
そして,実際に懸念すべきことはこういうことじゃないか
第二次ドナルド・トランプ政権の混沌がアメリカに到来している.そのなかでも,政府効率化省こと DOGE の混沌は他に比肩するものがない.トランプは,既存の政府機関のデジタルサービス局のミッションをとてつもなく広く解釈したうえで転用し,管理権をイーロン・マスクに委ねた.トランプ政権の承認を得て,DOGE はアメリカ連邦政府のありとあらゆる部門を調査して,とりやめるべき支払いや,停止すべきプログラム,解雇・休職させるべき職員を捜し回っている.
この2週間にDOGE がとった動きはあまりに迅速で,しかも隠し立てしつつ進められている.そのため,いったいなにが進行中なのか誰もいまひとつつかめていないように思える.全体像は混沌の霧に包まれていて,「これは違法だ」「いや違う」といった違法性をめぐる告発と反論が飛び交っている.そうしたことを全部追いかけるのはとても難しい.まして,そうした告発や反論がどれほど正確なのかを見定めるとなると,さらに難しい.そうした評価をするかわりに――法律関係の知識がぼくにはないので,まともに評価できるだけの資格がない――2つの重要な問いに関心をしぼろうと思う:
- DOGE の実際の目的はなにか?
- DOGE によって主に危ぶまれることはなにか?
ぼくの意見では,DOGE 問題の取り扱い方を理解したければ,この2点に答えることが欠かせない.
これまでのところ,DOGE 報道の大半は,すでに起きた事態への反応ばかりだった――しかじかの DOGE の行動が適法なのかどうかって問いかけたり,DOGE で働いている人たちの醜聞を掘り起こしてきたり,データプライバシーの侵害を非難したり,といった報道が大半を占めてきた.そういう報道そのものはなにも間違っていないけれど,それしかないとなると,マスクの電撃的な動きに対してあまりに鈍重で受け身な対応しかされていないことになる.いま連邦政府で進行中の事態を本当に掴みたければ,DOGE がなにをやっているかだけじゃなく,これからなにをするつもりなのか考える必要がある.
DOGE の真の目的に関する仮説
DOGE がいまやっている具体的なあれこれに関して,誰もがすごく動揺している――「どの職員たちをクビにしようとしてるんだ」「どのプログラム,どの支出項目が削減されるんだ」.そのため,そういう事態がいま進んでいる理由を問いかけている人はほんのわずかしかいないみたいだ.
DOGE はとてつもない取り組みで,あらゆる政府機関にチームが常駐して,政府がやることなすことほぼ全てを細かく調べている.ここまでのことを試みた共和党政権は,前代未聞だ――あの熱烈に反政府志向だったレーガンも,第一期トランプも,ここまではしなかった.世論・メディアのウケが悪くなったり,(故意であれ偶発的にであれ)法律違反をしてしまったり,有用なプログラムをうっかり削減してしまったりする確率はとても大きい.じゃあ,なんで今こんなことをするんだろう?
この話題を追いかけてる人たちの大半は,マスクの発言を額面通りに受け止めて,財政緊縮と連邦職員削減が真の最終目標だと想定しているようだ.でも,たしかにマスクとその仲間たちは「政府支出の多くはムダ」と本心から思っているけれど,「レーガン流の小さな政府イデオロギーが主な動機だ」という仮説にはいくつか問題点がある.
ひとつ挙げると,トランプ一派は,マスクのやることなすことに署名していて,実のところ財政赤字については大して気にかけていないように見える――トランプが約束した減税額は,DOGE が遂行できる支出削減よりもはるかに大きい.それに,第一次トランプ政権は財政赤字を増やした.
官僚組織をとことん縮小する件はどうかと言えば,これまで共和党はそんなことをあまり優先してこなかった.だから,ここにきていきなり最優先事項にまで飛び上がるのはおかしい.トランプの大統領令を実際に遂行するのは公務員たちだってことは忘れない方がいい――公務員たちなしに,トランプがあれこれと発するおおまかな宣言は基本的に力を発揮しない.マスクによってみすみす自分がお飾りの指導者にされるのをトランプが許すとは考えにくい.
そうじゃなく,DOGE の真の目的は――少なくとも,主な目的は――連邦職員や連邦プログラムのイデオロギー関連の性格を変えることにあるのであって,それらをなくしてしまうことではないんじゃないか,とぼくは見てる.
連邦政府の公務員はイデオロギーが左寄りだとよく言われる.Spenkuch, Teso, & Xu (2023) の研究では,官僚機構内で民主党員が共和党員を大幅に上回っていることが見出されている.研究結果のまとめを引用しよう:
連邦職員に占める割合で,民主党員が共和党員・無所属を上回っているのが研究者によって確かめられたのは,まったく意外ではなかった.長年,人々が認識していたとおりだからだ.1997年~2019年のデータ期間に,民主党員は職員のおよそ半数を占めていた(他方,アメリカ国民全体では約 41%).その一方で,登録済みの共和党員がこの期間に占めていた割合は 32% から 26% に減少している(…)
また,この分析では,上級管理職の層ではいっそう民主党員の存在感が大きくなっていることも見出されている.大統領任命者の直下に位置する上級幹部は,63% が民主党員によって占められている.(…)この不均衡の主な要因は,次の事実にある.すなわち,公務員になった時点で民主党員の方が高等教育・大学院の学位取得率が高く,政府キャリアにより長く留まる傾向があるために,この不均衡が生じているのだ.
いまの話は政党登録の状況のことだけれど,政策課題に目を向けても同じ傾向が見つかる.2021年に Data for Progress が「政治エリート」(官僚と政治に関与している他の人々)を調査したところ,支持政党を考慮に入れても,政治エリートでは進歩派色が濃いことが見出されている:

「どうして,官僚は左寄りになりがちなの?」 ひとつには,職業選択の結果だ――保守派は政府よりも民間をずっと高く評価しがちだから,民間で働くのを選びがちだけど,進歩派は「政府の方が大事な使命だ」と考えがちだ.でも,Spenkuch et al. が指摘するように,その多くは教育の二極化に起因している.
教育の二極化こそが,現代アメリカ政治で最重要の事実だ――教育二極化がトレンドの原点となって,他の多くのトレンドがまるごと自然な帰結として生じている.かつてのアメリカでは,教育ある有権者はちょっぴり右寄りだった.近年,教育ある有権者は民主党の基盤になっている:

教育の階梯を上に登るほど,政治的には進歩派寄りになっていく.
大半の公務員の職位では――とくに上級の職位では――高等教育が必須となっている.だから,教育ある労働プールがますます進歩派色を強めたために,公務員を務めている保守派の人たちはいっそう見つかりにくくなっている.連邦政府の労働力のうち,大統領の意向による政治任命者が占める割合は相対的に小さい――大半は,政権交代に関係ないキャリア任命者で,実力本位であるべき制度で他の官僚たちによって採用されている――それでも,ブッシュもトランプも,官僚機構を運営するのに十分な人数の共和党員をなかなか見つけられなかった:

その昔は,公務員がわずかにイデオロギー面で偏っていることに共和党はほんのちょっとしかイラだっていなかった.たとえば,1980年代に官僚は左寄りになったけれど,その官僚たちも民間の事業にとりたてて敵対的じゃなかった.全体として,アメリカの公務員は職務を忠実に遂行する人たちで大統領の意思に従って行動しているという印象を世間は抱いていた.公務員たちがイデオロギー聖戦士を自認しているなんて思われてなかった.
そこに,ウォークネスがやってきた.
2010年代に,アメリカのリベラリズムは――「進歩主義」と名を改めて――その性質を転換した.それを進めたのが,「ウォークネス」と多くの人たちに呼ばれるイデオロギー運動だった.このイデオロギーの中核をなすのは,こういう信念だ:「アメリカは持ち前の性質からして人種差別的な国であって,この『原罪』は「反人種差別」行動によって正されねばならない」――反人種差別とは,ようするに,白人でない人たち を優遇する差別のことだ.それを,社会のあらゆる水準・側面で実施しなくてはならないと,このイデオロギーでは信じている.もともとの源流はさまざまだけれど,トランス運動もこの同じイデオロギーの一部だと見られている場合が多い.
2020年以降は,この考えに発憤されて抗議運動が起きたり若い活動家が熱狂したりすることもおおよそなくなったけれど,その基本的な教義は,もっと年長の教育ある進歩派たちのあいだで正統思想になってる.DEIプログラムやDEI推進部署は,いろんな企業・大学・政府に広まった.ただ,公式プログラムにとどまらず,広い範囲で個々人の考え方も変わって,それがおそらく大きな影響を及ぼした.近年の調査によると,アメリカ企業の採用マネージャーたちの間では,「資質・資格よりも多様性を優先すべし」という圧力がかかっていると感じている人が大きな割合を占めている.その一方で,少数派ではあるものの相当数が,「白人男性の採用の優先度を下げるように明示的な指示を受けた」と回答している.
実際,これはすごく過激なイデオロギーだ――おそらく,1964年の公民権法のもとで違法になるはずだ.しかも,過去の時代にアメリカ人が容認したとは考えにくい思想でもある.「ウォーク」への転換をおおむね嫌っていたリベラルのぼくからすると,この新イデオロギーがいかに迅速に周囲の界隈に広まったか,個人の権利や平等に関する従来のリベラルの考えをいかにあっさりと打ち負かしてしまったかには,度肝を抜かれた.というか,この過激思想そのものが,おそらくは教育二極化の産物だろうと思う――自分の職場の誰も彼もが大卒や院卒で,そういう人たちが揃って進歩派だったら,ほんとに極端なかたちの進歩主義は異論を挟まれずにずっとやすやすと広まる.
ただ,ともあれ,この新しい「ウォーク」版の進歩主義を見て,アメリカの保守派たちは警戒を強めた.その警戒ぶりときたら,1920年代の共産主義や1790年代の革命主義以外に見られなかったほどだ.近頃,イーロン・マスクは「政府の無駄や不正を減らす」って話をしょっちゅうしているけれど,それよりもずっと前から,彼はこの「ウォーク精神ウイルス」について語り始めていた:

ウォーク精神ウイルスの打破こそがなによりも重要だ
ただ気まぐれにやったツイートじゃない.DEI その他の「ウォークな」考えに対する反対・異論は,イーロンの言動でもっとも一貫しているとは言わないまでも,とりわけ一貫している主題のひとつだ.
イーロンが Twitter を手に入れて X に変えたとき,彼が目論んでいたのは営利じゃなかった.そんなに利益が上がる事業じゃないからね.イーロンの目論見は,全米メディアのおしゃべりに影響をふるうことだった.イーロン一派は,Twitter こそ「ウォーク」イデオロギーの震源地と認識したうえで,このプラットフォームの強力なネットワーク効果を頼りに大規模な流出を阻止しつつ,あらゆる手を尽くしてこれを保守寄りメディアに変えようとした.いまのところ,その賭けは成功を収めたように思える.
どうやら,DOGE の優先事項リストで,「ウォーク精神ウイルス」打倒ははっきりと上位にあるようだ――というか,#1 の最優先事項なんじゃないかと思う.行政府に関してトランプが最初にとった行動は,DEI担当者の解雇だった.ただ,ウォーク思想はずっと広範囲に及んでいて,DEI 取り組みのために正式に雇われた少数の人たちにとどまらない.それで,できるかぎり多くの DEI を根絶する必要に関して,トランプとマスクはおそらく結託しているんだろう.
人種差別的なツイートを理由に解雇された DOGE 担当者1名の再雇用をイーロンが大々的に取り上げている理由は,おそらくそこにある.他でもないイーロンが Xで同様の差別的ツイートをした人たちに対策をとったにも関わらず,この担当者の再雇用を声高に語っているのは,連邦政府から DEI をできるかぎり一掃する目的があるからだ.連邦政府の公務員は,Twitter の従業員よりもずっと解雇しにくい.その多くは契約社員で,休職期間には制限が設定されている.マスクは,連邦職員全員に退職金を提示して退職を促す策に出たけれど,それで退職した職員はほんのわずかしかいなかった.政府内でとりわけウォーク色の強い職員たちを辞めさせる比較的に簡単なやり方としては,職場の文化が様変わりしたのを明確にする手がある.そして,それには,「〔シリコンバレーでますます存在感を高めている〕インド人への憎悪を正常化しよう」だのと書く人たちを配置するのが簡単なやり方だ.
また,イーロンが標的にしているプログラムの多くも,これで説明がつく.本当に不正がなされている事例はめったにないけれど,そこそこの数の連邦助成金その他のプログラムが進歩主義的な NGO に委託されていて,それが「公正」関連の目標に転用されていたり,DEI プログラムが付け足されたりしている.DOGE の人たちが「ムダ」だの「不正」だのを語るとき,それはたいていこの手の進歩主義的なことを指しているにすぎない(公平を期して言えば,彼らはそれこそムダだと考えているわけだけど).
つまり,DOGE の目的は,イーロンがよそで試みてることと同じだ――「ウォーク精神ウイルス」をアメリカのいろんな機関から排除することが,その目的なんだ.教育二極化によってあらゆるエリート組織が文化面で進歩主義的になっている時代に,これは向かい風に逆らう戦いではある.それでも,この10年~20年ほどで,進歩派が支配的な組織の支配権を握る戦いで,保守主義はとても顕著な勝利をおさめている.
弁護士といえば,高学歴でビジネスでのキャリアを避けた人たちだ.その大半は,進歩派だ.ところが,この10年~20年ほどで,法曹界の保守派クラブとも言うべき存在で仲間の弁護士たちを雇用し昇進させている「フェデラリスト・ソサエティ」は,保守系判事を大勢任命させることに成功した.最高裁判事でも,保守系が多数派を固めている.組織力とタフさを武器に人数劣勢を補うプリズン・ギャングよろしく,圧倒的に進歩派が強い組織が対象だろうと,結託してかかれば保守主義がそのなかで勢力を強め,さらには支配すらできるということを,フェデラリスト・ソサエティは証明して見せた.
その点で,アメリカのいろんな機関を保守派が奪回する青写真は,「あらゆることにフェデラリスト・ソサエティ方式をとる」みたいなものになるはずだ [n.1].官公庁でそれをやるとなると,保守思想をもつキャリア職員たちが堅く結束した集団をつくって,他の保守派たちを雇って「実力本位」の制度内にどんどん入れていく必要がある.そして,最重要ポイントはこれだ――そうした保守派たちが最大限に力をふるえる場所が,連邦政府の人事機関である人事管理局だ.
だから,DOGE が人事管理局を掌握して身内の人員にすげ替えようとあんなに力を注いでいるのもまったくもって当然なわけだ.連邦政府内でとりわけ進歩派色の強い職員たちをできるかぎりたくさん排除したあかつきには,人事管理局は保守思想に変わって,保守派の人員を雇って職員を入れ換えていくことに注力するはずだ [n.2].トランプの人事管理局によって連邦政府全体で最高情報責任者 (CIO) が政治任命職に改められたのが,その初期の事例だ.
DOGE で自分個人の権力が脅かされないとトランプが考えていない理由が,ここにある.人事管理局はおそらく連邦政府の職員を縮小させることになるけれど,その目標は政府の効率を落とすことじゃない.マスクが買収した Twitter と同じく,いったん大量に職員が解雇されたあと,新しい人員がどんどん雇用される.ただ,Twitter のときとちがって,今回は,あらたに雇われるのが保守派たちで,自分たちが手に入れた国家能力を使ってアメリカのいろんな組織から――大学や企業などなどから――ウォークネスを追い出そうとするだろう.
それがどれくらいいいこと・わるいことなのかは,もちろん,人それぞれのイデオロギーしだいだ.ただ,この DOGE アプローチにはとてもはっきりした危険がいくつかあると思う.アメリカの安定・繁栄・安全保障を気にかけている人なら,そうした危険を懸念すべきだ.
DOGE がもたらす4つの大きな危険
いちばん明白でいの一番に思い浮かぶ危険といえば,DOGE によって憲法危機が生じることだ――連邦政府の部門どうしでの権力闘争がはじまる恐れがある.
DOGE がとる行動に対抗するには,司法に訴えるのがいちばん明白な手段となる.実際,DOGE 反対派は法廷でわずかながら勝利をおさめはじめている.ある連邦判事は,DOGE が USAID 職員たちを大量に行政休暇にするのを禁じた.また,別の判事は,財務省支払いシステムに DOGE がアクセスするのを阻止した.(追記:さらに別の判事は,国立衛生研究所の助成金にトランプが修正を加えるのを阻止した.) こうした動きに対して,DOGE の支持者たちは,司法そのものを攻撃しはじめた.JDヴァンスはこうツイートしている――司法部門には,行政府に指図する権限はない.

軍事作戦の遂行について裁判官が将軍に指図したら,それは違法だろう.
検察官としての裁量権の行使について裁判官が司法長官に指図したら,それも違法だろう.
行政の正当な権力を裁判官が支配するのは,許されない.
もちろん,この発言は「大統領は選挙で選ばれた独裁者だ」と断定しているにすぎない.このツイートのとおりにトランプ政権が公然と裁判所命令に逆らおうとしたら,行政府と司法府のあいだで重大な憲法危機が生じてしまう.
憲法危機が生じうる局面は他にもある.それは,大統領職と議会との対立だ.DOGE はアメリカ政府の支払いに「読み取り専用」アクセス権しかもたないことになっている――ムダや不正を発見したときには DOGE が財務省にそれを伝えて,財務省がどの支払いを停止するかを決定することになっている.でも,議会が決定した支出をトランプが拒否したら――予算の「執行留保」(impoundment) と呼ばれる行為に出たら――行政府と立法府のあいだで権力闘争が引き起こされかねない.
昔は,大統領による執行留保はよくあったけれど,1970年代に議会が禁止した.トランプはこの禁止を最高裁で争うかもしれない.もしトランプが最高裁で負けて,それでもとにかく議会が指図するかたちでの支出を拒否することに決めたら――遅延戦術をとったり法律の文言を独創的に解釈したりして拒否したら――これもまた憲法危機になる.ようするに,トランプが勝てば,議会はお金を支出できなくなる――できるのは,大統領に支出の仕方を勧告することだけになってしまう.
DOGE による第二の大きな危機は,それによってアメリカの国家能力がそこなわれるかもしれないことだ.マスク一派は,いろんな政府プログラムを中断させたり,介入したり,さらにはつぶしたりするだろう.そのなかには,優れた価値あるものも含まれているかもしれない.たしかに連邦政府にはムダもたくさんあるけれど,大半のプログラムが存在するのには立派な理由がある.
マスクの典型的なやり口と言えば――少なくとも,Twitter で使ったやり口は――どんどん従業員を削減していって,収益性が悪くなりはじめるところでやめて,必要なだけの人員を雇いなおすというやつだ.でも,企業とちがって,政府にはドルやセントで数えられるボトムラインなんてない――政府の目的は,「人々全般の福祉向上」にある.教育二極化が広まっているため,アメリカの政府が実施している良質で必要なプログラムの大半は,「ウォークな」進歩派によって管理されている.なかには,自分たちのイデオロギー上の目標をそういうプログラムに組み込んでいる人たちもいる.もし,ウォークなことをやっているウォークな人たちのいる政府機関を潰して排除しようとイーロンが動き回れば,アメリカ経済に本当に打撃を与えてしまうおそれがある.
ほんの一握りの例を挙げよう:
- DOGE は,社会保障局に手を付けようとしている.これによって,アメリカでとりわけ歴史と人気のある社会プログラムのひとつへの支払いが中断されかねない.
- アメリカの科学技術が最先端を走り続けるのを助けてきた国立科学財団が,大幅な資金・人員の削減に直面している.
- DOGE は,国立衛生研究所に対して「間接コスト」を大幅削減するよう指示した――ここでいう間接コストとは,実験施設の維持などのために大学に与えられているお金のことだ.これはすでにアメリカの科学を弱体化しつつあるし,時間が経つにつれてずっと大きな影響を及ぼすだろう.
- 消費者を金融詐欺から保護している消費者金融保護局を,DOGE は廃止しようとしている.
- 天気予報を行っている政府機関の国立海洋大気庁に対して,巨額の予算削減を予期しておくように DOGE は通告した.
よほど熱意の極まったリバタリアンでもなければ,イデオロギーがらみの理由だけでこういう政府プログラムを損なおうとは思わないだろう.マスクがそういう熱烈なリバタリアンだとは思わない.当人の会社が政府から受けた資金と支援がどれほど大きかったかを考えれば,なおさらだ.それよりもありそうなのは,これだろう――「進歩派の政府職員が DEI の取り組みをアメリカの科学関係機関に付け足していたので,イーロンがそれらを根絶やしにする間,ひとまず運営を一時停止しようとしている.」
ここには大きな危険がある.「よし,ウォークネスを一掃できたぞ」とイーロン・マスクが納得して科学機関を再び稼働させようとしたとき,もはや以前のようには機能しないかもしれない――そうなったら,アメリカのテクノロジーの優位が弱まってしまう.とにかくマスクと DOGE の動きは急激であれこれ壊して回っている.いちいち時間を割いてプログラムや職員たちがやっていることを理解しないまま,潰して回っている.とうてい慎重とは言えないやり方だ.
これが,DOGE の三つ目の危険につながる:外国からの影響だ.DOGE がいま凍結したり削減を勧告したりしているプログラムは,アメリカの「ソフトパワー」として,世界中で中国がふるっている影響力に対抗するのに助力している.
中国に関連する重要な取り組みのエコシステム総体が,いま危機に瀕している.先週,トランプ政権は,外国への資金提供と USAID を凍結した.これによって,香港・台湾・アメリカ国内の数十にのぼる非営利団体がすぐさま影響を受けた.スタッフは職を失い,資金不足にともなって一部の組織はすぐにも閉鎖を余儀なくされる危機に直面している.また,プログラムを縮小させている組織もある.
多くの場合に,こうした組織は中国で進行中の事態を知る最後の窓になっている.(…)中国メディアの検閲を追跡し,地方の抗議活動を集計し,人権侵害を明らかにし,ウイグル人ジェノサイドを記録し,市民社会の残存部分を支援している.(…)こうした非営利団体が行っている調査その他の活動は,きわめて重要だ.その大部分は,シンクタンク・大学・民間企業・ジャーナリストで代替できない.それが消え去ってしまえば,それに代わるものはなにもなく,これを潰そうとする北京の取り組みは成就する.
また,イーロンは,Voice of America と Radio Free Europe も閉鎖するよう求めている.どちらも,冷戦時代にアメリカが共産主義と戦う上で重要なツールとなっていたラジオ局だ.
こういうアメリカ政府の機関のウォークネス感染は末期的だとイーロンが考えているのは,疑いない.ただ,同時に,中国で広範にビジネス活動を展開していることで,標的に誰を選ぶかの判断が影響を受けている可能性もある.経済的な利益相反という問題もあるけれど,それとは別に,こちらに害を与えようとしている超大国に抵抗するアメリカの能力に関わる利益相反の問題もあって,そちらの方が段違いに重大だ.
DOGE がもたらす最後の危険は,これだ――トランプとマスクが連邦職員に対して保守イデオロギーの支配をまんまと確立したとき,なにが起こるか.一方では,保守イデオロギー支配が生じたからといって,これまでの政権で強まっていた進歩派イデオロギー優位よりも危険とはかぎらない.でも,マスクとトランプがウォークネスに仕掛けている戦いは,公務員で止まりそうにはない――大学やメディアといった機関は,いまも大部分が高学歴進歩派エリートによって運営されている.その多くは,すごく「ウォークな」価値観を奉じている.
ここでの危険は,これだ――「新しく保守にいれかえられた公務員組織が,その力を行使してメディアや大学における言論の自由に干渉する.」 そこで利用されうるツールを挙げると,司法省による名誉毀損訴訟,FBI による恣意的捜査,特定の職員の解雇を条件にした連邦助成金や認可の留保などがある.これは,準-権威主義体制で典型的に使われる政治的弾圧手法だ.実行されれば,アメリカはいまよりもっと「自由の国」から遠ざかるだろう.
こういう危険が確実に現実に起こるとは思わない.いまぼくらが目にしているのは,連邦政府職員のイデオロギー面の意図的な再編と,実際の政府効率化を図る不器用な取り組みにすぎないのかもしれない.ただ,すでに脆弱になっているアメリカの国家能力をいっそう劣化させる危険にも,ウォークネスに対する反攻がやがて機能不全国家に見られる政治的弾圧に転化する危険にも,懸念して注意を向けておくべきだ.
原註
[n.1] 興味深いことに,これらは右派が左派と戦うときによくとっている方法だ.左派は,草の根のイデオロギー運動のかたちをとりやすいのに対して,右派は左翼運動を撲滅しようとする強固な意志をもつカリスマ的指導者が率いる階層的な組織をとりやすい.
[n.2] イーロン・マスクの盟友たちのなかには,中国では中央組織部が中国共産党の中核としてどのように機能しているかを――少なくとも習近平が人事を私物化するまでどう機能していたかを――よくわかっているんじゃないかとぼくは見ている.彼らは,その効果をアメリカで模倣しようと考えているのかもしれない.
[Noah Smith, “What I think DOGE is really up to,” Noahpinion, February 10, 2025; translated by optical_frog]