エガートソン他「マイナス名目金利の金融政策」

Gauti Eggertsson, Ragnar Juelsrud, Ella Getz Wold” Monetary policy with negative nominal interest ratesVOX.EU, January 31, 2018

マイナス金利のマクロ経済上の役割について,経済学者の見解は分かれている。本稿では,預金金利の名目ゼロ下限のせいで,マイナスの政策金利がこれまでのところ家計や企業が直面している預金金利に対して非常に限られた影響しかもたらしておらず,またこの預金金利の下限が貸出金利への波及の減少も引き起こしているようである。マイナス金利にはしたがって総需要を刺激する効果はないように思われる。


記録的な低金利により,将来の景気後退における金融政策の有効性に懸念が生じている。最近のワーキングペーパ―において,Kiley and Roberts (2017)はこれからの時間の30%~40%は名目金利がゼロ下限にあるだろうとしている。マクロ経済政策にとっての重要な問題はしたがって,金利をゼロ以下に引き下げることが総需要を刺激する効果的なツールとなりうるか否かである。

2012年から2016年にかけ,スイス,スウェーデン,デンマーク,日本,ユーロ圏の中央銀行は,歴史上はじめて各々の政策金利をゼロ以下に引き下げた。こうした政策については議論が紛糾している。一部にはマイナス金利について何ら特別なことはないという主張がなされている。例えば,スイス国立銀行は「金利がマイナスとなった場合にも経済の法則が大きく変わることはない」と宣言した(Jordan 2016)。他方では懐疑的な見方もある。Waller (2016)では,ゼロ金利政策を「羊の皮を被った税金」と呼んでいる。これまでのところ,名目ゼロ金利の効果についての合意は,実証的にも理論的にも存在しない。私たちの最近の論文(Eggertsson et al. 2017)は,こうした隔たりを埋めることに資するものである。

マイナスの政策金利の効果を理解するためには,それが銀行金利にどの程度反映されるかを知ることが重要だ。預金金利には名目ゼロ下限があるため,マイナスの政策金利はこれまでのところ家計や企業が相対するところの預金金利には非常に限られた影響しか与えていない。さらに,預金金利のゼロ下限は貸出金利への波及の減少も引き起こしているようだ。

図1 各国の預金金利

図1は,政策金利がマイナスとなっている6つの経済圏の預金金利を表している。まず上段左端に目を向けると,スウェーデン中央銀行は2015年2月にその政策金利をゼロ以下に引き下げた。預金金利が中央銀行の利率を追いかける形でマイナスの領域へと突入することはなかった。同様の絵図がデンマークでも展開されたことは,上段右端で示されている。デンマーク中央銀行は2012年7月と2014年9月の2回,ゼロ下限を割った。スウェーデンの場合と同様,マイナスの政策金利がマイナスの預金金利として反映されることはなかった。

スイスと日本も同じパターンをたどっているのが図1の中段を見るとわかるだろう。図1の下段,ユーロ圏の預金金利はある程度これと違ったパターンをたどっている。ECBは2014年6月に政策金利をゼロ以下に引き下げた。下段左側のグラフにあるように,ユーロ圏では全体的な預金金利は高く,ゼロ下限に達するまでより多くの引き下げ余地がある。さらに,ほかの調査対象国ほどには預金金利が政策金利にぴったりと連動していない。その理由のひとつは,ユーロ圏の不均一性にあるのかもしれない。ユーロ圏について検討するにあたっては,マイナス金利政策がほかの多くの信用緩和策とともに実施され,うち一部はECBから市中銀行への(潜在的には)マイナス金利での直接貸出も含まれていたことを念頭に置くべきだ。こうした政策は市中銀行が中央銀行に積み立てている準備金に利息を課すというよりは,信用に対する補助金と位置付けられるものだ。ドイツだけを取り出してみてみると(下段右側),ほかの国と同じパターンとなっていることがわかる。すなわち,マイナスの政策金利にも関わらず,預金金利はゼロ下限にせき止められているのである。

貸出金利は預金金利よりも高いため,ゼロに達するまでより多くの引き下げ余地がある。それでもマイナス金利政策の効果は限られているようだ。スイスなどでは,貸出金利の上昇すら報告されている(Basten and Mariathasan 2017)。私たちは,これまでになかったスウェーデンの各銀行ごとの金利データを用いることで,ひとたび預金金利がゼロ下限に張り付いてしまうと,貸出金利への波及が崩壊してしまうことを示している。

図2 スウェーデンの銀行の貸出金利

図2は,13の金融機関ごとの住宅ローン金利を示したものだ。横軸は政策金利(つまりレポ金利)の水準を示していて,2014年中旬の0.75%に始まって2016年中旬の-0.50へと至っている。各垂直線は政策金利の切り下げを表している。最初の4回の政策金利切り下げに対して預金金利はおおむね反応している一方で,最後の2回の切り下げでは波及(図中の×印)はゼロに等しい。図から見て取れるとおり,預金金利への波及がなくなったところは,貸出金利のパターンが明らかに壊れてしまった地点とも一致している。預金金利が反応しなくなる前は,銀行は政策金利の切り下げに対して一致して貸出金利の引き下げで応じた。しかしながら預金金利が反応しなくとなると,話は全く変わってくる。政策金利がマイナスとなった直後では,当初ある程度の貸出金利の引き下げが見られたものの,ほとんどの金利はすぐさま再び上昇した。結果としてみれば,貸出金利に対する総合的な効果は限られたものとなっている。

銀行にとって最重要の資金調達コストである預金金利への波及がなくなることは,貸出金利への波及がなくなることの説明の鍵となる。金融政策が銀行の資金調達コストに影響を及ぼせなくなるにつれ,貸出を行うという銀行の意欲へ影響を与える可能性も低くなる。私たちのサンプル中では,最初の4回の政策金利切り下げに対して全体の預金金利の反応は比較的大きく安定していた。最後の2回の政策金利切り下げでは,預金金利の反応はとても小さくなっている。これは,最後の2回の政策金利引き下げに対する貸出金利の平均的に低い反応とも軌を一にしている。金融政策の分析に使われる標準的なマクロ経済モデルでは,こうした単純な洞察は得られない。このようなモデルではよく中央銀行が直接左右する金利ひとつしか扱っていない,もしくは貸出金利は預金金利とは独立であると暗黙の裡に仮定している。マイナス名目金利の効果を分析するのに用いるモデルを構築するには,したがってこの分野の研究においての当たり前とは異なる何か別の手法が必要となる。そうしたモデルでは,少なくとも価値の貯蔵手段としてのお金の役割を認識し,貸出と借入金利をそれぞれ別のものとする余地を作るために銀行に役割を与え,預金者や借り手にとっての金利とは異なりうる十分によく定義された政策金利を扱う必要がある。

私たちの論文では,閉じた経済におけるそのようなモデルを概説している。金融政策の実施は,準備預金に対する金利を設定し,中央銀行の発行する通貨の供給を左右することで預金金利に影響を与えるという形をとる。これは銀行の資金調達コストでもある。中央銀行が準備預金金利を引き下げ,銀行システム内に十分な準備金があるようにすると,それによって預金金利が下がる。預金金利の低下は預金者の消費を刺激する。さらに,預金金利の低下は銀行の資金調達コストの減少にもなる。これにより銀行の貸出意欲が増大し,借入金利に下向きの圧力が加わることで,借り手の消費意欲が刺激されることとなる。したがって,準備預金金利の低下は経済におけるほかの金利の低下をもたらし,総需要を刺激する。

マイナスの政策金利の場合はしかしながら,中央銀行の政策ははるかに貧弱なものになる。現金が存在することに由来する預金金利の下限により,そしてデータでも裏付けられていることだが,ゼロ下限を越えてマイナスの領域に達した準備預金金利の低下は,預金金利に対して何ら効果を及ぼせなくなってしまう。さらに,中央銀行が預金金利に影響力を持たなくなってしまうと,銀行の資金調達コストの低下による刺激効果もなくなってしまい,銀行の貸出意欲が増大することもない。その結果,総需要の押し上げもなくなってしまう。実際には,銀行と預金者の間にエージェンシー・コストがある場合,銀行の利益の減少によってマイナス金利政策は収縮的にもなりうる。

私たちのモデルでは,預金金利に下限があることからマイナス金利は総需要を刺激する効果はない。しかし,この下限が引き下げられる,もしくは撤廃される場合には拡張的な政策金利の引き下げ余地が生まれることになる。100年以上前,ゲセル(Gesell (1916))は紙幣に対する課税を提案した。ゲセルの提案の枢要は家計が現金を保有する意欲を低めるところにあり,これにより銀行は,預金引き出しで対応されることなしに顧客に対してマイナスの預金金利を課すことができるようになる。これ以外の方法としては,高額債券の禁止,現金の完全な廃止,準備通貨と紙幣を異なった価値で取引することを可能とするなどがある(Agarwal and Kimball 2015, Rogoff 2017)。

私たちの分析による主たる知見は,マイナス金利には常に拡張的効果がないということではなく,現在確立されている制度では,金融政策の伝達メカニズムの重要な部分である中央銀行のマイナス金利の銀行セクターへの波及は限られているものとみられるということだ。これはすなわち,次の景気後退に対処するためには,別の政策もしくは現在確立されている制度を変更する必要があることを浮き彫りにしているのだ。

参考文献
●Agarwal, R, and M Kimball (2015), “Breaking through the zero lower bound”, International Monetary Fund.
●Basten, C, and M Mariathasan (2017), The Effects of Negative Interest Rates.
●Eggertsson, G, R Juelsrud and E G Wold (2017), “Are negative nominal interest rates expansionary?”, NBER Working Paper 24039.
●Gesell, S (1916), The natural economic order, translated by Phillip Pye, 2002.
●Jordan, T (2016), “Monetary policy using negative interest rates: a status report”, Swiss National Bank discussion paper.
●Kiley, M, and J Roberts (2017), “Monetary Policy in a Low Interest Rate World”, Brookings Papers on Economic Activity.
●Rogoff, K (2017), “Dealing with monetary paralysis at the zero bound”, The Journal of Economic Perspectives, 31(3), 47 – 66.
●Waller, C (2016), “Negative interest rates: a tax in sheep’s clothing”, discussion paper

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  1. 「準備通貨と紙幣を異なった価値で取引すること…Agarwal and Kimball 2015」の日本語訳がこちらのリンクから見ることができます。ご興味のある方はご参照下さい。

    https://supplysideliberaljp.tumblr.com/post/156927809126/%E3%82%BC%E3%83%AD%E9%87%91%E5%88%A9%E4%B8%8B%E9%99%90%E3%82%92%E7%AA%81%E7%A0%B4%E3%81%99%E3%82%8Bimf%E3%81%AE%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC

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