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ジェームズ・ハミルトン「インフレ率はなぜフィリップス曲線よりも高い?」

James Hamilton “Why isn’t inflation lower?” (October 27,2013 Ecombrowser)

経済が大きく沈滞し、たくさんのアメリカ人が依然として職を求めているというのに、なぜインフレは今の水準に留まったままなのだろうか。テキサス大学教授のオリヴィエ・コイビオンとカリフォルニア大学バークレー校教授のユーリー・ゴロドニチェンコが、興味深い新論文でそれに答えを提示している。

なぜある年のインフレが他の年よりも高いのかということについて、多くの経済学者は1世紀近くもの間、失業率の変動がその鍵となる要因であると見なしてきた。この関係は通常A.W.フィリップスの1958年の論文に依っているが、実際にはアーヴィング・フィッシャー (1926)が30年前に同様の主張を行っていた。アメリカの1953年第1四半期から1969年第4四半期までのデータを使ってインフレ率を失業率で回帰分析すると次のようになる(括弧内はt値)。

cg1

下は上記の回帰を行った期間における実際の数値による、このインフレと失業率の歴史的関係の散布図だ。

cg2 失業と四半期CPIインフレ率と回帰関係:1953年第1四半期~1969年第4四半期

しかしこの関係は1970年代になって崩れた。下図の黒点と線は上図のものと同じだが、青い点は1970年第1四半期から1975年第4四半期までの新たなデータを示している。この6年におけるインフレは、それまでの単純な回帰関係から推定されるものよりも遥かに高かった。

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黒点:失業とインフレ;1953年第1四半期~1969年第4四半期、黒線:1953年第1四半期~1969年第4四半期のデータを用いて計測した回帰関係、青点:失業とインフレのデータ;1970年第1四半期~1975年第4四半期

この崩壊は重要な変数が元々のフィリップス曲線の関係の中では見過ごされている証拠だと多くの経済学者は捉え、そしてその変数とは消費者や企業が持つインフレ予想であるとした。購入するあらゆるものの価格が今年は5%上昇し、その一方で賃金、あるいは自分の生産物から受け取る価格が一定のままである場合、それは実質的には実入りが減じるということとなり、高失業と生産能力の過剰のせいで他に選択肢が望めない状況にない限り受け入れられないものだ。こうした見方によれば、1970年代に人々がインフレの上昇を予想するに至った際、フィリップス曲線は上方シフトし、上図の青い点は高まった予想インフレに合わせた新たなフィリップス曲線に沿っているということとなる。

これに合わせて修正を行う一つの方法は、フィリップス曲線の縦軸の変数を、実際のインフレ率とほとんどの人が予測しているインフレ率との差で見ることだ。予想インフレ率を測る一つの方法は、過去1年間の平均インフレ率だ。1953年第1四半期から1969年第4四半期のデータを使って、このやり方で失業率との関係を推定してみると下図の黒線と点の通りになる。

cg4黒点:失業及び四半期tにおけるインフレ率とその過去4四半期の平均インフレ率の差;1953年第1四半期~1969年第4四半期、黒線:1953年第1四半期~1969年第4四半期のデータを用いて計測した回帰関係、青点:失業及び過去1年の平均を引いたインフレ率のデータ;1970年第1四半期~1975年第4四半期

コビオン及びゴロドニチェンコ (2013)による下図は、上記の分析のアップデートとなる。この図においては青い丸は、上図と同じようにインフレ予想の外れ(inflation surprise)を縦軸の変数としてととり、1960年第1四半期から2007年第3四半期までのデータを示している。期待調整済みフィリップス曲線は、フィリップスによる大元の論文以降の50年間におけるデータの重要な特徴を、良い感じで捉えている。

cg5 青丸:失業と四半期tにおけるインフレ率とその過去4四半期の平均インフレ率の差;1960年第1四半期~2007年第3四半期、赤点:2007年第4四半期~2013年第1四半期のデータ(出典:コイビオン及びゴロドニチェンコ (2013)

しかし、上図の赤い点から見て取れるとおり、過去五年間においては実際のインフレ率が予測されるところよりも高く、予想調整済みフィリップス曲線は再度崩れ去ったように見える。コイビオン及びゴロドニチェンコ (2013)では、労働市場の変化と構造的不安定性をはじめとして、これに対して可能な多くの説明を検討している。最も良い説明として彼らは、「予想インフレ」についての異なる指標の不一致が、フィリップス曲線のシフト要因となったことを挙げている。上図で用いた過去1年間の平均による調整を用いるのであれ、物価連動債(TIPS;Treasury Inflation Protected Securities)の利回りから導かれるインフレ予想や、予測専門家調査(SPF;Survey of Professional Forecasters1 )による予想を見るのであれ、近年のインフレが歴史的なフィリップス曲線から予測されるところよりも高くなっていることに変わりはない。しかしコイビオンとゴロドニチェンコによれば、これらの指標は近年、ミシガン大学の消費者調査で抽出された家計による回答と乖離しているという。回答者となった家計は、TIPSや専門家のインフレ見通しよりも高いインフレを予想していると一貫して述べてきている。

cg6 3つの異なるインフレ予想。赤破線:Haubrich, Pennachhi及びRoitchken (2008)の方法を用いて資産価格から推計しおたインフレ予想、黒破線:予測専門家調査、青線:ミシガン大学の家計調査によるインフレ予想。(出典:コイビオン及びゴロドニチェンコ (2013))

ミシガン大学調査の予想インフレを用いると、近年のデータは予想調整済みの歴史的フィリップス曲線にとてもきれいに沿っているように見える。

cg7 水平軸:失業率とCBO2 推計の自然失業率との差、垂直軸:インフレ率とミシガン大学家計調査による予想インフレ率との差、青線:1960年第1四半期から1984年第4四半期までのデータを用いて推定した関係、緑線:1985年第1四半期から2007年第3四半期までのデータを用いて推定した関係。(出典:コイビオン及びゴロドニチェンコ (2013))

コイビオンとゴロドニチェンコはさらに、なぜ多くの消費者が金融市場や予想の専門家とはことなる評価をしているかについても仮説を立てている。それは、通常の消費者は石油価格がどうなっているかについてより多くの注意を払っているように見える、というものだ。おそらくこれは、ほとんどのアメリカ人は日々目立った形で発表がなされるガソリン価格を見ており、私たちのうちの多くはそうした価格の変化が即座に私たちの購買力に与える直接的な影響を経験しているということが原因となっている。

cg8 直線:ミシガン大学調査による予想インフレ(左軸)、破線:原油価格(右軸)。(出典:コイビオン及びゴロドニチェンコ (2013)

コイビオンとゴロドニチェンコが特定したこの現象は、多くの重要な点において、経済を刺激するためのFEDの能力を損なうだろう。第一に、これによってFEDは、インフレが現時点で低すぎるということを理由として公衆に対して自らの行動を正当化するのが非常に難しくなる。次に、とりわけ刺激策の副作用に石油の相対価格の上昇が含まれる場合において、FEDはインフレを上昇させずに経済を刺激することが難しくなる。第三に、予想実質金利(ex ante real interest rates)という概念を経済面で重要となる多数の意思決定者たちの認識とするならば、これは現在非常に大きいマイナスの値であることになり、これをさらに引き下げることを主要政策目標とするべきという主張に疑問を投げかける。

  1. 訳注;ここを参照 []
  2. 訳注;Congressional Budget Office(議会予算局) []

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