(メンジー・チン)本日は、ウィスコンシン大学マディソン校のDonald D. Hester Distinguished Chair in Economics〔ウィスコンシン大学マディソン校において卓越した経済学の研究者に与えられる、一般の教授より上位の職階〕である、チャールズ・エンゲルが書いたゲスト寄稿を紹介します。
シリコンバレー銀行(SVB)の破綻について、いくつかの考察を共有したいと思います。これらは、他の銀行システムがどの程度脆弱であるかを明らかにし、FRB〔連邦準備銀行〕/米国財務省/FDIC〔連邦預金保険公社〕がなぜそのような行動をとったかを理解するのに役立つことでしょう。私はSVBの内部事情についてたくさんのことを知っている訳ではありません。インターネットから集めた情報、主にウォール・ストリート・ジャーナルやニューヨーク・タイムスの素晴らしい報道から得た情報が殆どです。ですので、事実の一部については多少的外れな部分があるかもしれません。
SVBの資金調達
SVBの事件には、未確定要素がかなり多くあります。まず、SVBの資金調達から見ていきましょう。どうやら、SVBは、シリコンバレーのテック企業の預金という形で、不釣り合いなほどの負債を抱えていました。また、1件あたりの預金額も、多くの場合高額に上りました(例えば、平均400万ドル、最高1億ドル以上の預金額です)。
ここ2〜3年、いくつかの理由でテック企業が現金を手にするようになり、SVBの預金額は急速に増加しました。その一部は、COVID危機の際に政府から企業を支援するために提供された資金でした。それ以外の多くは、ベンチャーキャピタルによってこれらの企業に提供された資金でした。
銀行が大規模な預金者の預金を資金とする時、すでに流動性リスクにさらされているのです。預金者が資金を引き出して銀行が不意に資金を失った場合、銀行に資金を再調達させてくれるような新しい債権者を見つけられない限り、預金者に返済するために手元に流動資産が必要になります。
SVBの場合、大口預金者の多くがテック分野の関連企業であったため、さらに重大なリスクが加わっていました。そのことは、多くの預金者が同時に預金を減らさなければならなくなるリスクを増加させるのです。
実際、そのようなことが起こったようです。テックセクターの景気がよかった時には、彼らはSVBへの預金を増やしましたが、この1年でテックセクターのブームが下火になると、預金を引き出しはじめました。何も銀行の取り付け騒ぎを起こす要因にはなりません。これは通常の銀行業務であるはずです。
何が間違いだったのか?
SVBは基本的に「キャリートレード」にて運用を行っていました。金利の低い要求払い預金にて資金を預かり、約定金利の高い長期国債、政府機関債、政府援助法人〔米国における住宅や農業関連の政府後援企業のこと〕の発行する債券に主にそれらを投資していたのです。長期金利が上昇すると、これらの債券は価値を失います。
「破綻」という言葉がSVBの純資産がゼロになったことを意味するのであれば、SVBはその言葉通り、破綻もしくは債務超過に陥りました。これは、SVBの株式の価値がゼロになったという意味ではありません。
衒学的になりますが、簡単な例を挙げます。
- ある銀行が、95ドルの預金と5ドルの自己資金(当初の純資産)で運営されています。
- この銀行の計画は、100ドルで2%の金利がつく1年物の国債を購入し、預金者に1%の金利を支払うというものです。(この例では計算を簡単にするために1年債を使っていますが、SVBの保有する債券は10年債に近いものです)。
- 年末には、この計画の下では、債券は2ドルの利子を伴って償還されます。銀行は預金者に0.95ドル(預金95ドルに対する1%のリターン)を支払い、1.05ドルの利益を得ます。これは、当初の純資産に対して21%のリターンとなります。
- しかし、1年債の市場金利が8%に上昇したと仮定しましょう。すると、年末に102ドルを償還するこの債券は、現在は102ドル/1.08=94.44ドルの価値を持つことになります。今、銀行には95ドルの債務があるため、預金者が今すぐお金を欲しがっても、返済するための十分な資金がありません。この銀行は、純資産(資産から負債を引いた値)がゼロ以下になったという意味で、破産したのです。
- しかし、預金者が1年後までお金を欲しがらないことが確認できれば、銀行は102ドルを手にし、預金者に返済して21%のリターンを得ることができます。現在の銀行の純資産がマイナスであっても、銀行の株式には価値があることになります。
この例からわかるように、銀行の株式の価値は、銀行の所有者が、銀行が保有する債券が満期になる前に預金者がお金を引き出そうとしないことをどれだけ確信しているかによって決まるのです。
流動性とリスクヘッジ
現実には、銀行は預金者が他の預金者によって埋め合わせできないほどの引き出しをする可能性を予測し、そうした預金者に十分に対応できるだけの流動資産を手元に置いています。実際、かなり大きな予想外の引き出しがあったとしても、預金者に対応できるだけの十分な流動資産を手元に置いておく必要があるのです。「流動的」とは、短期間で、価値の変動が小さく、低コストで高い確実性をもって現金化できる資産を意味します。
SVBはこれをやっていませんでした。もしSVBがもっと慎重であれば、預金の変動が大きいことに気づき、短期国債や連邦準備銀行に預けている準備金など、金利が上がっても損失を被らない流動性の高い資産をもっと手元に置いていたはずです。
さらに言えば、SVBは金利上昇に対する「保険」を買うこともできたはずです。つまり、オプションを買うことで、金利上昇に対する脆弱性をいくらか減らすことができたはずなのです。このことについて私は信頼できる報道を見てはいないのですが、SVBは金利リスクをあまりヘッジしていなかったという信頼できない報道は見たことがあります。
また、おそらくSVBは自身の急成長を容認しており、そのことがバランスシート上のリスク管理を困難にしていたかもしれません。
端的に言えば、SVBは金利がそれほど上がらないというギャンブルをしていたのです。金利リスクを慎重にヘッジしておらず、短期資産も十分に保有していませんでした。金利が上がらなければ、SVBはテック産業からの預金減少に容易に対処できたはずです。なぜなら、彼らは非常にディープな〔取引される資産の価格に大きな影響を与えることなく、大量の取引量が発生するような〕市場で取引される債券を保有していたからです(従って、少なくともそうした意味では彼らの保有する資産は流動的でした)。もし金利が上がらなければ、それらの債券は価値を失うことはなかったでしょう。
要するに、SVBは金利があまり上がらないことに賭けて、リスクの高いビジネスをしていたのです。もちろん私は、今回の結果が出てから事後的にこうしたことを論じています。時に安全な賭けでも失敗することはありますが、SVBのバランスシート上のリスクはかなり分かりやすいものだったと思います。
これは「古典的な銀行破綻」なのだろうか?
私は、定義についてとやかく論じるつもりはありませんが、これは「古典的な銀行破綻」ではないと思います。
私が考える相違点はこうです。
古典的な銀行破綻では、銀行は資産を「投げ売り」価格で売却せざるを得ないことがあります。投げ売り価格とは、正常に機能する金融市場でつけられる価格よりも低い価格で資産を売却する必要があるということを意味しています。正常に機能する金融市場では、潜在的な投資家は潤沢な資金を持ち、資産価値に関する隠れた情報は多くありません。例えば、ある銀行のポートフォリオが、主に地元の企業や家計への融資で構成されているとします。投げ売りが起こりうる状況は2つあります。一つは、銀行が(預金者への返済のために)資産の売却を余儀なくされたものの、買い手候補が資産の価値を評価することが難しい場合です。銀行は優良な融資を行ってきたかもしれませんが、それらの融資の買い手候補は、銀行のポートフォリオの価値を急には評価できないかもしれません。銀行がすぐに現金を必要とする場合、資産の価値を下回る金額で売却することに同意する可能性があります。投げ売りが起こる2つ目のケースは、資産の価値が買い手候補に理解されていても、資産を買い取るだけの資金力のある投資家がいない場合です。これは、金融危機が広まったときに起こる可能性があります。
ここで留意すべきことは、SVBのポートフォリオはこうした条件に当てはまらないことです。SVBが保有していたのは、長期国債など、ディープな市場で取引される債券でした。問題は、SVBが保有する資産を投げ売り価格で売却しなければならないということではなく、そうした資産の価値が実際に下落してしまったことなのです。
古典的な銀行破綻では、銀行は純資産がプラスであるという意味で、支払能力があります。しかし、預金者が、或いは噂に基づき、銀行に何か問題があると信じ、資金を引き出し始めると、銀行破綻が発生するのです。銀行は、資産を投げ売り価格で売却せざるを得なくなります。相応な預金者が資金を引き出せば、銀行は資産を売却しても預金者全員に返済することはできません(ただし、資産を本当の価値で売却できれば返済は可能です)。預金者はこのことを認識するとすぐに、彼らは各々銀行に駆け込んで、可能なうちにお金を引き出し、お金が戻ってこない預金者の一人にならないようにしたいと考えます。全員がこのようにすれば、銀行は破綻します。預金者が銀行の破綻を恐れるあまり、自己実現的予言に陥ってしまうのです。
SVBに起こったのは、そのようなことではありません。報道によれば、資産をすべて時価評価した場合の純資産はマイナスだったようで、支払い能力はありませんでした。預金者が銀行にお金を預けていれば持ちこたえることができたでしょうし、だからこそ先週までのSVB株はまだ評価されていました。しかし、SVBの経緯は、彼らがギャンブルをして、そして負けたということです。
SVBの価値は今どうなっているのか?
SVBが典型的な銀行破綻の犠牲者ではないことを示す一つの指標は、他の銀行がSVBを買いたがらなかったことです。SVBを買うことによる唯一の本当の価値は、買い手がまだ利用できるような良い評判をSVBが持っている場合だけかもしれません。
SVBが行っていたキャリートレードは儲かるように思われました。しかし、もしキャリートレードに本当に価値があるのなら、それによって利益を得るために他の銀行がSVBを買う必要は実際にはありません。彼らは単に自分たちでキャリートレードをすることができるのです。SVBを買収する価値があるのは、SVBが築き上げた顧客に対する良い評判によって、SVBの預金者を維持できると他の銀行が考えた場合だけです。どうやら少なくとも今のところ、彼らの評判には他の銀行にSVBを買うように仕向けるほどの価値はないようです。
FRB/財務省/FDICは正しいことをしたのだろうか?
規制当局が行った主要な政策変更は2つあります。最もよく知られているのは、預金者の預金がFDICが保証していた25万ドルの限度額を超えていたとしても、預金者に返済されたことです。もう一つは、下で述べますが、銀行が保有する長期債券を流動資産に換えることです。
注意してほしいのは、SVBのオーナーは救済されなかったことです。オーナーは投資額のすべてを失うことになるようです。バンガード社〔世界最大級の運用会社の一つ〕がSVBの大株主でした。つまり、損をするのはお金持ちだけではないのです。多くの小口投資家が自分の財産や年金をバンガード社に管理してもらっています。一方で、SVBの役員はここ数年でたくさんお金を稼いでおり、職を失うことにはなりますが、必ずしも痛い思いをする訳ではありません。
預金者はリスクを無視するだろうか?
すべての預金者に払い戻すことが、「モラルハザード」を引き起こすという議論があります。つまり、預金者はお金を預けている銀行の健全性を監視しているべきです。しかし、銀行が不注意でもお金が戻ってくると確信できるのであれば、預金者は監視するインセンティブを殆ど持ちません。
ここで、私は小口預金者が責任を負うべきではないと考えます。配管工や小学校の先生に、銀行を監視し、銀行のバランスシートのリスクを評価することを求めるのは、行き過ぎた話です。
数百万ドルの預金を持っていたより規模の大きい投資家はより責任を負うべきでしょう。しかし、テック企業の財務部門が、最大規模の企業を除いて、こうしたリスクを認識できるほど洗練されているかどうかについては、私は懐疑的です。
いずれにせよ、現時点でFRB/財務省/FDICは、預金者のモラルハザードを引き起こす問題と、私が上で定義した「古典的な銀行破綻」につながるパニックのリスクとを、引き換えなければなりません。
流動性の創出
第二の主要な政策措置は、FRBが銀行に短期融資を供給し、長期債を担保に取ることに合意したことでした。重要な規定は、これらの債券の担保価値を額面通りとすることです。言い換えると、10年後に1万ドルを返済する債券は、市場での現在価格がもっと低くても、1万ドルの担保価値があるのです。銀行はFRBから1万ドルを最長1年間借り入れ、この債券を担保として差し入れることができます。
それは、現在こうした長期債が銀行に1万ドルの現金を提供し、預金者に返済することができるということを意味します。
SVBやシグネチャー・バンクのような立場にある銀行が、今はずっと強い立場に立つことになります。
しかし、私は、SVBやシグネチャー・バンクのようなリスクの高いバランスシートを持つ銀行はあまり多くないと考えます(シグネチャー・バンクのケースはSVBとはいくらか異なりますが、関連性はあります)。
しかし、殆どの銀行は資金調達手段の多くを失っても支払能力を維持できるかもしれませんが、それでも銀行の規模は縮小することになるでしょう。そうなると、そうした銀行が提供するサービス、特に融資を必要とする企業や家計へのサービスが減少することになります。これは金融パニックを引き起こしはしませんが、生産的な投資に資金が回らなくなるため、マクロ経済的には好ましくありません。FRBがこのような事態を回避しようとするのは理にかなっています。
SVBやシグネチャー・バンクのようなリスクを取りすぎた銀行を破綻させ、他の銀行には流動性を提供することが公平だと思われます。現状で完璧な結果を出せる政策はありませんが、私はこれまで行われてきた政策は望ましいものだと考えています。
最後に
これが、何が起こったかを決定的に、あるいは詳細に説明するものではないことは承知しています。私はただ、いくつかの空白を埋めようとしているだけです。「金融システムの改革には、〇〇をすればいい」「規制当局は〇〇をすればいい」という形の解説を多くあなたは見かけるでしょう。市場が完全に効率的に投資家から借り手へ資金を流すことができないのには、たくさんの理由があります。金融システムを組織し、規制する最適な方法があるはずで、私は、私たちがまだそれを見つけられていないのだと思います。しかし、最適なシステムであっても、完璧ではありません。私たちは皆、現在の混乱から学ぶでしょう。そして私は、私たちが既存のシステムをより完璧に近いシステムに変えていくことを望みます。
〔原文:‘Guest Contribution: “Some Thoughts on SVB”’(Charles Engel, Menzie Chinn, Monday, March 13, 2023)〕