ノア・スミス「ベーシックインカム研究でさらにがっかりな結果」(2024年7月23日)

3週間前の記事で,デンバーで行われたベーシックインカム・プロジェクトから得られた少々がっかりな研究結果に注目しておいた〔日本語版〕.さて,今度は,イリノイ北部とテキサス中部で実施されたはるかに巨大で長期的なベーシックインカムの無作為化対照実験の研究結果が出てきた.Vivalt et al. の論文から,主な研究結果の要旨を引用しておこう:

本研究では,所得の変化が原因となって人々の雇用に関わる多種多様な項目に生じた影響を検討する.そのための実験として,低所得の個人から無作為に対象者を1,000名選出し,無条件に1ヶ月あたり 1,000ドルの現金給付を3年間続けた.また,対照群として,2,000名の参加者を選出し,1ヶ月に 50ドルの給付を続けた.本研究では,詳細な調査データ・行政記録・専用スマホアプリからのデータを収集した.現金給付によって,対照群に比べて給付を除外した個人所得の総額は 1,500ドル/年が減少した.このプログラムによって,実験参加者の労働市場参加率は 2.0パーセントポイント低下し,労働時間は週あたり 1.3~1.4時間減少した.また,参加者のパートナー〔たとえば夫や妻〕の労働時間もおよそ同程度に減少した.現金給付によって,余暇に費やされる時間がもっとも増加し,さらに,それよりは小幅ながら,移動や財務といった他の活動に費やされた時間も増加した.生活の楽しみや快適さについて詳細な質問をしたものの,雇用の質にはなんらの影響も見出されない.また,小さな改善があったとしても,本研究の信頼区間は除外されうる.本研究では,人的資本への投資への優位な影響は観察されていない.ただし,より若い参加者たちはもっと正規の教育を受けるべく進学するかもしれない.全体として,本研究の結果からは,他の生産的な活動によって相殺されるように見えない労働供給へのほどほどの影響がうかがわれる.

月額たった 1,000ドルで 2% の人たちがはたらくのをやめちゃうとはね! これはすごく大きなマイナスの影響だ.従来の研究では,無条件の現金給付は雇用にまったく影響しないかほんのわずかにしか影響しないという結果が得られていたけれど,この結果はそれと真っ向から食い違ってる.なによりも悪い点は,ベーシックインカムの受給者はよりよい仕事に移ったり復学したりしなかったらしいことだ――ベーシックインカムを支持するとくに強力な論拠のうち2つが実際には起こらなかったわけだよ.かわりに,人々はただブラブラして過ごしただけだった.

さて,余暇が増えたってことは,「いいことがない」という話にはならない――もちろん,政府からの現金給付でしばらく食いつないだりブラブラしたりするのはけっこうなことだ.でも,そこには厳しいトレードオフがある――この研究でやったようなプログラムは,財政の観点ですでにすごく高くついている.もしも,こういうプログラムによって人々が前ほど働かなくなったなら,ひたすら合計の経済的コストを増すばかりだ.これほどのお金を出し産出を失いながら得るものが余暇だけだとしたら,実行する値打ちがこの〔ベーシックインカムという〕介入にあるのかどうかきわめて怪しい.

だからといって,現金給付が役立たずという話にはならない.第一に,いままでで最良の研究とは言え,たったひとつの研究が出ただけだ.従来の多くのより小さな実験ではなんの影響も示されていなかった.第二に,無条件の現金給付の方が,ややこしい就労要件やわかりにくい受給資格・申請手続きのあるもっと伝統的な福祉プログラムよりもすぐれているかもしれない.ただ,ベーシックインカムによって就労意欲が削がれたり長期的な職業生活によい結果をもたらさなかったりするのが立証されたなら,このベーシックインカムというアイディアへの献身は急速に薄れていくだろうね.


[Noah Smith, “More disappointing results for basic income,” Noahpinion, July 23, 2024]
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