タイラー・コーエン 「刑事モノの映画やドラマで、定年間際のベテラン刑事が頻繁に出てくるのはなぜ?」(2010年3月20日)

●Tyler Cowen, “Questions that are rarely asked: why so many retired cops?”(Marginal Revolution, March 20, 2010)


本ブログの熱心な読者の一人である JIm Crozier から次のような質問を頂戴した。

刑事モノの映画やテレビドラマを観ていると、オープニングから定年間際の年老いた(そして、疲れ切った)刑事が登場することがよくありますが、それはなぜなのでしょうか? 現実とかけ離れている設定のように思えるのに、頻繁に目にするのでビックリです。観客(や視聴者)の感情に訴えかける力も――あくまでそのような力があるとしてですが――微々たるものに過ぎないように思えるのですが。

刑事モノの作品については、きっちりとした証拠の裏付けがある回答ができるほど詳しくないとあらかじめ断っておこう。限界効用理論に行動経済学の知見を加味することで、答えらしきものが得られるのではないかと思う。

おそらくは、その年老いた刑事は、心に抱き続けている宿願――例えば、指名手配犯を捕まえるだとか、極悪政治家を成敗するだとか、腐敗しきった警察組織を改革するだとか――があるものの、それを果たせずにいるのだろう。その刑事の定年がすぐそこに迫っているようなら、観客(視聴者)たちは、その刑事の生涯(警察官人生)を決定付けることになる劇的な瞬間(出来事)をこれから目撃するのだと意識しながら、作品を鑑賞することになる。その一方で、定年まで例えばあと残り4年3ヶ月とかだったら、そうはいかないだろう。その刑事がヘマをやったとしても、「最後の失敗」 を意味しないだろうからだ [1] … Continue reading

行動経済学の知見によると、我々が特定の出来事(経験)から受ける印象だったり、その出来事について抱く記憶だったりは、その出来事がどう終わるかに左右されることが多いという [2] 訳注;いわゆる「ピーク・エンドの法則」。。例えば、ユーロビジョン・ソング・コンテストの審査員たちは、一番最後に歌を披露した歌手に一番高い点数を与えがちなことが知られている。歌を披露する順番はランダムに決められているにもかかわらず [3]訳注;この点については、次の論文を参照されたい。 ●Wändi Bruine de Bruin, “Save the last dance for me: unwanted serial position effects in jury evaluations”(Acta … Continue reading。観客(視聴者)たちは、定年間際のベテラン刑事が警察官人生をどう締め括るかに気を配っているのを薄々感じながら、作品を鑑賞しているのかもしれない。それゆえに、作中での一回一回の出来事(事件)が持つ重みがなおさら大きくなって、観客(視聴者)たちが(作中の出来事を目撃することから)得られる限界効用もなおさら大きくなるわけだ。

刑事モノのファンがいれば是非ともお聞かせ願いたいのだが、他に何か適当な説明はないだろうか?

References

References
1 訳注;言い換えれば、定年までに残されている時間の長さによって、「一回の失敗」が持つ重みの大きさが違う、ということ。定年が近い刑事ほど、「宿願」を果たすために残されている時間の余裕がないので、一回一回の出来事(事件)の持つ重みも大きくなる。そして、その刑事にとって一回一回の出来事(事件)の持つ重みが大きいほど、映画の観客(ドラマの視聴者)たちが作中の一回一回の出来事(事件)を目撃することから得られる興奮(限界効用)も大きくなる可能性がある。
2 訳注;いわゆる「ピーク・エンドの法則」。
3 訳注;この点については、次の論文を参照されたい。 ●Wändi Bruine de Bruin, “Save the last dance for me: unwanted serial position effects in jury evaluations”(Acta Psychologica, Vol.118 (3), March 2005, pp. 245-260)
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