ニック・ロウ 「土地と『流動性の罠』 ~パラレルワールドにおける金融政策~」

●Nick Rowe, “Land and the liquidity trap”(Worthwhile Canadian Initiative, January 13, 2014)


ビル・ウールジー(Bill Woolsey)が私の前回のエントリーに反応している。大変興味深い思考実験が行われているが、私も倣(なら)ってみようと思う。ただし、以下で主役を演じるのは、「社債」(“corporate bonds”)ではなくて、「土地」(“land”)である。

我々が住んでいるこの世界と寸分違わぬ「パラレルワールド」に足を踏み入れたものと想像してもらいたい。「寸分違わぬ」というのは言い過ぎで、一つだけ大きな違いがある。歴史的な経緯もあって [1]原注;その経緯についてあれこれと頭を巡らせてみたのだが、これはというのを思い付けなかった。ジョン・ロー(John … Continue reading、中央銀行のバランスシートの左側(資産の部)で、国債ではなくて土地が保有されているのだ。すなわち、土地の売り買いを通じて金融政策が運営されていて、地価(土地の価格)に誘導目標が設定されているのだ。消費者物価指数(CPI)で測って2%のインフレ率を達成するために、地価(土地の価格)の誘導目標が1年に何回か見直されているのだ。インフレ率が目標である2%を下回りそうだと、中央銀行は、土地を買い入れて、地価の誘導目標を引き上げる。その一方で、インフレ率が目標である2%を上回りそうだと、中央銀行は、保有している土地を売却して、地価の誘導目標を引き下げる。優秀な経済学者たちによって構築されているマクロ経済モデルによると、中央銀行は地価の誘導目標を操作すると想定されている。そのように想定されているのはなぜかというと、中央銀行が現実にそうしているからだ。

この世界で構築されているマクロ経済モデルの中で最も単純なのが長期のモデルである。そのモデルによると、中央銀行が地価の誘導目標をこれまでの倍に引き上げると、他の事情に変化がない限り、最終的に一般物価水準もそれまでの倍の高さにまで上昇するという結論が導き出される。経済学者たちの間で「地価の中立性」(“land price neutrality”)という呼び名で通用している結論である。さらには、中央銀行が地価の誘導目標の上昇率を年率10%に定めると、他の事情に変化がない限り、最終的に一般物価水準も年率10%のペースで上昇するという結論が導き出されることになる。経済学者たちの間で「地価の超中立性」(“land price superneutrality”)という呼び名で通用している結論である。もう少し手の込んだDSGEと呼ばれているモデルになると、粘着価格だとか予想だとかという要素が組み込まれていて、「最終的な結論」がどうなるかだけでなく、そこに至るまでに何が起こるかについても分析が試みられている。さらには、色んなショックが起こって「他の事情」に変化があった場合に中央銀行がどう対応すべきかについても分析が加えられている。

この世界に住むマクロ経済学者たちの間では、「金融政策の波及メカニズム」をめぐって意見が割れている。主流派の見解によると、経済に存在するすべての資産は、ほどほどに代替的だと見なされている。それゆえに、中央銀行が地価の誘導目標を引き上げると、地価(土地の価格)だけでなく幅広い種類の資産の価格も上昇して、そのおかげで設備投資を行うことがそれまでよりも有利になるという。設備投資が増えて総需要が刺激されるというのだ。それに加えて、地価をはじめとしてあれやこれやの資産の価格が上昇すると、資産効果や代替効果を通じて消費も刺激されるというのだ。その一方で、予想の役割を強調する経済学者もいる。彼らによると、中央銀行が地価の誘導目標を引き上げると、新たな均衡ではあらゆる資産の価格が上昇するはずだと多くの人々が予想する(そして、値上がりする前にこぞって買おうとする)がゆえに、地価を含めたあらゆる資産の価格が上昇することになるというのである。中央銀行が発行する貨幣の量こそが何よりも重要なのだと語る経済学者もいる。マネタリストと呼ばれているが、中央銀行が土地を買うと市中に出回る貨幣の量が増えるのが何よりも肝心なのだという。地価が上昇するおかげで総需要が刺激されるわけではなく、市中に出回る貨幣の量が増えるおかげで総需要が刺激されるのだという。地価の上昇は、市中に出回る貨幣の量が増えるのに付随して生じる現象に過ぎないというのだ。しかしながら、マネタリストの言い分に真剣に耳を貸そうとする人は一人もいない。地価に誘導目標を設けて金融政策が運営されているのは火を見るよりも明らかだし、市中に出回る貨幣の量を中央銀行が一方的に決められるわけではないことも周知の事実だからだ。

「ニューケインジアン」と自称している異端派も存在する。彼らの言い分によると、中央銀行は土地ではなくて短期国債を売買の対象にすべきであり、地価ではなくて短期名目金利に誘導目標を設けるべきだという。中央銀行は、消費者物価指数(CPI)で測って2%のインフレ率を達成するために、短期名目金利に誘導目標を設けて1年に何回か見直すべきだというのだ。インフレ率が目標である2%を下回りそうなら短期名目金利の誘導目標を引き下げる一方で、インフレ率が目標である2%を上回りそうなら短期名目金利の誘導目標を引き上げればいいというのだ。そのようにすれば、2%のインフレ目標を達成できるというのだ。

正統派のセントラルバンカーたちは、ニューケインジアンの言うことなんて大して気にも留めていない。奇妙ではあるが興味深い思考実験に明け暮れている愉快な学者先生くらいにしか思っていないのだ。現実の金融政策とは何の関係もないことを語っている愉快な学者先生くらいにしか思っていないのだ。中央銀行は、土地を売り買いしているのであって、短期国債なんて売り買いしていないのだ。中央銀行は、地価に誘導目標を設けているのであって、短期名目金利に誘導目標を設けてなどいないのだ。

ある日のことである。短期国債の利回り(短期名目金利)がゼロ%にまで下落した。その情報を聞き入れたセントラルバンカーは、知り合いのニューケインジアンを穏やかな口調でいじったのだった。「君のモデルで言うと、何だったっけ? そうそう。ゼロ下限制約(Zero Lower Bound)とかいうのにぶつかったわけになるね。中央銀行が短期国債をどれだけ買おうが、金利をゼロ%以下に引き下げることはできないんだったね。金利がマイナスになったら、お金を手元に持っておく方が得だからね」。

絶体絶命のニューケインジアンたち。悩みに悩んだ挙げ句に、「フォワードガイダンス」という名の新手を思い付いてピンチを切り抜けた。「フォワードガイダンス」とやらがどんなかたちで効果を発揮するのかとなると、誰にもわからなかったけれど。

その一方で、正統派のセントラルバンカーたちは、平常運転で仕事をこなしている。地価には上限なんてない。金融政策をさらに緩和する必要があるようなら、これまでのように地価の誘導目標を引き上げればいいだけだ。正統派のセントラルバンカーたちには、「流動性の罠」という概念がピンとこない。現金と短期国債が完全に代替的になる状況があるとして、それが何だというのだろう? 金融政策とは何の関係もない話だ。金融政策にとって何よりも重要なのは、地価なのだから。

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1 原注;その経緯についてあれこれと頭を巡らせてみたのだが、これはというのを思い付けなかった。ジョン・ロー(John Law)が一枚噛んでくるはずだったのだけれど。
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