ノア・スミス「AIと雇用,ふたたび」(2025年8月30日)

トップ経済学者たちのなかにも,「アメリカ人の一定層で AI による雇用破壊が起きている」と主張する人たちがいる.彼らは正しいだろうか? 

「AI は人々の仕事を奪っているのか」をめぐる論争は,永遠に続くかもしれないし,いずれ終わるかもしれない.現に AI が大勢の人たちの仕事を奪ったなら,そこで論争は終わる.その時点で一方の側が明らかに勝ったことになるからだ.でも,AI が大勢の人たちの仕事を奪ってないときには,論争の決着はつかない.それでもなお「もうすぐみんなの仕事が奪われるぞ」って言い続ける人たちが大勢現れるだろうからね.ときに,今後の雇用の見通しがみんなよりも悪い一部の層を見つけて,「ほら,これこそ AI による一大雇用破壊の始まりだ」とその手の人たちが主張することがある.彼らが間違ってると証明できる人なんて,いる? 

つまり,〔上の話に合わせていいシナリオとわるいシナリオを分けると〕いいシナリオの労働市場ではこうなるわけだ:「今後ぼくらは次世代ロボットやチャットボットによって時代遅れの役立たずになるかもしれないという不安を永遠に抱えつつ存在し続ける.」

AI と雇用をめぐる最近の論争は,新卒者の状況が軸になっている.デレク・トンプソンが書いた記事では,新卒者の就職率が落ちていることこそ,雇用アポカリプスの最初の兆しかもしれないと示唆されている.この話題は多くの新聞記事でとりあげられて,AI 雇用破壊が既成事実扱いになった.でも,評論家たちのなかには,データを引用してこの見方に反論している人たちもいる.この論争全体について,ぼくはこの投稿で書いた.

その後,シンクタンク「経済イノベーショングループ」のサラ・エックハートとネイサン・ゴルドシュラグが発表した研究では,近年の雇用動向に AI が及ぼした検出可能な影響は見出されていない.(これは,前回のまとめ記事で取り上げた〔日本語版〕.) 

エックハートとゴルドシュラグが検討したのは,どの職業がより多く AI に「さらされて」いるのかを示すいくつかの指標だ.彼らが検討した5つの曝露度指標のうち,3つでは,曝露度が高い職業と低い職業で失業率に検出可能なちがいは見つかっていない(これには Felten (2021) が開発して彼らが好んで用いている指標も含まれている).ただ,残り2つの指標では,小さな差が見られる.0.2 から 0.3パーセンテージポイント程度のちがいだ:

「失業率の変化,もっとも AI 曝露の大きい労働者たちを他の全ての労働者と比較」

エックハートとゴルドシュラグの結論はこれだ――おそらくまだ AI は雇用を奪っていないし,かりに奪っているとしても現時点ではごく小さい影響にとどまっている.

賢明にもエックハートとゴルドシュラグは研究ノートにこんなタイトルをつけている:「AI と雇用:最後の言葉(次が来るまでの)」 実は,この話題に関する次の言葉はほぼ直後に出てきている.それが,ブリニョルフソン,チャンダー,チェンによるこの論文だ――「炭坑のカナリア? 人工知能による近年の雇用への影響に関する6つの事実

ブリニョルフソンらの研究も,エックハートとゴルドシュラグにとても似たことをやっている――ブリニョルフソンらも,AI 曝露度の指標2つを用いて,曝露度が高い労働者と低い労働者で近年の雇用動向を比較している.彼らの研究結果は,エックハートとゴールドシュラグのものと驚くほどちがっている:

本研究の第一の主要発見は(…)キャリア初期の労働者(22歳~25歳)のなかでもソフトウェア開発者や顧客サービス担当者などもっとも AI への曝露が大きい職種で雇用が大幅に減少していることである.これと対照的に,同じ職種でももっと経験の豊富な労働者や,介護助手など AI の影響が比較的に小さい職業に従事するすべての年齢層の労働者では,雇用動向は安定しているか,成長を続けている.

第二の主要発見は,次のとおりである:全体的な雇用は,以前から堅調な成長を続けている一方で,2022年後半からとくに若年労働者の雇用成長が停滞している.AI への曝露がより少ない雇用では,若年労働者たちは,より年長の労働者と同等の雇用の伸びを経験している.これと対照的に,AI 曝露がもっとも大きい職種についている 22歳~25歳の労働者たちを見ると,2022年後半から2025年6月までに雇用が 6% 減少している.こうした研究結果から,年長の労働者たちでは雇用が伸び続けているのに対して,AI 曝露の大きい職業の雇用減少によって22歳~25歳の人々の雇用が鈍化していることがうかがえる.

論文著者の一人バラット・チャンダーが,ブログ記事でこの論文の発見を解説している

さて,エリック・ブリニョルフソンは知り合いだし,彼がとても優れた慎重な経済学者だってことも知ってる.とはいえ,今回の研究結果にかぎっていえば,ぼくは懐疑的になっている.これには大きな理由がひとつある:AI が雇用に及ぼす影響が,大学新卒者だけにふりかかえる理由がわからないからだ.

ブリニョルフソンたちの研究では,2022年後半以降も労働力の大半のセグメントで雇用が堅調に伸びているのが見出されている.雇用の数字が下がっているのは,AI 曝露がとても大きくてとても若い労働者たちだけだ:

「年代別に見た雇用成長の構成」(Source: Brynjolfsson et al. (2025))

AI 曝露がもっとも大きい労働者でも,30代,40代,50代の人たちは2022年後半以降にも雇用が堅調に伸びている.

「AI が雇用を破壊してる」って話とこの事実は,どう折り合いがつけられるんだろう? 「長年勤めてきた従業員の首を切るのに企業は及び腰で,AI によって必要な労働力が減っても,大量解雇をするかわりに新規採用を減らして対応したんじゃないの.」 いや,それだと,AI 曝露が大きい職種で40代労働者の採用を企業がどんどん進めている理由の説明がつかないよね.

この点を考えてみよう.かりに自分がソフトウェア企業の経営者で,AI コーディングツールの到来によって以前ほどソフトウェアエンジニアが必要でなくなっていると認識しているとしよう.なるほど22歳のエンジニアの採用を減らそうと決めるのはありそうなことだ.でも,40代エンジニアを大量に雇い入れようとする? いや,それはちょっとないでしょ.それなのに,ブリニョルフソンたちのデータをみると,2022年以降にまさしくそんなことが起きているのが見てとれる.実証的に言えば,中年ソフトウェアエンジニアや中年顧客サービス担当者は,いままさにバラ色の時代を迎えているんだよ.

「年代別に見たソフトウェア開発者の人数の推移」(Source: Brynjolfsson et al. (2025))
「年代別に見た顧客サービス担当者の人数の推移」(Source: Brynjolfsson et al. (2025))

さて,もしかすると,これを説明できる筋書きをパッとひねり出せるかもしれない.もしかして,年長の労働者たちは AI を補完する人間管理スキルを身につけているのに対して若年労働者たちはもっぱら技術面の能力で評価されているために AI と真っ向から競合してしまっているのかもしれないとか,そういう筋書きは考えられるかもしれない.でもね――この結果を目の当たりにする前に,「AI の到来とともに中年顧客サービス担当者に雇用ブームが来るだろう」なんて AI 批判者たちは予想していた? きっとしてないよね.

AI によって若者だけが取って代わられる理由を説明できるもっともらしい筋書きが思い付かないかぎり,〔「AI で雇用が破壊される」という説に都合のいいデータの取り方だけを証拠扱いする〕「当てはめ探し」(”specification search”) くささが少し匂ってしまう.どこか3年間の期間を適当に切り取ってくれば,たいてい労働者の一部の層が他よりもちょっとばかり悪化しているものだ.そういう層を指さしては「ほら AI のせい! AI のせい!」と言い続けてもしかたない.それはまあ,そういう層のどれかはひょっとして「炭坑のカナリア」かもしれない.でも,その層がハトでもスズメでもなくカナリアだと前もって信じるには,なんらかの理由がないといけない.

それに,ブリニョルフソンたちの研究で2022年後半以降に賃金の伸びの鈍化がまったく見つかっていないのも,ちょっと臭う.とりわけ AI 曝露度が大きい層でも賃金が伸び悩んでいないんだよ:

Source: Brynjolfsson et al. (2025)

「AI によって労働需要が大きく落ち込んでいる」という筋書きに,これは馴染むように思えない.労働供給曲線が右肩上がりであるかぎり,頭数が減らされれば賃金も下がるはずだ.そうなっていないということは,どうもなにかがおかしい.

それに,ブリニョルフソンたちの研究が AI 曝露度の正しい指標を選んだのかどうかという問題もある.彼らが主に使っている指標は,Eloundou (2024) のものだ.エックハートとゴルドシュラグも同じ指標を見ている.AI 曝露の大きい労働者たちの失業率がわずかに上がっているのを示している指標は2つあって,これはそのひとつだ.だから,この点は安心できる――2つの論文にいくらかの一貫性はある.

ただ,エックハートとゴルドシュラグの発見からは,AI 曝露度に関して利用できる(そして信頼できる)すべての指標を検討するのが大事だとわかる.ブリニョルフソンたちは,Felten et al. (2021) や Webb (2022) などの指標も検討した方がよさそうだ.

ブリニョルフソンたちも,もうひとつ別の指標は検討している――「アンスロピック経済指標」が,それだ.これは,特定の話題について人々が Anthropic の LLM である Claude に訊ねた回数の指標だ.もちろん,これは人々が自分のスキルを保管するために AI をどれくらい利用しているかを図る指標でもありうる.そこで,ブリニョルフソンたちは Claude についてこれを調べた――人々は,それぞれのタスクについて Claude に訊ねるとき,そのタスクをやらずにすませようとしているのか,それとも,そのタスクをもっとうまくやるために訊ねているのか.これによって,どの仕事が AI に置き換えられる瀬戸際にあって,どの仕事が AI で生産性を高めようとしているのかをブリニョルフソンらは判断している.

正直に言うと,AI 曝露度を測る上でこの指標をぼくはそんなに重視していない.AI時代にどのタイプの人たちが雇用を失って誰が自分の生産性を高めるのか,それをこの指標が正しく予測するかどうか,しばらく様子を見る必要がある.その外的な確認が得られるまでは,アンスロピック経済指標はちょっとばかり眉につばをつけて扱った方がよさそうだ.

というわけで,Brynjolfsson et al. (2025) は興味深くて注目すべき発見を報告しているけれど,「AI が人間の労働の存在を脅かしている」という確信をぼくはいまのところ大幅に強めてはいない.これもまた,しばらく様子を見なくちゃいけない.残念ながら,その様子見はいっこうに終わらないわけだけども.


追記:AI曝露度の大きい職種で企業が年長の労働者を雇用している理由について,ジッシュ・ガンズがいい記事を書いている.

彼の要点はこういうことだ.「経験」は AI にできることを補完する一方で,正規教育は AI に代替される(そして若い労働者たちには正規教育しかない).ということは,AI によって職場での実地研修 (OJT) がいっそう重要になっているわけだ.これはいいニュースではある.ただし,OJT に関連した伝統的な問題を解決できたらの話だ――「誰がその費用を負担するの?」 この点については,後日あらためて取り上げたい.


[Noah Smith, “AI and jobs, again,” Noahpinion, August 30, 2025]
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