ノア・スミス「終末論者にならないようにね」(2023年2月22日)

このところ,メディアでさかんに論議されているものといえば,アメリカに押し寄せてる十代の不幸の原因はいったいなんなのかってテーマだ.先日,『ワシントンポスト』記者のテイラー・ローレンツが連続ツイートでこう論じていた――いま十代の子たちが不幸せになっている主な理由は,単純に,自分たちを取り巻く世界が「地獄めいた場所」だと彼らが認識しているからにすぎないんだそうだ:

きらびやかな悲観論は,なんの役にも立たないよ

このところ,メディアでさかんに論議されているものといえば,アメリカに押し寄せてる十代の不幸の原因はいったいなんなのかってテーマだ.先日,『ワシントンポスト』記者のテイラー・ローレンツが連続ツイートでこう論じていた――いま十代の子たちが不幸せになっている主な理由は,単純に,自分たちを取り巻く世界が「地獄めいた場所」だと彼らが認識しているからにすぎないんだそうだ:

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タイラー・ローレンツ:みんな言うよね,「いまどきの子はなんであんなに鬱になってるんだ,スマホのせいにちがいない!」 でも,そんな人たちがぜったいに言わないことがある――いま私たちが生きてるのは,後期資本主義なうえに恐ろしいパンデミックに記録的な水準の富の格差までついてきて,しかも社会的セーフティネットは皆無,雇用の安定もなし,気候変動で地球があつあつに調理されてる真っ最中だってことを.

タイラー・ローレンツ:終末論者なんかになってはいけないけど,この国で暮らしながらちょっとでも希望や楽観論を抱くのは幻想にとらわれてるとしか言えない.

というか,こういう発言をしてる人は,ローレンツ一人どころじゃなく,大勢いる――インターネットには「終末論」サブカルチャーがある.もうちょっと具体例を見たければ “OK Doomer” のサブスタックを覗いてみればいい.「いまぼくらは《文明の終焉》を暮らしている,そのつもりでふるまうべきだ」だとか,「キミは恐怖をあおる煽動者なんかじゃない,危機を予見する知性の持ち主だ」だとか,すてきなタイトルの記事が並んでる.この手の終末論の大半は,コロナウイルスや気候変動や環境破壊を柱に据えたご託宣だ(一部の週末論者に言わせると,コロナウイルスは HIV に似た感染症であって,時間が経ってからようやく真の打撃が明らかになるんだそうだ).それにもちろん,資本主義の終わりがどうとかって話も出てくる.その一方で,終末論文化は『ニューヨークタイムズ』や BBC でも紙幅や時間を割いて論議されている.独自の音楽すらある.

さて,20年にわたって臨床的うつ病で苦しんできた人間として言わせてもらえば,この世のまっとうな人たちに向かって「ほら,顔を上げなよ」「明るく考えようよ」「なにもかもうまくいってることを認識しようよ」と伝える役がぼくに回ってくるのなんていちばん最後に決まってる.深いところで,「いっこうに大丈夫なんかじゃない」という感覚がある――ぼくらはみんな遠からず死んでしまう,ほぼ誰もが,やりたいとのぞんでいたことの一部すらやり遂げられずに死んでしまうんだという感覚がある.いくつもの痛ましい不正義がなんの咎もなくまかりとおり,善人たちにひどいことがいくつもふりかかり,悪の帝国が逆襲してきてもジェダイはぜんぜん帰還してこない.キミの車の運転ぶりは自分で思ってる以上にヘタクソだ.太陽はいずれ地球を呑み込んでしまう,星々もいつかは輝くのをやめ,宇宙は無慈悲にも無意味なノイズへと崩壊する

これが,わるいニュースだ.さて,いいニュースもある.残された時間で,ぼくらはふわっふわのうさちゃんをなでなでできるよ.

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それはそれとして.宇宙の熱的な死の話はしばし忘れちゃおう(ぼくの経験では,唯一の効果的な対処法はそれしかない).で,終末論者たちが陰気な話を語ってる具体的な事柄について,おしゃべりしよう.そういう陰気な話の大半は,ほぼ彼らが語っているとおりにわるい.ローレンツの主張の欠陥を大勢の Twitter ユーザーたちが我先にと指摘したけれど,とりあえず,ざっくりとまとめておこう.

定番の終末論はそんなに差し迫ったものじゃない

まず,「後期資本主義」について語ろう.「後期資本主義」は,歴史に運命があるというマルクス主義の一バージョンを多くの人たちが信じていた時代から現代にまで引き継がれた用語だ.そのバージョンのマルクス主義によると,資本主義は最終的にはみずからのいろんな矛盾のせいで自壊をとげて,必然的に社会主義にとってかわられるのだという.でも,どういうわけか資本主義はずっと続いてて,預言された自壊はいっこうに起こっていない.

それどころか,むしろその逆になってる.資本主義が世界中に君臨しても,人類はかつてなく豊かになっている.過去30年で所得の成長はもっぱら低所得国に集中して起きている:

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それに,もちろん,貧困について回るいろんなわるいことも,減ってきた――児童の死にやすさ文字が読めないこと飢餓などなど.

こうした成長の相当な割合は,中国やインドをはじめとする国々で行われた自由市場改革に起因している.でも,人類全般の繁栄は,純粋に資本主義だけのおかげじゃない――格差は,政府による再分配が安定して拡大しつづけたことで抑え込まれてきた.

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このことは,ラテンアメリカやその他の多くの発展途上国にも当てはまる.私利私欲で熾烈な競争を繰り広げる純粋な自由市場が勝利を収めたわけじゃない――勝利したのは,強力な社会的セーフティネットをそなえた混合経済だ.

レーガノミクスの故国であり資本家の冷淡さのアジトでもある合衆国は,どうだろう? ローレンツは「富の格差が記録的な水準に」達しているなんて吹聴してるけれど,これはちょっとばかり時代遅れだ.富の分布の最上位層がもつ富の割合は,この10年ほどでちょっと減少している.

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賃金格差も少し縮んでる日本語記事〕.2010年代の半ばから低所得層の賃金が堅調に伸びたおかげだ.少なくともその一部は,いまアメリカで仕事を求める人が現実的に誰でも仕事に就ける状況の結果だ.

アメリカには「社会的セーフティネットが皆無」という主張にいたっては,とてつもない大間違いだ.さっきのチャートから読み取れるように,アメリカでは GDP 比でみた公的社会支出が安定して増え続けてきた.アメリカには,社会保障制度,社会保障障害保険,メディケア・メディケイド,失業保険があるし,セクション8住宅バウチャー〔低所得者向けの住宅支援〕,勤労税額控除 (EITC),児童税額控除もある.他にもいろんな社会的セーフティネットがある.こうしたセーフティネットにも改善の余地は大いにある――対象や資格を限定した給付がいくつもひしめいている状況から,人々に現金を渡す方式に切り替えてもっと簡素化された方がずっといいとぼくは思っているし,面倒なくせにたいてい意味のない就業要件は撤廃される方がいいとも思ってる.ただ,「アメリカには社会的セーフティネットが皆無だ」なんて主張するのは,世間に幻想を広める行いだ.アメリカのセーフティネットは現実に存在していて,すばらしくプラスの効果をもたらしている:

雇用の安定はどうだろう.民間部門の労働者たちの大半は労組に加入してない.でも,在職期間の平均1990年代からずっと同じままだ.パンデミック期間にいっときだけ一気にグンと伸びたこともあったけれど,それをのぞくと,21世紀に入った頃からレイオフ率はゆっくりとではあるものの着実に下がってきた

それじゃ,次はパンデミックについて話そう.コロナウイルスは,終末論者たちにとって大きな関心の的だけれど,「パンデミックは終わった」と言う人たちが(バイデン大統領も含めて)だんだん増えてきたし,アメリカ人が考える物事の優先順位のなかでコロナウイルスは他の問題よりはるか下に位置している.その一方で,新しい変異株について声高に語られてこそいるものの,西洋ではコロナウイルスによる死者数は落ち着いている.パンデミックがはじまってからの2年間に起きた大きな感染拡大の波とは似ても似つかない:

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こうなった理由を挙げれば,ひとつには,科学のめざましい営為のおかげだ.科学によって,安全で効果的なワクチンが記録的な速度で開発された.そうしたワクチンによって,アメリカだけでも数百万人の人命が救われたことがいまや認められている.世界全体では,数千万人もの人命が救われた.

もちろん,終末論者たちはコロナウイルスがらみであれこれと風変わりなことを信じている.「コロナウイルスは HIV みたいな感染症で,それが人体にもたらす真のダメージはずっとあとにならないと判明しない」と主張する人たちもいる.でも,大勢のコロナウイルスの専門家たちの発言を追いかけていると,少なくともぼくにわかるかぎりでは,そんな話に根拠はない.コロナウイルスに関して終末論者が唱えてるあれこれのとてつもない主張も,どれひとつとして根拠がない

最後に,気候変動について語ろう.気候変動は現実に世界にとっての脅威になっている.そして,まだ気候変動への対処はできていない.ただ,終末論者たちの主張がいきすぎていると考えるべき理由はたくさんある.

ひとつには,最近の気候モデルでは,温暖化の最悪の場合のシナリオの大半が除外されている.たしかに,一般に「安全」と考えられている 1.5 度以下に温暖化をとどめるのはすごく難しいけれど,2度以下の水準に温暖化をとどめられる見込みは大きい.だいたい2度あたりから,「破滅的」みたいな単語が意味をなしはじめる:

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Source:Zeke Hausfather

また,2010年代の排出量の推計は下方修正されているし,いま,排出量はごくゆっくりとしか増えなくなっている:

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ource: CarbonBrief

いま,多くの予測では,全世界の年間排出量は今後2年ほどでピークを迎えると予想されている

その一方で,科学・産業・政府の各種機関は気候変動の危機に目覚めていて,グリーンエネルギーへの転換に投じるリソースをだんだん増やしている:

言い換えると,気候変動はまちがいなく苦難の道になりそうではあるし,大きな害が生じる前にこれを打ち負かせるかどうかは定かじゃない.でも,最近の進歩はきわめて心強い.

つまり,終末論者たちがよく嘆き悲しんでいる脅威はいろいろあるけれど,そのどれひとつとして,彼らが思っているほどに悲惨なものにはならない.

終末論は,人々の意欲をくじく DDoS 攻撃だ

とはいえ,こんな疑問があるかもしれない――「なんでそんなことを指摘するのさ?」 べつに,誰かを元気づけようとしてこんなことを書いてるわけじゃない.まして,終末論者のみなさんを励まそうとしてるわけもない.なにがのぞみかと言えば,最重要問題にみんなの関心を向け直すことだ.さらに,そういう最重要問題と戦う意欲を持ちつつづけてもらいたいとものぞんでいる.

世界について楽観・悲観どちらの姿勢をとるべきか教えてくれる事実や統計やチャート一式なんて出せない.これは,意見の問題だ.ただ,データがあれば,いろんな脅威・リスク・傾向について,それぞれの相対的な重要度をうまく計算できる.

さっき例に出したような大問題の脅威を誇張すべきでない理由はなにかというと,他にも心配する必要があることがいろいろあるからだ.資本主義はべつに崩壊に向かっていないけれど,アメリカの医療インフラや住宅事情や大学教育は,他の先進国にくらべて2倍もコストがかさむ.コロナウイルスは新しい HIV なんかじゃないけれど,アメリカの平均寿命は,オピオイド濫用・アルコール中毒・自殺・暴力の蔓延のおかげで短くなってきている.気候変動によって人間の文明がこれから数年で崩壊する気配なんてないけれど,世界戦争なら起こるかもしれない.

もちろん,終末論者たちは心配事リストにほいほいと新しい項目を追加できるだろう.でも,それは助けにならない.ようするに終末論がなにをやるかと言えば,みんなの脅威の知覚に対して分散型サービス妨害攻撃を仕掛けることなんだ.世界のありとあらゆることが世の中の人たちに恐怖を呼び起こす脅威に見えはじめたら,実際に優先順位の高いもの労力を振り向けることができなくなってしまう.終末論とは,極端なバージョンの「複合危機」思考なんだと思う――つまり,「ニュースに登場するありとあらゆるわるいことは,いっこずつ対処していくべき課題・難問のリストではなくて,実は相互に強め合うウェブをなしているんだ」という考え方が極端なかたちをとったものが終末論なんだ〔「複合危機論」の日本語記事はこちら〕.

それに,終末論は実際に問題を解決する動機もそこなう.なにより,「しかじかの破滅に向かって世界は進んでいる」と思ってるなら,あれこれの物事をよくしようと労力を注いでみてもしかたない.諦めてなにもしなくても結果は同じだ.そして,終末論者たちはまさしくそうしてる.

でも,話はそれで終わりじゃなくって,終末論者たち悲観的な思考や破滅の想像ばかりを絶えずやっているのは,継続的な心理的自罰に当たる.これは,長期的に心の健康に負の影響をもたらすとしか思えない.罰は短期的な動機づけとしてしか機能しないというのは,心理学者たちが総じて受け入れている見解だ.長期にわたって誰かを罰し続けていると,精神や情動の問題が大きくなる.ようするに,終末論者たちは自分でこれをやっているわけだよ.

終末論者たちの主張には反対しつつも,彼らに対しては丁寧な物腰でやさしくなだめるべきだと考える人たちもいる.心の健康に問題を抱えている人に対して接するときのようにやさしく接するべきだってわけだね.でも,長年セラピーに通ってきた人間として言わせてもらえば,暗い妄想に調子を合わせてあげるのは相手のためにならないと請け合ってもいい.いまのところいちばん効果的な心理療法である認知行動療法の「認知」部分では,非現実的な煩わしい悲観的な考えを振り払うことに力を注ぐ.

とはいえ,べつに,終末論者たちを現実に押し戻すのに Twitter がうってつけの場だと言いたいわけじゃない――Twitter なんて,心理療法の代替としては最悪の部類に当たる.ぼくが言いたいのは,そもそも人々がそういう終末思想に入り込むのを防ぐために,世界規模で終末思想を能動的に駆逐すべきだってことだ.

もっと広範な話をすれば,政治的な左派の悲観文化のことをぼくは心配してる――そう,これにはぼくみたいな中道左派も含まれる.どんな問題についてであれ,そこになんらかの進歩があったと認めると,「現状に安住するのを後押ししている」と見られがちだ.でも,どんな進歩も認めないでいると,無力な終末論におちいるかたちで裏目に出てしまう――「なにをやってもよくならないなら,なにもしなくていいじゃん?」

そうじゃなく,終末思想は,つねにすすんで抵抗すべき心の傾向なんだ.現代では,これはたやすいことじゃない.よくないニュースの方がいいニュースよりも注目・関心を集めやすいことを示す研究はたっぷりある.さらに,ソーシャルメディアの登場で,少しでもクリック数を増やしたい報道機関が,よくないニュースをみんなに浴びせかけているだけじゃなく,なんとか一発バズりを引き当てたいフォロワー2000人のアカウントたちがそろってわるい知らせを人々に投げつけてる.いつどんなときも,世界にわるい知らせのタネが尽きることなんてない.でも,いまでは文字どおり数百万人もがほんのちょっとでもわるい知らせを見つけ出してみんなの鼻っ面に押しつけてくるインセンティブを与えられている.そうすることでリツイートされたりフォローされたりするのを期待しての行動だ.

つまるところ,スマホが悪者なのかもしれないね.

さて,どうやってこういうセイレーンの歌声に抵抗したものだろう? すぐさま思いつく対処法は,タイラー・ローレンツみずからの助言にしたがって,ちょっとでもソーシャルメディアから遠ざかっておくことだ――いまどきの子たちが言うとおり,「インターネットやめてお外に出なよ.」 ナマの人間と顔を合わせていっしょにお出かけすることだ.あるいは,ビリー・ジョエルの「俺たちが始めた騒ぎじゃない」(”We Didn’t Start the Fire“; 「ハートにファイア」)を聴いたり,ウィキペディアをたくさん読みふけったりして,「そうだった,世の中っておそろしい脅威や人間の存続をあやうくするリスクや膨れ上がる問題に事欠いたためしなんてなかったよな」って思い出すのもいい手だ.人類は,数千年にもわたって飢餓や悲惨な貧困のなかを生き延びてきた.黒死病も天然痘もスペイン風邪もモンゴル帝国の征服も世界大戦も切り抜けてきたし,大不況もたびたび乗り越えてきたし,冷戦下では核による絶滅の危機すらくぐりぬけた.きっと,次もうまくやれるはずだ.

それに,もちろん,なにもかもが失敗したなら,近場から救援うさぎを呼んで,ふわっふわのうさちゃんをなでなですればいい.ぼくには効き目抜群だったよ!

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The End Is Nigh” by ewen and donabelCC BY 2.0.

[Noah Smith, “Don’t be a doomer,”Noahpinion, February 22, 2023]
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