スコット・サムナー 「ポール・クルーグマン、ジョン・ロック、ディオクレティアヌス帝、ゼロ下限制約」(2012年5月2日)

クルーグマンとディオクレティアヌス帝のどちらが貨幣経済学者として優れているだろう?
画像の出典:https://www.photo-ac.com/main/detail/786857

ポール・クルーグマンが次のように述べている

ディオクレティアヌス帝が統治するローマ帝国が「ゼロ下限制約」から抜け出すのを加勢するために、Fed(連邦準備制度)にどんなことができるでしょうか?

今日の午後にRedittで寄せられた質問だ。返答した後に、決定的な事実を見過ごしてしまっていたのに気付いた。古代ローマ経済が「ゼロ下限制約」に悩まされるなんてことは、そもそもあり得なかったのだ。古代ローマでは、ゼロの概念が無かったのだから。ローマ数字を使って政策金利の水準を決めなくちゃいけなかったのだ。LXXVベーシスポイント(75ベーシスポイント/0.75%)とかいう感じで。

アラブ世界でアラビア数字が発明されるまでは、「流動性の罠」に嵌る(「ゼロ下限制約」に悩まされる)可能性なんて無かったのだ。

クルーグマンとディオクレティアヌス帝のどちらが貨幣経済学者として優れているかと問われたら、その答えは間違いなくクルーグマンのほうだ。しかしながら、かの有名なローマ皇帝が貨幣経済学者としてポール氏より勝っている面もある。「ゼロ下限制約」のあしらいがそれだ。ディオクレティアヌス帝が統治していたローマ帝国が「流動性の罠」に一度も嵌らずに済んだ真の理由は、ディオクレティアヌス帝が(「金利」を金融政策の手段として重視する)ケインジアンじゃなかったからだ。金融緩和の限界という意味での「ゼロ下限制約」にぶつかることがあるとすれば、それは政策当局者がケインジアンの場合だけだ。政策当局者が(「貨幣量」を金融政策の手段として重視する)マネタリストなら、「ゼロ下限制約」にぶつかることはない。マネーサプライの量に上限なんてないからだ。自堕落なローマ皇帝(ディオクレティアヌス帝)が「ゼロ下限制約」に一度もぶつからずに済んだのは、硬貨に含まれている金属の量(含有率)をどれだけ減らしてもインフレにならないという意味での「下限」なんてものはないからだ。金属の含有率がゼロ%にまで引き下げられたら、それはもう硬貨じゃない・・・なんて冗談はさておいて、高額の硬貨に含まれている貴金属の含有率をどれだけ引き下げてもインフレが一向に起きないなんてことはない。1933年に発行された20ドル金貨が改鋳されて金の含有率が99.99%減らされたとしたら、どうなっていただろう? 「インフレになった」という答えに本気で異を唱える人なんているだろうか? 金の含有率が40%減らされるくらいでも、かなりのインフレが起きていたろう。

1998年のクルーグマンは、時代の先を行っていた。「今日」何をするかではなく、「明日以降」に何をしそうと思われているかをコントロールする――予想を管理する――ことこそが金融政策の肝だと誰よりも先に強調したのだ。しかしながら、クルーグマンは、そこから更に踏み込まなかった。クルーグマンの代わりにもう一歩踏み込むなら、「明日以降」に何がされそうかを伝えるシグナル(合図)になる限りにおいて、「今日」することにも意義が出てくることになる。ということは、ここぞという時に「無言」にならない手段を使う必要がある。ここぞという時に大声ではきはきと「明日以降」に何をするつもりなのかを伝えられる手段を使う必要がある。言い換えると、「金利」(名目金利)を金融政策の手段として使うのは、悪手も悪手なのだ。そのことで言うと、ディオクレティアヌス帝が使った手段(硬貨の改鋳)のほうがずっと優れているのだ。クルーグマンは偉大な貨幣経済学者だが、金融政策の手段は「金利」じゃなくちゃいけないという思い込みに過度に囚われてしまっているのだ。

ジョン・ロックは、クルーグマンの先を行っていた。1694年の段階で。

あまりに常軌を逸しているので、「19オンスの銀」の価値を「20オンスの銀」と等価になるまで引き上げるのは可能なんて考える人は誰もいないと思われる。「19オンスの銀」が「20オンスの銀」と等価というのはどういう意味か? 「19オンスの銀」で買える――あるいは、交換してもらえる――生活必需品(穀物、ワイン、油)の量が、「20オンスの銀」で買える――あるいは、交換してもらえる――生活必需品(穀物、ワイン、油)の量と同じということだ。「19オンスの銀」が「20オンスの銀」と等価になって同じ量の生活必需品が買えるのだとしたら、「18オンスの銀」でも(「20オンスの銀」で買えるのと)同じ量の生活必需品が買えるのではなかろうか? 「10オンスの銀」でも(「20オンスの銀」で買えるのと)同じ量の生活必需品が買えるのではなかろうか? あるいは、「1オンスの銀」でも。・・・(略)・・・そうなると、1ペニー硬貨や3ペンス硬貨で、クラウン硬貨と同じ量の香辛料や絹が買えるという話になってしまう。(3ペンス硬貨の)20倍あるいは(1ペニー硬貨の)60倍の銀が含まれているクラウン硬貨と同じ量の香辛料や絹が買えるというのだ。あまりに馬鹿げている。こんなことを本気で信じている人がいるようなら、誰も目を合わせたがらないだろうし、縁切りを迫られるだろう。

「あまりに馬鹿げていて」本気で信じている人なんていない? ロックは、ケインジアンに出会わなかったのだろう。

(追記)いや、出会ったに違いない。「硬貨を改鋳してもインフレにならない」と語る何人かのケインジアンに出会って、反論しようとしたのだ。


〔原文:“Paul Krugman, John Locke, Emperor Diocletian, and the zero lower bound”(TheMoneyIllusion, May 02, 2012) 〕

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