ノア・スミス「グローバル化はアメリカの中流階級を空洞化しなかった」(2025年5月8日)

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保護主義を唱える人たちの物語は,事実より迷信に近い

もう何年ものあいだ,「アメリカは製造業を強化すべきだ」とぼくは提唱し続けている.再工業化にアメリカ人が乗り気になったときには,ぼくは「いいぞいいぞ」と応援した.ジョー・バイデンの産業政策をぼくは大いに支持していたし,一期目のドナルド・トランプが自由貿易志向のコンセンサスを打ち壊したのを称賛すらした.

トランプ関税を経ても,その点についてぼくの考えはまったく変わっていない.たしかに,この関税は災厄だ.ただ,それはべつに,製造業を強化しているから酷いんじゃなくて,逆に,こうしておしゃべりしてる間にもアメリカの脱工業化を進めているから酷いんだ.トランプ関税によって,いままさにサプライチェーンと輸出市場を活用するアメリカ製造業の能力が破壊されていっている.トランプ式アプローチの不毛さにようやくアメリカが気づいたときに,再工業化のタスクに取り組み直す機会がやってくる――というか,そのときまでにトランプが引き起こしているだろう打撃を考えれば,再工業化はいっそう喫緊になっている.

ただ,それと同時に,グローバル化・製造業・アメリカの中流階級に関する的外れな物語がずいぶんと人口に膾炙してしまってもいる.その物語は,だいたいこんな内容だ:

1950年代から1960年代のアメリカは,工場の煙突が立ち並ぶ経済だった.労働組合を組織した工場労働者たちが広範な中流階級をつくり,自分たちが必要とするものはすべてアメリカ人がつくっていた.その後,アメリカは貿易の門戸を開きグローバル化を進めた.そこからは物事が坂道を転がりはじめた.外国との競争で賃金は停滞し,製造業のいい仕事は海外に移転された.アメリカ各地の都市は空洞化し,国は勝ち組と負け組にわかれた.大卒のアッパーミドル階級は専門職雇用を得て繁栄したのに対して,普通のアメリカ人は低賃金サービス労働に甘んじるしかなくなった.やがて,よりどころをなくした労働者階級の怒りが沸点に達して,ドナルド・トランプの大統領選出にいたった.

ジョー・ノセラが『フリープレス』に載せて議論を呼んだ記事にも,この物語が見てとれる:

政治の左右を問わず,グローバル化によってアメリカが経済的・社会的に分断されていることを否定する人はもういない.かつて栄えていたアメリカの様々な地域,たとえばノースカロライナ州の家具製造地域,中西部の自動車製造街などは,グローバル化によって空洞化してしまった.グローバル化は,所得格差拡大の原動力でありつづけている.(…)トランプが政治的に成功した背景には,労働者階級アメリカ人がこうした現実に対して抱いた怒りが大きな要因としてはたらいている.

「うちの父は,デトロイトのサプライチェーン圏で工場を経営していた」――『フィナンシャルタイムズ』コラムニストのラナ・フォロハールが,先日,私にそう語った.「1990年代に,そのあたりの工場が次々に閉鎖されはじめた.2000年代には,故郷に帰省すると高校時代の同級生の半分がオピオイドに依存するようになってた.」 さらに彼女はこう言い添えた.「経済理論は,現実世界とかけ離れていた.」

すると,当然こんな疑問が浮かぶ:これほど大勢の経済学者や政策担当者や自分のようなジャーナリストたちが,これほど長い間ずっとネオリベラリズムのいろんな問題を認めようとしなかったのは,どうしてだろう? 「ひょっとしてアメリカも他の国がやってるように自国の産業基盤を保護するべきなんじゃないかな」なんて考えをちょっと口にしただけでも,「あのパット・ブキャナンみたいなアホの同類」なんてラベルをすぐさま貼られてしまったのは,どうしてだろう?

その大きな理由の一つは,いちばん基本的なものだった:グローバル化によって,モノが安くなったからだ.企業は中国の(そしてメキシコの)安価な労働力という比較優位を利用することで自分たちのコストを低く抑えてられた.それと同時に,ウォルマートやコストコといった企業は,中国の製造業者から直接にモノを仕入れることができた.そうした製造業者たちは,どこもアメリカの同等品より価格が低かった.

また,タルモン・ジョセフ・スミス〔『ニューヨークタイムズ』記者〕が先日やってた連続ツイートにも,同じ物語が姿を見せている:

アメリカ通商代表部のツイート:
アメリカでアパレル生産が復活するのも,夢物語ではありません.つい最近まで,アメリカのアパレル製品の 56% が,アメリカ国内で生産されていました.
「メイド・イン・アメリカ」は,この政権の経済・国家安全保障上の優先事項です.
@POTUSの貿易政策によって,企業がアメリカの製造業拡大に数十億ドルを投じるなかで,国内回帰のルネサンスが到来しています.

タルモン・ジョセフ・スミス:
えらく大勢の中道&左派が,この手のグラフをこき下ろして,アメリカ人がミシンで作業してる漫画ミームを投げつけてきた.
はいはい,ごもっとも.
だけど,そういう人たちに,いったいどんなサービス産業のいい仕事が与えられた? そんなもの,ありゃしない!
「大学に行きなよ,かっぺ野郎」というのが,彼らのメッセージだった.なぜわかるのかって,自分も14歳のときにそんな考えをもっていたからだ

この手の物語のご多分に漏れず,これも一抹の真理という芯を幾重もの迷信が包み込んでいる.ただ,壮大な経済物語がどれもこれも平等なわけじゃない――この物語では,迷信の層が分厚く興味をそそるのに対して,芯の方は細くて脆い.2000年代に製造業雇用が約300万も失われたことや「中国ショック」論文については誰もが知っている.それが,この物語の芯だ.この部分は現実とよく一致してる.ただ,この物語を広い視野で考えると,重要な経済関係の事実がたくさん出てくる.この話題について語ってる人たちの大半は,そういう大きな事実をどうやら知らないようだ.

かいつまんで言えば,貿易にともなって製造業が崩壊したというのはこの半世紀に展開したアメリカ経済物語でほんの小さな部分しかしめていなかったんだよ.

アメリカはそもそも大してグローバル化していない

評論家たちも政治家たちも,安価な中国製品がアメリカになだれ込んでいるとますます語るようになってる.でも,全体として,ぼくらが買うモノのうち,そういう製品が占める割合は小さい.実のところ,アメリカは,異例なほどに閉じた経済だ.GDP に占める割合でみると,輸入は他の大半の先進諸国よりもずっと少ない.なんなら中国よりも少ない:

Source: World Bank

貿易赤字の GDP比となると,いっそう小さい.アメリカに入ってくる製造品の輸入からアメリカからの輸出を引くと,年間 GDP 比 4% ほど.アメリカの対中国貿易赤字は,GDP 比 1% ていどだ

輸入の内訳を見てみると,アメリカは,生産で使うものの大半を国内で製造している.中国の対米輸出というとウォルマートの棚で目にする消費者向け製品を思い浮かべがちだけど,実は中間財〔部品とか材料とか〕の方が多い――この点も,典型的な物語で見落とされている.ただ,その中間財にしても,アメリカの製造業者たちが必要とする中間財の約 3.5% しか中国製じゃない:

Source: Baldwin et al. (2023)

「じゃあ,かりにアメリカが貿易赤字をなくしたら,アメリカで再工業化は進む?」 輸入品を1対1で国産品に置き換えたと仮定しても,アメリカの GDP に占める製造業の割合に生じる影響は,かなり控えめなものだろう.ポール・クルーグマンを引用しよう:

昨年,アメリカ製造業の貿易赤字は GDP の 4% ほどだった.かりに,この赤字がなかったら,そっくり同額がアメリカ製の製品に支出されていたものと仮定しよう.その場合,なんとかこの貿易赤字をゼロにしたときになにが起こるだろう?

GDP に占める製造業の割合はいま 10% だ.貿易赤字をゼロにして増えるのは,4パーセントポイント未満でしかない.なぜって,製造業の企業はたくさんサービスを買ってるからだ.おおまかに推計すると,製造業の付加価値は,この売上増加の6割ほど上昇するだろう.つまり,2.5パーセントポイントだ.ということは,製造業部門はいまよりも4分の1ほど大きくなるわけだ.

なので,最適なシナリオでも,アメリカの貿易赤字をすっかりゼロにしたとき,アメリカの GDP に占める製造業の割合は 10% から 12.5% に増えるにすぎない――だいたい 2007年頃のシェアに戻るわけだね.それでも,ドイツ・日本・中国よりもはるかに小さい:

このグラフを見てもらうと,ノセラの主張と違って,他の国々にしても,国内産業基盤の保護は必ずしも立派にできていないのが見てとれる.GDP に占める製造業の割合は,いたるところで下がってきている.

それに,このグラフからは,貿易赤字と製造業はたいていの人たちが思っているほど緊密につながっていないらしいこともうかがえる.フランスは1960年以降ひたすらに製造業の集約度を下げてきた.それなのに,歴史をとおしてフランスはすごく均衡した貿易を続けていたし,90年代と00年代には大幅な貿易黒字を記録してすらいる.その一方で,このグラフに載っている国々のなかで,2010年以降に製造業割合の維持に関して日本がいちばんうまくやっているけれど,同じ期間に日本は貿易赤字になっている

というわけで,貿易がアメリカ製造業におよぼす影響がすごく注目されがちだけれど,実のところ,それよりずっと大きな要因があれこれと効いてる.アメリカが消費しているものの大半はアメリカでつくられているし,アメリカが生産しているものの大半はアメリカで消費されてる.貿易赤字をゼロにしたところで,その基本的な事実は変わらないだろう.

アメリカの中流階級は空洞化しなかった

アメリカ人という人々に目を向けると,彼らはびっくりするほど豊かだ.べつに,ほんの一握りの大金持ちによって平均が引き上げられてるからじゃない.家計の可処分所得の中央値を見ると,アメリカはトップに位置している:

Source: OECD via Wikipedia

ひとつ注意点.これには,税と移転も含まれている.また,移転には政府が提供する医療などの現物給付も含まれる.

なるほど他の国々は自国の製造業部門を保護したかもしれないけれど,中流階級アメリカ人は他国の中流よりも豊かだ.

また,中流アメリカ人の所得も停滞を続けていない.実質個人所得の中央値を見てみよう.これは,共働き家族への転換に影響されていない:

70年代前半に比べて,50% の上昇だ.もちろん,もっと増えていてくれたらうれしいし,上下の変動もある.50%という数字は「なんだそんなもん」と鼻で笑えるものじゃない.

中流階級の賃金に関しては,所得全体ほどには伸びていない.所得増加の一部は,企業の福利厚生(医療保険や退職金講座),投資所得,政府給付のかたちをとっていたからだ.とはいえ,中流の賃金が伸びたのは事実だ:

Source: EIG

賃金の伸びは,1990年代中盤から再開している.貿易赤字が増えていたにもかかわらずだ.製造業の何百万人もの労働者たちから仕事を奪った《中国ショック》があっても,賃金の上昇は止められなかった.賃金停滞とハイパーグローバル化は,タイミングが合わなくて整合しない.ジェイソン・ファーマンがこの点をとても明快に示すいいグラフを出してる

多くの評論家たちは,「所得は停滞している」という考えにすっかり馴染んでしまっているせいで,このデータが正しいとなかなか信じられずにいる.でも,アダム・オジメックが指摘しているように,経済政策研究所といえば労組寄りのシンクタンクで賃金が低すぎるとたびたび不満を表明しているけれど,賃金中央値にこれとよく似た数字を選んでいる.彼らの言い分だと,賃金は「停滞していない」けれど「抑制されている」んだそうだ.

〔世の人々の賃金を高いものから低いものまで並べた〕賃金分布の下の方に目を向けると――つまり労働者階級と貧しい人たちに目を向けると――彼らの賃金はいっそう力強く伸びてきているのがわかる.1996年に比べると 40% 以上の伸びだ:

Source: EPI

インフレ調整した数字で1時間当たり4ドルの賃上げというと,そう大したことなく聞こえるかもしれないけれど,貧しい人にとってはずいぶん大きな金額だ.

もちろん,Autor et al. が例の有名な「中国ショック」論文で示しているように,中国からの輸入品との競争で生じた痛手は,ごく一握りの地域のほんのわずかな労働者たちに集中していた.200万人の労働者というと,当時のアメリカの労働力のわずか 1.5% にすぎない.でも,その 1.5% の人たちにとって,製造業のいい雇用から投げ捨てられたのは重い打撃だった.

ただ,そういう不運な地域でも,マイナスの影響は永続しなかったようだ.ジェレミー・ホープダールの指摘によれば,ノセラが「空洞化した」と主張しているミシガン州フリントとノースカロライナ州グリーンボロで,貧しい人たちの賃金が実は上昇していた一方で,中流の賃金が後者で上昇している:

Source: Jeremy Horpedahl

所得中央値を見てみると,この2つの地域は過去10年間に経済的な健康を回復しているように見える:

(これは,人々の転出にともなう構成効果ではない.フリントの人口はだいたい横ばいが続いているし,グリーンボローの人口はなだらかに増加を続けている.)

昔日の製造業にあったいい仕事がぜんぶなくなってしまったのだとしたら,いったいアメリカの中流階級と労働者階級はどうやって繁栄しているんだろう? タルマン・ジョセフ・スミスは冷笑しつつ「サービス経済の雇用」を挙げている.Autor et al. の研究では,中国からの輸入によって追い払われた製造業の労働者たちはサービス部門のいっそう酷い低賃金雇用についている場合が多いことが見出されている.

ただ,そこで記述されているのは2000年代の状況だ.2010年代と2020年代の様相はそれとずいぶん違っている.Deming et al. (2024) の研究では,過去15年間に,低技能サービス部門雇用のブームから一転して,いまやアメリカ人はもっと高技能の専門職サービス雇用になだれ込んでいることが示されている:

Source: Deming et al. (2024)

「大学に行きなよ」は,実はいい助言だったわけだ.新時代の雇用ブームは,経営・STEM・教育・医療などで起きている:

Source: Deming et al. (2024)

20年経って,「ビル・クリントンは正しかったんだ」とぼくらは発見しつつある――たしかに,平均的なアメリカ人は十分に賢くて有能なので,知識労働をこなせる.これは,賃金・所得に反映されつつある.

さて,そうは言っても,製造業がどうでもいいというわけじゃない.国防にとって重要なのは明白だ.それに,バランスのとれた円熟した経済を築くのも大事だと思う――アメリカの知識産業の上にハイテク製造業を加えることで,アメリカ人はいっそう豊かになるだろうし,輸出をどんどん増やし,乗数効果を活用する助けにもなるはずだ.それに,製造業は,数十年にわたって停滞を続けてきたいま,生産性を大きく高めるための機が熟している.

それはそれとして,保護主義の軸になっている物語は,事実よりもずっと迷信の部分が大きい.たしかに,中国からの輸入による競争で2000年代にアメリカは少しばかり打撃を受けた.でも,全体として,アメリカ経済における製造業の役割が縮小した主な理由は,グローバル化と貿易赤字ではない.それに,グローバル化はアメリカの中流階級を空洞化させなかった――なぜって,そもそも中流階級は空洞化していないからだ.

この保護主義に共通した物語にひどい欠陥があることをひとたび受け入れれば,貿易政策・産業政策その他いろんなことについてもっと明快に考えられるようになる.


[Noah Smith, “Globalization did not hollow out the American middle class,” Noahpinion, May 8, 2025]
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