ノア・スミス「資産価格が下がったときに,富はどこに行くの?」(2022年6月16日)

ただ無に帰するんだよ

「ふわふわのふわりんさ,妖精さんの光の粉だよ.存在しちゃいない.物質じゃない.元素表なんかに載っちゃいないんだよ.」――マーク・ハンナ

株式市場暗号通貨市場の崩壊について,このところずいぶん書いていて,たまに,こんなことを言ったりする――「2021年後半のピーク時に比べて,想定元本の2兆ドル以上が,いまや消え去ってしまっている.」 すると,こんな質問が寄せられることがある.「その富はいったいどこに行ったの?」

一言で答えるなら,どこにも「行って」はいない.消失したんだ.存在をやめてしまったんだよ.とはいえ,そんなことを聞かされても,自然にピンと直観でわかる話じゃないよね.「なにがどうなれば富が消失してしまうなんてことが起こりうるのよ.」 そこで,今回の記事ではそのへんがどういう仕組みになっているのかを解説しよう.このあと読んでもらうとわかるように,これには政策への含意があるし,格差についての考え方にも,自分じしんの将来の資産計画にも,関わってくる.

富は水みたいなモノとはちがう

富について考えると,「液体みたいなものだ」という考えが自然と浮かぶ.「富は液体みたいにあっちの容器からこっちの容器から移されるんだ」――でも,これは間違い.

富はこんな風に動かない

富はそういう仕組みになっていない.富はエネルギーや運動量みたいに保存されない.質量みたいにたいていの場合に保存されるのですらない.富は創出されたり破壊されたりしうる.というか,毎日,大量に創出されては破壊されてる.

いま,「富が創出されたり破壊されたりする」って言い方をしたけれど,べつに,経済が成長したり家屋が火事で燃え落ちたり,新しい会社が立ち上げられたり,既存の会社が破綻したりといったことを意味してはいない.たしかに,そういう場合に富が創出されたり破壊されたりするのは間違いない.でも,ぼくが言っているのは別のことだ.金銭的な富が創出されたり破壊されたりするのは,たんに実体経済が変化するからじゃなく,金融資産に支払う額が変わるからだ.

つきつめて言えば,富はこの宇宙そのものの物理的な特性じゃない.富とは,株式とか暗号通貨とか債券とか住宅とか金(ゴールド)みたいなモノをどう評価するかなんだ.

時価会計

富の仕組みについて理解するには,まず,「時価会計」の意味を理解する必要がある.

時価会計とは,資産の株式その他のなにからなにまで市場価格で評価するってことだ.そして,市場価格とは,取り引きされた資産の価格を指す.

とある企業「ノア・コープ」の株式が100万株あるとしよう.でも,その日その日に取り引きされるノア・コープの株は1000株だけだ.ノア・コープ株の大半は,世間の人たちの口座にただ載っているだけで,まったく取り引きされない.さて,実際に取り引きされてるその1000株が,1株300ドルに値上がりしたとしよう.時価会計でいくと,ノア・コープの株式100万株すべてを,1株300ドルで計算することになる.取り引きされていない株もぜんぶ含めてだ.すると,ノア・コープの100万株の総額は,3億ドルと評価される――これを,ノア・コープの「時価総額」と呼ぶ.英語では “market capitalization”,または,これを縮めて “market cap” と言う.

さて,その翌日に,その1000株が,1株たった200ドルでしか取り引きされなかったとしよう.すると,現に取り引きされた株も取引されなかった株も,その次回会計価値はひとしく1株200ドルに下がる.だから,ノア・コープの時価総額は2億ドルに下がる.

ノア・コープの時価総額は,富だ.「じゃあ,ノア・コープの時価総額が下がったとき,その富はどこに行ったの?」 消失したよ.存在をやめた.その分のドルは,もうどこにもない.ノア・コープの株式の数は変わってない.変わったのはただひとつ,いまや人々はノア・コープの株式を前より低い値段で売り買いするように決めたってこと,ただそれだけだ.というわけで,時価会計によると,ノア・コープの価値は前より下がっていることになる.単純に,世界の富が前よりも少なくなってる.

「でも,世間の人たちはノア・コープ株から「お金を引き上げて」どっか他のところに移したんじゃないの?

こんな風に訊ねる人もいるかもしれない――「だってさ,ノア・コープ株の価格が300ドルから200ドルに下がったなら,そのとき,みんなはノア・コープからお金を引き上げて,他のどこかにそのお金をもっていったことになるんじゃないの?」

まず,その質問への答えは「ちがうよ」だ.そんな風にはならない.たしかに,個別に見れば,あっちの株からこっちの株にお金を移した人もいる.でも,市場全体は,そんな仕組みで動いていない.なぜって,キミがどっかの会社の株を手放してお金を引き上げたなら,誰か他の人がそっくり同じ額のお金をその株につっこんでるからだ.

実際には,こういう仕組みになっている.たとえば,今日,1株を300ドルで売り払って,その翌日に1株を200ドルで買い戻したとしよう.そこでなにが起きてるかといえば,差額100ドルがキミの口座からぼくの口座に移ったってこと,それだけだ(ありがとね!).ノア・コープの価値は下がったけれど,キミの口座とぼくの口座を合わせた現金は,2日前と変わらず,べつに増えてない.〔ノア・コープ株から誰かの口座に〕「引き出され」たり「移し入れられ」たりしたお金はないけれど,この世界にある富の量が変わったんだ.

でも,さらに深い答えでは,そもそもこんなことは問題にならない.なぜって,たいていの株式は取引されもしないからだ.思い出してほしい.この例では,ノア・コープの100万株のうち,毎日売り買いされるのは1000株だけだったよね.その売り買いされてる1000株の価格が300ドルから200ドルに落ちると,持ち主が変わってもいないのに他の 999,000株の価格もいっしょに落ちる.

売り買いされていない残り 999,000株の価値が下がるのは,現に売り買いされたわずか 1000株の価値からその価値をぼくらが推測するからだ.現に売り買いされた1000株という「しっぽ」が,売り買いされてない残りの株という「犬」本体を振り回すわけだよ.

流動性: 時価会計がうまくいかないとき

さて,ここで,次の点は言っておいた方がいいだろうね――ありとあらゆる資産が時価会計で評価できるわけじゃないよ.資産によっては,「非流動的な」ものもある.「非流動的」というのを英語では “illiquid” といって,ようは「現金化しにくい」って意味だ.そういう資産は,まったくといっていいほど売り買いされない.そういう資産の場合,価値を判断するには時価会計とは別の方法をとらなくちゃいけない.

いちばんわかりやすい例は,キミの住宅だ.ノア・コープ社の株式は,この株券もあの株券もぜんぶそっくり同じだけど,住宅はその逆で,あの住宅もこの住宅も,どれもこれもちがっている.だから,他の住宅の売価を見たところで,キミの住宅にいったいどれくらいの値打ちがあるのか自動的にわかりはしない.それに,キミの住宅はほぼまったく売却されない.ほかならぬキミの住宅は,すごく「非流動的」だ.

「じゃあ,うちの住宅の価値はいったいどうやって値付けされるのさ?」 鑑定評価で値付けされる.鑑定士がやってきて,「かりにこちらの住宅を売ったらこれくらいの価格になりますよ」と教えてくれる.

ウソじゃないよ,住宅に関してはこのやり方がせいいっぱいの最善なんだ.資産によっては,時価会計でやった方がいいのか,なんらかの鑑定評価の方法をとった方がいいのか議論がわかれている場合もある.たとえば,2008年の金融危機では,一部の銀行がこんな主張を展開した――「自分たちの金融資産(債務担保証券とかそういう資産)はきわめて非流動的なので,その評価に時価会計を強制されるべきではありません.」 時価会計の使用を強制されると,投げ売りになって価格が非現実的なまでに低くなってしまい,実態よりも銀行の支払い能力が低く見えてしまう――というのが,彼らの言い分だった.(FRB がやってきて,そういう非流動的な資産をぜんぶ銀行から買い取ってしまい,銀行に利益が生まれたことで,この論争は終結した.)

じゃあ富なんてでっちあげなの?

冒頭に掲げた引用句と画像は,映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』からの引用だ.このシーンでは,株式仲買人のマーク・ハンナ(マシュー・マコノヒー)と新人のジョーダン・ベルフォート(レオ・ディカプリオ)が会話している.ハンナはベルフォートに,こう説明する――株価は実物じゃなく,現金だけが実物だ.さっきのぼくの話を読み返してほしい.ある会社の株式のうち,現に取り引きされた1000株の価格によって,取り引きされていない残り 999,000株の価格が決定されうるって話をしたよね.「あれ,ハンナの方が正しいんじゃないか,富〔の評価〕に使ってる数字は単純にでっちあげなんじゃないか」なんて疑問がわいてきてるかもしれないね.

実をいうと,ちょっぴりでっちあげだったりする.全部が全部じゃないよ,ちょびっとだけだ.その理由は,「価格インパクト」にある.

さっきの例をまた考えよう.想像してみてほしい.とある男がいて――「ノア」と呼ぼうか――こいつはノア・コープ株を 999,000株もっている.ノア・コープ株の価格は――したがってノアの富の価値は――現に取り引きされた 1,000株によって決定される.だから,もしも価格が1株300ドルだったら,ノアの富は 299,700,000ドルってことになる.

だけど,ここでさらに想像をめぐらせてみよう.ノアが,手持ちのノア・コープ株をぜんぶいっぺんに売却しようとしたら,どうなるだろう.きっと,ノア・コープ株の価格は下がるよね.なぜって,現実の生活では,資産価格は根本的価値だけで――ノア・コープ社の売り上げだとかキャッシュフローだとかそういうやつだけで――決定されないからだ.ノアが手持ちの株を残らず市場に放り込んだら,供給が 1000倍も増える.きっと,ノア・コープ株の価格はガタ落ちになるだろう.

だから,ノアは1株300ドルで売り払えない.手持ちの株を売れば売るほど,その価格はどんどん下がっていく.手元にあった株をぜんぶ売り終えた頃には,彼が手にする現金は 299,700,000ドルをはるかに下回っていることだろう.ということは,ある意味で,ノアの 299,700,000ドルの富の一部はいくぶん「でっちあげ」だってことになる.そんな金額の現金を手にする方法なんて,ありはしない.なぜって,価格インパクトがあるからだ.

実は,たんなる供給の増加のほかにも価格インパクトの理由はありうる.もしもイーロン・マスクが手持ちのテスラ株をぜんぶ売り払ってしまおうと決めたら,世間の人たちはこう推測するかもしれない――「テスラはなにかとんでもなくマズイことになってるんだな.」 すると,テスラ株の価格は下がる.

価格インパクトは,個別の株の銘柄だけじゃなく,資産の種類まるごとの価値に影響することもありうる.たとえば,最善の推測から,どうやら暗号通貨の所有は一部の人々に極度に集中しているらしい.それはつまり,ビットコインやエーテルの大半を所有している「クジラ」たちがそれを売り払って現金にしようと試みたら,その「クジラ」たちが今日もっている富が示すのよりも大幅に少ない現金を手にすることになるってことだ.これが当てはまるのは「クジラ」たちだけじゃないよ.暗号通貨の所有者たち全体が手持ちの暗号通貨を売り払おうと試みたら,とてつもない価格インパクトが生じる.だって,そのとき買い手になるのは現時点で暗号通貨を所有してない人しかいないわけで,現時点で暗号通貨を所有してる人たちに比べて,そういう人たちによる評価はずっと低くなるだろうからね.

「それってつまり,「真の」富の格差は――潜在的な購買力の格差は――ニュースで大きく取り上げられてる数字を見て思ってるほどじゃないってこと?」 そうだね,うん,ほんのちょっとだけね.

すると,こう訊ねる人もいるかもしれない――「でもさ,ノア.もしも価格インパクトがあることで富の数字がいくぶんでっちあげだっていうなら,現に売り払ったときに手に入れうる現金の額として富を計算しない理由は,なんなの?」

そうだね,その答えはこれだ――「そんなことできないから.」 とにかく,わからないんだよ.価格インパクトを確かめる方法はただひとつ,実際に売ってみることだけだ.だから,手持ちの株券やビットコインをぜんぶ売り払って手にできる現金がいくらになるかなんて,計算できない.前もって,いくらになるか知っておく方法なんて,ひとつもないからだ.

で,ここまでの話の要点はなに?

「で,その話ってなにか大事なの?」 なにより,どれかの種類の資産価格が下がっているのを見ても,経済の他のどこかにお金が「流れてる」なんて決めてかからないことだね.資産の価格は,そんな仕組みで動いてない.

他方で,たまに,こう決めてかかってる人たちもいる――「資産市場で価格が下がっても,べつにどうってことはない.だって,実際の富が破壊されたわけじゃないんだから.」 でも,書類上の富も,富におとらず「現実」だし,手持ちの資産が値下がりしたら,その人たちは支出を減らすかもしれない.そうなったら,現実の経済に影響が出る.

2点目.富の数字を見るときは,眉につばをつけること.たしかに,お金持ちのみなさんはみんなほんとにお金持ちだ.でも,『フォーブス400』やウィキペディアで見かける純資産の数字は,それで実際に購入できるモノがどれくらいあるかを正確に測る数字というよりは,指標に近い.

3点目.ぼくの意見では,いまの話を理解したら,実現していない資産売却益への課税を支持してる人たちは,自分の言い分を考え直すきっかけができるはずだ.そういう課税を支持するしっかりした論証もいくらかある.でも,結局のところは,A) 価格インパクトがあるし,B) 実際に取り引きされたごく一部の価格にもとづいて資産価値は上下変動するために,キミたちが課税することになる売却益の一部は「ふわふわのふわりん」でしかないんだよ.(過去の損失を将来の税金の支払いから差し引くのを許すなら,この問題はいくらか緩和されるけれど,ぜんぶが緩和されはしない.売却益がいつでも損失のあとに生じるわけじゃないからだ.)

ともあれ,今回の解説が役立ったらうれしい(今回の内容をとっくに知ってた人たちにとっても,せめて退屈でなかったらうれしい).ごく初歩的な話ではあるけれど,面白いし,知っておくべき内容だよ.

[Noah Smith, “Where does the wealth go when asset prices go down?“, Noahpinion, June 16, 2022]
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