ウィリアム・ベイトマン&イェンス・ファント・クルースター「中央銀行は、歴史上に常に財政ファイナンスを行ってきた機関である」(2023年5月27日)

イングランド銀行、連邦準備制度理事会、欧州中央銀行よる財政ファイナンスの歴史をたどる

公的支出を支援するために公的貨幣を発行する、つまり「財政ファイナンス」は、近年では政策上のタブーとなっている。経済学者から、政治家、政策立案者、さらに社会通念で、中央銀行による公的支出の支援は、経済破綻をまねくとされている。

〔リーマンショック直後の〕2009年、このタブーに取り憑かれた欧州中央銀行(ECB)は、公開市場でユーロ建ての国債の購入を躊躇した。しかし、後述するように、こうした政策は、欧州条約にはっきりと起草され、認められている政策である。〔この時には、ECBによる財政支援がなかったため〕新規発行されたユーロ建ての国債は、市場で買い手がつかず、供給が滞り、投資家はパニックになり、ヨーロッパ統合プロジェクトそのものが破綻寸前となった。アメリカやイギリスではまったく別の政策が実施された。英米では、「量的緩和(QE)」と呼ばれる摩訶不思議な政策プログラムが実行され、中央銀行は大量の国債を買い入れた。

コロナショックの2020年になって、ECBは方針を転換した。新型コロナウイルスのパンデミックがが始まるやいなや、ECBは、イングランド銀行やFRBと歩調を合わせ、大規模な国債買い入れプログラムを脇目も振らずに実施した。元ECB総裁のマリオ・ドラギは、「我々はコロナウイルスとの戦いに直面しており、それに応じての総動員が必要だ」と題した物騒な公開書簡を発表した。「従うべきは、戦時下の金融政策である」とドラギは主張した。2019年、ECBの総裁に就任したクリスティーヌ・ラガルドは、「政府の(…)資金調達条件」を確保するための〔ECBによる〕国債の買い入れの役割について言及した。

近年、中央銀行家達は懐柔的な立場を採択している。〔彼らは中央銀行の近年の政策は〕場合によっては国債の買い切りを伴うことを認める一方で、現行の量的緩和を財政ファイナンスと混同してはならない、とも弁明する。国債の買い入れは、財政支出の促進にない、と。実際、正統派の中央銀行家達も、アカデミアにおける〔現行政策への〕批判者達も、現行の債券市場への中央銀行による介入を、過去の財政ファイナンスと別のものだと必死で言い訳している。そうした言い訳にもかかわらず、中央銀行による大恐慌、二度の世界大戦、冷戦期の国債購入、そして2008年から2022年までの「非伝統的」政策は、ほぼ同じ政策である。主な違いは、コミュニケーション戦略にしかない。

我々は、『Review of International Political Economy』に掲載された最近の論文で、中央銀行の活動を歴史的に連続しているものとして説明するために、財政ファイナンスの新しいマクロ金融勘定を提案する。そこで明らかにしたのは、中央銀行は、危機の際に、政府によって発行された債券を買い取る措置をほとんどの場合で実施してきた事実である。脱工業化時代に2つの世界通貨を発行してきた国――イギリスとアメリカ――の債券を中央銀行はどのように支援してきたのかに関心を当て、その〔中央銀行による財政〕支援の正当性を示した。さらに、国債の需要と供給の大きな変動に対応するために、財政ファイナンスが常に重要な役割を果たしたことを示す。2009年のECBによる苦境にあるユーロ加盟国への財政支援の拒否は、20世紀における中央銀行の活動としては例外的な措置であった。また、新たに公開された〔ユーロの行政〕文章では、90年代前半には、ヨーロッパ中央銀行は必要な時には各国の国債を購入できるようなECBのマンデートを起草していたのである。これは、90年代後半から2000年代前半にかけての、市場主義イデオロギーへの熱狂の中で失われた洞察であった。

中央銀行は、我々が「通貨発行主体政府の財政資金調達ギャップ」と呼ぶものに直面している政府に対して、最後の貸し手として常に行動してきており、これからも行動を続けるだろうと考えられる。戦争、戦後復興、金融危機、その他経済的緊急事態には、〔政府は〕財政収入の枯渇する局面で、民間投資家の需要に頼らずに財政支出を行う立場に立たされる。こうした場合には通常、中央銀行は、新規の公的資金の発行者として、政府から直接、ないし流通市場で証券ディーラーから大量に政府債務を引受け、政府の支出プログラムに支援する。こうした場合での中央銀行の役割は、需給関係が安定するまでの間、赤字をマネタイズすることである。このように考えると、中央銀行による通貨発行主体政府への財政支援による安定化は、中央銀行の「瑕疵」ではなくて「特徴」であることがわかる。

「通貨発行主体政府の財政資金調達」で最も特筆すべき特徴は、〔中央銀行は〕平時から〔政府の資金〕需要に応じて、他の借り手に比べて法外に巨額の資金を、継続的に、しかし不規則に供給していることである。「通貨発行主体政府の財政資金調達ギャップ」は、民間債権者の融資意欲をはるかに上回ることがある。極端なケースでは、最も支払い能力がある主権通貨建ての債務であっても、市場から適切な価格で信用調達できない。「債務が大きく、不安定性を債権者を敬遠」するケースでは、例え高金利であっても、政府は債務を債券として売却できる規模が限られてしまう。「政府債務を売却できない故に」財政ファイナンスが必要とされる。「通貨発行主体政府による財政資金調達ギャップ」が生じれば、政府は中央銀行に頼らざるを得なくなる。 [1]Dornbusch, R and Draghi, M, ‘Introduction’ (1990) In Dornbusch, R and Draghi, M (eds), Public debt management: theory and practice. Cambridge University Press, page 6.

本稿で述べたように、イングランド銀行と連邦準備制度理事会は、財政危機の重大な局面で、多額の政府債務の発行を常に支援してきた(表1参照)。20世紀初頭以来、信用の貨幣化は、無担保の融資枠、新規発行された債務の直接引き受け、国債の希少性を意図的に作り出すための流通市場での購入等、様々な〔中央銀行の〕オペレーションによって提供されてきている。特に近年は、量的緩和が主流となり、流通市場での大規模な買い入れが重要手段となっている。

表1:〔中央銀行による〕例外的な政府債務の大量買い入れ

年代イングランド銀行連邦準備制度理事会
1933年以前第一次世界大戦戦費第一次世界大戦&大恐慌
1933–19471944 第二次大戦戦費調達
1947 戦後復興
1942-1945 第二次大戦戦費調達
1945–47 戦後復興
1947–19801949 通貨切り下げ後の安定化
1952–53 石炭産業国有化
1958 and 1970 国庫再融資プログラムの失敗の予防するための国債買い切り
1980–2008オーバーナイトファイナンス(1988年まで実施)FRBによるプライマリーオークションでの再融資保証
2008年以降金融危機:銀行救済の財政支援と量的緩和
パンデミック:量的緩和
金融危機:大規模資産買い入れプログラム
パンデミック:市場機能買付

中央銀行の政策担当者は、こうしたマクロの金融機能を認めている。アメリカで量的緩和が開始された時、連邦公開市場委員会(FOMC)のメンバー全員が、大規模な国債購入を政府債務のマネタイゼーションの一形態であるとして危機感を表明し、タブーであり、政治的リスクであることを認めた。しかし、購入に反対したメンバーでさえも、国債を一次市場〔民間市場〕で競売する際の未精算リスクに懸念を表明している。

市場参加者や市場関係者から、予測されている新規国債の大規模な発行に対して、深刻な疑問や懸念が提起されている。つまり、市場の見解では、債券市場で、精算価格よる〔国債の〕買い手を見つけられないかもしれない懸念である。 [2]FOMC, 2009b, 80.

FOMCのメンバーは、米国債の購入に賛成するにあたって、流通市場での購入が債務のマネタイゼーションの要素を持つとの重要な論点には反論していない。実際、メンバーはそうしたマネタイゼーションを望ましいとし、同時にコントロール可能と主張したのだ。あるメンバーは以下のように主張している。

今は、財政政策をできるかぎり効果的なものとしなければならないと考えている。私見だが、政府債務のマネタイズは、現在の状況下ではマイナスとならない。なぜなら、インフレ期待の上昇が見れれず、中央銀行の独立性が毀損されていない状況では、マネタイゼーションは財政政策をより効果的にするからだ。 [3]FOMC, 2009b, 95-96.

こうした事例を鑑みると、ヨーロッパ中央銀行(ECB)で財政ファイナンスが禁止されたのは、劇的な歴史的〔転換の〕であり、その背景の分析を必要としている。ECBによる財政ファイナンスの禁止は、一般に考えられている以上に、極めて最近の現象であり、最も苛烈な形となったのは、2000年代半ばになってからである。

戦後、ヨーロッパ通貨同盟が発足して以来、ヨーロッパ各国の中央銀行は、直接の信用供与や、公開市場操作によって、国債市場をサポートしてきた(図表1参照)。これはドイツのブンデスバングでさえそうだった。例えば、1975年、ブンデスバングは、銀行融資を促進し、「望ましくない金利上昇を防ぐ」ために、75億ドイツマルクの公債を購入している。 [4]BuBa. (1996). The Monetary Policy of the Bundesbank. Frankfurt: Deutsche Bundesbank. 1990年代に入るまで、「中央銀行による市場状況への影響力と、市場関係者の金利期待の変化から、ブンデスバングは、『不安定な値動きを円滑化し』『対応する有価証券の証券取引所での、額の大小や状況いかんに関わらず取引できるようにする』ために、『金利の主導者』としての立場を余儀なくされる場合もある」と認めていたのである。 [5]BuBa, 1996.

図表1:年末時点での、西欧の中央銀行が保有する中央政府債務の割合

Source: Abbas, S. M. Ali, Laura Blattner, Mark H.J. De Broeck, Asmaa El-Ganainy, and Malin Hu. 2014. “Sovereign Debt Composition in Advanced Economies: A Historical Perspective.”

1980年代、中央銀行家達は公的債務の増加を懸念していたが、一方で、債券市場の脆弱性を熟知してもいたのである。1988年のドロール報告では以下のように説明されている。

公的な借り入れの信用力への債券市場の評価は、急激に変化する傾向にあり、結果、市場からの資金調達が困難となることがある。市場の力によって課される〔資金調達の〕制約は、遅くて弱いか、急激かつ破壊的かのどちらかとなっている。

このため、EUの諸条約で、財政支出を抑制するために、市場による規律ではなく、財政ルールに依存することが定められたである。この〔税制ルール制定の〕背景には、財政ファイナンスを禁止しようとする真意はなかったのだ。

こうした歴史や他のヨーロッパ諸国の中央銀行の慣行の反映から、1992年のマースリスト条約では、ECBによるセカンダリーマーケット市場を通じての各国政府への最後の貸し手としての行動は禁止されていない。しかし、中央銀行と各国国債の直接取引は禁止された。流通市場での取引は、プライマリー債券市場への金融支援の強力な経路であるため、この区別は重要である。

EU法として、〔中央銀行による〕政府への直接融資を、歴史的に前例がないとして禁止する条約が提案された。この件についての議論で、イングランド銀行の元総裁ロビン・リー=ペンバートンは、「〔中央銀行は〕市場に影響力を行使するために、そうした〔直接融資の〕オペレーションが場合によっては役に立つだろう」とし、懸念を表明した。この懸念は、フランス中央銀行のジャック・ドゥ・ラロシエール総裁によって一蹴された。ラロシエールは、この条約によって「金融政策の遂行する上で、財務省証券やその他の証券のような市場性のある金融商品の購入が選択肢として可能となる」と指摘した。

今では、〔リーマショックに伴う〕2008-2009年にかけての混乱期に、ECBが「最後の貸し手」としての役割を放棄したことが、ユーロ圏に危機をもたらしたと広く認識されている。危機を生み出した最初の原動力は、グローバルな金融混乱という未曾有への対応して生じた大規模な政府赤字だった。2008年から2014年の間に、ヨーロッパの各国政府は、国内の銀行セクターからGDPの5.3%に相当する不良債権を買い入れ、さらにGDPで2.1%に相当する直接の財政支援を実施している。各国で支出の実態は異なっており、アイルランドはGDPの25%を救済に費やした。こうした直接的コストに拍車をかけたのが、金融市場の状況や、景気後退といった間接的なコストであった。ユーロ圏の対GDP比での平均債務残高は、2008年初頭には65%だったが、2014末には92%にまで上昇している。アイルランドやスペインといった国では、公的債務が2年間で倍増した。こうした大量の債務を発行するには、一時的であれ、マネタイゼーションが必要であった。

ユーロ危機の頃になると、ECBは金融市場をガーディアン(守護者)に見立てて、財政規律を後押しした。この、市場評価による政府債務へのアプローチでは、〔民間による〕格付けの引き下げや、資金調達コストの上昇や、小規模であれ債務危機の発生に応じて、政府に支出削減を強いることを目的としていた。ECBの理事の一人は以下のように述べている。「健全に機能する金融市場によって、倹約的な財政に恩寵を与え、持続不可能な財政政策に罰を与えるべきである」

こうした健全財政への血祭り的な傾倒と、中央銀行によるその後押しは負の相乗効果をもたらした。ECBによる「通貨発行主体政府の財政資金調達ギャップ」への対応の拒否は、市場を壊滅的な混乱に陥れた。中央銀行による確定的な措置がなかったことで、資金調達ギャップは、ユーロ加盟国の財政の持続可能性を低下させ、該当国内での銀行部門の安定性に負の影響を与え、さらに国家に悪影響をもたらすというスパイラルに至った。公的金融危機と民間金融危機による相乗効果が生じたのである。民間銀行は国債を大量に保有し、政府は民間銀行の保証人の立場にある状況で、国債利回りが上昇(債券価値の低下)すると、民間銀行はバランスシート上の損失を抱えることになる。こうして、銀行の信用低下と、国債の格下げは相乗効果を伴い、パニックが起こった。注目すべきは、ECBは、最後の貸し手としての役割を放棄したが、完全に放棄はできなかった事実だ。ECBは、2009年末になって、証券市場プログラム(SMP)を発表したが、この政策は、同時期にFRBが行っていた財政支援の規模に匹敵するものであった(下表参照)。SMPは総額で2200億ユーロの政府債務を買い切ったが、これは2008から2012年期間にユーロ加盟5カ国で増加した債務残高の22%に相当する規模だった。この買い入れ措置に対して、ブンデスバングの担当者は(自行が少額だが同じオペレーションを数年前に行っていたことに無視を決め込んで)抗議辞任を行った

表2:ユーロ圏で遅れて実施された金融緩和(一般政府赤字での対GDP比)

20082009201020112012
ドイツ-0.12-3.15-4.38-0.880.01
ギリシャ-10.18-15.15-11.29 (*)-10.47-9.09
アイルランド-7.02-13.85-32.06 (*)-13.01-8.33
イタリア-2.56-5.12-4.24-3.59 (*)-2.95
ポルトガル-3.7-9.87-11.4 (*)-7.66-6.18
スペイン-4.57-11.28-9.53-9.74 (*)-10.74
ユーロ圏-2.16-6.24-6.28-4.24-3.72
イギリス-5.13-10.04 (*)-9.23-7.48-8.13
アメリカ-7.37 (*)-13.13-12.43-11-9.22
(*) は中央銀行による国債購入が開始された年を表している [6]OECD Data – General government deficit Total, % of GDP) (2008-2012).

政府債務の買い入れは現在でも毀誉褒貶がある。2022年だけでも、〔ヨーロッパ諸国の〕10月の小規模予算へのECBの介入「トランスミッション・プロテクション・メカニズム」や、イングランド銀行による介入には、〔中央銀行による〕政府支援と通貨支配を謳う美辞麗句の両方が含まれている。しかし、結局のところ美辞麗句によって実態は隠されている。〔中央銀行に備わった〕深い機能的制約によって、財政ファイナンスはこれからも続くであろうことが保証されているのである。

著者紹介
ウィル・ベイトマン:オーストリア国立大学法学部准教授・副学部長。国債、中央銀行業務、ホールセール金融市場への関心を主とした、法律・金融・経済分野の研究を行っている
イェンス・ファント・クルースター:アムステルダム大学政治学部助教授。主に金融システムのガバナンスとのその影響について研究している。

Will Bateman , Jens van ‘t Klooster,“Pecuniary Salvation” PHENOMENAL WORLD, May 27, 2023
This article was originally posted on Phenomenal World, a publication of political economy and social analysis.
本記事は、政治経済と社会分析の専門誌『Phenomenal World』誌に掲載されたものである

References

References
1 Dornbusch, R and Draghi, M, ‘Introduction’ (1990) In Dornbusch, R and Draghi, M (eds), Public debt management: theory and practice. Cambridge University Press, page 6.
2 FOMC, 2009b, 80.
3 FOMC, 2009b, 95-96.
4 BuBa. (1996). The Monetary Policy of the Bundesbank. Frankfurt: Deutsche Bundesbank.
5 BuBa, 1996.
6 OECD Data – General government deficit Total, % of GDP) (2008-2012).
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