タイラー・コーエン 「『ポールソン回顧録』」(2010年2月4日)/「『ガイトナー回顧録』」(2014年5月19日)

●Tyler Cowen, “On the Brink”(Marginal Revolution, February 4, 2010)


On the Brink』(邦訳『ポールソン回顧録』)を読んでいる最中だ。副題は、「国際金融システムの崩壊を食い止めるための戦いの舞台裏」。著者(単著なのかどうなのかは不明)は、(元財務長官の)ヘンリー・ポールソン(Henry M. Paulson, Jr.)。

私としては自分のことを反ポールソン陣営の一員だとは考えていないが、本書は体裁(ていさい)のいいごまかしが並べられた退屈な一冊というのが率直な印象だ。少なくとも100ページまでに出てくる登場人物の誰も彼もがことごとく、聡明でチャーミングで云々かんぬんな優れた属性の持ち主として描かれているのだ。

ポールソンはキリスト教科学(クリスチャン・サイエンス)の信奉者だそうで、現代医療よりも「祈り」に頼りがいを感じるという。しかし、銀行システムを治療するとなると、そのやり方では通じないように思われるのだが、どうだろうか?

これまでに読み終えたところまででの一番の見所はというと、ポールソンが国防総省での職を辞す直前(1973年12月)にニクソン大統領と交わした会話の場面(原書29ページ)だ。ニクソンは、その会話の中で、付加価値税の導入を見送った理由 [1] … Continue readingを述べている。ニクソンは別として、本書に出てくる登場人物の誰もがありきたりのことしか語っていないように感じられる。もっと先まで読み進めたら(マスコミでも報じられていない)何らかの新事実が暴露されているのかもしれないが、どうもそこまでたどり着けそうにない。

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●Tyler Cowen, “Tim Geithner’s Stress Test”(Marginal Revolution, May 19, 2014)


ティモシー・ガイトナー(Timothy Geithner)の『Stress Test』(邦訳『ガイトナー回顧録』)を読んでいる最中だが、大いに楽しませてもらっている。読み易いし、アメリカで発生した金融危機の歴史を学ぶのに絶好の入門書の一つなんじゃないかとも思う。概念頼りの論証が繰り広げられているが、本書は弁明の書という性格を備えていることも指摘しておくべきだろう。まさしくそこのところを突いて本書に批判的なコメントを寄せているのが、グレッチャン・モルゲンソン(Gretchen Morgenson)だ。モルゲンソンの書評の中から、鋭い指摘を引用しておこう。

・・・(略)・・・ガイトナーは、今回の危機に関する最も重要な疑問の一つに答え損なっている。彼に加えてFedで金融規制を担当していた責任者たちは、数多くの研究員や有能な経済学者がバックについていたのに、金融システムに膨大なリスクが蓄積しているという明白な事実――金融危機が発生する恐れが高まっているという明白な事実――を見過ごしてしまった。どうしてそうなってしまったのか?

フェリックス・サルモン(Felix Salmon)も本書に批判を加えている。あわせて参照されたい。

本書は、アメリカにおける一人の公僕――それも、おそらくはますます希少種になりつつあるタイプの公僕――の歩みを辿ったよくできた物語でもあるというのが私の意見だ。ガイトナーは、本書の中で以下のように述べている。

ラリー(ローレンス・サマーズ)から次のように言われたことがある。「君は、法律事務所のマネージング・パートナー(執行パートナー)だとか、大きな組織のトップだとかにもなれるかもしれないね。まだキャリアが浅すぎるから、今すぐにというわけにはいかないだろうけれどね」。

もう一丁引用しておこう。

クリントン政権からブッシュ政権に代わるのに伴って、財務省を離れることになった。その時に、同僚たちから揶揄い(からかい)半分に転職先を次々とお薦めされたものだ。例えば、ルービン(当時、財務長官)からは「ラリー(ローレンス・サマーズ)の伝記を書いたらいいんじゃないか」と薦められたし、グリーンスパン(当時、FRB議長)からは「アジア通貨基金の専務理事代理の第一補佐にでもなればいい」――そんなポストはないわけだが、そんなポストがないのは結構なことだというグリーンスパンなりの皮肉が込められている――と薦められた。

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