ノア・スミス「マムダニの最大の課題」(2025年11月12日)

Photo by Bingjiefu He via Wikimedia Commons

社会主義的な目玉政策では,NYC の主要産業流出を止めることも高コストを下げることもかなわないだろう

予想どおり,ゾーラン・マムダニがニューヨーク市市長選挙に勝利した.マムダニに関する評論の大半は,彼のイスラーム宗教背景やその左翼的なイデオロギー,あるいはその2つの組み合わせを中心に書かれている.これまた予想どおりだ.2024年の共和党勝利で民主党は衆目の一致した指導者不在に陥っている.そして,マムダニはカリスマのある人物で,冴えた有能な選挙戦を展開して大勢の人たちを触発している.「いまやゾーランこそ事実上の進歩派運動ひいては民主党全体の指導者」なんて言ったら誇張だろうけど,マムダニは間違いなく注目の的だし,彼の成功は左派全体がどこに向かっているかを示していると広く見られている.

マムダニのイスラーム信仰や彼の対イスラエル姿勢は確かに注目を彼一身に集めてたくさん論争を呼ぶだろう.でも,最終的には彼の左翼イデオロギーこそが,市長として手腕を振るう際に大いにものを言うはずだ.マムダニの社会主義的な根っこのせいで,都市の運営についてダメな直観を身につけてしまっていると,この6月に論じておいた

かいつまんで言うと,〔住宅などを〕もっと手ごろな価格にしようとするとき,ゾーランは「市政のレベルであれこれを無料にしよう」という方向で考えてしまう.それは,あまりうまくいきそうにない――無料のバスや市営スーパーなどは,うまくいかないだろう.無料化に成功したらしたで,そういう無料サービスの品質はおそまつになる見込みが大きい.すると,そういうサービスの経済的な意義よりはるかに不釣り合いな反発と批判を引き寄せてしまうだろう.ただ,彼の計画の多くは,そもそも実施にいたりそうにない.州の交通局などの州全体を扱う機関から承認を得る必要があるからだ.

他方で,ゾーランの住宅政策と教育政策は,進歩派の情報バブルに由来するダメなアイディアに汚染される見込みが大きい.マムダニはエリート私立大学を攻撃している.その根っこにあるのは,「ああいう私立大が人種間の格差を悪化させているんだ」という,ありがちな間違った考えだ.悪化させるどころか,ああいうエリート大学は才能あるマイノリティの若者たちを見つけ出して力添えをする仕組みになっている.ゾーランの住宅政策は,自治体が助成して住宅を「手ごろな」価格にしようという考えに立脚している.でも――カリフォルニアですでに見たように――これでは建設コストは上がりつつ全体として住宅建設をいっそう難しくすることになって,最終的には住宅供給を大幅に増やすことにつながらない.

なので,マムダニ市長の先行きを考えると,かなり憂鬱なシナリオが浮かびやすい.彼の出自や宗教,外交政策,イデオロギーにとてつもない注目が集まって全米で民主党の方向について不安がかき立てられつつ,その一方でニューヨーク市の実質的な懸念事項からは目が逸らされてしまうかもしれない.それに,経済的な大して重要でもないごくひとにぎりの象徴的な意味は大きい社会主義的な取り組みが失敗すれば広く非難が浴びせかけられて,マムダニの任期全体が失敗一色に染められてしまいかねない.これは,サンフランシスコの左派地方検事チェサ・ブーディンに起きたこととだいたい同じ構図だし,(もっと緩くだけど)シカゴの社会主義市長ブランドン・ジョンソンに起きたとことも似ている.

そうなってしまったら,残念だ.なぜって,ニューヨーク市には,マムダニがぜひとも取り組むべき深刻な問題がいくつかあるからだ.ニューヨーク市は,アメリカの旗艦都市だ――見方によっては,アメリカ唯一の本物の都市ですらある.でも,その支柱になっている産業はゆっくりとニューヨーク市を放棄しつつあって,この都市の経済基盤の将来が疑わしくなっている.それに,ニューヨーク市は破滅的なまでの高コストに悩まされてもいて,公共インフラと公共サービスがゆっくりと劣化していっている.こういう問題は,とにかく社会主義的アプローチではどうにも正せない――とはいえ,ニューヨーク市が盛り返すためには,誰かがこれらを解決するしかない.

金融産業がゆっくりとニューヨーク市から流出しつつある

一歩引いて,そもそも都市が存在する理由を考えよう.

なぜ都市が存在するのか.すぐに思い当たる理由は,とにかく都市に暮らしたい人たちがいるから,というものだ.都市にはたくさんレストランがあるし,友達になったりお付き合いしたりできる人たちが大勢いる.芸術やコメディなんかも盛りだくさんだ.とくに若者やお金持ちにとって,都市が提供する消費の美点は大きい.もしもお金がたっぷりあって子供がいないなら,アイオワのどこかの小さな町に暮らそうなんて思うかな? 住めるものならマンハッタンに住むよね.

でも,消費だけでは,大半の都市を維持できない.都市化は,生産面でも大きな利点をもたらす.一般的に,都市の方が生産的になると考えられる理由は3つある:1) 集積,2) クラスター化,3) 地域の公共財――この3点だ.公共財については次のセクションで取り上げるとして,まずは集積とクラスター化について話そう.

集積とは,いろんな産業がお互いに近接して存在してる状態だ.なんぜこれが重要かというと,労働者は消費者でもあるからだ.ある会社で働く人は,別の会社からモノを買う.それに,モノを輸送するにもお金がかかる(人間の移動だってそうだ).だから,労働者たちがお互いの生産物を消費できるようにいろんな企業のオフィスや工場がお互いに寄り集まっているのには経済的な意味がある.これがポール・クルーグマンの新しい経済地理理論の基礎で,これが彼のノーベル経済学賞受賞にモノをいった.[n.1]

他方で,クラスター化とは,ひとつの産業がどこかの都市に集中していることを言う.テック系企業がサンフランシスコのベイエリアに集中していることや,映画産業がロサンゼルスに集中していること,かつてデトロイトが「自動車都市」だったことを考えてみるといい.こういうクラスターは,イノベーションに重要だ.エンリッコ・モレッティの研究では,クラスター化がなかったらアメリカの特許出願件数は 11% 少なくなるだろうと分析している.他の研究でも,結果はだいたい似たり寄ったりだ.このイノベーション促進効果が生じる理由は,いろんな企業のあいだにアイディアが広まることにある.シリコンバレーのエンジニアたちはお互いに交流してアイディアと知識をわかちあっている.エンジニアがあっちの企業からこっちの企業へと移ると,当人の専門知識もそこに持ち込まれる.[n.2]

ただ,クラスター化の経済的な利点は,イノベーションそのものをはるかに超えて広がる.「分厚い市場」効果によって,企業が従業員を雇ったり資金を調達したりするのがずっとかんたんになる――テック系企業がなんで住宅コストも税金も高いシリコンバレーに行くかといったら,そこにエンジニアたちがたくさんいてベンチャーキャピタリストたちも大勢いるからだ.それに,エンジニアやベンチャーキャピタリストも,そこにいろんなテック系企業があるからシリコンバレーに向かう.こうして,自己強化的なクラスター化効果が生まれる.

これに加えて,ソフトウェアや先進製造業・映画製作などなどの強いクラスター化効果が生じがちな知識産業は,地域間の輸出産業になる傾向があって,都市外から莫大な収益を上げる.そのお金が周囲に広まって,住宅・医療・飲食サービスなどの地域サービス業を活発にする.

ニューヨーク市には,いくつか知識産業クラスターがある.出版,エンターテインメント,そしてアメリカ第二のテック系クラスターだ.ただ,これまでのところ,ニューヨーク市最大の産業といえば,全世界に知られる金融業だ.ニューヨーク市は,たんにアメリカ最重要の金融中心地なだけじゃなくて,世界最重要の金融中心地と言っていいだろう.Vassilios Gargalas と Mario Corzo による2023年の論文から,ちょっと文脈を引用しよう:

金融/保険部門は,ニューヨーク市でも屈指の重要産業だ.この部門は,雇用・産出・税収・賃金の面でニューヨーク市経済に大きく寄与している(…).証券業(金融の下位部門)は,同市の税収の約 7% を占める.産業税収では 74% を占め,所得税では 23.3% を占めている.(…)2021年までに,ニューヨーク市の農業以外の雇用総数,民間部門雇用,サービス部門雇用は,それぞれ 8%,9.3%,8.4% だった.

もちろん,ニューヨーク市にとっての金融の重要性がこの文章ではものすごく控えめに表現されてしまっていることは著者たちも承知している.もしも金融サービスを世界に提供していなかったら,医療・住宅・飲食などにニューヨーク市民が費やすお金ははるかに少なかっただろう.そういう産業はいまよりずっと貧しかっただろうし,税収や雇用の面でもはるかに貢献が少なかったはずだ.金融がなくてもニューヨーク市は存在していただろうけど,いまの姿よりもとてつもなくささやかなものだっただろう.

その金融が,ニューヨーク市からゆっくりと流出しつつある.金融業の雇用総数はほぼ横ばいだけれど,少なくとも1990年代前半から,ニューヨーク市は全体の雇用の伸びについていけていない:

『エコノミスト』誌はこう伝えている

この5年間にアメリカ国内で創出された産業雇用 23万3,000件のうち,ニューヨーク州が確保したのは約19,000件にすぎず,テキサス・フロリダ・ノースカロライナ・ジョージアの後塵を拝している.

これだけを見れば,炎うず巻く大火災ではない.もしかして,金融の乗数効果が高くなってきてるのかもしれないし,あるいは,たんに既存の金融クラスターに加えて他のクラスターがあれこれとニューヨーク市に加わったのが反映されているだけかもしれない.でも,金融企業がニューヨークから出て行っているのも事実だ.たいてい,サンベルトが行き先に選ばれている.2023年の『ブルームバーグ』記事から引用しよう:

ポタ,ポタ,ポタ…と金融業がニューヨークとカリフォルニアから流出していっていることは,この3年間にときおり逸話で確認されてきた.エリオット・マネジメントはウェストパームビーチに移転した.アライアンスバーンスタインはナッシュビルに,チャールズ・シュワブはダラス郊外に,それぞれ移転している.(…)今回,はじめてその具体的な数字が示された(…).どちらの州も,この3年間に1兆ドル近い総資産をもつ企業を失ったと『ブルームバーグ・ニュース』が報じた.2019年末から 17,000以上の企業の申告書を調査して導き出した数字だ.

さらに,『ブルームバーグ』には移転の流れを示すこんな地図も載っていた:

Source: Bloomberg

都市経済学の基本理論からは,こう予測される――「もしも都市がその産業クラスター化効果の一部を失ったら,国内の他の地域に対するその都市の所得優位性は低下するはずだ.」 その理由は2つ.そのクラスター産業の高給職が消えるからであり,また,乗数効果が低下するからだ.

パンデミック前まで,ニューヨーク市の賃金はアメリカ全体と足並みを揃えて伸びていた.ところがそれ以降,ニューヨーク市の賃金上昇はひどく落伍している [n.3]:

これまでのところ,流出はニューヨーク市の金融業にとって破滅的なものになってはいないし,産業には浮き沈みのサイクルもある.ただ,憂慮すべき浸食ではある.いまぼくらが目にしているのは,「最初はゆっくり,それから一気に」くる変化だっていう厄介な可能性がある.デトロイトで現に起きたように,ひとつの都市から基幹産業クラスターが消え去って,二度と戻ってこない場合がある.アメリカの都市で「あそこの歴史はマネしたくない」って場所があるとしたら,それはデトロイトだ.

「どうしてニューヨーク市はアメリカの金融中心地としての優位な地位が浸食されているの?」 『エコノミスト』誌の報道では,高い税金・過剰な規制・高い生活費がやり玉に挙げられている:

ニューヨーク金融業の優位が揺らいでいるのはなぜだろうか? 影響力あるビジネス団体「パートナーシップ・フォー・ニューヨークシティ」の代表をつとめるキャスリン・ワイルドによれば,高コストと重税の二重苦に原因があるという.ニューヨーク州の法人所得税は 7.25% で,とりたてて負担が大きいわけではない.だが,ニューヨーク市には,独自の法人所得税を市としてさらに課す異例な税制をとっている.しかも,地域交通網のために課徴金がこれに加わる.このため,地元企業のなかには,地方税だけで 18% 以上を支払っているところもある.(…)

負担は他にもある.従業員の採用に関する市の規制がそれだ.たとえば,バイアスを独立に監査せずに AI ツールを企業が使用するのを禁じる規則や,雇用主が採用候補者に犯罪歴や給与履歴を訊ねるのを禁じる規則などがある.その結果として,金融企業はもっと安価な地域に業務を移転することでコストを劇的に下げられる.(…)

また,労働者たちにもニューヨークを敬遠するもっともな理由がある.労働者たちも,高い税金と高コストに直面している.(…)ニューヨーク州では,100万ドル超の所得を申告する納税者の割合は2010年に 12.7% だったのが 2022年には 8.7% に低下している.そうした納税者たちが 2022年に州と市に納めた所得税は,340億ドルだった.もしもニューヨークの富裕層の割合が維持されていれば,その額はさらに 130億ドル多かっただろう.ゴールドマンサックスによる推計では,所得が1000万ドル以上にのぼる世帯の実に 10% が,2018年から2023年のあいだに州外に居住地を移しているという.

個人税の影響だけを単独で見れば,実のところかなり小さく見える.高い個人税が富裕層の居住地選択に及ぼす影響は存在しているものの小さいことを示す研究はたくさんある.カリフォルニアの税率も同じように高いけれど,べつにシリコンバレーの優位な地位はそれで浸食されていない.

それに,法人税もたいていは物別れの種にはならない.Giroud & rauh (2015) の研究から引用しよう:

総じて,法人 C にとって,既存事業所での雇用(内延マージン)も,州内にある事業所数(外延マージン)も,法人税弾力性は -0.4 となっている.法人税改革の対照群となるパススルー法人は,個人税制のみに反応し,税の弾力性は -0.2 から -0.3 となっている.その効果のおよそ半分は,処置群にあたる企業が事業所を有している他の州に生産リソースを再配置することで生じている.資本の示すパターンもこれに類似しているが,労働よりも弾力性が 36% 低い.ナラティブ・アプローチでは,この研究結果が堅牢であることが裏付けられている.とくに,受け継がれた財政赤字・長期目標・連邦税改革で生じた州どうしのばらつきによって実施された税変更のサンプルでこの結果はもっとも強く表れている.

法人税の効果だけを単独で見てみると,とても小さい――弾力性が 0.3 ではなく 0.4 だと,法人税を倍にしたときに雇用の 10% が流出し,資本流出はたぶん 7.4% になる.懸念するのに十分な影響だけれど,破滅的ってわけじゃない.

クラスター化効果で大事なのは,ひとたび一定の閾値を上回ったとたんに,小さな効果がいっきに大きな効果に変わることがあるって点だ.どんどん金融企業がニューヨーク市を出て行ってダラスやマイアミあたりが金融業にとって主要なハブになったら,企業がまるごと揃ってニューヨーク市から逃げてそっちの新しいクラスターに向かう閾値効果が現れてもおかしくない.

それに,金融業そのものが昔ほどクラスター化効果をもっていない可能性もある.これはぼく一人の思弁だけど,考える値打ちはある.2010年のドッド・フランク法をはじめ,2008年金融危機を受けて成立したいろんな規制によって,アメリカにおける金融業の仕組みは変わっている.

たとえば,ドッド・フランク法の一部であるヴォルカー・ルールでは,銀行による自己勘定取引を禁じている.このため,銀行が所在する都市にトレーダーたちが暮らす理由が以前よりずっと減っている.それで,トレーダーたちはコネチカット州グリニッジやテキサス州ダラスに暮らす方を選んでいるのかもしれない.そちらの方が,より大きな家で生活コストも税金も下げつつずっと穏やかな生活を送れる.

システムにとって重要な金融機関 (SIFI) にかかる規制も,影響しているかもしれない.アメリカの銀行が経済で果たす役割は金融危機後に変わった.たしかに,いまも「金融の配管」の役目を大いに果たしてこそいるけれど,貸付に関しては前よりもずっと重要でなくなっている.貸付はテック系みたいな知識産業なんだと考えると,大銀行による融資から債券市場への(そして小さな地域銀行への)転換は,ニューヨーク市における重要なクラスター化効果の弱体化なのが見える.

その仕組みをちょっと考えていよう.かりに,キミが住宅ローン専門家で2005年にニューヨーク市のバンク・オブ・アメリカで働いていたとしよう.この都市に自分がいることで,シティバンクやチェースなど他の銀行も同じくニューヨーク市にオフィスを構える理由が増えるかもしれない.機会があれば自分をやとってキミの知識を活用するためだ.さて,そういう銀行はどこもいまや全体的に貸付を前ほどやらなくなっている.そうなると,べつにこの都市に暮らす理由はなくなる.「それじゃあ」とキミが居を移すと,いろんな金融企業もニューヨーク市にオフィスを構える理由をひとつ失う.全体として貸付を前ほどやらなくなっているのに加えて,他のいろんな職種でキミを雇うこともできなくなったからだ.

それに,テクノロジーもクラスター化効果を弱めているかもしれない.昔なら,トレーダーたちは大きな取り引きフロアに物理的に集まらなくちゃいけなかった.いまは,安全な通信回線でやりとりできるし,ブルームバーグ端末でチャットもできる.株式や他の一部の金融資産だったら,自動化された市場で完全に電子取引だってできる.一部の金融取引は,インターネット上で交渉できる.パンデミック期にリモートワークが広まったのも,一部の金融系の職種で完全にリモートに移行する後押しになったかもしれない.

これが事実なら,サンフランシスコみたいな堅牢なクラスターにとっては小さいかもしれない各種要因も,ニューヨーク市にとっては突如として決定打になるかもしれない.個人所得税・法人税・規制・生活コスト・犯罪といったいろんな要因は,1980年代のニューヨーク市だったら笑い飛ばしておしまいだったかもしれないけれど,今日では,ニューヨークの基幹産業を空洞化する連鎖的な効果を起こすのに十分かもしれない.

この点で,マムダニはすごく慎重に行動するべきだ.高くつく無料公共サービスの財源を確保しようとさらに税金を引き上げたり,子供たちがマグネット校に進む機会を奪ったり,補助金による「手頃な」価格の住宅だけを許可したりといった施策は,金融業の従業員たちや起業家たちの暮らしを少し不便にする.それは,20年前よりもよほど危険かもしれない.それよりも,マムダニはニューヨーク市の旗艦産業をこの都市に根付かせ続ける方法を考える方がいい.これまでのところ,マムダニがこの点を考えている様子はほぼ見られない.

ニューヨーク市はみずからのインフラを賄えない

都市が存在する第三の基本的な理由は,地域の公共財だ.もし,誰もが田舎で暮らしていたなら,みんなの役に立つ下水道や電力網や道路をつくるのはずっと高くつくだろう.〔逆に,すでに大勢が暮らしている〕都市に新しい住人が1人増えたところで,住人みんなが必要とする都市インフラにその人をつなぐ費用は比較的に安上がりですむ.[n.4]

ニューヨーク市のインフラは,実はかなりすぐれている.他のどの都市に,ニューヨーク市みたいな地下鉄がある? ただ,このインフラの維持にはすさまじい費用がかかっている――しかも,だんだん増えて言ってる.2017年に,ブライアン・ローゼンタールが「地球上で1マイルあたりでもっとも高くつく地下鉄」という痛烈な記事を書いた.未読なら,ぜひ読んでほしい.ニューヨーク市のセカンドアベニュー地下鉄は,第1期に1マイル当たり26億ドル,第2期には1マイル44億ドルの建設費がかかった.これに比べて,世界の典型的な地下鉄1マイルの建設費は 4億ドル以下だ.ニューヨーク市は,フランスみたいな国々に比べて5倍~10倍もの鉄道建設費をかけている.

この莫大なコスト膨脹は,ニューヨーク市の納税者にとって納得しがたい不公平だ.それに,持続困難でもある――ニューヨーク市の旧式鉄道網は物理的に老朽化が進んでいる.ところが,その維持・修繕には建設と同じくらい破滅的な高額がかかる.パンデミック期にいったん遅延その他の問題は減ったものの,その後,着実に増えつつある

ローゼンタールの記事で大きく取り上げられたセカンドアベニュー地下鉄を,のちにトランジット・コスト・プロジェクトがさらに詳しく調査したところ,その結論はほぼ同じだった.ニューヨーク市の鉄道コストがああも破滅的なまでに高い主な理由は,おそらく次のとおりだ:

  • 地下鉄建設に度を超した人員を雇いすぎている
  • 外部コンサルタントを雇いすぎている
  • 非効率で競争のとぼしい政府調達プロセス
  • 大きすぎる駅の建設

こうした問題のうち,ゾーランが取り組む用意のできているものはどれだろう? 地下鉄は労組の組合員によって建設される.そして,労組は過剰な人員配置をよく要求する.左派的な背景をもつマムダニが,この点で労組と対立することは,ものすごくありそうにない――「〔反共タカ派の評判が確立していた〕ニクソンだからこそ中国に行けた」式の状況でもなければね.マムダニは,コンサルタント削減や調達プロセス改革はやるかもしれない.ただ,いまのところ,彼はこういうことを問題だと受け止めて関心を示していない.駅の規模に関しては,おそらく交通計画の専門知識が市の内部に取り込まれれば改善されるだろう.これは,社会主義者がやりそうな種類のことに思える.ただ,マムダニはまだこれを優先課題にしていない.

一方,ニューヨーク市のインフラで修繕を切実に必要としているのは地下鉄だけじゃない.2023年に,1世紀以上も使われてきた送水管が破裂して,タイムズスクエア駅が水浸しになった.ニューヨーク市の水道管は,膨大な量の漏水を起こしている.こういう問題が目に見えるようになって数十年経っているけれど,高コストがかかるせいで対策は難しく,ただ応急処置をして「どうかあと1年保ちますように」と祈るくらいしかできていない.

貧弱なインフラのせいで,前のセクションで述べた産業クラスター化問題もさらに悪化している.いつも遅れたり運行休止になったりしているうえに難聴になりかねない轟音をとどろかせる地下鉄に乗るしかない都市で電車通勤したがる銀行員がどこにいる? 水道管がいつ破裂してもおかしくない不安をおぼえながら暮らし,会議に向かうタクシーが穴ぼこだらけの道路でガタガタ揺れるのを耐え忍びたがる資産マネージャーなんて,どこにいる? 劣悪な公共財も,基幹産業がサンベルトに流出してしまうもうひとつの理由にしかならない.

マムダニは,アメリカの「下水道社会主義者」たちを踏襲することもできる.1世紀前に,大きな政府を効果的にして高品質な公共インフラを建設することに彼らは尽力した.住宅に関して見せたマムダニの懐の広さは,この点で一筋の希望を見せてくれている.ただ,いまのところ,マムダニが公共交通に対して主にとっているアプローチといえば,建設費を抑えることではなく,とにかく無料で使えるようにすることだ.21世紀アメリカの社会主義者たちの大半と同じく,マムダニも実際にインフラを安価にするかわりに無料に思わせることに力を注いでいる.

社会主義的な政権がニューヨーク市のために働けるとマムダニが本当に望むのなら,市の基幹産業を追い出さない方法を見つける必要があるし,市政府が低コストで公共財を提供できていない問題に取り組む必要もある.そうしなかったら,イデオロギー本位の左翼を選挙で公職に就けてしまうことの危険を後世に伝える教訓譚になるリスクをマムダニは冒すことになる.


原註

[n.1] 藤田昌久と共同受賞になるべきだったけどね.

[n.2] ひとつの仮説では,カリフォルニアが就業避止契約の執行を拒否しているのが,シリコンバレーを(もしかするとハリウッドも)あれほど強力なクラスターにしている要因と考えられる.このおかげで,エンジニアたちはあっちの企業からこっちの企業に移り,アイディアをあちこちに広めることができた.

[n.3] こうした賃金の数字はインフレで調整していない.なぜかというと,2つの場所(この場合はニューヨーク市とアメリカ全体)を比べるとき,両者の差が拡いてるを示すのにインフレ調整する必要がないからだ.時間経過とともにあるひとつの場所の実質賃金が変わってきたのを示したい場合なら,インフレを皇輿に入れる必要がある.ここでは,たんに2つの場所の差を示したいだけだ.

[n.4] もちろん,インフラは純粋な公共財ではない.ただ,インフラにはネットワーク効果があって,正の外部性をもつ.これによって,公共財と同じ問題が生じる.


[Noah Smith, “Mamdani’s biggest challenges“, Noahpinion, November 12, 2025]
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