アレックス・タバロック 「ミルトン・フリードマン ~起業家の顔を併せ持つ経済学者~」(2006年11月16日)/マーク・ソーマ 「ミルトン・フリードマンが唱えた社会福祉プログラム ~『負の所得税』構想~」(2006年11月23日)

●Alex Tabarrok, “Milton Friedman: Entrepreneurial Economist”(Marginal Revolution, November 16, 2006)


昼は偉大な経済学者、夜は公の場で悪を討つ知識人(public intellectual)。そんなミルトン・フリードマンは、私にとってのヒーローだった。経済学という分野に対するフリードマンの貢献たるや、計り知れないほどだ。恒常所得仮説の提唱、貨幣数量説の再興、アンナ・シュワルツ(Anna Schwartz)と二人で書き上げた大作(magnum opus)の『A Monetary History of the United States, 1867-1960』(『合衆国貨幣史』)。どれもこれも偉大な業績だ。

フリードマンは、その非凡な才能を学術的な世界の中だけに閉じ込めてはいなかった。現実の世の中を少しでもよくするために、経済学を武器にして世間に向けて声高に訴えかけた。徴兵制を廃止に追いやった立役者の一人でもあるし [1]訳注;この点については、本サイトで訳出されている次のエントリーも参照されたい。 ●タイラー・コーエン 「経済学者 … Continue reading、学校選択の自由(教育バウチャーの導入)や麻薬の合法化を訴えたりもした。変動相場制(為替レートの自由な変動)を擁護する論陣を張り、現実を動かして変動相場制への移行を後押しした。“The end of welfare as we know it”(「従来型福祉の終焉」)――クリントン大統領が掲げたスローガン――を旗印とする運動のヒントになったのが、フリードマンの「負の所得税」構想だった。

フリードマンは、「自由」(liberty)を愛した。『Capitalism and Freedom』(邦訳『資本主義と自由』)の切れ味鋭い序文を読むたびに、今でも(いい意味で)背筋がゾクゾクする[2] 訳注;以下の引用は拙訳。

ケネディ大統領は言った。「国家が諸君(国民)のために何をなし得るかを問うなかれ。諸君が国家のために何をなし得るかを問え」(“Ask not what your country can do for you – ask what you can do for your country”)。・・・(略)・・・ケネディ大統領が語ったセリフの前半と後半とで真逆のかたちで言い表されている「国民(市民)と国家(政府)の関係性」のどちらにしても、自由な社会に生きる自由な人々の理想に適うものではない。

まったくもってその通りだ。

個人的な話をさせてもらおう。私が『Entrepreneurial Economics:Bright Ideas from the Dismal Science』の出版を思い立ったのは、フリードマンに触発されたからだった。本の中で「20世紀に活躍した経済学者の中で『起業家の顔を併せ持つ経済学者』という表現が最もしっくりくるのは、フリードマンをおいて他にない」と述べたくらい思い入れのあるフリードマンに草稿を送ったら、推薦文(本の裏表紙をご覧あれ)を寄せてもらえることになった。感激のあまり、部屋の中をぐるぐると歩き回ったものだ。

フリードマンがもうこの世にいないと思うと、寂しくてならない。

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●Mark Thoma, “Milton Friedman’s Social Welfare Program”(Economist’s View, November 23, 2006)


ロバート・フランク(Robert Frank)が語っているように、ミルトン・フリードマンは「これまでに考え出された中でも最も有望な社会福祉プログラムの発案者」なのだが、そのことを知らない人もいるようだ。

The Other Milton Friedman: A Conservative With a Social Welfare Program” by Robert Frank, Economic Scene, New York Times:

ミルトン・フリードマンと言えば、・・・(略)・・・「小さな政府」を旗印とする保守派の守護聖人として知られている。彼の名前を持ち出して、社会保障制度の民営化やあれこれのセーフティーネットの縮小を求める保守派の面々が知ったら驚くかもしれないことがある。フリードマンは、これまでに考え出された中でも最も有望な社会福祉プログラムの発案者でもあるのだ。

市場というのは、多くの偉業を成し遂げられる力を秘めた仕組みである。しかしながら、フリードマンも認識していたように、市場を通じて得た収入で、すべての国民が経済上の基本的なニーズを満たせるとは限らない。既存のあれやこれやの福祉プログラムに代えて、国民一人ひとりに現金――例えば、国民一人あたり最大で年間6,000ドル――を給付するプログラムへの一本化を求めたのが、フリードマンが「負の所得税」と呼んだ提案である。例えば、収入が一切ない4人世帯の場合だと、内国歳入庁(IRS)から毎年24,000ドル(=6,000ドル×4)が支給されることになる。ただし、4人のうちの誰かが働いて収入を稼ぐようになると、支給される額は24,000ドルじゃなくなる。24,000ドルから、収入に一定の割合――例えば、50%――を掛けて得られる額が差し引かれるのだ。例えば、4人が稼いだ収入の合計が12,000ドルだとすると、支給されるのは18,000ドルだ。24,000ドルから6,000ドル(=12,000ドル×0.5)が差し引かれるわけだ。4人が稼いだ収入が12,000ドルで、支給されるのが18,000ドル。合計で30,000ドルが懐に入るわけだ。

フリードマンは・・・(略)・・・プラグマティストそのものだった・・・(略)・・・。あまりにも収入が少ないというのが貧困者にとって主要な問題だとするなら、彼らにもっと多くの現金を渡すのが最もシンプルで最も安上がりな解決策だというのがフリードマンの考えだった。フードスタンプ、光熱費補助、デイケア補助、家賃補助。そんなあれこれのためにわざわざ大勢の役人(官僚)を雇うメリットなんてない、というのがフリードマンの考えだった。

彼のその他の提案にしてもそうだが、「負の所得税」案もインセンティブの歪みをできるだけ小さくするように工夫されている。従来の福祉プログラムの立案者たちの間では、すっぽりと抜け落ちていた発想だ。従来の福祉プログラムでは、・・・(略)・・・対象世帯の収入が増えると、それに応じて給付(補助)が減らされる格好になっていた。・・・(略)・・・収入が1ドル増えるごとに、支給される給付(補助)が2ドル減るのだ。働いたって得にならないのは、経済学の訓練を受けるまでもなく誰にだってすぐわかる。それとは対照的に、フリードマンが提唱した「負の所得税」の場合は、働けば働くほど税引き後の収入が必ず増えるのだ。

「負の所得税」は、これまでに一度も導入されていない。都市に住む4人家族が暮らしていけるだけの現金が支給されるようになると、多くの人が働かなくなってしまうのではないかと懸念されたせいだ。・・・(略)・・・ その代わりに、勤労所得税額控除(EITC)制度が導入されている。EITCは、就労者だけが対象という点を除けば、「負の所得税」と本質的には同じ仕組みだ。・・・(略)・・・EITCは、従来の福祉プログラムよりもずっと大きな成果を上げていることが判明している。フリードマンの見立て通りだ。しかしながら、EITCで対象になっているのは、就労者だけだ。それゆえ、ETICだけでは貧困問題の解決には至らないだろう。

今月のはじめに中間選挙が行われたばかりだが、セーフティーネットの強化を公約に掲げて出馬したポピュリストの政治家の中から、当選者が何人か――ジム・ウェッブ(Jim Webb)だとか、ジョン・テスター(Jon Tester)だとか――出た。彼らが公約を実現するつもりなら、フリードマンが気を配ったインセンティブの問題に真っ向から向き合う必要があるだろう。働くインセンティブを損なわずに失業者への支援を強化するには、どうしたらいいだろうか?

「公的な雇用」(政府による雇用)と「負の所得税」を組み合わせるというのが考え得る答えの一つだ。ただし、「負の所得税」を通じて支給される現金の額は低く――給付金だけでは生活できない水準に――抑える必要があろう。・・・(略)・・・民間での職にありつけないでいる失業者に関しては、政府が「最後の雇用主」(employer of last resort)の役割を果たすことになるだろう。監視役がついてきちんと訓練もすれば、未熟なスキルの持ち主でもやれて公益性もある仕事っていうのはたくさん見つかる。例えば、浸食された丘の斜面に苗木を植えたり、公園だとかの落書きを消したり・・・(略)・・・。「負の所得税」を通じて低額の給付金が支給されるのに加えて、「公的な雇用」を通じてか民間で働くかして賃金も得られるようなら、誰もが貧困から抜け出せるようになる。働かない方が得になるようなインセンティブの歪みもない。

フリードマンが行政(官僚機構)の肥大化を歓迎するわけがないのは言うまでもない。しかしながら、・・・(略)・・・「公的な雇用」を通じて働く機会を用意するにしても、支払う賃金を低く抑えれば、行政の肥大化につながるとは限らないだろう。「公的な雇用」プログラムの運営管理を代行してくれる業者を入札で募れば、市場の力を利用してコストの節約につなげることもできる。

財政赤字が巨額に上っているというのに、財源はどうしたらいいのだろうか? フリードマンは、1943年の論文――“The Spendings Tax as a Wartime Fiscal Measure”――で、・・・(略)・・・国家にとって重要な目的を果たすのに必要な財源を確保する格好の手段として、「累進消費税」というアイデアを提案している。そのアイデアを実現するためには、国民に年間の収入(所得)額だけでなく、年間の貯蓄額も申告してもらわなくてはならない。その上で、(申告された)収入額と(申告された)貯蓄額の差額――すなわち、年間の消費額――に対して累進税率を課すわけだ。富裕層の消費(消費額)に対して高い税率を課したとしても、それほど大きな犠牲を伴わずに税収を増やせるだろうというのがフリードマンの言い分だ。低・中所得層の(経済面での)生活の安定を確保するのが国家にとって重要な目的の一つであるようなら、・・・(略)・・・そのための財源を捻出する手段はなくはないのだ。

「寛大で、思いやりがある人」というのが、誰もが揃って口にするフリードマン評である。人生において運が果たす役割にも(弟子や信者の多くとは違って)よくよく気付いていた人でもあった。フリードマンの業績から真摯に学ぼうとする者は誰であれ、セーフティーネットの解体ではなく、セーフティーネットの改善を志すことだろう。

References

References
1 訳注;この点については、本サイトで訳出されている次のエントリーも参照されたい。 ●タイラー・コーエン 「経済学者 vs.徴兵制」(2014年5月20日)
2 訳注;以下の引用は拙訳。
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