マーク・ソーマ 「価格は粘着的か?」(2006年11月14日)

●Mark Thoma, “Are Prices Sticky?”(Economist’s View, November 14, 2006)


名目賃金および名目価格の粘着性は、現代マクロ経済学のモデルの土台となっている想定の一つだが、果たして妥当な想定と言えるのだろうか? 一国の経済には膨大な数の商品が流通しているが、それらの価格は平均してどのくらい粘着的なのだろうか?

Sticky situations” by The Economist:・・・(略)・・・個別の商品の価格(以下、「個別価格」と表現)がどのくらいの頻度で改定されるかというのは、重要な疑問だ。価格というのは、経済に指示を与える信号機のようなものだ。価格が変化すると、「こっちの商品の購入量を増やす代わりに、あっちの商品の購入量を減らしなさい。支出を増やしなさい。貯蓄を増やしなさい。職を探すチャンスですよ」とかいうシグナルが送られることになる。信号の色がパッパと速やかに変わるようだと、車の流れが円滑になるように、価格が速やかに変化するようだと、稀少な資源の移動もスムーズに進む可能性がある。その一方で、信号の色がなかなか変わらないようだと、車の流れが滞るように、価格がなかなか変わらないようだと(価格が粘着的なようだと)、経済から活気が失われてしまうおそれがある。・・・(略)・・・

「価格の粘着性」はマクロ経済に対して重要な意味合いを持っているが、その証拠はミクロデータの中に眠っている。何千もの数の個別価格というミクロデータの中に。しかしながら、その情報量は膨大であり、すべてのデータが公開されているわけでもない。そのためもあって、個別価格の改定頻度についても改定幅についても、つい最近までほとんど未知の状態だった。・・・(略)・・・しかし、だ。ここにきて、「価格の粘着性」の証拠が眠るミクロデータに探りを入れる経済学者がちらほらと出てきたのだ。・・・(略)・・・

「価格の粘着性」に関する従来の実証研究の大半では、アメリカ経済が対象となっており、ごく限られた数の個別価格――駅や路上の売店で売られている雑誌の値段だとか、通信販売で扱われている商品の値段だとか――しかカバーされていなかった。そのごく限られた数の個別価格がどのくらいの頻度で改定されるかというと、「およそ1年に1回」(価格が改定されるのは、1年の間に1回くらいのペース)というのが従来の研究で得られた結論だった。しかしながら、マーク・ビルズ(Mark Bils)&ピーター・クレノウ(Peter Klenow)の二人が2004年に公にした論文によると、個別価格はもっと頻繁に改定されるとの結果が得られている。ビルズ&クレノウの二人の研究では、CPI(消費者物価指数)の計算に使われる品目のうち350品目について価格の改定頻度が調査されているが、350品目のうちの半分(175品目)に関しては、1995年~1997年の間に「4~5カ月に1回」の頻度で価格が改定されたというのだ。

アメリカではセールや特売というかたちでの価格改定が大きな役割を果たしていると指摘しているのが、エミ・ナカムラ(Emi Nakamura)&ジョン・スタイソン(Jon Steinsson)の二人――ともにハーバード大学で学ぶ院生〔2006年当時〕――だ。セールによる割引というかたちで価格が改定されるかどうかには、商品によって違いがある。例えば、衣類に関しては価格改定の87%がセールによる割引というかたちをとるし(「在庫一掃セールだって!」)、家具に関しては価格改定の67%がセールによる割引というかたちをとるし(「あのソファ、定価の半額だって!」)、加工食品に関しては価格改定の58%がセールによる割引というかたちをとるという(「ベイクドビーンズがまた特売だって!」)。その一方で、乗り物の燃料だとか光熱費だとかがセールで割引されることはないし、サービスの価格がセールで割り引かれることも滅多にないという(「あの弁護士が相談料を割り引いてくれたのってどのくらい前の話だったっけ?」)。ナカムラ&スタイソンの研究(pdf)では、米労働統計局(BLS)が収集している全商品の価格データが対象となっているが、セールや特売というかたちをとらない価格改定(「定価」の見直し)に関しては、改定頻度の中央値は「8~11カ月に1回」との結果が得られている。その一方で、セールや特売を含めた価格改定に関しては、改定頻度の中央値は「4~5カ月に1回」で、ビルズ&クレノウの研究とほぼ同様の結果が得られている。ナカムラ&スタイソンの研究では、ビルズ&クレノウの研究よりも後の期間が対象となっていることも無視できない。ナカムラ&スタイソンの研究では1998年~2005年の期間が対象となっているが、1998年~2005年のインフレ率(CPIで測った一般物価の上昇率)は、ビルズ&クレノウの研究で対象となっている1995年~1997年のインフレ率よりも若干低い。ナカムラ&スタイソンの二人も指摘しているように、インフレ率が高いほど、価格が改定されるペースは早まる可能性があるのだ。

ECB(欧州中央銀行)が3年がかりで手掛けたプロジェクト(今年完了)では、ユーロ圏における個別価格の改定頻度が調査されているが、ユーロ圏では、アメリカに比べて、価格が改定されにくい(価格が改定されるペースが遅い)ようだ。ユーロ圏における小売価格(実売価格)の改定頻度は、「12カ月(1年)~15カ月に1回」だというのだ。加えて、セールによる割引を含んでも含まないでも、結果はそんなに変わらないという。ユーロ圏では、セールはそこまで大きな役割を果たしていないようだ。・・・(略)・・・ユーロ圏では、価格はなかなか改定されないわけだが、価格が改定される時には、値上げされる場合であれ、値下げされる場合であれ、大幅に見直される(改定幅が大きい)傾向にあるようだ。個別価格の値上げ幅の平均値は8%で、個別価格の値下げ幅の平均値は10%。同期間における(CPIで測った)一般物価の変化率(上昇率)は2%だというから、個別価格の変化は、一般物価の変化を大きく凌駕するわけだ。ちなみに、アメリカでもそれは同じだ。

大西洋の両岸のどちら側でも(アメリカでもユーロ圏でも)、価格の改定頻度は、商品ごとにかなり差がある。大まかな傾向として言うと、原材料に手が加わっていない商品ほど、価格が頻繁に改定される。例えば、ガソリンの価格は、半年のうちに平均して5回は改定されるし、・・・(略)・・・生鮮食品は、加工食品よりもずっと頻繁に価格が見直される。その一方で、サービスの価格は、モノの価格よりも粘着的で改定されにくい。サービスは労働集約的な商品だからというのが、その理由かもしれない。労働の価格である賃金は、どれよりも粘着的なのだ。・・・(略)・・・

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