ウクライナのクルスク侵攻の真意とは?
ウクライナ地上部隊が国境を超えてロシアに奇襲侵攻してから2週間が経過した。その間に、ウクライナはロシア領を1,000平方キロメートル奪った。ウクライナ軍は、ロシア兵を数千人殺害し、数百人以上を捕虜とし、装備を大量に破壊し、週末にはセイム川にかかる橋を2本破壊し、さらに別の橋を破損させ、ロシア軍を孤立させ、補給と増援を遮断した。
しかし、これだけ成功を収めているにもかかわらず、ウクライナがこの侵攻で何を達成しようとしているのかについては、誰も(アメリカもイギリスもドイツも、そしてむろんロシアも)あまり理解できていないようだ。
この戦争で、ロシア領土が敵対勢力に占領されたのは今回が初めてではないことは注目に値する。2023年5月には、ロシア、ポーランド、ベラルーシの小規模武装組織からなるウクライナを拠点とする反抗武装組織が、国境を超えてベルゴロド州で妨害的な奇襲を何度か行っている。奇襲した武装組織は、村落をいくつか占拠し、政府施設を占拠し、旗を掲げ、捕虜を少人数奪還したが、最終的にはロシア軍によって撤退に追い込まれた。
しかし、今回のクルスク地域への攻撃はまったく異なるものだ。まず第一に、ウクライナ正規軍が関与している。さらに特筆すべきは、イギリス提供のチャレンジャー戦車、アメリカ提供のHIMARSミサイルランチャー、カナダ提供のミサイル発射装置・戦車・車両等、欧米諸国が供与した装備を多く使用していることだ。
しかし、もっと重要なのは、侵攻は単なる妨害を目的とする奇襲ではなく、越境してから帰還までに、いくらかの流血を敷き、耳目を引くことを目的としていることだ。ウクライナ軍は、侵攻した地域に駐留するかのような行動を見せている。ウクライナ軍は、クルスクに軍司令官事務所を設置し、ウクライナ当局者は「自衛」目的のためにクルスク地域に「緩衝地帯」を設ける必要があると話した。
ウクライナは、今回の越境侵攻によって、ロシアの軍事的・レトリック上の戦略をそのまま相手にやり返しているが、これは越境侵攻以外の手段によっても行われている。クルスク侵攻のほぼ直後から、ネット上のウクライナの支持者らは、プーチンに対して占領されたクルスク領土を引き換えにした平和取引と、中国やイランのようなロシアの同盟国に対してロシアに勝ち目のない戦争を支援する武器供与をやめるような発言を始めた。
ロシアはウクライナによるクルスク越境侵攻に対応して、前線のドンバスから一部の部隊を再配備したが、これがドンバスのウクライナ守備戦力が直面していた圧力を軽減させるほどのものだったかはまだ定かではない。ウクライナの戦略には、おそらく二つの有用な効果――プーチンの面目を失わせ、捕虜の確保によって後の取引を有利にすること――を見込んでいるが、それ以上の目的があるはずだ。このウクライナ側の完全な意図を理解するには、以下のいくつかの事実を理解することが重要だ。
まず、戦況はウクライナ不利に進んでいるという厳しい現実がある。たしかに最近もいくつかの耳目を集める成功――黒海からロシア艦隊を退けたこと、ロシア潜水艦の撃沈――があったかもしれない。しかし、それ以外では、軍民問わず、ウクライナにとって厳しい夏が続いている。アメリカ共和党が冬の間に600億ドルの支援パッケージを七ヶ月にわたって停滞させたことで、最前線のドンバスで、ウクライナ軍は昨年の春に実質的に弾薬を使い果たした影響から立ち直ることができていない。ロシア軍は主導権を握り、以降それを掌握し続け、夏の間に着実に、そして重要な戦術的前進を遂げている。
軍だけでなく、ウクライナの民間人も苦しんでいる。ロシアはウクライナの防空弾薬不足を利用して、ウクライナの発電能力を破壊した。もう報道されなくなったが、首都キーウを含む実質上のウクライナ全土は、恒常的な停電に悩まされている。いくつかの指標によると、ウクライナの電力網の約半分が停止しており、冬が急速に近づいている。ロシアはまた、ウクライナの病院、学校、ショッピングモール、集合住宅への無差別爆撃を続け、享楽的に民間人を殺害している。
一方、ウクライナの同盟国は、欧米諸国から供与された兵器について、その使用方法、標的にできるロシアの資産、地域でウクライナに制限を課し続けている。特に、アメリカが供与している長距離ミサイルATACMSの使用における厳格な地理的制限は、ロシア空軍に損害を気にせず飛行できる安全圏(バブル)を作り出し、ロシア空軍は平然と飛行し、ウクライナに巡航ミサイルや滑空爆弾を投下し、壊滅的な影響を与えている。
こうした制限はすべて「エスカレーション管理」の名目で行われている。欧米諸国は、ウクライナが行き過ぎる、つまり自国防衛に成功しすぎれば、ロシアは虐待配偶者のように危険で予測不可能な方法で反応するのではないかと心配しているのだ。何万人ものウクライナ民間人を虐殺し、数え切れないほどのウクライナの子供らを誘拐し、ウクライナの少女らを強姦し、ウクライナの子供らがいる病院や避難所を爆撃し、ウクライナ人捕虜を拷問し(去勢や斬首を含む)、ウクライナ都市を爆撃して瓦礫にし、ウクライナの原子力発電所を砲撃して地雷原とし、ダムを破壊して大規模な生態系危機を引き起こすだけの水を放出させる等、数え切れないほどの人道に対する罪をロシアが犯してきたことを考えると、ロシアがまだしていないであろうことを完全に明らかにするのは困難だ。それでも、今や間違いなく明らかになっているのは、ロシアは核攻撃を行わないことと、NATO加盟国を直接攻撃しないことだ。ならば、我々はいったい何を恐れているのだろう?
ウクライナを片手で戦うことを強いることへの固執は、人員、装備、オーク脳のニヒリズム略奪的文化という点で、ロシアに対峙するウクライナをさらに悪化させただけである。つまり、ウクライナは、一日ごと、一メートルごと、一人の尊い生命ごとに、着実に戦争に負け続けている。このままでは、ある時点で(おそらく近いうちに)ウクライナ政府は、残忍なロシア政府によって主導された条件で和平を求めざるをえなくなるだろう。
以上が、クルスク侵攻作戦を、「プーチンの面目を潰した」、「ロシア連邦保安庁の信用を失墜させた」、「ゲラシモフに恥をかかせた」などと囃しててている人が物事を間違った角度から見ている理由だ。クルスク侵攻作戦の真の観客は、プーチンでも、クレムリンでも、ロシア連邦保安庁でも、中国やその他ロシアの同盟国でもない、ばかばかしいほど存在感の無いロシアの市民社会でもない。観客はアメリカであり、焦点を絞ればホワイトハウスであり、さらに絞ればバイデン政権の安全保障顧問であるジェイク・サリバンだ。サリバンは(公正かどうかは別として)、プーチンへの最高の融和者と評されている。
クルスク侵攻作戦は、ウクライナの有力な同盟国が戦争を細かく管理し、地政学的な影響を最小限に抑えようと尽力することへの、〔ウクライナによる〕直接的な反応なのだ。有力同盟国が、これに気付いているかどうかはわからない。しかし、作戦単体では、プーチンを逆上させ、ウクライナの人命と国土を犠牲にし、機能している国家の存続を深刻な危険にさらすことになった。クルスクによって、ウクライナ政府はようやく戦いの全面的な主導権を握り、その結果に責任を追うことになった。
ウクライナの指導者らは、何年も前から、プーチンが交渉に応じないことや、停戦や和平合意の尊重において信頼できないことを知っている。クルスク侵攻は、何よりも、欧米諸国に対してウクライナの考え方を理解してもらうための最後の手段なのだ。一部の国、特に北欧諸国とバルト諸国は隠しきれない満足感で応じている。しかし、ドイツはクルスク侵攻を受けてウクライナへの援助を停止する措置を取り、さらにアメリカは依然としてウクライナの武器使用で足を縛り、イギリスは英仏製ストーム・シャドウ空中発射巡航ミサイル(SCALP)を使用したロシアへの攻撃を阻止していることを考えると、ウクライナの最大の支援者らはウクライナをよく見ているが、あまり好ましく思っていないことは明らかだ。
〔原題直訳:ウクライナのクルスク侵攻の真意とは何か?〕
[Andrew Potter,“What is Ukraine up to in Kursk?” The Line, Aug 19, 2024]
原文:parrot Russia’s military and rhetorical strategies back at their enemy
誤:ロシアの軍事的・美辞麗句的戦略を後退させている
正:ロシアの軍事及びレトリック上の戦略を、そのまま相手にやり返している
誤:クルクス
正:クルスク
ありがとうございました。さっそく反映させました。
また何かミス等あるとご指摘していただける嬉しいです。