ハイン・デ・ハース「移民についてのよくある議論の多くは間違っている:移民を巡る8つの神話」(2017年3月29日)

この二極化した議論において、冷徹な事実は不幸にも置き去りになっている。〔…〕このエントリでは、私が移民研究に従事する中でよく出会う8つの神話を取り上げよう。

移民の議論になると、右派の側でも左派の側でも、たくさんの不正確で誤解に基づいた主張が飛び交う。この記事では、実証研究が実際に何を示しているのかを紹介しよう。

移民は2016年の最重要テーマだったが、2017年も重要なテーマであり続けるだろう。だが移民というのは、議論が加熱していると同時にきちんと理解されていないテーマでもある。いわゆるヨーロッパの「難民危機」、移民でパンパンに詰まったボートが地中海岸に到来するというよくあるイメージは、移民はコントロール不可能な脅威であり、大量の移民流入を制限するにはラディカルな政策が必要だ、という印象を与える。大量移民の恐怖は、ヨーロッパ中で極右のナショナリスト政党の台頭を促し、アメリカ大統領選ではドナルド・トランプの勝利に貢献した。

厳しい移民政策を求める声が上がっているのと同時に、別の意見も、やや声は小さいが出てきている。財界、人権団体や宗教組織、左派-リベラル政党は、移民は移民の出身国にとっても受け入れ国にとっても有益なことが多いし、難民は負担ではなく潜在的な資源と見なすべきだ、と主張している。

だがこの二極化した議論において、冷徹な事実は不幸にも置き去りになっている。右翼の議論も左翼の議論もいくつかの神話に基づいており、移住プロセスの性質や原因・結果に関する知識の圧倒的な不足を示している。このエントリでは、私が移民研究に従事する中でよく出会う8つの神話を取り上げよう。

1. 国境閉鎖は移民を自動的に減らすわけではない

国境閉鎖は、ただドアをバタンと閉めるような簡単な仕事ではない。移民制限はいくつかの意図せざる副作用を生じさせる可能性があり、そうした副作用は制限の実効性を弱めるかもしれない。第一に、制限をかけることで移民たちが他の合法・非合法な経路を探しだす可能性がある。例えば、実質的には経済移民なのに「家族呼び寄せ(family reunification)」の経路を利用するかもしれない。第二に、国境管理を厳しくすると、移民たちは他の陸路や海路を利用するようになり、越境請負業者(smuggler)の市場が栄えることがままある。第三に、制限をかけることで「今が最後のチャンス」と考えた移民たちが押し寄せてくるかもしれない。例えばスリナムが1975年にオランダから独立した際、入国にビザが必要になる前に、スリナム人口の40%がオランダへ移住した。

最後に、移民制限は循環な移動を妨げ、移民は永住を選ぶようになりがちだ。これは例えば1970年代から1980年代にかけてのいわゆる「出稼ぎ労働者(guest-workers)」において生じたことだ。一時的にでも故郷に帰れば再移住できなくなるという恐れがあったため、多くの移民労働者が永住を選んだのである。国境移動が自由だった1991年以前、多くのモロッコ人が季節労働者・臨時労働者としてスペインと自国を行ったり来たりしていたが、1991年のシェンゲン協定で入国にビザが必要になると、違法船による移住の動きが始まり、モロッコ人労働者はスペインに永住するようになった。さらにモロッコ人労働者は家族も連れてきたので、スペインのモロッコ人口は70万人にまで急増した。

これは、政府は移民をコントロールできないとか、すべきでないということを意味するわけではない。これが示しているのはむしろ、リベラルな移民政策は必ずしも大量移民をもたらさず、よく練られていない移民政策は逆効果になり得る、ということだ。自由な移住は、EUに見られるように、循環的な移動をもたらすことが多い。入国政策の制限が厳しくなるほど、移民はその国に滞在したがるようになる。こうした意図せざる効果は、政策決定者にとって根本的なジレンマを生み出す。

2. 移民政策は失敗していない

メディアが船による移住や違法な国境通過を取り上げがちなせいで、移民政策は「崩壊」しており国境は管理不可能となっている、という歪んだミスリーディングなイメージが生み出されている。また、「難民危機」に強く焦点が当てられ、移民政策のほとんどが実は大きな効果を発揮しているという事実が隠されてしまっている。結局、移民の大多数(利用できる最良の推計によると、少なくとも10分の9)はヨーロッパに合法的に入国しているのだ。これは、移民は「コントロール不可能」だという描像に反する。違法移民はかなり限られた現象だ。難民が非常に多かった時期(2015年や、1990年代のバルカン紛争期)は、原則というより例外であり、長くは続かない傾向にある。

移民の流入は蛇口のように開けたり閉めたりして調節できるものではない。現代の移民政策の目的は、移民の数ではなく、移住者の選別や移住のタイミングに影響を及ぼすことだ。だが、移民政策によって実現できることは過大評価されがちだ。これは、移民が(出身国と受け入れ国の)経済発展や社会変動のプロセスによって駆動されており、そうした要因は移民政策によってコントロールできないためである。

例えばヨーロッパのほとんどの国で、移民の水準は景気循環と強く相関しがちだ(グラフはドイツの事例)。経済成長率が高い時期には、より多くの移民が職を見つけられ、就業許可を得られる可能性が高い。経済移民は労働需要に強く駆動されている。これは、移民の数に影響するのは主に、出身国での貧困や暴力といった要因である、という通俗的イメージに反している。

3. 移民政策はより制限的になっているわけではない

政治家は「移民政策はますます制限的になっている」と国民に信じさせたがっているのかもしれないが、現実はもっと複雑だ。私たちがオックスフォード大で行った最近の研究では、1945年から2010年までの45カ国における6,500個の移民関連法を検討した。結論は、過去数十年、移民政策はほとんどの移民グループに対してますます寛大(liberal)になっている、というものだった。例えばドイツでは、1945年以降に議会で可決された移民関連の法規制の61%が、制限を緩和する効果を持つもので、制限を厳格化する性質のものは35%、影響が中立的なものは4%だった。

この原則に対する例外は、亡命希望者や非正規移民がヨーロッパに入ってくるのを防ごうとする国境管理政策やビザ政策で、人目を引きやすい。だが亡命希望者や非正規移民は、移民全体の中のごく少数しか占めていない。受け入れ政策の長期的なトレンドを見れば、他の移民グループのほとんど(労働移民、家族、学生)はますます歓迎されるようになっている。ドイツとオランダの政治家が、我々の国は「移民の国」ではないと盛んに主張していたのは20年前のことだ。現在、そうした声はほとんど聞かれなくなるか、右翼の非主流派の主張と見なされるようになっている。これも、移民が(正反対のことを示唆するレトリックが用いられているにもかかわらず)ますます受け入れられるようになってきたことを示している。

4. 移民出身国への開発支援が移民を減らすわけではない

多くの国の政府、そして開発組織は、途上国への開発支援を移民を減らす一手段と見なしている。この見解は、南半球から北半球への移民の大きな要因は貧困と暴力である、というミスリーディングな考えに基づいている。現実には、途上国の開発はまず、移民の数を増大させる。

実証研究は、最貧国ではより発展した国よりも〔国外に出る〕移民の数がはるかに少ないということを示しており、この「移住のパラドクス」を確かめている。結局、移民になるにも資源が必要なのだ。極度の貧困下では人々は移動できなくなる。生まれた土地から離れる余裕がないため、その場所に囚われるのだ。気候変動が西洋諸国への大量移民をもたらすだろうという考えが非現実的なのもこのためだ。環境変動は移住志向を高めるかもしれないが、移住する能力をも制限する可能性がある

経済成長と教育の改善は普通、移住する能力や意欲を高める。それゆえ、移民の送り出しが顕著に多い国(メキシコ、モロッコ、トルコ)が中所得国なのは偶然ではない。最貧国(例えばサハラ以南のアフリカ諸国)の発展が進めば、ほぼ不可避的にそうした国からの移民は増えるだろう。それゆえ、将来的にはヨーロッパへの移民は、トルコや北アフリカではなく、サハラ以南のアフリカ諸国から来るようになるかもしれない。

5. 移民は「頭脳流出」をもたらさない

繰り返しなされる主張の1つに、移民は「頭脳流出」、すなわち教育水準の高い人材の流出をもたらし、出身国の発展のポテンシャルを削ぐ、というものがある。この議論もこれまでと同じだ。移民の数は一般に、こうした影響を生じさせるほど多くはない。研究が示すところでは、地方部における医療施設の質の低さといった開発上の構造的問題の責を移民(例えば医者の移住)に負わせるのは、一般的に言って理に適っていないだろう。

第二に、多くの発展途上国で大卒者の失業率が上昇している。

第三に、「頭脳流出」の議論は、多くの移民が出身国に莫大な額を送金しているという事実を無視している。2015年には、発展途上国出身の移民は、公的に記録されているだけでも4100億ドルを自国に送金していた。これは、同年に世界中で開発援助へと投じられた額(1610億ドル)の2.5倍以上だ。

こうした送金は、出身国の生活水準を向上させ、家族や地域の貧困水準を低下させる。だが同時に、移民は腐敗や不平等といった開発における構造的問題を解決できる、と考えるのは誤りだ。

6. 移民は受け入れ国の国民の雇用を奪わないし、福祉国家を弱体化させもしない

研究によれば、移民のほとんどは、受け入れ国の人々がやりたがらない、あるいは技能を持っていないような職業に従事している。さらに、複数の研究が示すところでは、移民は経済成長に正の影響をもたらす。だがその影響はかなり小さい。

福祉制度が非常に整備されている国(ドイツやオランダなど)は、セーフティネットがそれほど寛大でない国(イギリスやアメリカなど)よりも移民をひきつけやすい、という主張もよくなされる。だがこの主張も他の議論と同様、全く立証されていない。

だが研究は、移民から利益を得るのは(移民自身を除けば)主にビジネス層、つまり豊かなアッパーミドル階級であるということを示している。低所得者は一般に、移民から得られる便益が小さく、損をすることもあり得る。だが皮肉なことに、新規の移民との雇用の競合を最も恐れているのは、元移民だ。国境開放の支持者は、移民によって〔国内で〕不平等が増大し得る可能性を無視することが多い。

7. 移民で高齢化社会の問題を解決することはできない

移民の規模は、人口の高齢化の影響を相殺するには小さすぎる。国連の研究によると、高齢化を相殺するために受け入れなければならない移民の規模は、望ましくもないし現実的でもない。この研究によると、例えばドイツが人口の高齢化を止めるには、年間350万人の移民の純増が必要となる。これは、1991年から2015年までの年間の移民数の平均(28万人)の12倍も多い。

さらにこの議論は、高齢化が全世界的な現象となりつつあり、中国などの高齢化社会がそれ自体で国際的な移住先となり始めている事実を無視している。そのため、これからの問題は、移民が来るのをどう防ぐかではなく、移民をどうひきつけるか、になるだろう。

8. 現代は移民が未曽有の規模となっている時代ではない

最後に、より広いスケールで見てみよう。過去半世紀にわたって、世界人口に占める移民の割合は極めて安定しており、1960年以来ほぼ3%で一定となっている。国際移民の数は、1960年には9300万人だったのが2015年には2億4400万人に増えた。だが世界人口もほぼ同じ率で増加している(3億人から7億3000万人)。

グローバルな「難民危機」というイメージも、事実に立脚したものではない。グローバルな規模で見れば、難民は全移民のごく一部を占めているに過ぎない。難民の数は、1990年代には1850万人で、2010年には1630万人にまで減ったが、2016年に主としてシリア内戦のために2130万人にまで増えた。だが依然として、難民は世界全体の移民人口の7%から8%を占めるに過ぎないし、全難民の約86%は発展途上国に暮らしている。

トルコ、パキスタン、レバノン、イラン、エチオピア、ヨルダンといった国は現在、巨大な難民人口を国内に抱えている。対照的に西洋社会は、比較的少数の難民しか受け入れておらず、現在の難民数は未曽有のレベルというには程遠い。現在、難民がEUの総人口に占める割合は0.4%だ。1992年から1995年にかけて、その割合は0.5%前後だった。

グローバルな移住パターンにおける最大の変化は、人口移動が向かう方向が変わったことだ。過去数世紀、外国の土地に移住(あるいは征服)していたのは主にヨーロッパ人だったが、第二次大戦後にそのパターンは逆転した。

EUは、経済の強みと人口高齢化の問題を抱えており、グローバルな移住先となった。現在、年間で150万から250万人の非EU圏からの移住者をひきつけている。これは大きな数字に聞こえるが、EUの総人口5億800万人のうち0.3%から0.5%を占めるに過ぎない。

さらに、毎年100万から150万人の人々がEUから出て行っている。フランスやドイツなどヨーロッパ諸国におけるネットで見た移民の数は(上に示したように、景気循環と並行して)変動しがちだが、長期的なトレンドは上昇傾向にない。

移民を、解決すべき問題ではなく、経済成長と社会変化の本質的な要素と見なす必要が高まっている。開かれた豊かな社会は、好むと好まざるとにかかわらず、将来もかなりの移民流入を経験することが避けられない。

これは、自由化のパラドクスの1つを示している。移民を減らしたいという政治的意欲は、経済自由化へ向かうトレンドや、経済成長の最大化への意欲と、根本的に両立不可能なのだ。過去数十年、労働者の権利の解体、柔軟な雇用の広がり、国有企業の民営化によって、ヨーロッパで移民労働者の需要が非常に高まってきた。イギリスやアメリカ(どちらの国も、非常に自由化された市場経済で、たくさんの移民に恒常的に直面している)での移民を巡る加熱した議論は、こうした自由化のパラドクスを力強く示している。

そのため、移民を本当に減らすには、経済自由化を後退させ、労働市場を厳格に規制するしかないと思われる。だがこれは、国内でも国外でも、豊かさを減衰させ得る。問うべき問題はこうだ。私たちはそのような社会を本当に望んでいるだろうか?

[Hein de Haas, Myths of migration: Much of what we think we know is wrong, 2017/3/29.]

[著者紹介:ハイン・デ・ハース(Hein de Haas)氏はオランダ出身の社会学者。移民研究の世界的権威。現在、アムステルダム大学およびマーストリヒト大学で教授を務める。オックスフォード大では国際移民研究所(International Migration Institute)の立ち上げに参加した。著書『移民の本当の実態:最も紛糾している政治問題について知っておくべき22のこと(How Migration Really Works: 22 things you need to know about the most divisive issue in politics)』は複数の言語に翻訳されている。なお本記事はハース教授の許可に基づいて翻訳・公開している。]
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