タイラー・コーエン「マルクス主義の妥当なところは?」(2004年8月24日)

ブラッド・デロングがマルクス主義の痛烈かつ正確な批判を書いている〔※リンク切れの模様〕.そのうえで,マルクス主義の教説で妥当な部分を誰か5つ挙げてみないかと問いかけている.このぼく以上の適任者っているかな?

いま,〔マルクス主義の〕あらゆる主張を現代の文脈で現代の分析用語に翻訳する作業にとりくんでいる真っ最中だ.ぼくらの知るマルクスは,そんなにたくさん書かなかった.それに,そう,彼のアイディアの多くは,〔アダム・〕スミスその他に見いだせる.

#1. 資本主義システムでは――とくに現代〔の先進国のような経済〕にいたる前は――小規模の生産にくらべて,おうおうにして自律性が低くなる.工業化以降,生活水準は向上していく.でも,メキシコの田舎に暮らす友人たちの多くを見てみると,工場に務めた方がいくぶん高い賃金を稼げそうだけれど,それでも自宅で陶器に絵付けする方を選んでいる.その方が,時間の使い方をずっと自分で決めやすいし,楽しいんだ.ある時点で,工業化によっていろんな文化や供給業者のネットワークが損なわれて,そういう選択が難しくなる.マルクスは,いろんなシステムに分割できない性質があることにぼくらの注意を促してくれる.

#2. マルクス主義は自由について他と違う考え方を提唱する.それは,市場からの自由だ.テニュアを得た大学教授として暮らすことを選んだ人なら,そういうアイディアは完全なナンセンスだとまで主張できないだろう.スミスは,限界でのトレードオフの観点で考えた〔「もう1時間の残業でどれだけ稼ぎが増えるかな」〕.他方,マルクスは,もっぱら限界前の効果や体系的な効果に関心を注いだ〔「そもそも賃労働しなくていい身分や社会だったら人生どうなるかな」〕.

#3. 工業化がおきても,その便益が表われるまでには時間がかかる.共産主義崩壊後の経済を改革するには,15年かそれ以上かかった.ポーランドはおおむね正しく物事を進めた.そして,ポーランドの人々はいまだに不満を抱えている.じゃあ,封建制度や工業化以前の構造を改革するにはどれくらい時間がかかるだろう? 40年? 「産業革命がおきてもすぐに人々の暮らし向きがよくなりはしなかった」という考えを,ぼくは真剣に受け止めてる.それはマルクスも同じだった.

#4. 仕事をたのしくやるのは,人生で指折りに大事なことだ.マルクスは,このことの大事さを多くの古典経済学者たちよりもはっきりとわかっていた.それに,限界前の体系的な要因が重要だということも理解していた.

#5. ますます分業が進むにつれて,一部の人たちは自分の仕事でふしあわせになることがある.

まとめよう.シュンペーターのフレーズを借りれば,資本制は「創造的破壊」をもたらす.これはみんなが知ってのとおりだ.全体として,これはよい方にはたらく.けれども,このプロセスがもつよい面とわるい面の両方がいかに強いかを,マルクスはわかっていた.また,それに関連して,限界での合理的なトレードオフを人々が行うかどうかを見ているだけではわからない問題もあることも,彼は知っていた.そのうえで言うと,マルクスは,市場のわるい面を過大評価しつつ,所得分配にかかわる問題を資本制がいかにうまく解決できるのかを過小評価していた.

もちろん,政治的プログラムとしてのマルクス主義はいまなお危険なナンセンスのままだ.マルクスが見えていなかった盲点はとても大きかったし,数世代にわたって知識人たちがマルクス主義の政治的プログラムにどうやって引っかかってしまったのかをいまだにぼくは理解できていない.


[Tyler Cowen, “What is valid in Marxism?Marginal Revolution, August 24, 2004]
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