ステファニー・ケルトン「台本をひっくり返そう:その赤字は誰にとって良いことなのか?」(2024年9月10日)

トランプは正しかった。政府の財政が心配で夜も眠れないという人は、アメリカにはほとんどいない。

今夜の大統領選討論会では、両候補は自分たちが提案する財政赤字によって誰が利益を得るのかを説明すべきだ。

本(10)日午後9時(米国東部時間)、ハリス副大統領とドナルド・トランプ前大統領が、11月の選挙前最初の(そしておそらく唯一の)討論会で対決する。討論のモデレーター(司会者)を務めるのはABCニュースのキャスターで、候補者たちに国内政策と外交政策の重要課題について幅広く質問に答えるよう迫る。また、ほぼ間違いなく、政府の赤字(government deficits)と(いわゆる)国家債務に対処するためのプランを明確に示すよう両候補者に求めるだろう。

ドナルド・トランプは大統領時代、政府の赤字について多くを語らなかった。彼が「赤字」(deficit)という言葉を使ったのは、一般教書演説でアメリカの貿易赤字(trade deficit)に言及したときと、インフラ整備の赤字(infrastructure deficit)について述べたときの2回だけだ。

債務や赤字についてしきりに騒ぐ人々にとって、トランプが自身の政策が予算に与える影響(budgetary effects)に対して無関心なのは、無謀で不真面目なものと映ったが、トランプは純粋に気にしていなかっただけだ。実際、2019年にABCニュースがトランプ大統領(当時)の首席補佐官代行であるミック・マルバニーに、トランプ大統領は政府の膨れ上がる赤字についてコメントするつもりはあるのかと尋ねたところ、マルバニーは 「誰も気にしていない 」と答えただけだった。

トランプは正しかった。政府の財政が心配で夜も眠れないという人は、アメリカにはほとんどいない。

どんな赤字も誰かにとっては良いことだ

トランプが理解しているように見えるのは、(率直に言って、共和党が以前から知っていたことだが、)どんな赤字も誰かにとっては良いことだ(every deficit is good for someone)という点である。それはなぜか?部門別収支(会計)の枠組みが示すとおり、政府の赤字の裏側には、経済の他の部分に蓄積される黒字があるからだ。 [1] … Continue reading なぜ共和党は、チャンスとあらばすかさず赤字を膨らませる傾向があるのか?共和党は政府の赤字が増えれば他の誰かに大きな利益をもたらすことを知っているからだ。

共和党が上下両院を支配していた2017年に可決された大規模減税を覚えているだろうか。その結果、政府の赤字は推定1.9兆ドル増加した。この減税法案に賛成した共和党は、この赤字が2兆ドル近くを非政府部門にもたらすことを知っていたのだ。しかし、その大金はどこに行ったのだろうか?その答えは、大半のお金がアメリカで利益を上げている大企業とトップ富裕層に流れたということだ。もう一度言おう、どんな赤字も誰かにとっては良いことだ。下のグラフを見ればわかるように、トランプ減税によって生まれた赤字は、トップ1%の人々にとって本当に、本当に、良かった。

所得トップ1%の世帯が2017年トランプ税法から最も恩恵を受けている:
連邦税の世帯当たり減税総額の平均値を2025年基準で推計 
*各棒グラフ下の()括弧書きの金額は各所得層の所得範囲。左から右にグループの所得が高くなる。
出典:予算・政策優先度センター(米国の有力シンクタンク)

もしチャンスがあれば、トランプは10年間で推定5.8兆ドルの(基礎的財政収支)赤字を増やすアジェンダを掲げてホワイトハウスに戻るだろう。同じ予算モデルで、ハリス副大統領の政策は同じ期間に1.2兆ドルの赤字を増加させる。

大きければ大きいほど良いのか?

政府の赤字はすべて、非政府部門の黒字によって(1ドル=1ドルで)相殺されることは紛れもない事実である。他方で、最良の政策が経済へ大量の現金をより広範囲に投入することだなどと結論づけるのは愚かだ。確かに、どんな赤字も誰かにとっては良いことだ。しかしそれは誰にとって良いことなのか?インフレを悪化させずにできることなのか?そして、その赤字は社会として何を達成するために役立っているのか?トップ1%の私腹を肥やすことになるのか、それとも、より安全な地域社会、より良い健康状態、よりクリーンな環境をもたらすのだろうか?

今夜、この質問が両候補に投げかけられたとき、両候補は政府の赤字に対して指をさしてレトリックを弄ぶ戦争を繰り広げるのではなく、深呼吸をして、アメリカ国民に実質的な利益をもたらすために財政赤字の使い道へのプランを説明すべきである。モデレーターもこのことをわかっているはずだ。各候補に、その赤字がより広範な経済に貢献することで、誰が(どのように)利益を得るのかを説明するよう迫るべきだ。

例えば、ドナルド・トランプに対しては、(ペン・ウォートンの予算モデルによれば)彼の巨額の赤字がもたらす恩恵が所得分配のトップ層に偏っているのはなぜなのか、と問うべきだ。彼のアジェンダがもたらす予算効果(budgetary effects)について説明させるのではなく、分配効果(distributional effects)について説明を求めるのだ!

トランプ陣営の政策案がもたらす分配効果(2026年、2034年の試算)
*横軸のうち、それぞれの年の左の金額は平均所得の変化(税引き及び移転支出後)(米ドル)、
右の比率は所得の変化率(税引き及び移転支出後)(%)。
*縦軸は所得層のグループで、上から下にグループの所得が高くなる。

モデレーターが(どうしても)これを問い詰めないようであれば、ハリス副大統領が代わりにやるべきだ。彼女は同じ予算モデルを示すことができる。このモデルが示すとおり、彼女の赤字は、まったく異なる有権者層、つまり大多数の労働者階級のアメリカ人に利益をもたらすように設計されていることがわかる。

ハリス陣営の政策案がもたらす分配効果(2026年、2034年の試算)
*横軸、縦軸ともに上記のトランプ陣営の表と内容は同じ。

有権者は、各候補者が大統領として何を(what)するかに関心がある。政策は重要だ。しかし、その候補者が誰のために(who 〜 for)戦うのかを有権者に示すことは、少なくとも同じくらい重要であり、ひょっとすれば一層重要なことなのだ。

[Stephanie Kelton, “Flipping the Script”, The Lens, Sep 10, 2024]

References

References
1 時間の経過とともに、累積赤字のフローは米国財務省が発行する安全資産のストックに積み上がる。その安全資産とは政府証券であり、〔償還期間の異なる〕米国財務省短期証券(T-bills)、中期証券(T-notes)、長期証券(T-bonds)して知られている。この財務省(国庫)のストックの蓄積が口語では「国の借金(national debt)」と呼ばれているが、こうした政府貯蓄口座で保有されている資金を指すには残念な言い回しである。
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