政府としては、意に反してユーロ圏から追い出されたかのように演出したいところだろう。その一方で、ドイツ政府がギリシャにユーロ圏から出ていってもらいたいと密かに願っているにしても、ドイツ政府としては、ギリシャ政府(与党のシリザ)の側に責任があるかのように演出したいところだろう。ギリシャ政府とドイツ政府との間でのそのような演技合戦は、しばらく続くかもしれない。
5. ギリシャがユーロ圏に踏み止まる可能性はあるだろうか? ヨーロッパでは、どんなことだって起き得る。ここで覚えておいてほしいのは、「ユーロ圏から離脱する」(“leaving the euro”)というのは、マクロ経済学的な観点からすると、ユーロとは別の計算単位(medium of account)への切り替えを意味するということだ。ギリシャ国内でユーロが計算単位として使われ続ける [4] … Continue reading限りは、ギリシャは依然としてユーロ圏にとどまっていることになるのだ。マクロ経済学的な観点からするとね。ギリシャ中央銀行がECB(欧州中央銀行)の理事会にこれまで通り参加するかどうかというのは、関係ないのだ。「代用貨幣」(“script”)が出回り出したとしても、賃金が引き下がらない限りは、雇用の回復には大して役に立たないだろう。近くにある北モンテネグロを真似て、ギリシャは(「公式」のユーロ圏の一員ではなく)「事実上」のユーロ圏の一員になるかもしれない [5] … Continue reading。
6. 私なら国民投票で「イエス」票を投じたろうが、それはともかく、ギリシャ国民の幸運を祈るばかりだ。ユーロ圏からの離脱には、疑いようのない恩恵が伴うだろう。名目GDPの回復がそれだ。その一方で、ギリシャが今後もユーロ圏にとどまるようなら、国家統制色が次第に強まって、破綻国家(failed state)への道を歩むという悪夢のシナリオもあり得る。シリザが与党のままでユーロ圏から離脱するというのは、国民投票で「イエス」票が勝利を収めるのと比べると、短期的には好ましくないが、中期的には好ましく、長期的には好ましくないだろう(アルゼンチンの例を思い出してもらいたい)。
7. ユーロというプロジェクトは失敗に終わったというオワコン感が強まるようなら、イギリスがEUから脱退する可能性(Brexitの可能性)もいくらか高まるだろう。
8. 国民投票で「ノー」票が勝利を収めるということは、ギリシャがユーロ圏から離脱すること(Grexit)を意味する、というのがヨーロッパ各国の指導者たちの言い分だった。明日以降になってこれまでと違う発言をしようものなら、底抜けの馬鹿(complete fools)のように見えることだろう。
ユーロをめぐるゴタゴタ絡みで、私がこれまでに読んだ中で最も優れた説明を以下に引用しておこう。
ユーロ圏から離脱しても、痛みは和(やわ)らぎはしないかもしれない。スペインは、賃金と価格を引き下げて、競争力の回復に漕ぎ着けている。ユーロ圏から離脱すると、長期的な成長が阻害されるかもしれない。ポピュリスト的な政策が採用される可能性があるからだ。ペンシルバニア大学のヘスス・フェルナンデス=ヴィラヴェルデ教授は、次のように語る。「市場志向的なスイスのようになりたければ、ユーロ圏から去ってはなりません。アルゼンチンのようになりたければ、ユーロ圏から去るといいでしょう」。
ユーロ圏から離脱する動きがヨーロッパ中に広がったとしたら、ヨーロッパは最終的に(暴力を伴わない)一種の内戦状態に陥る可能性がある。「自由主義的な(ネオリベラルな)北ヨーロッパ vs 国家統制色の強い南ヨーロッパ」という対立構図が生まれる可能性があるのだ。今後20年間の世界情勢を予測するためには、それぞれの国の文化的な特徴がその国の政府の姿に色濃く反映されるようになると想定するのが最善の方法だと言えるだろう。中国やデンマークはますます資本主義的(市場志向的、自由主義的)になる一方で、アルゼンチンやギリシャは国家統制色をますます強めていくことになるだろう。
References
↑1 | 訳注;ご存知の通り、最終的に「ノー」票が勝利を収めた。 ●“欧州首脳、ギリシャ残留可能か決断へ-国民投票の結果受け”(ブルームバーグ、2015年7月6日) |
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↑2 | 訳注;アニール・カシャップ(Anil Kashyap)も同様の指摘をしている――“A Primer on the Greek Crisis: the things you need to know from the start until now”(pdf)――。「(EUをはじめとした)債権団が(債務負担の軽減をはじめとした)ギリシャ政府の要望に同意しないのはなぜなのか?」(“Why do the institutions disagree with the government?”)という問いに対して、カシャップは次のように答えている。「債権団がチプラス首相の要求に応じない理由は、2つある。まず一つ目の理由――おそらくは最も重要な理由――は、ギリシャと同様の調整を必要とする国が他にも控えているからである。イタリア、ポルトガル、スペイン、アイルランドなどがそうだ。これらの国々は、ギリシャほどには景気は落ち込んでいないものの、失業率――中でも、若年層の失業率――はギリシャと同じく高止まりしたままである。債権団がギリシャに対して大幅に譲歩しようものなら、イタリアをはじめとした国々もギリシャと同様の処遇を求める可能性がある。急進的な政党に政権を握らせたギリシャ国民が報われつつあると知ったら、我が国の有権者も同じように振る舞う(急進的な政党に票を投じる)かもしれないという観測がイタリアをはじめとした各国の政権内部で広がっている。ギリシャを救うために必要な資金は、簡単に用意できるだろう。ギリシャの公的債務残高の対GDP比はかなり高い水準に達しているとは言え、ギリシャの経済規模は小さい。ヨーロッパ全体の供給能力に比べれば、ギリシャの債務残高の水準はそれほどでもないのだ。それとは対照的に、イタリア、スペインといった国々の債務を減免するために必要となる金銭面での負担は、ドイツ(を筆頭に、債務の減免に伴う負担を強いられる北ヨーロッパ諸国)にとっては馬鹿にならないだろう」。 |
↑3 | 訳注;この点については、サムナー自身がコメント欄で言及している記事(英語)を参照されたい。 |
↑4 | 訳注;国内で売買される商品の値段がユーロ建てのままであったり、資金貸借をはじめとした経済取引上の契約がユーロ建てで締結され続ける、という意味。 |
↑5 | 訳注;「事実上」のユーロ圏の一員というのは、ユーロは法定通貨ではないものの、ユーロが国内で計算単位として使われるという意味だと思われる。 |