Chartbook #150: Why “cheap Russian gas” was a strategic snare but not the secret to German export success.
Posted by Adam Tooze, Sep 13 2022
今、ドイツの大戦略は避難の矢面に立たされている。プーチンに融和的だった、軍備を怠っている、と批判されているのだ。おまけにドイツ連邦共和国は、史上かつてない規模でのエネルギー危機に直面している。ロシアからのガス供給は、完全に停止されてはいないが、大幅に削減されており、ドイツのエネルギー消費は(家庭・産業共に)、パイプラインで供給される東からのガスに依存しているのを露呈した。ドイツの戦略を批判してる人は以下のように指摘している。曰く、プーチンに依存するリスクは、少なくとも2014年のクリミア併合以降は明らかになっていたではないか。にもかかわらず、ドイツはエネルギー消費に占めるロシアの割合を減少させるどころ、増加し続けた。同時に、ドイツは原子炉を段階的に廃止したにも関わらず、エネルギー転換の加速に失敗し、自国をさらに脆弱に状態に追いやった、と。
秋と冬の寒気が近づき、ドイツ政府は運営上の深刻な問題を抱えるにいたっているが、それだけでなく、国家的正当性の危機といってもよいだろうものに直面している。先週ベルリンで、〔西ドイツの4代目首相〕ヴィリー・プランドを追悼するイベントで、私は光栄にもスピーチを仰せつかったが、そこでドイツの現状についての分析を少し述べさせてもらった。
以下でその動画(ドイツ語)を見ることができる。
近年のドイツの戦略を批判しようと思えば、当然のように批判でき、後出しジャンケンにもならない(むろん、このドイツの失敗が、フランスやイギリスのような隣国の失敗より酷いかどうかは、別の記事で述べる予定だ)。しかし、本当にドイツのサクセス・ストーリーに大打撃を与えたいのなら、ノルドストリーム2でのヘマ、つまり過去20年間にわたってヨーロッパで喧伝されてきたドイツの経済的成功のイメージは、安価なロシアのガスに依存していた蜃気楼だったとする主張では、批判として不十分なのだ。
社会主義的な市場主義経済に基づいている近年のドイツの成功を、プーチンとの甘い取引に依存しているとするなら、この四半世紀のヨーロッパの歴史を書き直さなければならなくなるだろう。
ドイツの輸出モデルの秘訣はロシアの安価なガスだった、との意見は、ツイッターなどで広く喧伝されており、場合によっては明らかに反ドイツ的な言説として語られてる。これは、一般向け記事でも流通しており、例えばファイナンシャル・タイムズ紙でラナ・フォルハルは、ゾルタン・ポズサールを引用するような形で〔好意的に〕言及している。
武力に訴えた戦争であれ、経済戦争であれ、「戦争とは産業であり」、産業が発達すれば、インフレを引き起こすはずだ。ところが、我々が過去半世紀にわたって経験してきたパラダイムは真逆となっている。「中国は安物を作って大金持ちになり。(…)ロシアは安いガスを売って大金持ちになり、その安いガスで高価な商品を売ってドイツは大金持ちになった」
https://www.ft.com/content/6f7ea222-f21c-4879-8787-5188b93c129c
シャーデンフロイデ〔他人の不幸を喜ぶ気持ち〕はひとまず置いておくと、こうした物語には明らかに魅力がある。〔中国・ドイツ・ロシアといった国の〕傲慢さは報いを受ける。勤勉、汚職のない政府、質素な生活こそドイツの優位性だったとのお世辞に満ちた物語が覆されるからだ。
しかし、これは事実だろうか? 掘り下げてみると、「安いロシア産のガス」の主張のほとんどで、根拠が示されていないのに驚かされる。むろん、今のガソリン価格の高騰はドイツ企業を圧迫しており、〔ドイツの世界最大の化学メーカー〕BASFは、ドイツの化学産業が存在の瀬戸際に立たされていると悲鳴を上げている。これは脱工業化に関係する話でもある。
しかし、BASFの訴えは、しごく妥当なものだ。また、エネルギー価格の歴史的な高騰がドイツのエネルギー価格集約型の産業に問題をもたらしてるからといって、そそもそもこうした産業の存在や、近年の〔国際社会でのドイツの〕競争上での成功の原因として、クレムリンとの裏取引からもたらされた低いエネルギーコストにあったとする証明とはならない。〔ドイツのエネルギー関連〕産業は、その寡占的な影響力と、近視眼的なコスト削減によって、国のインフラ投資に依存する体質となってしまっているのは間違いないが、これも2022年以前の〔国際社会での〕競争で優位となった理由をまったく説明できていない。
ダニエル・グロスが8月に指摘しているように、ロシア産の安価なガスがドイツの最近の経済発展の主要因だったのなら、ドイツのGDPに占めるガス依存度は高いはずである。しかし、この数値は逆となっており、ドイツの経済活動におけるガス依存度は、世界平均の約半分だ。
2008年以降、ドイツでのガス料金はアメリカを大きく上回っており、欧州平均よりもわずかに上だった事実を考慮すれば、ドイツ経済のガス利用が非常に効率的だったのは驚くべき事実ではない。この件で、有用な図表を提供してくれた、アンドレ・キューレンツに感謝する。
https://twitter.com/KeineWunder/status/1569339751999717384
長期的な視点も非常に興味深いかもしれない。近年のドイツの天然ガスの価格は、何年間も(シュレーダー政権後の2006年から2013年まで)、ヨーロッパの市場価格よりも高いものとなっていた。
ヨーロッパのデータは、EC統計局のここで入手可能だ。
たしかにドイツのガス価格は、LNGの形でしかガスを輸入できない日本と比べると「安い」のは事実だ。しかし、アメリカの自前での採掘ガスと比較してみると、ドイツのガス価格は決して安くはない。
EC統計局の集計データで確認できるが、BASFのようなガスの顧客が、ロシアのガスプロム社から贔屓されて優先価格で取引していた、といった事実は補足されていない。それでもあえてドイツの産業がヨーロッパの平均よりも、安価なガス価格の調達に成功していたと仮定してみるなら、ドイツの輸出企業の競争力にどの程度までの違いが生まれるのだろうか?
ます最初に、ドイツの輸出構造を再度確認してみよう。
当然のことながら、ドイツの比較優位は、基本的に原材料コストの比重が高い部門ではない。むろん、原材料コストは常に取引の一要素を占めている。ドイツ製品の品質がいかに高くても、原材料コストは重要な要素の一つだ。すると、ガス価格が高騰した極端な時期ではなく、ドイツが輸出で栄華を極めた2020年以前の平時でも、エネルギーコストは大きな問題となっていたのだろうか?
エネルギー強度の数値を見れば、一目瞭然だ。
〔訳注:エネルギー強度とは単位あたりの経済生産を生み出すためにどれだけの エネルギーを必要としているのかを表している数値。 数値が小さければ小さいほど、経済生産に使用されるエネルギーが少ない、つまりエネルギー効率が良いことを示している。〕
ドイツの製造業全体を見れば、エネルギーコストは粗付加価値の5.8%に達している。自動車産業やエンジニアリング産業などの主要輸出部門では、その割合は3%だ。不可欠なガスと電気を欠けば工業過程を運営できないが、たんぱく質やカロリーのような他の必須投入物と同様に、効率化が進んでいるため、工業コストにおいてエネルギーが占める割合は小さく、減少傾向にある。
ドイツの産業セクターを個別に見てみると、非鉄金属セクターが、最もエネルギー集約的な産業となっており、このセクターが輸出の約6%占めている。エネルギーコストが粗付加価値の14%~19%を占める化学部門は、輸出の約10%を占めている。
現状のエネルギー価格は衝撃的な水準にあり、非鉄金属・化学の両部門と製紙部門が強い苦境にあるのは明白だ。特に、化学工業では、ガスをエネルギー生産だけでなく、原材料としても使用するので、状況は厳しい。しかし、平時だと、もしドイツがロシア産の安価なガスの恩恵を受けていたとしても、世界市場で業種単位での競争力にどれだけの違いがあったのか、ましてや国家単位での産業輸出の全体のパフォーマンスに有意な差をもたらせていたかは疑問の余地がある。付加価値にしてせいぜい数パーセントである。
興味深いことに、2015年に定評あるフラウンホーファー研究所は、ドイツの産業における生産と雇用へのエネルギー価格の影響感度について、一連の詳細な調査を行っている。当時、この研究で関心が示されていたのは、ドイツの電力価格制度で輸出依存型の産業に従事している企業に与えられていた特権を排除した場合の影響だった。よって、ロシアガス問題は直接扱われていないが、ドイツで最も便宜を図られている産業部門は、電力料金の免除によってどの水準まで支援されているのかを測定されているという意味で興味深い研究となっている。この研究結果が意外なものにしているのは、主に推定された影響力が非常に小さかったことだ。研究に参加したエコノミストらは、産業用電気料金を、家庭や中小企業の支払う水準にまで引き上げると、輸出で40億ドル、雇用で1万5000~4万5000人(このうち製造業は最大で3万5000人)の損失となるだろうと指摘した。こうしたマクロ経済の査定を十分に踏まえた上で、「安価なロシア産ガス」による下駄の履かせた効果は、どの程度だと考えられるだろう?
ドイツの経済全体での、エネルギーコストと粗付加価値を比較してみると、ウクライナ危機以前のドイツは、たしかにヨーロッパの近隣諸国と比較してやや有利な立場にあったが、決して抜きん出て有利となっていわけではなかった。そして、ドイツが〔輸出において〕有利な立場を享受していたのは、エネルギーコストの低さではなく、エネルギーの利用効率が高かったからである。
最後に、上のグラフを参照して思考実験を一つやってほしい。近年のイギリスは、そのエネルギーコストの低さによって製造業に成功しているだろうか? あるいは、イタリアはドイツに次いでロシア産のガスに大きく依存しているが、2000年移行の輸出は好調となっているのだろうか? どちらも、蓋然性ある説明となっておらず、ドイツの場合と同様に単純化した結論を出せるだけのものとなっていない。
ドイツの輸出企業が、悪玉のプーチンによって自業自得の目にあった、といったストーリーは願望に基づいたフィクションであり、説得力のある経済分析というよりも道徳的な逸話にすぎない。
ドイツのエネルギー政策が大失敗だったのは厳然たる事実だ。ロシアの安価なエネルギー輸入の経済的意味について、それ以上の誇張は必要とされていない。
ミウォシュ・ヴィアトロフスキー=ブジャックによる一連の呟きは、この件を非常に的確に言い当てている。
https://twitter.com/wmilosz/status/1569300851864309765
アダム・トゥーズが指摘しているように、「ドイツの経済的成功は、安価なロシア産のおかげだった」との逸話をいたるとこをで見かけている。これは直感的には魅力的だが(私自身も何度かこの言葉を口にしている)、詳しく調べてみると(ほとんど)意味をなしていない意見だ。