ノア・スミス「《アメリカによる平和》のあとにやってくるのはうれしくない時代かも」(2023年10月9日)

ジャングルへようこそ

「私は正しいかもしれないし,間違っているかもしれない / ただ,私がいなくなったらきっとあなたはさみしがるね」――タジ・マハール

みんなが聞き及んでいるとおり,昨日,ハマスがイスラエルに大規模な奇襲を仕掛けた.ハマスはガザ国境を越え.大規模なロケット爆撃につづけて近隣の街々を占拠または襲撃して,何百人も殺した.ハマスの兵士たちがイスラエル人捕虜をガザに連れて行ってる光景は,インターネットのあちらこちらで拡散されてる.これに対して,イスラエルは交戦状態を宣言した.両者による戦闘は,このところの記憶にないほど凄惨で獰猛なものになるにちがいない.

すでに多くの人たちが指摘しているように,アメリカが助力していたイスラエルとサウジアラビアの和平合意が実現する可能性をつぶすのが,今回の攻撃のねらいと目される.こういう和平合意は,トランプのもとで開始された「アブラハム協定」プロセスをさらにすすめたものとなるだろう.和平合意が実現すると,サウジアラビアにいる後援者たちからハマスが資金をいっそう獲得しにくくなる.また,和平合意は,イスラエル国家をすべてのスンニー派アラブ強国が承認することにもつながる.それはつまり,ハマスにはシーア派イランの顧客というイメージしか残らなくなるということでもある.

もしもハマスがイスラエルとサウジの交渉をうまく邪魔できたなら,アメリカの面目は潰れて,「アメリカは安定化と平和創出の力だ」という主張は痛手を被る.でも,イスラエルとサウジの交渉がやがて進捗を見せるとしても,今回の攻撃によって,世界各地での紛争を抑止するアメリカの力が低下しつつあることが明らかになってしまった.

それに,近頃になって勃発した国家間紛争は,これひとつじゃない.この数週間で,アゼルバイジャンはナゴルノカラバフの領土を取り戻した.これにともなって,12万人のアルメニア人が生き延びるために逃亡を余儀なくされている.大規模な民族浄化の事案だ.こうなった主な理由は,ロシアがウクライナ侵攻にかかりっきりになっていることにある.アゼルバイジャンは,2020年にアルメニアを戦争で打ち負かして,ナゴルノカラバフを正式に掌握したけれど,ロシアが介入してさらに暴力が行使されるのをとめた.ロシアの力が弱まるなかで,アルメニアは急速にアメリカに接近しようと試みたものの,それだけではアゼルバイジャンによる民族浄化をとどめるのに足りなかった.

一方,セルビアはコソボとの国境に配置した部隊を増強しつつある.1990年代にセルビアに対してアメリカが介入して以降,コソボの独立は係争が続いている.アメリカとその同盟国の一部は,セルビアからのコソボの独立を承認しているけれど,セルビア・ロシア・中国と一部の欧州の国々は承認していない.

いま挙げたのは,世界秩序がガラガラと崩れつつある徴候の,ほんの一端でしかない.《アメリカによる平和》は,瓦解しきってるのではないまでも,末期的な状態にある.〔アメリカ一国だけが強いのでも米ソ対立時代みたいな二極的な状況でもなく〕完全に多極的な世界が出現していて,そういう多極的な状況はちょっとばかり混沌としてるのを人々は遅まきながら認識しつつある.

「その《アメリカによる平和》って,なんだったの?」 冷戦の終結後に,国家間の紛争による死者は――国どうしが戦争をはじめたり帝国的な征服にのりだしたりヨソの内戦にいろんな国々が介入したりすることによる死者は――劇的に減少した.

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Source: OWID

外国による大がかりな介入のない内戦は,よくある.ただし,中国やロシアでたまに起こる化け物級の内戦をのぞけば,そうした内戦による死者は多数に上らない傾向がある.通例,ものすごい破壊の波がいくども起こるのは,国家が国境を越えて軍隊を送り込んで戦闘をするときだ.そして,第二次世界大戦の終結から70年近くにわたって,そういう事態は減っていった.歴史家たちは,これを「長い平和」と呼んでいる.国家間の紛争が最低水準にまで減ったのは,ソ連が崩壊してアメリカが世界唯一の超大国になった1989年から2011年の期間だ.

この「長い平和」が実現した理由については,政治学者や歴史家のあいだで諸説わかれている(それに,「たんに統計的な錯覚だ」と考えてる人すら,ごく一握りながらもいる).「民主主義による平和」理論によれば,国家どうしの戦いが減ったのは,指導者たちがより強く人々の制御下におかれたからだと考える.「資本主義による平和」理論によれば,世界の貿易と金融のつながりが広まったことで戦争の経済的な魅力が減少したのだと考える.また,豊かな国々では物質的な満足が強くなったことで戦争を起こしにくくなった可能性もある.国連その他の国際機関も,紛争の勃発を抑えたかもしれない.

とはいえ,「長い平和」が実現した理由を説明するいちばん単純・簡素な説といえば,これだ――「アメリカの力が平和を継続させた.」 どこかの国が他国に軍隊を送り込もうというときには,必ず,アメリカとその同盟国が介入してこれを止める可能性が立ち塞がる――現にそうなった事例を挙げれば,1950年の朝鮮戦争,1991年の湾岸戦争,1992年のボスニア,1999年のコソボなどなどがある.ソ連の力もときにこれを助けた.たとえば,1971年にはバングラデシュ大虐殺を止めるインドの介入をソ連が助けている.でも,全体として,ソ連は現状変更を志向する権力で,戦争を終わらせるよりも始めることの方が多かった.それに比べて,アメリカとその同盟国はいちばん強力なブロックを形成していて,現状維持を志向していた.

もちろん,介入が紛争を防ぐ場合と介入が事態をいっそうややこしくする場合とに線引きをするのはむずかしい.たとえば,ベトナム戦争では北ベトナムによる南ベトナムの奪取をアメリカが試みたのか,それとも,アメリカは南ベトナムの内戦にアメリカが介入していたんだろうか? 答えは,その人の視点でちがってくる.ただ,最終的に介入によって紛争がいっそう悪化しかねないという可能性が抑止力のはたらきをすることもある点は,記憶にとどめておこう.戦争となったらどんなところにでも出向いて銃弾をぶっぱなすどうかしてる奴がいたら,戦いを始めるのを避けるいい理由になる.

実際のところ,60年代後半から70年代前半にかけての国家間紛争の勃発は,《アメリカによる平和》理論に合致してる.この時期,アメリカはベトナムでの戦争にかかりっきりになって,他の紛争に介入するのに利用できる資源も注意力も大幅に減ってしまった.「猫がいなくなればネズミが踊る」ってやつだ.

こんな風に,アメリカは,世界の警察として機能していた.映画の『チーム☆アメリカ/ワールドポリス』は,この発想をからかいつつも,同時に,いくぶん支持してもいる.アメリカとその同盟国が居座って国家間紛争に首を突っ込むかまえを見せているかぎり,どんな種類であれ自国領土外への介入には,その性質上,リスクがついて回る.

ともあれ,《アメリカによる平和》理論はこういうやつだ.この仮説を実証的に検証できる方法はそうそう思い浮かばない.その理由は,景気後退の原因を見定めるのがむずかしいのと同じだ.アメリカの力は全世界に影響を及ぼした.そのため,国どうしを比較した分析がむずかしい.それに,国家間の戦争はそんなに多くないから,データもとぼしい.せいぜいのところ,ある国がアメリカの介入をうけるリスクの大きさをはかるなんらかの数値をつくって――アメリカの「影響圏」を計量的に定義して――ベトナム戦争みたいにアメリカの介入能力を弱めたり逆に強めたりするいろんなショックに注目し,多少なりともアメリカの介入を受けた国々どうしのちがいを見るくらいしかできない.ただ,そのデータセットは小さいだろうし,統制すべき要因はたくさんある.だから,この実証的な試みをやったとして,どれくらい信頼すべきか自信をもてない.

《アメリカによる平和》は,この20年でしだいに弱まってきた.このところ,その終焉についてはいろんな人たちが書いてるし,終焉をもたらした要因はたくさんある.最初の大きなきっかけイラク戦争だった.あれは,アメリカが大きな国家間紛争を止めるのではなく始めてしまったのが明瞭な事例だった.サダム・フセインは暴虐だったけれど,1991年に敗北してからは,国境内でしか暴虐でなかった.それでもフセインは攻撃を受けてしまった.現状を守っているべきときに,アメリカは現状を変える権力として行動してしまった.

もし,自分が国境の外に自軍を送り込むかどうかで介入の脅威が変わらないなら――どっちにしてもアメリカが自分のことを気に食わなければ攻撃されるかもしれないなら――国家間紛争を避けるインセンティブは減る.それに,イラクはアメリカの介入意欲を弱めることにもなった.

同時に,アメリカは軍事的にも弱くなってきていた.「対テロ戦争」によってアメリカは敵軍を打ち負かすことから暴動を鎮圧することに軍事力を振り向けることになった.防衛-産業ベースは,衰退するにまかされた――1995年にアメリカが生産できた弾丸はいまより30倍も多かった.中国はアメリカの約200倍もの艦船を生産できる.これは,ハードパワーの破滅的な喪失だ.これにともなって,アメリカの軍事資源のうちほどほどの割合をどこかに割けば(たとえばウクライナ戦争に割けば),他の地域でアメリカの介入の脅威が大幅に取り除かれることになりうる.

最後の論点.アメリカの力に拮抗するか凌駕するほどの新しい大国連合が台頭した.中国がものすごく成長したことで,その生産能力は西側全体を合わせた能力にひとしくなっている.そのため,アメリカの防衛-産業ベースの問題を解決したとしてもなお,長期にわたる一対一の戦闘ではアメリカが戦力で劣後することになる.

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Source: World Bank

(あと,「いまだってアメリカは中国よりもずっとたくさんの予算を軍事費に割いてるじゃないか」と言いたくなる人もいるだろうけど,実はそれが事実ではない点を覚えておいてほしい.予算外の支出を含めると,中国はアメリカにほぼ並ぶ額を費やしている.さらに,購買力の差を考慮に入れると,ほぼ確実に軍事費はアメリカを上回る.)

ぼくが言う《新しい枢軸》との現実の紛争・潜在的な紛争に,アメリカとその同盟国の軍事的な関心はほぼすべて吸い取られている.ウクライナ戦争は,ヨーロッパの軍事能力のほぼすべてを釘付けにしてるし,アメリカの資源の一部もそちらに回されている.中国による台湾侵攻の脅威はあまりに巨大で破滅的なために,ウクライナに回されてないアメリカの軍事的な関心と資源のほぼすべてがこれにつぎ込まれている――しかも,それですら勝利するのに十分じゃないかもしれない.

以上をふまえると,ヨーロッパとその周辺地域で国家間紛争の脅威がふたたび高まりだしたのも,そんなに意外じゃない.20年前,いや10年前と比べても,世界は統治不足で無法な性格を強めてる.香港中文大学の郭永年が去年語った言葉が,これをいちばんうまく言い当ててると思う:

「旧秩序は急速に解体が進みつつあり,世界各地の大国で実力者・独裁者の政治が台頭しつつある」――そう記すのは,香港中文大学の郭永年氏だ.「諸国が,虎視眈々と,野心で溢れかえらんばかりになって,旧秩序を崩すどんな機会も逃すまいと狙っている」

「虎視眈々」.世界はジャングルに戻り始めている.強者が弱者を食い物にするジャングル,どの国も自国の力を強化するのを余儀なくされるジャングルに戻ろうとしている.隣国が虎だったら,きっと自分も爪を研がなくてはいけない.旧秩序では〔協議を〕待つしかなかった問題も自力で解決できる.係争中の領土は,互いに実力で奪い合われる.天然資源も奪える.国どうしが戦う理由はたくさんあって,しかもいま,戦わない最大の理由がひとつ消え去った.

(とはいえ,1945年以前に常態だった水準の国家間紛争にまで戻ると予測してるわけじゃないよ.民主主義による平和や資本主義による平和などの他の要因はおそらくいまでも効いてる.ただ,大きな障壁のひとつが消え去ったんだ.)

いま,ヨーロッパ,中東,ロシア周辺は紛争の集中する場になっている.ただ,最大の危険はアジアにあるのかもしれない.いま,アジアではかつてない軍拡競争展開中だ.プーチンの武力行使にもかかわらず,アジアでこそ,中国の台頭によって既存の勢力均衡がいちばん深刻な打撃を受けている.アジアはその性質からしてヨーロッパや中東よりも平和な場所なんだという幻想を抱いてる人は,1980年以前の歴史をいくらか読んだ方がいいね.

ともあれ,前々から《アメリカによる平和》には有効期限があった.もしもアメリカがイラク戦争を回避して防衛-産業ベースを維持していたとしても,その覇権を10年ほど引き延ばすていどで,最終的には中国の力の台頭によって第二次世界大戦以前の多極構造が復活するのは確実だっただろう.ともあれ,《アメリカによる平和》は終わった.新しく圧倒的な世界規模の国民国家連合が――中国主導の秩序であれインドその他の大きな発展途上国を含む民主主義の覇権の拡大であれ――構築されないかぎり,ジャングルで生き延びる方法を学び直さなくてはならなくなりそうだ.

過去20年というもの,アメリカの覇権をこき下ろすのが流行っていた.「アメリカ例外主義」をあざけったり,アメリカの強引で勝手な「世界の警察」機能をこき下ろしたり,多極的な世界を切望してみたりするのが流行っていた.やあ,おめでとう.そんな世界がやってきたよ.こっちの方がお気に召すか,ご賞味あれ.


[Noah Smith, “You’re not going to like what comes after Pax Americana,” Noahpinion, October 9, 2023]

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