マーク・ソーマ 「チンパンジーが物々交換に応じたがらないのはなぜ?」(2008年1月30日)

●Mark Thoma, ““Why Don’t Chimpanzees Like to Barter Commodities?””(Economist’s View, January 30, 2008)


チンパンジーは、「ブドウ」を手に入れるのと引き換えに「リンゴの薄切り」を手放さないといけないようだと、「リンゴの薄切り」よりも「ブドウ」の方を好(す)いていたとしても、物々交換に応じたがらないという。以下に紹介する研究では、その理由が探られているだけでなく、人間社会で物々交換がどのように発展してきたのかについてもついでに何か学べないかと探られている。

Why don’t chimpanzees like to barter commodities?” by EurekAlert:

「物々交換」は、人類が日々の暮らしを営む上で何千年にもわたって欠かせない役割を果たしてきた。物々交換のおかげで、職業の分化(分業)も進んだ――Aさんが何かを作るのに専念し、Bさんがそれとは別の何かを作るのに専念する。そして、お互いの労働の成果を交換し合う。その結果として、AさんもBさんもどちらも得(とく)をする――。その重要性については改めて指摘するまでもないが、物々交換がどのように進化・発展してきたのかについてはほとんど知られていないのだ。

我々の祖先は、だいぶ早い段階で物々交換をどうにか物(もの)にしたに違いない。それでは、ヒトに一番近い親戚にあたるチンパンジーはどうなのか? 今回取り上げる論文(PLoS ONEに2008年1月30日に掲載)では、チンパンジーにとって価値のある品(例えば、「リンゴの薄切り」と「ブドウ」)同士の交換を対象にして、どういう状況であればチンパンジーが物々交換に応じるのかが世界で初めて探られている。物々交換は、分業を可能にする最も基本的な前提条件の一つというのが経済学者の間で信じられている説だが、分業が観察されるのは、霊長類の中で人間くらいのものだ。本論文で得られている結論を先取りすると、チンパンジーが食べ物同士の交換に応じるようになるためには、それなりの訓練が必要だという。チンパンジーが何の訓練もなしにいきなり物々交換に応じることは、滅多にないというのだ。さらには、信頼を寄せている人間を相手にして物々交換の訓練を積んだ後であっても、「ブドウ」を手に入れるのと引き換えに「リンゴの薄切り」を手放さないといけないようだと、「リンゴの薄切り」よりも「ブドウ」の方を好(す)いていたとしても、物々交換に応じたがらないという。

これまでの先行研究のほとんどでは、チンパンジーに「トークン」(「お金」もどき)を渡して、チンパンジーがその「トークン」と何らかの品(チンパンジーにとって価値のある品)との交換に応じるかどうかが調べられている。しかしながら、「トークン」なんて自然界のどこを探しても存在しないし、チンパンジーにとっては何の価値もない。それゆえ、チンパンジーが例えばブドウを手に入れるために「トークン」を進んで手放したとしても、実験室の外の自然界におけるチンパンジーの行動についてはほとんど何も語っていないに等しいかもしれないのだ。

翻(ひるがえ)って本論文では、チンパンジーに(「トークン」ではなく)食べ物を渡して、その食べ物と別の食べ物とを交換する機会が与えられている [1] … Continue reading。実験の結果としてどんなことがわかったかというと、・・・(略)・・・チンパンジーも訓練を積めば、人間を相手にして食べ物同士の交換に応じるようになるようだ。ただし、得(とく)をするようなら必ず交換に応じるかというと、そういうわけではない。例えば、「ニンジン」(四番目に好き)を手放すのと引き換えに「ブドウ」(一番好き)が手に入るようなら交換に応じるが、「ブドウ」(一番好き)を手に入れるために「リンゴの薄切り」(二番目に好き)を手放さないといけないようなら交換には応じたがらない(「リンゴの薄切り」をそのまま手元に持っておこうとする)というのだ。

理に反していて頓珍漢(とんちんかん)な行動のようだが、必ずしもそうとは限らない。なぜなら、チンパンジーの社会には「取引」の履行(りこう)を支える制度が欠けているからである。相手からモノを受け取っておきながら、対価も払わずにとんずらするような裏切り者を罰する社会的な仕組みが欠けているからである。それに加えて、チンパンジーの社会には「所有権」という観念(あるいは、「所有権」の確立に役立つ規範)も欠けている。そのため、モノ(財産)が溜め込まれることがないので、モノとモノを交換する(物々交換する)機会も滅多にない――その一方で、サービスとサービスの交換については、チンパンジーの社会でも非常に活発であること [2]訳注;例えば、互いの体を毛づくろいし合う。がこれまでの研究でも明らかにされている―― 。チンパンジーが生きているような自然界においては、手がすぐ届く範囲にあるモノだけが「所有」されていて、それも略奪されてしまう可能性が極めて高い。それゆえ、交換できるモノを一切持たずにいることも珍しくないのだ。

本論文の共著者の一人であるジョージア州立大学のサラ・ブロスナン(Sarah Brosnan)は、次のように語っている。「物々交換への拒絶感は、チンパンジーの心理の奥底に根を張っているようです。物々交換を行う能力は、間違いなく持っているんです。でも、その能力が最大限の利益を引き出すようなかたちで使われていないわけですね」。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校の「法と経済学」センターでディレクターを務めているマーク・グラディ(Mark F. Grady)も共著者の一人だが、次のように語っている。「チンパンジーが物々交換に応じたがらない主たる理由は、所有権の確立に役立つ規範が欠けているためではないかというのが私の考えです。そのような規範を実効あらしめるようにするのは決して楽な仕事じゃありませんが、チンパンジーとしてはそんな苦労は御免被る(割に合わない)と思っているようですね。幸いなことに、所有権の確立に役立つ規範が欠けていても、(『モノ』とは違って)『サービス』についてはどうにかなります。チンパンジーも『サービス』については交換し合える可能性がありますし、実際に交換し合っています。とは言え、チンパンジーの社会がいい例ですが、『サービス』の交換が軸になっている社会では、人間社会と同じくらいまで分業が進むことはないようですね」。

人間にしても、交換から得られる利益を最大限に引き出せないで終わることがある。ブロスナンによると、チンパンジーを対象にした物々交換の実験は、その理由を解明するのにも役立つ可能性があるとのことだ。

References

References
1 訳注;実験で使用された食べ物は、ニンジン、リンゴ、キュウリ、ブドウの四つ。四つの食べ物に対するチンパンジーの「好み」も調査されていて、「①ブドウ(一番好き)、②リンゴ、③キュウリ、④ニンジン」という順位になっている。
2 訳注;例えば、互いの体を毛づくろいし合う。
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