ノア・スミス「ようこそ悪芽痢禍へ」(2025年4月11日)

その昔,2002年に起きた一件をいまも覚えている.当時のブッシュ政権が,アメリカ市民ホセ・パディーヤを「敵戦闘員」だと言い放ち,裁判を受ける法的権利を奪った.あれから23年たった今,トランプ政権はあれよりさらに酷いアメリカ市民の基本的自由の侵害に手を染めている.トランプは,大勢のベネズエラ系市民を拘束して苛酷なエルサルバドル刑務所に強制的に送り込んだ.トレン・デ・アラグアというギャングの構成員だからという理由だけれど,その根拠は「タトゥーを彫っているから」でしかない.ある事例では,メイクアップ・アーティストのアンドリー・ロメロが,自分の父母の名前の上に王冠のタトゥーを彫っているからというだけで,強制移送された(政権は,王冠模様をギャングの象徴と考えたんだ).

ところが,これすら最悪の事例じゃないときてる.トランプ政権は,アブレゴ・ガルシアという男性を完全な手違いでエルサルバドルに強制移送した挙げ句に,彼を帰国させる能力が自分たちにはないと主張した:

月曜日になされた裁判所への提出書類で,法的保護状態にあるメリーランド州に住むアブレゴ・ガルシアを誤って拘束しエルサルバドルに強制移送したことをトランプ政権が認めた.しかし,現在アブレゴ・ガルシアが収監されている巨大監獄から彼の帰国を命じる管轄権がアメリカの裁判所にはないと主張した(…) アブレゴ・ガルシアはアメリカ市民と結婚し,障害を持つ5歳児がいる.彼の弁護士によれば,アメリカ合衆国での犯罪歴はない.トランプ政権は,彼に犯罪歴があるとは主張していないが,彼を「コミュニティにとっての危険人物」と呼んでいる(…)

アブレゴ・ガルシアは,板金見習いとして組合に加入してフルタイムで働いており,年に一度の ICE への報告義務を順守している.息子は自閉症と聴覚障害をもっており,言語でのコミュニケーションがとれず,彼は息子の世話もしている. 3月12日にアブレゴ・ガルシアは仕事帰りに息子を迎えにその祖母の家に寄ったところをICE 職員に車を停められた.(…)

それから2日以内に彼はテキサスにある ICE一時収容施設に移送された.(…)エルサルバドルの巨大監獄 CECOT に送り込まれてから,アブレゴ・ガルシアの一家は彼といっさい接触できていない. [エルサルバドルのナイブ・ブケレ]大統領は,ソーシャルメディアに「おっとっと」と投稿し,[強制移送フライトの中止をトランプ政権に命じた]裁判官を嘲った.

この一件は,1985年のディストピア映画『未来世紀ブラジル』の冒頭シーンによく似ている.映画では,バトルという無実の男が刑務所に送られて殺されてしまう.そうなった発端は,逮捕状のタイプミスだった.

現実世界で起きた方の過誤は,映画みたいなタイプミスとはちょっとちがう.でも,トランプ政権がやろうとしていることはよく似ている――それまでまったく犯罪歴のなかった勤勉で平和的な家族持ちの男性を捕まえて,残りの人生を地獄のような拷問牢に放り込んでしまうなんて,『未来世紀ブラジル』のそれと同類だ.ほんの少しの間でいいから,想像してほしい.これが我が身に起きたとしたら,あるいは自分の父親の身に起きたとしたら,どうだろう.「そんな事態は,自分には起こりっこない」なんて説得力ある論拠は,なにか思いつく?

最高裁判所はこの事件を審理して,ガルシアの身柄をアメリカにもどすプロセスを「円滑化する」ようトランプ政権に命じたものの,それには期限が付けられていない.自分たちにできることはないと政権は主張している――つまり,自分たちの手違いのせいでガルシアが残りの人生をずっと地下牢で送らなければならないのもしかたない,というわけだ.

これが,みんなの育ってきたアメリカだろうか? パディーヤやグアンタナモや「テロとの戦争」の頃に物心ついた人なら,もしかするとガルシアとロメロの逮捕は,「アメリカ権威主義体制サーガがまた1ページ」くらいに感じられるかもしれない.でも,こんな事態がとても考えられなかった時代を,ぼくは覚えている.その頃のアメリカでは,こんなことはディストピア・ファンタジー物語のプロットにしかなかった.

メディアでトランプをとりわけ支持している著名人の一人であるジョー・ローガンですら,この事態の推移にはさすがに恐れおののいた

犯罪者でない人々が暴力的な移民系ギャングの構成員たちとひとまとめにされてラテンアメリカの最高経鼻刑務所に移送されうるのは考えるだに「おそろしい」とポッドキャスターのジョー・ローガンは述べた(…) 「つまり,犯罪者でない人たちが捕まえられて強制移送でエルサルバドルの刑務所に送り込まれるなんて,震え上がって当たり前だってことだ」とローガンはゲストたちに語った.(…)「こんなことが起こりうるなんて,とんでもない.おそろしいよ.つまり,繰り返すけど,大義にとって悪いことだ」とローガンは発言した.(…)「それで,その人はいつ出所できる? その人たちを出してやる方法はなんとか見つけられないの? おそろしい過ちを犯してしまったのを当局に知らせて,それを正すための計画はないの?」

ローガンにしては上出来だ.トランプ支持者のなかにも,第二期政権がいったいどんなものに変わろうとしているかわかる人たちがいると知れて,心強いね.ただ,権威主義体制の悪夢に転落していくのを食い止めるのにそれで足りるかというと,ぼくにはわからないけど.


[Noah Smith, “Welcome to Nightmarica,” Noahpinion, April 11, 2025]
Total
0
Shares

コメントを残す

Related Posts