ノア・スミス「ベーシックインカムはいいけど,期待しすぎは禁物」(2024年7月1日)

2010年代屈指の新アイディアのひとつは,こういうものだった――「無条件の現金給付は,福祉のすぐれた形態だ.」 基本的に,みんなに小切手を送って,本人にそのお金でなにをするか決めてもらう方が,アメリカで通例となっているいろんな就労要件やら対象を限定した補助金のややこしい方式よりも好ましい.

このアイディアのとびきり極端なかたちが,《最低所得保障》(Universal Basic Income) だ.略して UBI と呼ぶ.本式の UBI は政治的に実現する見込みがない. とてつもない
政府支出が必要になるからだ.それでも,多くの人たちがこのアイディアのもっと穏当なバージョンに興味を抱いている――たとえば,1ヶ月あたり1000ドルを全員に渡すといったアイディアがそれだ.なかには,これを現実世界で検証している人たちもいる――その一例が,「デンバー最低所得保障プロジェクト」だ.同プロジェクトでは,ホームレスの人たちに1ヶ月あたり1000ドルを無作為に渡して,その結果を観察している(対象者は,1ヶ月ごとに1000ドルずつもらうか,分割せずにまとめて全額をもらう).

当然ながら,そこで望まれていたのは,1ヶ月1000ドルを渡すことでホームレスの人たちが減少することだった.ところが,それは――起こらなかった.1ヶ月1000ドルの群と1ヶ月たった50ドルだけの対照群のそれぞれで住むところの有無がどうなったのかを比較したのが下記だ:

Source: Denver Basic Income Project

住むところがない人たちの数は,どちらの群でも研究の期間中に大きく減っていった.たいていの人たちの場合に,住むところがない状態は短期的で一時的なものだからだ.さて,それぞれの群のちがいはというと,明らかに統計的に有意じゃない.もしかするとささやかな効果があるのかもしれないけれど,だとしても小さすぎてこの標本サイズでは検出できない.

これはちょっとばかりガッカリな結果ではあるけれど,すごく意外な結果ではない.かりにぼくがホームレスだったとして,12ヶ月後には終わってしまうとわかってる一時的な所得増加にもとづいて新しい場所に移ったりはしない.そのかわりに,食料や医療費といったもっと差し迫った心配事にそのお金を回すだろう.この研究の参加者たちが,まさにそうしたようだ.これは,現金給付の有用性に関する他の研究と整合している.

これはこれで結構なことだよ.なにもせずに受け取った現金を使っていろんな請求の支払いをすませれば,当人たちが短期的に生き延びる助けになるだけでなく,さらに,当人たちの生活を長期的に改善する余裕が生まれる.デンバー最低所得保障プロジェクトの人たちは,このちがいが有意かどうかの正式な検証をしなかったらしいものの,どうやら,合計12,000ドルを受け取った群の方が,合計600ドルだけを受け取った群よりもフルタイムの仕事に就く見込みが大きくなったようだ:

Source: DBIP

というわけで,現金給付によって住むところがない問題が解決されるとは期待しない方がよさそうではあるけれど,長期的な問題をたくさん解決して貧しい人たちが自立する助けにはなれる.こうした恩恵が永続的だったなら,さて,どうだろうね――住むところがない問題にも大きな変化をもたらすかもしれない.(もっとも,いずれはもっと住宅を建設して供給を増やすことが,住むところがない問題の解決策に必須の部分ではある.)

ここでの教訓は,これだと思う:「ベーシックインカムに過大な期待は禁物.いいことではあるけれど,魔法みたいにみんなのあらゆる問題を解決してくれるわけじゃない.」


※関連記事: ノア・スミス「ベーシックインカム研究でさらにがっかりな結果」(2024年7月23日)


[Noah Smith, “Basic income is good, but don’t expect too much of it,” Noahpinion, July 1, 2024]
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