マイケル・ペティス「通貨安、貿易不均衡、実質賃金、国内製造業シェアはどのように関係しているのか」(2024年6月28日)

関税、製造業、アメリカの資本規制等について

近年のアメリカの政策関係者間での懸念材料の一つに、外国貿易と産業政策がアメリカ国内の製造業の健全性と強靭さにどのような長期的な影響を与えるかというものがある。トランプ政権とバイデンバイデン政権は、弱点となっているアメリカの製造業に対処しようとしている。トランプ政権は2018年と2019年に中国からの輸入品に数千億ドルの関税を課し、バイデン政権も今年の5月になって追加の関税対象を発表した。11月の大統領選で誰が勝っても、アメリカの政策立案者の間でこうした貿易への関心は続くことは明らかであり、実際こうした関心は世界中に広がっている。

しかし、アメリカが世界の最後の消費者としての役割を果たし続ける限り、つまりアメリカ以外の世界の貿易黒字の半分を吸収するだけの貿易赤字を抱え続ける限り、アメリカの製造業が全体的に復活する可能性は低いだろう。なぜなら、貿易不均衡と製造業の強さに関しては、世界規模でのパターンがあまりに明確だからだ。世界銀行の最新のデータによるなら、製造業は世界の産出量(GDP)の16%を占めているが、貿易赤字を抱え続けている先進国ではそのGDPに占める製造業の割合は世界平均よりかなり低く、貿易黒字を続けている先進国はかなり高い。

近年貿易赤字を抱え続けている先進国のGDPに占める製造業の割合を見てみよう。アメリカとスペインは11%、フランスは10%、カナダは9%、イギリスは8%だ。黒字を続けている国では、ドイツとスイスは18%、シンガポールは21%、韓国は26%、台湾は34%である。 [1] … Continue reading

以下のグラフは、2000年、2010年、2020年の主要先進10カ国のGDPに占める製造業の割合と経常収支赤字の関係を示したものだ。 [2]原注:カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、韓国、スペイン、スイス、イギリス、アメリカ。 グラフが示しているように、経常収支が黒字の先進国では、GDPに占める製造業の割合が世界平均を上回っていることが多く、経常収支が赤字の先進国ではGDPに占める製造業の割合は世界平均を下回っていることが多い。黒字、赤字国に分けてGDPに占める製造業の割合を平均すると、黒字国では世界平均を3.4%上回り、赤字国では世界平均を3.5%下回っている。


グラフ化:Yusuf Imaad Khan / @yusuf_i_k

この件において特に日本の歴史は有益な示唆を与えてくれる。日本が世界最大の貿易黒字を抱えていた1980年代から1990年代初頭にかけて、GDPに占める製造業の割合は平均して25~27%となっており、先進国で最も高かった。1990年初頭に日本の資産バブルが終焉を迎えると、貿易黒字は減少しはじめ、それに伴ってGDP全体に占める製造業の割合も減少し始めた。最近の2、3年、日本は貿易赤字を抱えているが、製造業のGDP割合は19%だ。

貿易黒字国では、貿易赤字国よりも製造業が顕著に重要な役割を果たしているのはなぜだろう? この関係は単なる偶然ではない。経済学者は、どのような国であれ、製造業の強さについては、貿易不均衡といった外的要因よりも、本質的な要因である比較優位が関係していると考えがちで、アメリカにおける製造業の国内割合低下を先進国の自然な進化だと主張することが多い。しかし実際には、貿易不均衡が引き起こす状況も、その国の製造業部門の国際競争力に影響を与える。

重要なのは、ある国が輸出に成功している場合に、それは生産性の向上によるものなのか、労働コストの抑制かのどちらにあるかだ。前者、つまり製造業の効率性が高い国では、生産性の向上は賃金の上昇に繋がり、生産性の高い労働者ほど高い賃金を得ることになる。これによって、労働者は生産量に見合った消費が可能となる。バランスのとれた貿易を行っている製造業を抱える輸出国として成功している国とは、比較優位的な生産を享受し、比較優位にある様々な生産物を輸出して得た収益で、比較劣位にある製造業分野の製品の輸入代金を賄っている国のことだ。これが、貿易が典型的な役割を果たしている例だ。

しかし、貿易黒字を続けている国はこうならない。黒字経済の国は、身の丈以上の製造業製品を輸出する傾向にあり、輸出より輸入が少なくなる。こうなる主な理由は、国内需要の不足によって輸出収入と同額の輸入を換算できないからだ。言い換えるなら、貿易黒字は、単に国内需要が弱すぎるあまり、国の経済が生産するものと同等のものを吸収できないことを意味している。

そして、この貿易黒字国で持続する弱すぎる国内需要は、その経済の労働者が、貿易赤字国の労働者と比べて、生産したものを直接・間接的に保持する割合が低いことに起因している。そのため、こうした経済では、雇用と成長を維持するために貿易黒字を出し続けなければならない。そして、国民は生産に見合った消費ができなくなる。

成功した輸出国であっても、貿易収支が均衡している国と、貿易黒字が持続している国では大きく異なっている。後者の場合では、賃金を労働者の生産性に追いつかないようにする政策が取られる。これは、その国が国際競争力を保持しつつ、内需が弱いことの両方を説明する。しかし、経済学者がよく見落とすのは、賃金を労働者の生産性以下に押し止める政策が、該当国の黒字経済だけに影響を与えるだけでなく、貿易相手の経済に逆の影響を与える事実だ。

例えば、グローバル市場で輸出競争力を高めるために通貨を切り下げた国を考えてみよう。通貨安は、国内の純輸入者に(輸入コストの上昇によって)不利益を与える一方、純輸出者には(売上と利益の上昇によって)便益をもたらし、国内の所得分配に影響を与える。こうした経済圏内での所得再分配は、輸入者から輸出者への事実上の強制的な補助金として機能する。

家計は全て純輸入者であり、純輸出者は主に貿易財の生産者だ。そのため、通貨安は、家計から生産者への実質的な補助金の強制となる。この場合、製造業の国際競争力は高まるが、家計の購買能力は低下する。つまるところ、こうした経済における生産者の輸出競争力は、単に弱い内需の裏返しである。

しかし、通貨安の影響はこれだけにとどまらない。貿易相手国では逆のことが起こる。ある国の通貨が安くなると、当然だが、貿易相手国の通貨は高くなる。その場合、貿易相手国では逆の所得移転、つまり製造業者から家計消費者への強制的な補助金が拠出される。このように、ある経済圏と別の経済圏の貿易政策が、鏡のように反応するのは、貿易のグローバルな均衡が保たれており、グローバルな投資とグローバルな貯蓄は均衡されねばならない、という事実からの当然の帰結だ。ある国が、自国の家計消費者に自国の製造業者への補助金を強制し、貿易黒字を計上を強いれば、別の国の製造業者はその国の家計消費者に補助金を出さざるをえなくなる。

このような国家間の反応は、通貨の切り下げだけに限らず、あらゆる形態の貿易・産業政策で生じる。製造業者への直接の補助金、脆弱な労働者の権利、管理された金融、脆弱な社会的セーフティーネット、企業のインフラへの過剰支出等、多種多様なメカニズムがこの力学を生むが、どれもほぼ同じように機能する。こうしたメカニズムは、所得移転に影響を与え、その結果、そうした措置が実施されている経済圏の消費者は生産者に補助金を出さざるを得なくなり、貿易相手国の生産者は消費者に補助金を出さざるを得なくなる。 [3] … Continue reading

こうしたケースでは、前者は弱い内需を均衡させるために貿易黒字を計上しなければならず、貿易相手国は過剰需要(言い換えるなら、国内生産性が弱い貿易財への「過剰」需要)をバランスさせるために貿易赤字の計上が強いられるのは当然のことだ。ここまでは容易に理解できる。

しかし、この力学は、貿易黒字を抱える国のGDPに占める製造業の割合が、赤字の国に比較してより高く、消費の割合が低くならざるをえない理由も説明している。通信・輸送コストが極端に低いハイパーグローバリゼーション化した世界では、グローバルに展開する製造業はグローバルな競争力を維持するために、自社の事業が最も多額の補助金を受けられる場所、つまり労働者の生産性に対してもっとも賃金が低い場所への進出を余儀なくされる。

言い換えれば、貿易黒字を持続的に抱える国の先進国で製造業が大きな役割を担っている理由、そして貿易赤字を持続的に抱える国の先進国で製造業の役割が小さい理由に不思議なことは何もない。鏡像のように、グローバルな製造業は補助金の大きい場所に移動し、消費は逆方向に移動しているに過ぎない。

そして、前者が黒字を続け、後者が赤字を続ける限り、グローバル経済における製造業の役割は歪み続けるだろう。これはアメリカのような製造業部門の再生に関心がある国にとって重要な意味を持つ。つまり、〔製造業を再生させるには〕自国経済の特定の経済部門を支援する貿易・産業政策を実施するだけでは不十分で、自国の製造業製品(と他の貿易財)の生産が自国の消費量よりも少ないという貿易赤字の力学からも脱却しなければならないことを意味している。

アメリカのような持続的な貿易赤字経済が、貿易と製造業の不均衡に対応するには、大まかには以下のような3つの対応策がある。

1つ目は、アメリカ政府が何もしないことを決定することだ。外国が行っている政策に対抗するための貿易政策も産業政策も実施しない。アメリカ政府がこうした対抗措置の発動を拒否したからといって、アメリカ経済がなんらかの国家権力による経済介入政策に縛られないわけではない。アメリカ経済は産業政策の影響を受け続けるだろうが、そうした政策は、北京、ベルリン、東京、ソウル、モスクワ、リヤド、テヘランといった、自国経済を貿易黒字に維持させる政策を取っている外国で立案されたものとなる。この場合、アメリカの「産業政策」は実質的に、重商主義政策を積極的に採用している貿易相手国の〔受動的な〕裏返しとなる。

2つ目のアメリカの対応策は、政府が、経済の戦略的に重要な部門を保護・拡大するために、国内で対抗的な産業政策の実施を選択した場合だ。この場合には、アメリカは特定の製造業部門を振興できるが、貿易赤字が継続、つまり必然的な条件としてアメリカが貿易相手国の過剰貯蓄を吸収しつづける限り、アメリカの製造業全体は長期的に停滞することになる。言い換えれば、アメリカ経済の戦略的に重要な部門はうまくいくかもしれないが、それは製造業の残りの部分を犠牲にしているに過ぎない。

最後である3つ目の対応策は、アメリカ政府が、グローバルな貿易と資本の不均衡を吸収する緩衝材的な役割から身を引くことを選択することだ。これによって、アメリカの製造業全体を保護することが可能となる。これは単に、他国がすでに比較優位を得ている戦略的に重要な分野(中国が比較優位を持っている電気自動車、ソーラーパネル、バッテリー等)だけを保護するだけではない。アメリカが世界的な貿易不均衡を吸収する巨大な役割から身を引く最も可能性高い方法は、アメリカへの輸入品に全面的な関税を課すことだ。あるいはもっと効果的な方法としては、アメリカの金融市場への自由なアクセスを制限することだ。

金融市場への自由なアクセスの制限には、外国人がアメリカ経済に過剰貯蓄を投資を投じることの制限する等、さまざまな形態の資本規制を含んでいる。こうした資本規制にはさまざまな種類があり、通貨高、投機的な資金の流れ、国内の金融市場の混乱を防ぐために世界中で幅広く採用されている。アメリカの最近の事例だと1980年代初頭に実施された。 [4] … Continue reading アメリカの資産へのアクセス権を制限することのネットでの影響は、製造業を補助するために内需を抑制している〔アメリカ以外の〕国が、貿易黒字を相殺するために〔自国の過剰貯蓄を使って〕アメリカの資産を取得することで〔低賃金と引き換えにして製造業を優遇する〕補助金のコストを外部化できなくなることだ。

トランプ政権とバイデン政権が課した最近の関税は、貿易と産業政策について多くの議論を引き起こしたが、こうした二国間関税では根本的な貿易不均衡に対処することはできない。こうした関税は、アメリカが政略的に重要と考えている製造業を強化できるかもしれないが、アメリカの製造業全体の復活にはつながらないだろう。アメリカが世界の過剰貯蓄を吸収するだけの必要な持続的な貿易赤字を続けることをいとわない限り、世界の製造業におけるアメリカのシェアが低下し続けることを受け入れなければならない。アメリカの製造業を復活させるには、世界経済における持続的な貿易不均衡を、新しい国際貿易協定を通じて解消するか、不均衡を吸収する役割を担っているアメリカがその役割を一方的に破棄するような、より深い構造変化を必要としている。

著者:マイケル・ペティス
北京大学光華管理学院(ビジネススクール)教授(財政・金融)。カーネギー国際平和基金のシニアフェローも務める。コロンビア大学院でMBA取得。著作は、単著にThe Great Rebalancing (Princeton, 2013)、The Volatility Machine (Oxford, 2001)、マット・クラインとの共著『貿易戦争は階級闘争である』(Yale, 2020、小坂恵理訳、みすず書房、2021)がある。2012年に中国経済の減速を予測したことで有名。

[Michael Pettis, “Trade and the Manufacturing Share” Phenomenal World, June 28, 2024]
〔This article was originally posted on Phenomenal World, a publication of political economy and social analysis. All rights, including copyright, belong to Phenomenal World.
本記事は、政治経済と社会分析の専門誌『Phenomenal World』誌に掲載されたものであり、翻訳許可を受けて公開している。著作権等の権利はすべてPhenomenal Worldに帰属している。〕

References

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1 原注:中国本土は先進国ではないが、世界最大の貿易赤字を計上していることに加え、製造業部門はGDPの28%を占め、世界のGDPの17%、世界の消費の13%、世界の製造業の31%を占めていることは注目に値する。
2 原注:カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、韓国、スペイン、スイス、イギリス、アメリカ。
3 原注:こうした政策がどのような帰結をもたらすかについては忘れがちだが、実は以前には長い間理解されていた。ジョン・メイナード・ケインズは1924年の『貨幣改革論』の中で、資本税、通貨の切り下げ、関税、その他様々な形態の経済部門間の移転が、政治的に受け入れ可能であれ不可能であれ、それらが経済や経済内の異なる部門に対して同じ効果をもたらすことを説明している。
4 原注:もっと最近では、2019年にタミー・ボールドウィン上院議員とジョシュ・ホーリー上院議員が、連邦準備制度(FRB)に外国企業による国内資産の購入に対して市場アクセス手数料を課す権限を認める法案(「雇用と繁栄のための競争力あるドル法案」)を上院に提出している。この手数料は、アメリカ経済への純資本流入を均衡させるために設計されている。
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  1. 日本に当てはめた場合にいくつか疑問点があります。
    1.指摘されているように、日本は最近貿易赤字になっていますが、製造業はそこまで小さくなったわけではなく、内需が強くなっているようにも見えません。それでは日本の貿易赤字は、このコラムのロジックに従ってどのように説明されるのか。
    2.1.に関連して。円安によって日本の家計から製造業者に強制的に補助金が出されているということになり、その通りだと思いますが、そうすると日本の内需はますます弱くなるのでは?と思います。そうするとなぜ貿易赤字になるのでしょうか。

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