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ジョセフ・ギャニオン 「『流動性の罠』なんてない! ~21世紀版金融政策の理解に向けて~」(2013年7月19日)

●Joseph E. Gagnon, “There Is No Liquidity Trap: Understanding 21st Century Monetary Policy”(RealTime Economic Issues Watch, The Peterson Institute for International Economics, July 19, 2013)


主要先進諸国では、短期名目金利がゼロ%近辺にまで落ち込むに至っている。そのような状況を受けて、「主要先進諸国は『流動性の罠』に陥ってしまっており、金融政策を通じては総支出ならびに経済活動を刺激することは最早できない状況にあるのではないか?」との声があちこちで上がっている。「流動性の罠」仮説にも妥当性がないわけではない。ただし、(「流動性の罠」仮説に)妥当性があるとすれば、それは、あくまでも金融政策を狭く定義する場合に限っての話だ。金融政策というのを、短期のリスクフリー(無リスク)債券の売買に狭く限定して定義する場合に限っての話なのだ。金融政策をそのように狭く限定して捉える見方を是とする経済学的な根拠(理屈)もなければ、歴史的な先例もない。金融政策をもっと広く捉える見方に立てば、主要先進諸国は「流動性の罠」から程遠い状況にあることが示唆される。それだけではない。「流動性の罠」に陥る可能性を想像することさえ困難であることが示唆されるのだ。

金融政策とは、資産を購入するために貨幣を刷ること。そのように定義できる。金融政策の狙いが、FF金利(政策短期金利)を引き下げることにあろうと、住宅ローン金利を引き下げることにあろうと、その他の利回り(金利)を引き下げることにあろうと、この定義は同様に通用する。それでは、財政政策はどのように定義できるだろうか? 財を購入したり、減税したり、移転支出を増やしたりするために、資産(訳注;国債等)を売却すること。そのように定義できよう(ミルトン・フリードマンが提唱したことで知られる、かの有名な「ヘリコプターマネー」は、金融政策と財政政策の組み合わせであると言える)。需要(買い注文)が増えるのに伴って価格が上昇する余地が残っている(同じことだが、利回りが低下する余地が残っている)資産が存在する限りは、金融政策の有効性は失われないし、「流動性の罠」に嵌ることもない。状況によっては、財政政策が金融政策の代役を立派に果たしたり、財政政策が金融政策を補う役割を果したりする可能性もあるだろう。しかしながら、短期のリスクフリー金利がゼロ%に達したからといって、必然的に財政政策が金融政策の代わりとなるわけではない。

中央銀行がリスク資産を保有するのは、珍しいことでもなんでもない。昔からやられていることだ。中央銀行が保有するリスク資産には、長期債券、民間銀行への貸出、金(ゴールド)、外貨準備などが含まれるが、株式や不動産を保有している中央銀行も中には存在する。短期名目金利がゼロ%近辺にある中でさらなる金融緩和に乗り出すためには、中央銀行がこれまで以上に大きなリスクを負う必要がある。とは言え、あくまでも程度の違いを問題にしているのであって、これまでと質的に異なる行動に打って出る必要性を説いているわけではない1。中央銀行の手には、幅広い政策手段が握られている。私の(ピーターソン国際経済研究所での)同僚であるアダム・ポーゼンも力を込めて語っているように、中央銀行は、その手に握られている幅広い政策手段をいたずらに放棄すべきではないのだ。安定した経済成長と低インフレの共存を目指して、利用可能な手段をフル活用する戦略を練るべきなのだ。

最近の一連の研究によると、中央銀行には、長期債券の利回りや住宅ローン金利に対して大きな影響を及ぼせるだけの力が備わっていることが確認されている2。そのことを踏まえると、中央銀行には、(株式や不動産の購入を通じて)株価や地価にも大きな影響を及ぼせる力が備わっていることを疑う理由はないだろう。そのことを裏付ける実例もある。アジア金融危機の最中の1998年に、香港金融管理局(Hong Kong Monetary Authority)は、香港証券取引所の安定化(株価の安定化)に乗り出し、見事なまでの成功を収めたのである。

一連のマクロ経済モデルによると、中央銀行が長期債券やその他のリスク資産を購入すると、マクロ経済が大いに刺激される可能性があることが示唆されている3。さらには、本ブログの過去エントリーでも論じたように、中央銀行が長期債券やその他のリスク資産を購入するのに伴って背負うことになる損失のリスクは、それと引き換えに(中央銀行が長期債券やその他のリスク資産を購入するのに伴って)生じると予想される財政面での便益と比べれば、小さなものだと考えられる。こういったすべての事情を勘案すると、短期名目金利がゼロ%近辺に達したとしても、金融政策の方が、財政政策よりも、マクロ経済を刺激する手段としてずっと大きな魅力を備えていると考えられるのだ。

残る疑問はただ一つ。主要先進諸国の中央銀行は、自らに備わっているパワーを行使するのに及び腰(臆病)で、インフレ率が目標値を下回る――アメリカに関しては、インフレ率だけでなく、雇用に関しても目標を下回る――状況を許してきたわけだが4、そんなに及び腰なのはなぜか、ということだ。

 

  1. 訳注;中央銀行は元来からリスク資産を購入しており、それゆえ、「これまで以上に大きなリスクを負う」=「より」大きなリスクを負う、という意味(程度の違いの問題)であって、「これまで以上に大きなリスクを負う」=まったくリスクを負っていない状況から、リスクを負う状況へと移行する(リスク資産の購入にはじめて乗り出す)、という意味(質的な違い)ではない、ということ。 []
  2. 原注1;以下の論文の「appendix table 2」を参照のこと。“Unconventional Monetary Policies—Recent Experience and Prospects [pdf]” []
  3. 原注2;例えば、ジャネット・イェレンFRB副議長の最近の講演を参照のこと。 []
  4. 原注3;イングランド銀行は大きな例外である。ここ数年のイギリスのインフレ率は、平均すると目標値を上回っている。 []

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