マシュー・フィーニー「市場原理によるファクトチェック」(2023年2月21日)

インターネットの「規模」の拡大に伴い情報のファクトチェックはより一層困難になり、完全な検閲すら辞さない可能性もある。「衆知」が我々を真実に導いてくれることだろう。

ネット上の言論をめぐっての昨今の議論は停滞し、新しいアイデアもあまりみられない。多くの人がSNS上でのデマ、陰謀論、ヘイトスピーチの蔓延を嘆き、問題解決のための「規制」を提案してきたが、ほとんどは言論の自由やプライバシー、競争とのトレードオフである。この代替案が「予測市場」だ。予測市場においては、オンライン上での人々の自由やプライバシーを損なわず、政治的偏見のない方法で、欺瞞的な言説を律し、暴くことが可能となる。

しかし、「言うは易し」とはよく言ったものだ。ツイッターやフェイスブック、ユーチューといったSNSプラットフォームや、その他のネット言論の場を覗けば、大抵のユーザーはデマを広めたところでなんの罰則も課されないことを分かった上で、コメントを投稿している。こうしたユーザーは、匿名や偽名のアカウントを簡単に、しかも無料で作成できてしまう現代において、ネット上の行いが「現実世界」での自分の評判を落とし、名誉毀損で訴えられることなどまず無いことも理解しているのだ。陰謀論の発信元が全員偽名を使っているわけではない。アメリカの陰謀論者アレックス・ジョーンズが最も良い例だろう。しかし、最も名を馳せたデマの発信源の中には偽名を用いる者もいる。Qアノン陰謀論の起源である「Q」の現実世界での身元は未だ不明であり、ピザゲートの陰謀論を広めた人々の身元もいまだ確認されていない。

コロナ以前は、米国に端を発する大統領選挙に関する陰謀論がシリコンバレーでは最大の悩み種だった。コロナに関する陰謀論も感染拡大に伴って広まり、著名なソーシャルメディア企業は健康被害につながるコンテンツの拡散を阻止するための措置を講じた。しかしここで、インターネットの「規模」が障壁となった。

現代のSNSの規模ではもはや、〔情報の〕偽陽性と偽陰性は避け難い。ユーチューブには毎分500時間近い動画コンテンツがアップロードされ、フェイスブックでは毎日20億人近いユーザーが動画、写真、イベントページ、コメント、マーケットプレイスの販売広告といった何十億ものコンテンツを投稿している。AIを利用したツールによって、違法、またはそのプラットフォームのポリシーに違反するとされるコンテンツを部分的には識別し削除することができるが、このシステムでさえ時には誤認し、違反コンテンツを捕え損ねることがある。

このネットの「規模」というのは、ソーシャルメディア企業が直面する課題の一つにすぎない。ほとんどの場合、コンテンツの適正判断は、コンテンツそのものよりも、その「文脈」によって左右される。例えば、子供がクラスメートにいじめられている動画を、いじめっ子が中傷的なコメントとともに投稿すればその動画は削除されるが、これがもしいじめ防止のための慈善団体によるPR動画であれば、その動画はそのまま残る。世界中の法案策定者たちは往々にして、コンテンツが誤って削除される事例を規制や法改正の正当化の理由に挙げている。

コンテンツモデレーターとソーシャルメディアの管理者は、デマとフェイクニュースの対応に際して、「規模」と「文脈」を考慮することを迫られる。〔ネット上の〕有害なコンテンツは世界中で数百万人に簡単にシェアされるだけでなく、そのコンテンツがどう話題になっているかという文脈によっても、コンテンツモデレーションが困難になる。ほとんどのSNSプラットフォームでは、デマに関するBBCニュースのレポートと、陰謀論者による動画コンテンツへの異なる対処がとられる。こうした微妙な区別があるために、大規模な情報空間において効果的なコンテンモデレーションを遂行することは不可能なのだ。企業はコンテンツモデレーションツールの改善をすることはできても、大規模〔な情報空間〕において完璧な精度で実施できるルールは存在しないだろう。とはいえ、モデレーションツールの改善努力は続けるべきだ。

過去100年以上の研究の中で、個々人のほとんどがひどく無知であっても、集団的には優れたファクトチェッカーとして機能する事例が見つかっている。最も有名な例は、1907年にフランシス・ゴルトンがネイチャー誌で行った有名な「牛の体重当て」実験だ。

ゴルトンは1906年にプリマスで開かれた「ウェスト・イングランド・肉畜・家禽競り市」に参加した。そこは、参加者が6ペニーを支払って牛の体重を当てるクイズに参加し、実際の体重に最も近かった人が賞品を獲得するというものだった。結果、787もの予想が為された。その多くは不正解だったものの、全ての予想体重を平均すると、実際の牛の体重の1%以内に収まっていたのだ。

ジェームズ・スロウィッキーは〔こうした現象を〕自著のタイトルで「衆知」と名づけており、1968年に行方不明になった潜水艦「スコーピオン」の捜索もまたその実例のひとつだ。米海軍はこのスコーピオンが最後に報告のあった場所からどこまで移動したのかを把握しておらず、海軍士官のジョン・クレイブンは数学者や潜水士などの専門家を招集し、各々独自にスコーピオンの位置を推測するよう依頼した。専門家たちはスコッチ一本を賞品として、潜水艦の居場所を賭けにした。クレイブンが「ベイズの定理」で専門家らの推測を統合したところ、推測地点は実際にスコーピオンの残骸があった場所からわずか220ヤードしか離れていなかった。

「賭け市場」は衆知の究極形だ。なぜなら、誰もが決定権を持つだけでなく、各人の意見の重みがその確信度合いによって決まるからだ。賭博は何百年も前から行われてきた。16世紀イタリアの都市国家の住民は、ローマ法王の選挙結果で賭けを行なっていた。アメリカでは、政治賭博は国の成り立ちと同等の歴史があり、特にジャクソン大統領の時代には盛んに行われた。経済学者のポール・ロードとコールマン・ストラフによると、この時代には新聞が政治賭博を扇動しており、「新聞に掲載された選挙賭博は、実際の賭博行為を告発するものではなく、自慢や挑発だった」。カナダ、オーストラリア、ニュージーランドでは、過去数百年の間に政治賭博が横行し、こうした市場はしばしば法的な承認なしに運営されている。ロードとストラフは、ニュージーランドでは19世紀後半から20世紀前半にかけて、当時明らかに違法だった選挙賭博が、新聞が賭博のオッズを掲載していなかったにも関わらず、盛んだったことを指摘している。オーストラリアでは、政府が選挙賭博を違法とする法案を可決した後も、新聞は選挙賭博を掲載し続けた。

政治賭博の市場は、オーストラリアやニュージーランドに出現する以前から、しばしばひんしゅくを買っていた。1591年、ローマ教皇グレゴリウス14世は、法王のコンクラーヴェ選挙、法王の在位期間、枢機卿の任命への賭けを禁じた。英国とは異なり、選挙結果に対する賭けは、一部例外はあれど、米国の全ての州で禁止されている。そして英国では慣習法により賭博は認められているものの、戦争の勝敗や政治家の死といった「不道徳で不敬と思われる賭け」は禁止されている。

もちろん政治以外のイベントに対する賭け市場も存在する。恐らく最も有名な例である「スポーツ賭博」は、非常に厳正なマネーラインが定められているスポーツブックにて行われており、そう簡単に利益を得ることは出来ない。「予測市場」では、報酬を提示することで人々に情報をオープンにさせる。もしも市場が知らない情報を持ち、市場価格が現在より高く、あるいは低くなるはずだと予期すれば、売買により市場を自分の思う通りに操作することができる。このように、賭け市場では人々が情報を開示し、それを総合的に判断した上でバランスを取ることを促している。もちろんこれは株式市場などの証券市場にも見られるメカニズムだ。

しかし、政治賭博や社会動向に関する賭け市場は、スポーツや金融の市場とは異なるものになりうる。その理由の一つが「流動性」〔の低さ〕だ。規制の存在や関心の低さから、実際に政治に関する賭け市場を利用する人は〔スポーツや金融のそれと比べて〕それほど多くはない。もう一つの理由は、作為的な操作に脆弱という点だ。流動性の低い市場では、大企業が起こりそうにない結果に賭けることで、参加者の予想を変えようとする。選挙では、当選する可能性の高い「勝ち馬」が人気を集めると考えられがちだが、他の候補者の支持者が自分の候補者の掛け率(プライス)を釣り上げるための意図を持って賭け市場に参加しているとの指摘がよくなされている。

結局のところ、賭け市場が機能するか否かという問題は、経験的に判断される。選挙賭博の市場は、適切な条件さえ整えば世論調査よりも正確な予測を提供できることが実証研究により示唆されている。例えば、2001年のオーストラリアの選挙を調査したところ、賭け市場〔の推測結果〕は、選挙の当選者だけでなく、他数十もの激戦区の予測についても世論調査より優れていた。

有名な予測市場サイトの一つが、ビクトリア大学ウェリントン校が運営するニュージーランドの予測市場「プレディクトイット」だ。これは、賭け金の限度額が低いことや、取引手数料や出金手数料の高さから、完全に機能している市場とは言えない(事実、米国商品先物取引委員会(CFTC)に目をつけられている)。しかし、現在の機能としては、ユーザーは「Yes」または「No」の株式を購入することで、選挙等の政治的イベントにベットすることができる。株は0.01ドルから0.99ドルの間で取引され、賭けに勝てば1株につき1ドルが支払われる。また便利なことに、この掛け率(プライス)は賭けられている結果に対する市場の確率判断を反映している。例えば、プレディクトイットのユーザーの一人ジョン・ディヴィナーは、ある議会選挙で劣勢だった候補者Bが勝つと考えていた。その選挙のプレディクトイット市場にて候補者Bの「Yes」株が1株0.15ドルで取引されていることを知ったディヴィナーは、「Yes」の250株を37.50ドルで購入した。後日、彼の予見通り候補者Bが当選したことで、プレディクトイット側は候補者Bの「Yes」株を1ドルずつで換金し、ディヴィナーは莫大な利益を掻っ攫っていった。

もう一つ有名な予測市場が、アイオワ・エレクトロニック・マーケッツ(IEM)だ。IEMは1988年にアイオワ大学の教授陣により設立され、どの候補者が選挙戦に勝利するか、そして特定の候補者が獲得する投票率はどれほどか、この2つが定番の賭けとなっている。

スロウィッキーは自著『「みんなの意見」は案外正しい』の中で、高い予測性能を誇るIEMについての研究を要約し、次のように述べている。

IEMの実績はというと、1988年から2000年にかけて49の選挙におけるIEMのパフォーマンスを調査したところ、選挙前夜におけるIEMの掛け率(プライス)は、平均して大統領選挙ではわずか1.37%、その他の米国選挙では3.43%、米国以外の選挙では2.12%の誤差しかなかったことがわかっている。[中略]IEM〔の予測〕は一般に、主要な国内世論調査を上回り、実際の選挙の数ヶ月前の時点で世論調査よりも正確な結果を叩き出している。例えば、1988年から2000年までの大統領選挙では、596の異なる世論調査が発表された。その中の4分の3は、それぞれ世論調査が発表されたのと同日のIEMの市場価格(マーケットプライス)の方が正確だったのだ。世論調査は、投票率の上下変動によって大きく変動する傾向がある。他方でIEMの予測は、刻々と変動するものの、その変動幅はかなり小規模であり、新規の情報に対してのみ大きく反応する傾向がある。そのため、予測の信頼性が高いのだ。

ジェームズ・スロウィッキー『「みんなの意見」は案外正しい』

グーグルも自社製品の開発を予測するために予測市場を構築してきた。経済学者のキャス・サンスティーンは自身の著書『情報のユートピア Infotopia』のなかで、Googleの予測市場の一部をリストアップしている:「30日間でのGmailアクティブユーザーの総数」「ワイヤレスページのビュー数」「グーグルはイスラエルオフィスを開設するのか?」。

グーグルの予測市場プロジェクトマネージャーであるボー・カウギルによると、同社の予測市場では貴重な確率情報が得られるという。

(グーグル公式ブログ、『衆知に仕事をさせる』(2005年9月21日) より引用)

グーグル、マイクロソフト、ヤフー、フランステレコム、ヒューレット・パッカードも、ビジネスの意思決定に役立てるために社内の予測市場を利用している。

予測市場にも限界はあり、常に正確な予測ができるわけではない。トレードスポーツ・ドットコムはブッシュ政権の指名する最高裁判事に関する予測市場を開催したが、ブッシュ大統領が次期最高裁長官にジョン・ロバーツを任命したことを発表する前日の市場価格は、ロバーツ氏が指名される確率を1.9%と示していた。

最近では、予測市場が誤った予測をした例として、2016年の米国大統領選挙とブレクジットの国民投票が指摘されている。2016年の米国大統領選挙の前日、プレディクトイットはクリントン氏の「Yes」株を0.22ドルで販売し、クリントン氏が明らかに優勢であると観測筋には見えていた。英国のEU離脱投票の前日には、プレディクトイットは「Yes」株を1株0.26ドルで販売していた。とはいえ、こうした事例から、予測市場が無意味であると判断するべきではない。世論調査、情報収集サイト、専門家も、こうした事例で誤った予測をしていた。

予測市場は預言者ではないので、当然予想外の出来事も起きる。「コインを4回連続でひっくり返して表が出る確率はどれくらいか」と聞かれれば、「16分の1、かなり確率は低いです」と答えられるだろう。そして、実際にコインを4回連続でひっくり返して表が出たとしても、その「確率が低い」という予測自体は間違ったものではない。ブレグジットの国民投票と2016年のアメリカ大統領選挙の2つは、まさに「予想外の出来事」が起こっただけという可能性がある。

しかし、「予想外の出来事」以外にも影響を与えた要因が考えられる。誰に投票するかを決めかねている有権者にとって、選挙前の最後の数日間におけるニュースは意思決定に大きく左右する可能性がある。また、集団思考や社会通念は、世界の政治トピックに関する人々の予測に影響を与え、論敵の意見を反駁するエビデンスに固執させてしまうこともある。

賭け市場や予測市場は、たとえ予測を外そうとも、貴重な情報をもたらす。予測市場の「プレディクトイット」や、予測プラットフォームの「メタクルス」は、優秀な予測者のリストを保有している。このため、予測市場に関心がある人は、どの予測者が優れているのかを戦績を把握できる。

ソーシャルメディア企業は、ユーザーによる予測を集計するツールを構築できるかもしれない。例えば、そのツールを使って、2023年にコロナの陽性になるイギリス人の数をユーザーが予測できるようになるとする。ソーシャルメディア企業は、実数値に最も近い数値を予測したユーザーに金銭やポイントを提供すれば、他のユーザーにとっても有益な予測データベースを構築することができる。

事実、ソーシャルメディア企業が、ユーザー向けに予測市場のオプションを設け、それによってユーザーがなんらかの言説の真偽を賭けることが可能になることへの禁止事由は原則存在しない。予測市場を備えたソーシャルメディア・プラットフォームでは、ユーザーは自分の投稿と、その真偽に対する賭けの実施を他のユーザーに知らせることになる。また、あるニュースについての信ぴょう性を示すこともできる。

経済学者のアレックス・タバロックは、「賭けはデマに対する税金である」と評している。〔予測市場に参加した〕ユーザーアカウントには、時間の経過と共に、認識の誠実さや、正しい情報を共有してきたという実績が、蓄積されていくことになる。

現在のSNSにはこういったシステムは備わっていない。匿名ユーザーが「コロナは研究室で生まれたのではない」とか、「15年後には氷冠が溶けきっている」などと投稿しても、そのユーザーの信ぴょう性がどれほどのものか、正確な予測を行った実績があるのかを知る術はない。しかし、予測市場があれば、例えば別のユーザーが海面上昇の速度に対する賭けを行うことも可能となる。気候化学について一般のユーザーよりも詳しいのであれば、関連市場でのインセンティブを得ることもできるだろう。

ソーシャルメディアの予測・賭け市場は、なにも物議を醸す議題に対し機能する必要はなく、また予測を投稿するアカウントが必ずしも匿名、あるいは偽名とも限らない。歴史的な日付の間違いや引用の誤記といった単純なミスも、賭け市場で対処することができる。例えば、「1065年にウィリアム征服王がイングランドに侵攻した」といった旨の投稿をした場合、その言説の真偽に賭けることができる。ユーザーが投稿の真偽を単に「投票」で決めるシステムでは政治的なバイアスにさらされる可能性があるが、「賭け」システムであれば仕掛けた側も相応のリスクを負うことになる。

メディア上のコンテンツの「規模」を考慮すれば、フェイスブックやティックトックに比べて比較的小規模なツイッターなどのSNSで行われる予測市場を誰が取り仕切るのか、という課題は避けては通れない。1秒間におよそ6000ものツイートが作成されるため、仮に予測市場の対象がそのツイートの半数だとしても、毎秒ネットワーク上に30もの予測市場が立ち現れることになる。

ソーシャルメディア企業による取り組みとしては、投稿に対する賭けの実施を一定数(1000人など)のユーザーが支持した場合にのみ、取引を許可するというのも一つの手段だ。さらに別の手段に、予測市場の機能を実装しつつ、その取り決めは然るべき第三者機関やユーザーに委ねるというものだ。これは、ユーザーが決算日や条件を指定した独自のマーケットを構築することで実施される。同様のシステムが2018年に導入されていたとすれば、ツイッターユーザーは次のような条件で独自の予測市場を作ることができる。「2019年12月27日23時59分時点で、少なくとも20の州で中絶が違法となった場合に、この取引を「Yes」として可決する」。そして同ユーザーは、参加者がその結果に意義を申し立てた場合に、市場の裁定者として他のユーザーを指名する、といった仕様となっていたことだろう。

予測市場を備えたSNSプラットフォームによって、ユーザーは結果を正確に予測した回数に応じた評価ポイントの獲得も考えられる。このポイントが溜まり、事実上のアカウント評価ツールとして用いられることで、他のユーザーが予測市場の賭けに参加するか、評価の低いユーザーとして警戒するべきかを判断できるようになる。報道機関もこのような評価ポイントを利用して、記者の記事の信ぴょう性をアピールすることができるようになる。新聞社が自社の記者の記事に関する予測市場の賭けに資金提供することで、その記事に対する信頼の大きさを表明することができるようになるだろう。

では、どのようなユーザーが予測市場の裁定者として適任なのだろうか。プラットフォームは賭け総額の何%かを提供すれば、ユーザー自身に市場の裁定者として活動するインセンティブを提供することも可能だ。このようなインセンティブの構造を設けることで、ユーザーは公正な考えと、紛争解決の資格を持つことをプラットフォームにアピールすることができる。大学、研究所、シンクタンク、ミュージアムなどの専門機関も、特定の市場の裁定者として自らを宣伝できる。

他のソーシャル・プラットフォームにもこうした「市場の裁定者」の実例が顕現しつつある。多人数参加型オンラインRPGの「イブ・オンライン」では、一部のプレイヤーが紛争解決の専門知識を身につけるに至った事例がある。例えば、米国の外交官を務めていたショーン・スミス氏は、イブ・オンラインのキャラクター「Vile Rat」として、自身の専門スキルを活かし外交官の役割を務めた。2012年のリビア・ベンガジで起きたアメリカ大使館襲撃事件により、スミス氏が命を落とした際には、イブ・オンラインのプレイヤーたちはスミス氏の外交スキルを讃えて追悼した。というのも、イブ・オンラインでは数十万ものプレイヤーが連合に参加し、同盟を結び、貿易や海賊行為を行うため、「外交官」の存在はこのゲームでは必要不可欠だったのだ。

ソーシャルメディアの予測市場によって、新たな制度や規範が登場するだろう。既にソーシャルメディア上には、ユーザーによる、あらゆる類の行動を監視するボット機構が構築されている。例えば、ニューヨークタイムズの記事の変更履歴を収集するツイッターアカウントや、議会のIPアドレスで行われたウィキペディアの編集をスクリーンショットし投稿するマストドンアカウントなどだ。後者は、何者かが議会のIPアドレスを使用して、議員の個人情報をウィキペディアにアップロードした際に、ツイッター社が@CongressEditsというアカウントを凍結させた後に出現した。

予測市場において、ユーザーは自ら、著名人(ジャーナリスト、政治家、有名人 etc.)に関する注目の市場や賭けを発見するツールを構築することで、〔ボットと〕同様の機構が成立するだろう。〔市場の〕裁定者としての役割を担ってきた伝統的な金融機関も、勝算さえあれば間違いなく予測市場に参入することだろう。ユーザーは、予測市場の結果を利用して、大学や報道機関など様々な専門機関を、各予測市場での成功に基づいてランク付けできるようになる。そうした専門機関もまた、予測市場の賭けに参加することで、自分達の従業員への信頼を表明することができる。

では、こうした予測市場の機能はフェイクニュースを打倒できるのだろうか。ソーシャルメディアサイトは、予測の正確性や真実味のある投稿の実績があるユーザーのコンテンツを自動的に表示しやすくし、他方で不正確な予測の実績があるアカウントの表示回数を制限することができる。これは、フェイスブック、ツイッター、ユーチューブが採用している中央集権的なコンテンツモデレーションよりも魅力的な戦略である。この新たな戦略システムでは、コンテンツの表示頻度は〔従来の〕中央集権的なコンテンツデザインではなく、そのユーザーの予測精度を示すことで、ソーシャルメディア企業が現在直面するさまざまな政治思想からの反動を退けることができる。

ここ数年、ソーシャルメディアサイトがデマやフェイクニュースの拡散を阻止するべくさまざまな措置を講じている。ツイッターでは、当時のドナルド・トランプ大統領のツイートや、コロナや2020年の大統領選挙に関するフェイクニュースと思しきツイートに、ファクトチェックを促すラベルをつけた。またツイッターは、以前「バードウォッチ」と呼ばれたクラウドソーシング型のファクトチェック・プログラム、「コミュニティノート」とのプロジェクトを始動している。このプログラムでは、モデレーターがツイートに「ノート」を追加することができ、ツイッターユーザーはそのノートの承認を投票によって決定できる。ユーチューブでは、動画のソース(BBC、アルジャジーラなど)に関する情報と、コロナウイルスに関する情報ページへのリンクを追加する措置を講じた。また、地球平面説やホロコースト否定のような動画には、信頼できる情報ソースへのリンクを促している。

これらの措置は言論の質を向上させたかもしれないが、同時に分断を煽る危険性も孕んでいる。アメリカの右派の間では、現代のソーシャルメディア企業への不信感が広がっている。2021年のケイトー研究所の調査によれば、アメリカの保守派の90%がソーシャルメディア企業を信用していない。しかし、ツイッター、フェイスブック、ユーチューブなどの既存企業が予測市場を導入すれば、一部の米国保守派は信頼を寄せるかもしれない。これらの企業が第三者による〔コンテンツの〕裁定を認め、予測市場の紛争を回避しようとすれば、特に信頼を勝ち得ることだろう。それでも、保守派の大部分は〔この措置に〕納得はしないだろう。とどのつまり、ソーシャルメディアが市場を支配している実態に変わりはないのだから。

しかし、完璧主義に陥ってはならない。ナンセンスな言説を暴いて実績を上げたユーザーに信頼が寄せられるのは必然であり、デマに群がる信者を減らすことにつながる。また、新たな社会トレンドに対する悲観的なジャーナリストやコメンテーターの冷笑的な態度を抑止することもできる。これまで何百もの記事がいまだ健在のビットコインの死を告げ、数年に渡り自動車メーカーの衰退を示唆してきた人々の予測をテスラの株価が覆している。金融ジャーナリストは、ネガティブなことを誇張し、ポジティブなことを控えめに見積もる傾向があるため、予測市場には特に適している。

ソーシャルメディアにおける予測市場はこれほど有望であるにも関わらず、なぜ普及しないのか。スポーツ賭博、宝くじ、運任せのギャンブル、株式市場は、公的に許可されている全ての場所で広く普及している。しかし政治的な〔賭け〕市場は、表向きには成立していない。代表的なソーシャルメディアは、広告収益のためにかなりの量の有害なコンテンツを許容しているため、予測市場を実施するインセンティブを持っていないのでは、との見解もある。

最大の障壁となっているのが、米国において、予測市場サービスの法的地位が些か不明瞭であることだ。IEMは、商品先物取引委員会(CFTC)のノーアクションレター [1]no-action letter:企業等が自分達の事業・取引等について特定の法令の規定適用対象となるか否かの事前確認を政府機関に申請する手続き によってアメリカのユーザーにサービスを提供できている。しかし近年、ノーアクションレター制度の保証する運営許可が鉄壁であるとは言い難い。2022年8月、CFTCはプレディクトイットがノーアクションレターに違反した運営を行なっているとして、その運営許可を取り消した。もし仮に米国で選挙賭博が合法化されたとしても、オンライン賭博(いまだほとんどの法域では違法)を規制するさまざまな州法との衝突は避けられないだろう。

イノベーターや起業家が自由に予測市場をオンラインの言論プラットフォームに導入できるよう、こうした法的な障壁は取り除かれるべきだ。イーサリアムのブロックチェーンに構築される分散型予測市場プラットフォームの「オーガー」は、法的制約さえなければより普及すると思われるプロジェクトの一つだ。ポリゴンのブロックチェーンにおける予測市場プラットフォームの「ポリマーケット」も同様である。ポリマーケットとオーガーはどちらも、法規制上の理由により、プラットフォーム上での米国居住者による取引や賭けを認めていない。

もっとも、ソーシャルメディアにおける予測市場がまだ軌道に乗っていないのは、そうした予測市場によって提供される情報が潜在的な正の外部性の水準に達していないかもしれないため、ローンチにあたっての助成金が必要だからなのではないか、という意見もある。

しかし、この説が絶対に正解というわけでもない。多くのソーシャルメディア企業は、扱う情報の信ぴょう性から利益を得ているのだ。そのためか、近年ではメディアが積極的に嘘をつくことはほとんどないとされている。新聞やオンライン出版物の伝える誤報のほとんどは不作為であり、「文脈上重要な真実」ではなく「広範な真実」を伝える姿勢のために生じるものだ。大手出版社は、誇張や文体、事実の省略によって誤解を与えることになろうともこの姿勢を遵守している。ご存知の通り、ソーシャルメディア企業は自社サイトの評判を高めるために、法律で定められた以上のことをしている。予測市場はその新たなツールになることだろう。

予測市場はフェイクニュースの対処に役立つだけに留まらず、〔ソーシャルメディアにおける〕より慎重で高精度な予測、より有用な情報というカルチャーを形成する可能性を秘めている。情報は非常に厄介で複雑であり、整理整頓するのは難しい。未来の予測についての情報の場合は特にそうだ。ファイブサーティエイトやリアル・クリア・ポリティクスのようなメディアは、競合他社よりも優れたデータと予測機能を有していることに基づいて市場を構築してきた。グーグルは予測の判断材料として賭け市場のオッズをスポーツのライブ配信に組み込んでいる。ツイッターのようなSNSサイトでも予測市場をうまく組み込むことで同様のことが可能になり、評判の回復に活用することもできるだろう。

予測市場が合法化され、たとえ上手くいかなかったとしても、それはおそらく予測市場が単にこの〔ファクトチェックの〕役目に適さなかったということだろう。それでも、政府は予測市場の流動性を高めるために助成金を出す実験を行うことができる。その際には、市場に対してさまざまな賭けを現行レートで行いつつ、他のユーザーにカウンターパーティを提供することになる。

とはいえ、政府関係者が躊躇する理由も十分に理解できる。選挙や裁判の判決、政治家の人気など、政治や政治家に関連する分野での賭博に政府が助成金を出すことは、国民の多くからは良く思われず、汚職と非難され、予測市場を構築しようとする企業の正当性が損なわれるリスクを大いに伴う。慈善事業への資金提供という魅力的な活動においても、同様の問題が起こりうる。裕福な資金提供者による事業への介入は、以前にも陰謀論の火種になったことがあり、同じ顛末になることは想像に難くない。

陰謀論、健康に関するデマ、プロパガンダの拡散は、何十億ものユーザーがコンテンツを共有し消費するプラットフォームにおいて発生し、そのすべてが金銭の授受を介さず行われる。このような有害なコンテンツに対する法律家の対応は往々にして、言論の自由やプライバシーを侵害するものであったり、反競争的な行為であった。予測市場は、オンライン上の言論の質を改善する制度として機能する可能性を秘めている。

マシュー・フィーニー:政策研究センター テクノロジー・イノベーション代表、ツイッターアカウントはこちら

Markets in fact-checking
Words by Matthew Feeney
by Works in progress Issue 10, 21st February 2023

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1 no-action letter:企業等が自分達の事業・取引等について特定の法令の規定適用対象となるか否かの事前確認を政府機関に申請する手続き
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