経済学には,「シュタッケルベルグ競争ゲーム」っていう古い理論がある.あらゆる企業が同時に自分たちの商品・サービスの価格を設定するんじゃなくて,ひとつの重要な企業が価格を設定して,残りの企業のペースを定めてしまうんだ.最初に動く先行者とその追随者がいる状況では,基本的にこのゲームが現実を単純化した表現になっている(先行者も追随者も,それぞれ単数かもしれないし複数かもしれない).シュタッケルベルグ・タイプのモデルを使って,国際貿易政策を分析している人たちもいるし,ごくわずかだけど,アメリカ-中国間の競争にこの考えを応用している人たちもいる.
いずれ,いま世界中で起こりつつある貿易戦争についてシュタッケルベルグ・タイプの論文を書く人もそのうち現れるんじゃないかとぼくは見てる.一般に,中国がこのゲームでの「先行者」だ.なにしろ,中国の送り出してる洪水のような輸出製品によって他の国々は保護主義的な対応の検討をうながされてるわけだからね.ただ,関税に関しては,アメリカが最初に動く主体という大事な役割を演じているようだ:
ブライアン・ディーズ:中国による関税の発表にあるこの要素が重要だ.今後いっそう重要度を増すだろう.
中国による過剰生産能力戦略への対応策としてもっとも耐久性がある方法は,提携各国との協調だ.
ブラジル・タイ・ベトナム・インド・EU といった国々は,いずれも中国に対する新しい対応を開始している.
ディーズは,バイデンにとってとくに重要な経済顧問の一人だ.だから,耳目を引く巨大な関税を実施しようという決断に当たって,「他の国々もアメリカのあとに続くだろう」という考えが政権内で一役買った見込みはとても大きい.
「それで,ディーズは正しいの? 世界の国々はアメリカのあとに続いてる?」 政治面では,ぼくの答えは「ノー」だ.バイデンが関税を発表するずっと前から,すでにEU は中国製 EV に関税をかける動きをはじめていた.ブラジルは,すでに中国製自動車その他の製品にかける関税の引き上げにとりかかっていた.タイも同様だ.こうした国々のどれひとつとして,国内企業を保護するためにアメリカの「容認」を必要としていなかった.
ただ,経済面では,アメリカの先導に他の国々が追随する圧力がかかるという主張が成り立つと思う.中国からの輸出急増にはいろんな理由が考えうるけれど,ひとつ確実そうな理由は,中国の生産が少なくとも今は海外事情ではなく国内でのインセンティブによって決定されているから,というものだ.つまり,中国製 EV その他の製品がアメリカ国内に入ってくるのを関税が阻止した場合,中国企業はその生産ラインを止めておしまいにはしないってことだ.中国企業は生産を続けて,その製品をヨソで売ろうと試みるだろう――インドへ,EU へ,東南アジアへ,ラテンアメリカへ,などなど.
つまり,アメリカの関税によって「第二の中国ショック」は他のあらゆる国にとっていっそう深刻になるだろうってことだ.これにともなって他の国々にはアメリカの関税とそっくり同じことをして対応をとる圧力が高まる.関税を引き上げる国々が増えていくにつれて,中国製品の洪水が向かう先はいっそう少数にせばめられて,その勢いも圧縮されていく.やがて,どこよりも保護主義的な対応をためらった国々に,低価格輸入品の猛烈な大波が押し寄せて,その国々の現地企業は「なんとかせぇ」と政府に吠えかかるようになる.
インドや EU はすでにこのことへの懸念を声高に語っている.おそらく,インドや EU はアメリカがやったほど迅速で劇的な保護主義策をとる方に傾いてはいない.それでも,そうした国々の国内製造業にかかる圧力は,アメリカにかかっていた圧力よりももはや大きくなっている.だから,世界各地で次々と連鎖的に進むかもしれない.アメリカは関税に関して政治的な主導力を発揮したかもしれないし,しなかったかもしれない.ただ,おそらく連鎖反応の最初のドミノではあったはずだ.
[Noah Smith, “Why much of the world will follow the U.S. on tariffs,” Noahpinion, May 19, 2024]