アレックス・タバロック 「医療の世界における左桁バイアス」(2023年8月3日)

医者たちにとって、40という数字は、救急外来で胸の痛みを訴える患者が心筋梗塞/狭心症のおそれがあるかどうかを判断するためのヒューリスティックになっているようだ。
画像の出典:https://www.photo-ac.com/main/detail/26342243

アヌパム・ジェナ(Anupam B. Jena)&クリストファー・ウォーシャム(Christopher Worsham)の『Random Acts of Medicine』の書評をウォール・ストリート・ジャーナル紙に寄稿したばかりだ。一部を引用しておこう。

「左桁バイアス」のことは、どこかしらで耳にしたことがあるかもしれない。8ドルの品と8.01ドル(8ドル1セント)の品だと違いなんて感じられないのに、7.99ドル(7ドル99セント)の品と8ドルの品だと違って見えて7.99ドルの品の方が(本来の価格差以上に)いくらか安く感じられる。あるいは、走行距離が39,990マイルの中古車の方が走行距離が40,005マイルの中古車よりもだいぶ高値で売れたりする [1]訳注;この件については、本サイトで訳出されている次の記事を参照されたい。 ●レスター・ピッカー 「左桁バイアス … Continue reading――それゆえ、賢い買い物をしたいなら、(走行距離が39,990マイルの中古車ではなく)走行距離が40,005マイルの中古車の方を買うべし――とかいうのがその例だ。医療の世界はどうなのだろう? 医療の世界でも「左桁バイアス」が顔を覗(のぞ)かせることがあり得るのだろうか?

救急外来にやってきて胸の痛みを訴える患者が、あと数週間で40歳の誕生日を迎えようと、数週間前に40歳の誕生日を迎えたばかりだろうと、これといって大差はないはずだ。しかしながら、あと数週間で40歳の誕生日を迎えるのなら39歳であり、数週間前に40歳の誕生日を迎えたばかりなら40歳だ。以下の図にあるように、39歳か40歳かで話が違ってくるのだ。

医者たちにとって、40という数字は、救急外来で胸の痛みを訴える患者が心筋梗塞/狭心症のおそれがあるかどうかを判断するためのヒューリスティックになっているようだ。500万件以上の救急外来の診療データを分析した経済学者のスティーブン・クセンズ(Stephen Coussens)によると40歳になったばかりの患者は、もう少しで40歳になる患者と比べると、心筋梗塞/狭心症の疑いがないかどうかをその場で検査される確率が10%近く高くなっているという。そのことが右の図で不連続性として表れている。40歳の誕生日を迎えるや否や、心筋梗塞/狭心症の疑いがないかどうかをその場で検査される確率がジャンプしている(跳ね上がっている)のだ。

医療の世界における同様の不連続性の事例の数々を報じている一冊が、アヌパム・ジェナ(Anupam B. Jena)&クリストファー・ウォーシャム(Christopher Worsham)の『Random Acts of Medicine』だ。例えば、同書によると、心筋梗塞/狭心症の患者が80歳目前なようだと、80歳の誕生日を迎えた(80歳になった)ばかりという場合よりも、冠動脈バイパス手術が試みられる可能性が高いという。さらには、70歳の誕生日を目の前にして69歳で亡くなった患者の臓器も70歳の誕生日を迎えたばかりで亡くなった患者の臓器もどちらも客観的な数値に照らして移植するのに問題がないようであったとしても、70歳の誕生日を目の前にして69歳で亡くなった患者の臓器の方が誰かしらに移植するために利用される可能性が高いという。同書で取り上げられている中でもおそらく最も雄弁な事例は、18歳の誕生日を迎えたばかりの「成人(大人)」と18歳目前の「未成年(子ども)」とでは統計的な指標に照らしてこれといった違いがないにもかかわらず、18歳になりたての「成人」の方が救急外来を受診した時にオピオイド(鎮痛薬の一種)を医者から処方される可能性が高いという結果だろう。

こういった事例に目を向けるのは何のためかというと、人間の思考に潜んでいる奇妙な癖に忍び笑いを漏らしたり溜息(ためいき)をついて呆(あき)れたりするためじゃなくて、「自然実験」の機会を利用して様々な医療処置の効果を推計するためだ。18歳になりたての若者の方が18歳目前の若者よりも(救急外来を受診した時に)オピオイドを処方されやすいという不連続性が生み出されている原因が「成人」に区分されるか「未成年」に区分されるかの違いだけに求められるようなら、その不連続性を「自然実験」の機会として活用できることになる。というのも、18歳前後の若者の集団の中から誰にオピオイドを処方する(服用してもらう)かがランダムに選ばれているみたいなものだからだ。例えば、同書によると、18歳になりたての「成人」の集団と18歳目前の「未成年」の集団を比べると、前者(=18歳になりたての「成人」の集団)の方が(救急外来を受診した時にオピオイドを処方されたのがきっかけで、その後も常用しがちになるせいで)オピオイド絡みの有害事象(過剰摂取など)に悩まされている確率が12.6%ほど高いという結果が得られている。この結果がどれだけ貴重な情報かというのは、若者たちの中から誰かしらをランダムに選んでオピオイドを服用してもらうことに倫理上問題がないと倫理審査委員会(IRB)を納得させる難しさを想像してみればいい。


〔原文:“Left Digit Bias in Medicine”(Marginal Revolution, August 3, 2023)〕

References

References
1 訳注;この件については、本サイトで訳出されている次の記事を参照されたい。 ●レスター・ピッカー 「左桁バイアス ~中古車市場における注意不足~」(NBERダイジェスト 2011年9月号)
Total
0
Shares

コメントを残す

Related Posts