
お隣さんはキミの敵じゃない
保守系評論家で「ターニングポイントUSA」創設者のチャーリー・カークが,ユタ州のライブ討論会に参加している最中にむごたらしく暗殺された.これを書いている時点で,犯人は捕まっていない.容疑者が拘束されたと FBI 長官カシュ・パテルがツイートしたけれど,しばらくして,その容疑者は釈放されて,捜査を継続しているとあらためてツイートした:

カーク射殺犯が何者かわかっていないので,動機は知るよしもない.もしかすると,去年ドナルド・トランプを狙った2人の暗殺犯みたいに,混乱していて政治的に理解不可能な狂人かもしれない.あるいは,政治的な左翼でカークの保守政治思想を憎んでいる人物かもしれない.そういう人は山ほどいる.あるいは,政治的な右翼で,カークが十分に右翼らしくないと考えている人物かもしれない.たとえば,「グロイパーズ」という白人至上主義者たちからカークはずいぶんと憎悪を向けられていた:

これは断じて憶測じゃない.チャーリー・カークが長年ずっと白人至上主義者たちからとくに罵倒を浴びてきた人物だということをいかにわずかな人たちしか知らないか,自分も愕然としている.その白人至上主義者たちの多くは,反白人の詐欺師だと言ってカークを中傷するキャンペーンを続けて過激化していった.

ニック・フエンテスはチャーリー・カークを右から攻撃しながら文字どおり自分の運動を築き上げた.右派は,自分たちが憎むあらゆるものの戯画にカークを仕立て上げた:政治権力のためなら自分たちの人種も売り渡すような億万長者と本流エリート層によってお膳立てされたにせポピュリズムとシオニズムと反白人政策の戯画に,カークを仕立て上げた.
それに,カークには,MAGA 運動内部で影響力をめぐって競合するライバルたちもいた.たとえば,ローラ・ルーマーがそうだ.
犯人が捕まるまでは,カーク暗殺犯の動機についてはなにもわからない.これは,わかりきってるはずだ.それなのに,政治的右派には「犯人は左翼」と決めつけずにいられない人たちが大勢いる.彼らは,極端な対応を求めている:

右派は皆,団結しなければならない.内輪揉めなんてもううんざりだ.俺らは地獄の底から這い出た悪魔の勢力と戦っているんだ.連中は教会の中で俺らを殺しにかかってる.大統領を殺そうとし,そしてチャーリーを殺した.彼はとりわけ偉大な支持者の一人だった.個人的な争いは脇に置け.今はそんな時じゃない.これは存在そのものを懸けた戦いだ.他でもない俺らの生存と国の存続を賭けた戦いなんだ.
ぼくには,これはひどくバカげてるように思える.第一に,結論に飛躍するのはあやうい.もしも,いざ犯人が捕まってみたら,実は右翼だったり,政治的に混乱したいかれポンチだったりしたとき,「左翼」への戦争を声高に叫んでるあの手の人たちは,いったいなんて言うつもりなんだろう? 「まあ,なんだ,いいからやっちまえ」とでも?
第二に,憎悪は憎悪を呼ぶし,暴力は暴力を呼ぶ.イーロン・マスクやマット・ウォルシュみたいな人たちがこういう事態で政治的な敵たちを非難すれば,ただひたすら右翼たちに同じことをやるよう後押しするばかりだ.もしかすると,「自分たちはいま内戦のまっただ中にいる」と思ってて,その戦争を戦うには,自分は安全にディスプレイのこっち側でキーボードを叩いてえんえんと挑発的な言葉を投げつけつづけて,いつか自分よりも失うモノが少ない誰かが焚きつけられて敵陣営の誰かを殺害するのを待つのは,理にかなっているのかもしれない.でも,正気で正常でまともな人間で働いて家族を大切にしてまっとうに安定した国に暮らしたいとのぞんでいる人だったら,内戦を求めてがなり立てて回るべきじゃない.
さらに悪いことに,右派インフルエンサーのなかには,カーク暗殺事件を利用して,ファシズムの実現と民主党の暴力的な粛正を主張している人たちもいる:

チャーリー・カークの暗殺は,アメリカ版の国会議事堂放火事件だ.いい加減,左派を完全に取り締まる時だ.民主党の政治家は全員逮捕されるべきだし,党そのものをRICO法のもとで禁止すべきだ.すべてのリベラル系評論家の発言を封じなければならない.これは確率的テロだ.奴らがこれを引き起こしたんだ.
思い出そう.かつてのドイツ国会議事堂放火事件は,とある左翼による放火だった(あるいは,ナチによる偽旗攻撃だったかもしれない).これをアドルフ・ヒトラーが利用して,ドイツにファシズムを完全実現するのを正当化した.
こんなのは,どうかしてる邪悪な所業だ.それはわかりきってる.ただ,その一方で,殺人犯当人が左翼だろうと右翼だろうと,ネット上の左翼が暴力を助長しているという非難には,一抹の真理がある.急進的な左翼が有害な言辞を弄してると言ってドナルド・トランプが非難したとき,そこにはかなり確かな根拠があったとぼくは思った:
何年も,急進左翼はチャーリー[・カーク]のような素晴らしいアメリカ人をナチスだの世界最悪の大量殺人者や犯罪者になぞらえてきた.この手の言辞は,今日の我が国で起きているテロリズムの直接的な原因だ.
チャーリー・カーク暗殺犯が左翼の人物であってもなくても,彼の死をよろこんでいる匿名左翼はたしかに大勢いる:

もしかすると,チャーリー・カークは憎悪にまみれた大衆扇動ファシストとして長年を過ごさなければ,こんなことは起こらなかったのかもしれない.ひょっとすると,彼にもいくらか自業自得なところもあったのかもしれない.

まあ彼は論争に負けたってことかな
それに,ルイジ・マンジョーネが医療保険会社幹部ブライアン・トンプソンを殺害したとき,ネットで歓喜の声を上げていた左翼が大勢いたのも忘れないでおこう.
こういうことを書いてる人たちは有名人でもないし力があるわけでもなく,個人として際立っている点もない.ただ,こういうツイートがものすごくたくさん閲覧されたりリプライやリポストや称賛をされたりしているのを見ると,こういう憎悪に満ちた暴力的な感情はたしかに存在しているのだとわかる.その量は,見くびれない.
というか,かくいうぼくもかなり日常的に極左の言辞の標的になっている点は,言い添えておくべきだろうね.小さな例をひとつ挙げておこう:

〔ノア・スミスのポストを引用しつつ〕お前は公の場に出るたびに命の危険を覚えた方がいい.いつか,どこかのヒーローがお前をこの世から消すのを神がお望みになるまで,ずっとな.
X や Bluesky みたいな匿名プラットフォームでは,誰かを好き放題にナチ呼ばわりする限界コストはゼロだから,誰もが誰かをナチ呼ばわりしてる.それに,悪意あるネット荒らしも,恐怖や過激な言動をあおり立てることで注目を浴びて地位を得ている.その結果,政治的なスペクトルのどこに位置する人だろうと関係なく,過激な言動と不必要な危機感が混ざった有害な空気に絶え間なくさらされている.
ソーシャルメディア以前にはも,そういう有害な感情はたしかに存在していたけれど,めったに表に出てこなかった.ソーシャルメディアの特異な点は,そこで流通する内容の極端ぶりと不和の起こしやすさにある.

トランプが強く非難している急進左翼のいろんな考えは,ソーシャルメディアの産物だ.もちろん,右翼にもマスクやマット・ウォルシュみたいに声高に叫ぶ人たちはいて,彼らも彼らで「左翼」への憎悪と警戒をあおり立てて問題に拍車をかけている.でも,ソーシャルメディアを利用していくうちに「自分たちは妥協しようのない残忍な敵と存在を書けた内戦を戦っているんだ」と信じるようになったユーザーはたくさんいて,彼らはこう考えている――「自分の言葉を和らげるのは,こちらから一方的に武装解除してやるようなものだ.」 そのせいで,誰も口調を和らげようとしない.
これはものすごくイラだつ状況だ.ネット上でキャンキャン声を上げて人々が興じてるミーム戦争から離れたところでは,選挙で選ばれた政治家たちは総じてこの手のことに関してとてもきちんとしているからだ.ギャビン・ニューサム,バラク・オバマ,カマラ・ハリス,ティム・ウォルツ,ナンシー・ペロシ,ゾーラン・マムダニ,ジョー・バイデンなどなど,民主党の重要な政治家たちは,こぞってカーク暗殺を非難した.さらに,ハサン・パイカーみたいな左派の有力インフルエンサーさえも,暗殺を非難している.
それなのに,「左派」の姿勢が世間の人たちにどう受け取られているかといえば,民主党の議員たちの言動は世間の認識に影響していないし,さらには,インフルエンサーの言動すら影響していない.世間の認識をつくっているのは,匿名のソーシャルメディア群衆,進歩派のなかでも声高に叫んでる人たちだ.彼らの言動がソーシャルメディアのアルゴリズムで優先的に届けられて,もっと穏健な声よりも増幅されている.
まったく同じことが右派でも起きてる.共和党議員のほぼ誰ひとりとして,ユダヤ人差別やインド人差別の感情を表明していない.それなのに,反インド人の人種差別やユダヤ人差別は X ではありふれている.クリス・ルフォみたいな右翼インフルエンサーですら,匿名ネット右翼の界隈で湧いてる「人種差別・ユダヤ人差別・陰謀論」を非難しているけれど,歯止めをかけられていない――それどころか,多くのアメリカ人たちの目に映る「右派」像がああいう言動で定義されてしまうのも止められずにいる.
ときに,あの手の匿名憎悪モブはたんに退屈しのぎに憤りの吐き出し口を探している通りすがりでしかなかったり,未熟な悪意のティーンエイジャーだったり,あるいは,大量のボットを使って憎悪感情を増幅してるアメリカの急進主義者だったりもする.さらには,匿名ユーザーたちによる英語ソーシャルメディアでの憎悪と急進的な言動を,アメリカの分断と弱体化をのぞむ外国人たちの言動が増幅してる場合もある.
ソーシャルメディアでその言動を目にする人たちの多くは,単純にニセモノだったりする.たとえば,「ウォールストリート・シルバー」という人気の右翼アカウント(いまは「ウォールストリート・マヴ」を名乗ってる)は,おそらく金融業界の年配男性ではなくって,実は「リアル・ジェシカ」という別アカウントの管理者と同一人物だった.

“Wall Street Mav” のフォロワーは160万人.
“Real Jessica” は 51万人.
どうやら同一人物らしい.
「世界の広場」としての X はこの手のゴミ,偽アカウントが大勢を占めている.しかも多くは外国人アカウントだ.こういうゴミがやろうとしているのは,利益を得ることか,世間の人たちを捜査することだ.
そういう複数の素性のどれかが本物ってことも厳密にはありえなくもない.でも,ぼくならそれに賭ける気にならない.この手のアカウントは,平均的アメリカ人よりは IT に長けてる連中による意図的なでっちあげだ.連中の狙いは,アメリカ国内に内戦を煽ったり国民どうしの憎悪を広めたりすることにある.カーク暗殺事件のあとに,内戦を煽る言辞を広めていたおそらくボットだろうアカウントのいいスレッドがある.
ソーシャルメディアでの憎悪を煽っているのがボットじゃない場合ですら,その担い手はアメリカ政治について海外から論評するのを趣味にしてる外国人だったりする場合もよくある.たとえば,このアカウントはフランス人で,自分たちが内戦にはまり込んでいると考えるようアメリカ人に仕向けている:

これは本物だ.混じりっけなしの本物だ.ソーシャルメディアのクソ投稿とはちがう.「政治」じゃない.まさに戦争が起きている.まっとうな人たちが愛好するものすべてがかかった戦争だ.この戦争では,敵は神も仏もかまわず,人間の尊厳など尊重しない.
また,こっちのアカウントはマレーシア人男性で,実際にはアメリカに住んだこともないのに,リベラルが「共和国をハイジャックして」いると言い放っている:

連中はキミらに死んでもらいたがっている.自分は左翼に関して「頭がおかしくなって」いたことなど一度もない.たんに連中の正体を認識しただけだ.そしていま,かれこれ十年以上も私に見えていたものが,ようやくキミらにも見えるようになった.
リベラル左翼は――ウォーク系の承認欲求まみれで自分で考えることもままならない集団主義者たちは――殺人集団になっている.連中は共和国をハイジャックして,そのヒビ割れや弱みを自分たちの目的のために利用している.
同国人を憎んだり恐れたりするよう煽るフランス人やマレーシア人に耳を傾けるべき理由なんてある? 20年前なら,こんな人たちの言動を耳にすることもなかった.こういう問題について話し合う相手は,ほぼみんな同じアメリカ人だった.いまは,アメリカの内戦で戦う恐れなんてまったくないキーボード戦士どもが,ぼくらをせっついてお互いに殺し合うよう気ままに仕向けていて,ソーシャルメディアは彼らのえげつない言動をぼくらのお手元の端末に直に届けてる.
こうした影響が揃うことで――つまり,分断を煽る言動がアルゴリズムで増幅され,大量のボットとネット荒らしが動き回り,外国人たちが介入してくることで――ソーシャルメディアはアメリカ社会で独特な分断要因になっている.これに関する証拠を検討したすぐれた記事をネイサン・ウィトキンが書いていて,「ソーシャルメディアは政治的に大したことない」と主張している人たちを反駁している.
実は,それでもぼくはこう思ってる――2010年代の騒動からアメリカ社会全体はだんだん落ち着きをもどしつつある.X や Bluesky みたいなプラットフォームによって過激化してる人たちの数は,実はかなり少ない.とはいえ,彼らこそが,政治にいちばん熱烈な人たちだったりする.そのため,国の行方を決める上で,彼らの重要度は抜きん出ている.大半のアメリカ人が政治から遠ざかるなかでも,実際にこのショウを動かしてる人たちは X に張り付いて,日がな一日ずっともはや兵器といってもいいほどの憎悪を人々に見せている.そして,残念なことに,銃を買って政治的に影響力のある階級の人たちを撃つどうかしてる連中も,それと同じソーシャルメディアの憎悪をみずからに注入している.
その結果,アメリカ人はウォータークーラー脇や謝肉祭の夕食の席で政治論議を交わす場面が減ってきているものの,2020年代には世間を騒がす政治暴力の目立った事件が急増してもいる:

エズラ・クライン:
このわずか数年に私たちが目にしたこと:
– グレッチェン・ウィットマー誘拐計画
– 議事堂への乱入,RNCおよびDNCに残されたパイプ爆弾
– ナンシー・ペロシ誘拐のための不法侵入と,ポール・ペロシへの暴行
– トランプ氏に対する複数の暗殺未遂
– ミネソタ州下院議長メリッサ・ホートマンと夫の暗殺,および州上院議員ジョン・ホフマンと妻への銃撃
– ルイージ・マンジョーネによるブライアン・トンプソンの暗殺
– チャーリー・カークの暗殺
政治的暴力は伝染する.いま,政治的暴力が広がりつつある.特定の陣営や思想信条に限定されたものではない。私たち全員は,このことに恐怖を覚えるべきだ.
自由な社会の基盤は,暴力の恐怖なしに社会に参加できることにある.政治的暴力は,どんなときも私たち全員に対する攻撃にあたる.これが見えないというなら,あまりにも盲目であると言わざるをえない.
これがぼくらの国にとってどれほど悪いことか,わざわざ言わないといけないとしたら困る.内戦は,一国に起こりうることのなかでもっとも恐るべきことといっていい.社会的な観点でも,経済的な観点でも本当にろくでもない.実際にアメリカで内戦が始まる確率は比較的に低いと,いまもぼくは思ってる.ただ,いざ本当に起こってしまったら,それは前回みたいにだだっ広い平野でライフルを撃ち合うような戦いにはならない――それより,スペイン内戦みたいなものになるはずだ.そこではご近所さんどうしが戦い,双方の陣営の殺戮に歯止めもかからず,長年にわたって国が窮乏していく.
この最悪のシナリオをどうにか回避できたと仮定しても,政治的暴力が猛威をふるう期間が長く続いてアメリカが苦しむおそれはある.ちょうど,イタリアの「鉛の時代」や北アイルランド問題に似た状況になる可能性はある.普通のアメリカ人はだいたいみんな疲弊しきって国を取り戻すこともかなわないなかで,憎悪扇動ミーム中毒になるしか能のない連中ばかりが10年も20年も政治の闘技場を我が物にして,それをアメリカの敵たちや社会の最悪のクズ連中がはやし立てるようになるかもしれない.
「隣人たちが自分たちの敵だ」という有害な考え方に普通のアメリカ人はあらがって押し返す必要がある.そうしなかったら,隣人たちが敵だという非難が,自己成就的な予言になってしまうだろう.
[Noah Smith, “Civil war is for idiots and losers,” Noahpinion, September 11, 2025]