ノア・スミス「戦争経済: アメリカは中国に科学で後れをとりつつある?」(2022年8月21日)

[Noah Smith, “The War Economy: Is America falling behind China in science?” Noahpinion, August 21, 2022]

いや,いまのところはそんなことない.でも,差をつけたままでいるためにはいま手を打った方がいいよ

この記事は,国際競争によってアメリカ経済の様相がどう変わりうるかについて話す連載の3本目だ.1本目はこちら.2本目はこれ

冒頭においた画像から予想できた人もいるかもね.テクノロジーでライバルたちにアメリカが後れをとりつつあるって報道に接すると,ぼくはちょっとばかり複雑な気持ちになる.冒頭の画像は,『博士の奇妙な愛情』からとってきた.あの映画は,(他にもあれこれあるけど)冷戦時代にアメリカが「ミサイル格差」に取り憑かれていた様を風刺してる.

一方では,いま対ロシアや対中国でアメリカが経験してるような地政学的な競争では,どの戦いにリソースを集中するか優先順位を決める必要がある――この点は,新著『危険地域』(Danger Zone) で Hal Brands と Michael Beckley がすごく説得力あるかたちで述べている.でも,他方で,「ミサイル格差」にとりつかれたことで,宇宙開発競争や月面着陸が行われた.それにともなって,テクノロジーへの波及効果が生じたし,さらに,半導体産業も後押しされた.それに,ソビエト連邦を焦土にするのに十分な本数のミサイルがあったのは,相互確証破壊の戦略に役だった.あれによって,核戦争は首尾よく回避された.

だから,テクノロジー格差を懸念するのはもっともなことだと思う.ただ,同時に,その際に細部に注意を払って批判的に考える必要がある.なので,中国が科学分野で躍進を遂げていくのを,ぼくは用心しつつも懐疑的に見ていた:

https://twitter.com/scienceisstrat1/status/1557866377486245889

このスレッドは啓発的だ.まだ慌てる時じゃない――とくに,全体のおおづかみな統計だけを見て慌てる必要はない.ただ,もっと掘り下げてみると,一部の重要分野では,過去1世紀にアメリカが確保していた軍事技術面の優位が中国の急速な進歩で脅かされてもおかしくないのがうかがえる.

実際のところ,中国の科学はどれくらいすごい?

さっきのスレッドでは,早くも2018年の時点で,The Economist 誌がとりわけ目を引くグラフを載せている:

これは数学とコンピュータ科学だけの話ではある.でも,中国の大学は Nature の指標でランキングを急激に上げてきている.2021年の時点で,トップ20のうち8つを中国の大学が占めている.全体として,研究アウトプットをはかるこの数字では,中国がアメリカにすら並ぼうとしている他の指標では,すでに中国が追い抜いてたりする.

さて,中国の科学面の実力を推し量るときには,〔科学研究費などの〕総支出や研究者数みたいな研究インプットの数字よりも,こういう研究アウトプットの数字の方が信頼できる.中国が巨額を投じているのは,誰だって知ってる.他方で,こうした指標からは,中国がいっぱい論文を掲載してるってわかる.しかも,トップ学術誌の論文や,被引用回数がすごく多い論文も多い.

ただ,被引用回数にもとづいてるデータソースは,ちょっと用心して参照した方がいい.よく知られているように,研究者たちは集団で「引用リング」をつくりだすことがある.リングの仲間どうしで論文を引用し合うんだ.もちろん,これはどこででも起こるし,意図的に引用を水増ししてるのか,それともたんに身内寄りになる人間くさいネットワークづくりからきているのか,はっきりと線引きしにくいこともある.それでも,中国の科学者たちはアメリカの科学者たちよりも多くこれに手を染めていることが証拠からうかがえる.Elisabeth Bik はこう書いている:

近年の研究(閲覧課金)によると,論文の被引用回数で研究の質を測ると,2019年以降,中国から出ている研究の方がアメリカのものにまさっている.

2015年の論文によると,「非常によく引用されている中国の論文は,同じくらいよく引用されているアメリカの論文に比べて,中国の他の論文や同じ組織や同じ著者の論文に引用されやすい.つまり,アメリカと中国での被引用回数の大きな差が,意図的引用の3つの水準すべてで存在しているのだ.」 この論文の著者たちが説明しているとおり,「中国における個人どうしのつながり(「关系」)から,中国人の研究者たちは同じ組織で頻繁に顔を合わせる同僚たちの研究を引用しているのかもしれないし,あるいは,外部による昇進審査や提案書のレビューに影響力がある自国の大物研究者たちを引用しているのかもしれない.

また,Tang et al. による 2015年の論文には,こうある:

本研究では,これと別の可能性を検討する――すなわち,「中国の論文の被引用回数に「身内」効果が生じているのかどうかを検討する.影響力ある中国人研究者たちのあいだで,身内どうしの引用率がより高くなっているのだろうか(…).記述的な検証でも統計的な検証でも,非常によく引用されている中国の[ナノテクノロジー]論文は,それと同等のアメリカの論文に比べて,内部またはせまい地域内で引用されやすいことが示唆される.

ただ,Nature の指標は,被引用回数にもとづくものではない――この指標は,単純に,トップ学術誌82誌での掲載回数にもとづいている.そうしたトップ学術誌で,中国の組織が運営しているものは皆無か,ほんのわずかしかなさそうだ.

とはいえ,トップ学術誌の論文に限定しても,中国の論文は総じて質が他より低いらしい.2018年に Scientific American に Futao Huang が書いた記事には,こう書かれている:

2017年までの10年間で,中国人研究者が執筆した論文が「科学論文引用指標」(Science Citation Index; SCI) で急速に伸びているが,論文1本あたりの平均引用回数は 9.4 でしかない.この数字は,世界全体の平均引用回数 11.8 を下回っており,中国はこの数値で15位となっている.SCI は,インパクトの大きい学術誌の論文を追跡記録した指標だ.(…)

中国のランキングサイト Netbig によると,素材科学・金属科学・化学といった旗艦分野の中国の先端的な研究室や研究所は,世界のトップ10位に入っていない.名声ある中国科学院 (CAS) に関連しているところですら,10位に入っていないのだ.(…)

この2年間に,中国の若手研究者・科学者たち19名に聞きとりを行ったところ,SCI の対象となっている学術誌にできるだけ迅速に論文を掲載するようにという圧力を彼らが感じていることが裏付けられた(…).こうした評価制度は,研究不正の蔓延にもつながっている.たとえば,剽窃・身内びいき・記録の虚偽や歪曲・買収・陰謀・結託だ.

さて,この点について Huang が正しいとしたら――いまのは4年前の記事だってことに留意してね――トップ学術誌に凡庸な論文がそんなにたくさん掲載されているのは,科学学術誌の制度にマズイところがある徴候だ.というか,西洋で再現性の危機やら高名な研究者による虚偽の事例があれこれ出てきたのを見ると,論文掲載制度がなにか心配すべき重大な欠陥をきたしてるのがうかがえる.ただ,この問題が中国ではいっそう深刻なのだとすると,それはつまり,中国が科学分野で優位に立ちつつあるらしいといっても,実のところ,見かけほどめざましくはないのかもしれない.

さらに,中国の研究者たちがいったいどういう発見をしているのかって問題もある.「中国の科学研究はすごい」と言っている人たちですら,近年に中国からもたらされた大きなブレイクスルーを具体的に挙げるのはむずかしい.それに,中国で活動している研究者たちは,これまでに1つしか科学分野でノーベル賞をとっていない(抗マラリア薬の発見で2015年に受賞した屠呦呦しかいない).

というわけで,中国の論文が洪水のようにあふれているとはいえ,そのなかには,たんに教授たちがズルをしたり,かつ/あるいは,西洋の半ば壊れた学術誌制度のスキをついて凡庸な研究結果をごり押ししたりして掲載されているものが一定割合をしめているのかもしれない.

ただ,この結論に全財産を賭けるほどの自信は,ぼくにはない.なにより,2020年に中国は科学者たちの悪しきインセンティブへの締め付けを厳しくするための対応策をいくつかとっている.たとえば,論文掲載の現金インセンティブを禁止したり,論文掲載数の重要度を下げたりといった対策だ.もっとも,こういう対策をとったのに,2021年時点でも中国の大学はあいかわらず Nature Index のランキングの上位を占めている.

たんに統計の問題につきないことがたくさん進行中だ.

懸念される分野

中国からもたらされた近年のブレイクスルーにどんなものがあるか,ちょっと調べてみたところ,鮮烈で画期的な具体的成果がわずかながらわかった.

一つ目は,量子コンピューティングだ.数ヶ月前,複数大学の中国人研究者たちが連携したチームが公表した成果によって,アメリカがこれまでに達成していたことは吹き飛んでしまった

2019年に Google が報告したところによれば,従来のスーパーコンピュータなら最短でも 2.5日かかっていただろうタスクを,53量子ビットの Sycamore プロセッサが 3.3分で完了したという.昨年10月に,中国の66量子ビット「祖沖之2」量子プロセッサは,それと同じタスクを100万倍速く完了したと報じられている

どんなものか知りたい人がいるなら,その論文はこちら.実は,量子コンピューティングでめざましいブレイクスルーを達成したのは,「祖沖之」だけじゃない.同じ頃,量子コンピュータが検出できる光子の数を大幅に向上させる手法を,他のチームが発見している

量子コンピューティングは大ネタだ.たんに,量子コンピューティングによっていずれ普通のコンピューティングが置き換えられてまるっきり新しいデジタル革命がもたらされうるからってだけじゃない.量子コンピューティングには軍事面に応用できる見込みがある――とくに,既存の暗号化方法を役立たずにしてしまう可能性がある.

同様に,長距離量子通信の分野でも,中国人研究者が世界の先端を走っている.いまや,量子もつれを利用して,1000キロ離れた衛星と通信できる――かつては短距離でしかできなかった完全に安全確実な通信が,この距離で実現できている.さらに,光ファイバーケーブルで単一の光子を伝送できる距離を2ケタも伸ばした研究チームもいる.当然,こういう研究成果にも軍事的な意義がある.こうした研究成果によって,現行方式よりもずっと安全確実な通信ネットワークをつくりだせるからだ.

それに,中国は量子センシング分野でも大きなブレイクスルーを実現してみせたらしい.長距離量子磁力計 (SQUIDS) を利用すれば,アメリカ海軍の潜水艦を遠距離から検知できる――アメリカの核報復能力の背骨にあたる原子力潜水艦も,遠くから検知できてしまうわけだ.(追記: 量子センシングについては,Jyotirmai Singh がすぐれた解説を書いている).

量子コンピューティング・通信・センシングで中国がなしとげたブレイクスルーをあわせると,その意義はものすごく大きい.量子コンピューティングを発明し,量子力学そのものでも基礎研究をたっぷりやったアメリカは,いまや,そのテクノロジーの応用で後れをとっている.

懸念される2つ目の分野は,機械学習だ(”AI” と呼ばれてることも多いね).この分野で中国がいかに他と差をつけているかについては山ほどの記事が書かれている.でも,機械学習分野の論文を実際に誰が書いているか見てみると,いまもアメリカが先端を行っているのがわかる:

それに,タンパク質折りたたみを予測する Google の AlphaFold システムみたいな,AI でのほんとに驚嘆すべきブレイクスルーのなかで,中国からもたらされたものはほとんどない.

とはいえ,じゃあこの方面でも安心していられるかというと,そうともかぎらない.なにより,中国が AI でみせた進歩の多くは,軍事分野のものだ――自律ドローン,先進的センサーなどなど.しかも,そういう研究は論文で公開されないことが多い.また,たしかに中国よりもアメリカの方が AI 分野の論文をたくさん出しているけれど,トップ研究者の多くは中国出身者が占めている:

第二の冷戦がいっそう深刻になるなかで,そういう研究者たちの多くは,やがて中国にもどっていくかもしれない.しかも,Google やスタンフォードや MIT で働きながら得た AI の知見を中国に持ち帰るかもしれない.

中国がアメリカの先を行っていると評判の分野は,他にもある.たとえば,ナノテクノロジーがそうだし,もしかするとバイオ技術の一部分野でもそうかもしれない.もちろん,中国がすでに先頭に立っている研究分野がここまでに挙げてきた例に尽きるなんてことを言うつもりはない.

とはいえ,量子テクノロジーや AI/機械学習は有用な例だ.こういう例をみれば,中国が台頭してる研究分野がどういう種類の分野なのか,具体的にわかりやすい.中国が台頭してる分野は,基礎科学と呼べるような分野とはちょっとちがう――宇宙の原理を新しく発見する分野ではない.そうじゃなくて,基礎研究と応用の中間に位置する分野だ.

つまり,中国が先端に立っているといっても,それはノーベル賞を取るような分野じゃなくって,戦争の勝利につながるかもしれない分野だってことだ.

科学競争に勝つ方法

中国との科学研究レースで勝つには,どこに向かってレースを走っているのか考えておく必要がある.宇宙の根本的なヒミツを発見していくことにかけては,アメリカはいまも中国よりずっと上手だ.でも,中国の研究がアメリカの研究を追い上げたり,ひいては追い越したりしてる分野は,発明分野だ.とくに,軍事面への応用がきく発明で中国は伸びてる.

というか,中国が科学で優位に立ちつつある分野は,アメリカだったら DARPA が手がけてる分野とすごく重なってる.DARPA モデル有効性については,本や論文やブログ記事がありあまるほどたくさん書かれている.DARPA モデルの有名な産物といえば,インターネットや GPS だ.DARPA モデルの基本的な要素としては,プログラムの管理者が強い権限をもって独立していて,この管理者が「こういうものをつくろう」と発明の目標を決めたり,それをつくりあげるためにいろんな大学からトップ研究者を引っ張ってくる点がある.(中国がなしとげた科学のブレイクスルーの一部では研究組織・大学どうしの協力がなされてるのを見るにつけ,中国も同じようなことをやってたりするんじゃないかと思うけど,どうだろう.)

中国による科学での挑戦に対応するには,DARPA をもっとうまく使うべきだ.DARPA への資金提供は,1990年代から基本的にずっと大きな増減なく据えおきになっている:

防衛研究支出に占める割合でみると,DARPA への支出は増えるどころか減ってる.DARPA がこれまで名高い成功をおさめてきた歴史や,中国による科学での挑戦の性質を考えると,DARPA への資金提供を大幅に引き上げるべきだろう.

アメリカの政府による研究には,他にも,これまで名前を挙げてこなかった重要な部門がある.それが,各種の国立研究所だ.Arora et al (2019) は,すごくいいグラフを示している.これを見ると,過去半世紀のあいだに大学や企業での研究支出は大幅に増えている一方で,連邦政府が実際にやっている研究への支出は,ほんのちょっぴりしか増えていない:

これを改善するには,あれこれの国立研究所への支出を大幅に増やすべきだ(正式な名称で呼ぶなら,「連邦助成研究」(Federally Funded Research) や「開発センター」(Development Centers) への支出を増やすべきだ).こうした研究所は,これまでに重要な研究上のブレイクスルーを大量にもたらしてきた.それに,こういうかたちで研究をすべき理由もたくさんある.とくに,もたらされるテクノロジーに軍事面での重大な応用の見込みがあるなら,なおさらだ.

ひとつには,国立の研究所で研究を行うと,研究内容を政府がより直接にコントロールできる―― Google が商業利用できそうに思うかどうかをアテにするんじゃなくて,国立の研究所ならあまりお金にならない基礎的な領域でのブレイクスルーになりそうなものや,軍事にすぐさま役立つかもしれないものに注力できる.第二に,いまの第二の冷戦の雰囲気のなかで,研究者たちの素性を調べておくことは――とくに中国国籍の研究者たちの素性を調べておくことは――いっそう重要になってる.そして,国立の研究所の方が,企業や大学よりもそういう調査をやりやすいだろう.

研究にもっとお金を使うのは,ほんとに重要だ.なぜって,それによって需要が生み出されるからだ.たしかに,研究成果の供給は大事だ――高技能移民は大勢必要だし,理系分野 (STEM) にもっと多くのアメリカ人が進むように後押しする必要もある.でも,そういう研究者たちの雇用がないかぎり,そういう分野に進む意欲は削がれてしまうだろうし,雇用が乏しいところに高技能の移民たちが入ってくれば,熾烈なゼロサム競争を仕掛けられてると受け取られてしまうだろう.お金をもっと出せば,才能ある人がその才能を仕事にしてくれるようになる.

いまのところ,アメリカの産業政策は復活こそしてるけれど,この方面では少しばかり期待外れだ.CHIPS法〔半導体の国内生産を支援する法律〕は,半導体産業に巨額を放り込んだけれど,当初提案されていた「果てなきフロンティア法案」(the Endless Frontier Act) のいちばんいいところをほとんど切り落として,大幅に規模を小さくしてしまっている.「果てなきフロンティア法案」が実現していたら,半導体産業のせまい範囲をはるかにこえて,アメリカの科学研究にふたたび活力を吹き込んでいたかもしれない.でも,我らが議会の指導者たちは,そこんところがてんでわかっていなかった.

でもまあ,いまや大事なところは明らかだ.Google のよりも百万倍速い量子コンピュータや,量子もつれで地球と安全確実に通信できる衛星や,アメリカの秘密潜水艦を見つけ出せる(かもしれない)量子磁力計や,うっそうと茂る森をつっきって飛行できる自律ドローンの群れを中国がもっているとき,議会がほんのはした金をケチることに心を砕いていたら,頭おかしいってものだろう.

アメリカは,まだ科学で後れをとってはいない.でも,(少なくとも多くの重要分野で)後れをとらないようにするには,いま大胆な行動をとる必要がある.

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