ノア・スミス「AI時代になってもなんでこんなに放射線科医がいるの?」(2025年10月16日)

「AI によって消え去る人間の仕事は多い」と考えてる人は大勢いる.おそらく,この予測に誰より自信をもっているのは,実際にその AI をつくってるエンジニアたちだろう.たとえば,現代 AI の創出で要になった一人であるジェフリー・ヒントンは9年前にこう宣言した――放射線科医の育成をやめるべきだ.5年か10年も経てば,彼らは AI に置き換えられるだろう:

「いま放射線科医として働いている人は,まるで崖から空中に飛び出してしまったのに,まだ下を見下ろしていないコヨーテみたいなものだ(…).放射線科医の育成はすぐにやめるべきだ.5年以内に深層学習は放射線科医たちよりもうまくやるようになるのは完全に明白だ.(…)もしかすると10年かかるかもしれない.だが,すでに放射線科医は有り余っている.」

当時,まだ ChatGPT はまだ生まれていなかった.それでも,2016年時点の AI システムはすでに医療画像の読み取りをかなりうまくできていた.ヒントンには,ありありと凶兆が見えている実感があっただろうね.

だけど,あれから9年経ったいまでも,放射線医学の業界は健在だ.先日,ディーナ・ムーサがこれについてすぐれた文章を Works in Progress に寄稿していた

放射線医学の分野は,人間を AI で置換するのに最適のお膳立てができている.デジタルインプットとパターン認識タスクと明確なベンチマークが主軸になっている.(…)ところが,人間の労働力需要はかつてなく高まっている.2025年に,放射線科の専門分野全体で研修プログラムの募集枠は過去最多の 1,208件を記録している.2024年から 4パーセントの増加だ.また,放射線科の欠員率も過去最高になっている.

2025年に,放射線医学は国内で2番目に給与の高い医療分野となっている.その平均所得は 52万ドルで,2015年の数値から 48パーセント上昇している.

ムーサが記しているように,こうなっている理由には,ありきたりのものも含まれる.ひとたび現実世界に出てきて訓練データをはるかに超える状況に対処するときになると,AI モデルの性能は大きく下がる.それに,人間は AI を信頼しないので,規制当局や医療保険会社が人間の放射線科医の従事を求めることもある.

でも,放射線科医の職業がずっと存続しているのには他にもずっと深い理由がある――そして,そっちを知れば,AIの経済的な影響についてぼくらがいかにわずかしか知らないのかを思い出す重要なきっかけになるはずだ.

まず,AIモデルをつくっている人たちは,放射線科医がどんなことをやっているのか実はわかってない.放射線科医がスキャン画像を読むのは知っていても,他にどんなことをやっているのか知らないんだ.

放射線科医は,スキャン画像を読む以外にも役立っている.2012年に3件の病院で放射線科医を追跡した研究によると,その仕事時間のうち,直接に画像の読影に費やされていたのは 36パーセントにすぎなかった.画像検査を監督したり,結果を診療担当医に伝えたり,ときには検査の所見や提案を患者にみずから説明したり,画像検査を実施する研修医や技師を指導したり,検査依頼書を確認したりスキャン手順の変更を行ったりといった業務に費やされている時間の方が,ずっと長かった.ということは,かりに AI の方がずっと上手に読影できたとしても,放射線科医はたんにその分の時間を他の業務に割り当てるだけかもしれない.すると,AI による代替効果は弱まる.

AIエンジニアたちは放射線科医がやっていることをなにもかも把握しているわけじゃないので,そういうタスクを担当する AI システムの設計はゆっくりとしか進みそうにない.それに,誰かがこの問題に本格的に取り組んだとしても,こういうタスクぜんぶを人間並みにうまくできる AI がいつできあがるのかは,はっきりしない.今後も,人間は一連の業務のどこかに居場所をもちつづけるかもしれない.

最後に,AI は生産性を向上させ,それにともなってコストが下がる.すると,対応できる患者の人数は増える.すると,放射線科医の労働需要が増える:

タスク処理がより迅速かつ安価にできるようになるにつれて,タスク処理をもっと多くこなすようになるかもしれない.場合によっては――とくに,コスト低下と処理速度向上によって新しい用途が生まれた場合には――この需要が効率向上を上回ることもある.「ジェヴォンズの背理」という現象だ.医療分野でも,これには歴史上の前例がある.2000年代前半に,病院ではフィルムジャケットからデジタルシステムへの移行が進んだ.デジタル化した病院では放射線科医の生産性が向上し,個々のスキャン画像の読影に要する時間が短縮された.バンクーバー総合病院の研究では,このデジタルへの移行によって,フィルム使用をやめてから1年間に,放射線科医の生産性が向上したと報告している.単純な X線で 27%,CT で 98% という数字だった.同じ時期に,画像化技術で他にもさまざまな進歩があり,スキャンの実行速度はさらに上昇していた.それでも,放射線科医は解雇されなかった.

その一方で,保険加入者 1,000人あたりの画像検査は,2000年から2008年のあいだに全体で 60パーセント増えた.これは,医師の診察件数が同じように6割増えたためではない.医師による診察時に画像検査が行われる頻度が平均で増えたためだ.

自分たちが手がけるモデルの能力にもっぱら目を向けている AI エンジニアたちは,総じて,この経済のエコシステム全体についてそんなに考えていない.エンジニアたちは,自分の産物をまじまじと眺めて,その能力が他の誰よりも優れているのは知っていても,だからといって放射線科医が現場でやっていることを知っているとはかぎらない.それに,AI の導入にともなって放射線科医が生産性を向上させつつ職場での時間の使い方をどう変えるか,エンジニアたちにはわからない.いつの日かヒントンの言葉どおりになるかもしれないけれど,いまのところ,彼は間違っている.


[Noah Smith, “Why do we still have so many radiologists in the age of AI?,” Noahpinion, October 16, 2025]
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