Paul Krugman, “In Europe, a Repudiation of Austerity Policies,” Krugman & Co., November 22, 2013.
欧州で緊縮政策の否定
by ポール・クルーグマン
欧州中央銀行の金利引き下げから,大きな緊張がでてきた.理事会は分裂して,多くのドイツ人経済学者たちは抗議している.例によって,議論はもっぱら,「あの怠惰な南欧の連中がフリーライドしている」という受け取り方をめぐるものになっている.
この前『フィナンシャル・タイムズ』に掲載された記事によると:「金融週刊誌 WirtschaftsWoche のチーフエコノミストによる論説は,この決定をフランクフルトに拠点を置く新たなイタリア銀行による絶対命令」と評した」んだって.
なんでイタリア人どもはドイツ人のように自力で奮起できないのかって?
ドイツ人が――経済学者にかぎらず一般市民も――いまだにわからずにいるのは,1990年代の低迷からドイツが景気を上向かせることができたとき,南欧でのいくぶんインフレ促進的な景気の過熱にどれほど依存していたかってことだ.そのため,いまドイツがユーロ圏にインフレの上昇をあくまで許さずにいることでどれほどの損害を引き起こしているのかも,ドイツ人たちは理解せずにいる.
ユーロ創設後,ドイツ人たちはデフレなしで競争力を大いにのばすことができた.なぜなら,スペインその他の国々が2パーセント以上のインフレを受け入れてくれたからだ.でも,いまユーロ圏は全体的なコアインフレ率が1パーセントを下回っている.これはつまり,スペインが国内で価値の切り下げをしようとすれば,有害なデフレを被るほかないってことだ.
言い換えると,ドイツ人たちは南欧に自分たちのマネをしてはどうかとお願いしてるわけじゃないってこと.彼らは,ドイツがやりおおせたことのない偉業をやってみせろと南欧に要求してるんだ.そして,そんな偉業は,誰一人としてやってのけられたためしがないんだよ.
マリオと緊縮派の面々
自明な話を1つ.ただ,世間の人たちが主張してるかどうかは定かじゃない論点なんだけど――欧州中央銀行総裁マリオ・ドラギが急に金利引き下げを行ったのは,事実上,欧州の緊縮派による勝利の凱歌を出だしでくじくものになっている.
この手の話をずっと追いかけてきた人ならきっと気づいただろうけど,ほんの数週間前に,緊縮派は――とくに欧州委員会のオッリ・レーンがそうだけど,他大勢も――今四半期にちょっとばかり経済成長の兆しが見えたことをもって,自分たちが過去4年にやってきた政策の正しさが証明されたんだと歓声をあげた.そうね,アホみたいだった――つまりさ,何度も自分で頭をなぐり続けて,その繰り返しのペースを遅めていったとしようか.そしたら,だんだん具合がよくなってくるでしょ.じゃあ,そこから「頭をなぐるのはいいことだ」ってことになる?
でも,これでいいのだってことになってた.ところが,欧州中央銀行はもっと関連の大きい指標に目を向けた:いまだに上昇中だった失業率と,1パーセント未満に上がっていたインフレ率だ(日本さん,うちらもお仲間ですわよ).
そして,中銀当局はすごく心配になったらしい.
こう言ってもいい:欧州はいま峠を越したと思ってるなら,欧州中央銀行は金利引き下げなんてしないよ.
軍事的ケインズ主義,歴史版
このまえ,現時点で欧州が大恐慌時代よりもダメなやり方をしてることについて書いた――少なくとも,鉱工業生産で測ると大恐慌時代より劣るし,おそらく,全体の産出で見ても劣っている.
その文章に多くの人から寄せられた反応は,「大恐慌時代と物事はちがうよ」というものだった.だって,当時の欧州は軍事強化をしてたじゃないの,って.――さようですか,それで,その話の要点は?
他のいろんな種類の支出と比べて,軍事支出の方がすぐれている特別な事情なんてない――それどころか実際は逆だ.だって,有用なモノに支出すれば,短期的な景気の後押しになるばかりか,経済の長期的な潜在力を強化することにもなりうるもの.つまり,1930年代の欧州の景気回復は軍事支出によるものだと言うとき,その人が言ってるのは,当時の経済は拡張的な財政政策を必要としていたってことだ――しかも,当時の経済は破壊的な支出ですらプラスの効果をもつほどそういう政策を必要としてたってことだよね.
今回の場合,ありがたいことに,ぼくらは平和だ.でも困ったことに,欧州の指導者達は自分たちの軍隊を強化するインセンティブがなくて,支出を増やすべきときに緊縮の預言者どもに耳を傾けている.その結果どうなってるかと言えば,1930年代に劣る経済成長の道筋をたどっているわけだよ.
【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する
デフレの危険
by ショーン・トレイナー
11月7日,欧州中央銀行はその基準金利を 0.25 パーセントという記録的な低さにまで切り下げた.これは,ユーロ圏のインフレ率が急速に下がったことへの対応だ.
このインフレ率低下を見て,デフレが到来するのではないかとの懸念が引き起こされた.デフレが長引けば,欧州の目下の危機をさらに大きく悪化させてしまう.なぜなら,物価下落はやがて需要を弱め,治療しがたい景気低迷のサイクルに入り込んでしまうからだ.
0.5 パーセントだった金利を引き下げるという欧州中央銀行の決定は,「ユーロ通貨圏の景気回復は順調に進みつつある」という欧州当局がこのまえ請け合ったことと矛盾しているように思える.とくにドイツ当局はこの動きを批判して,金利を低くすればドイツ国民の貯金の価値を下げてしまうし,経済バブルにつながりかねないと主張していた.
ところが,不況に近い欧州の経済状況に対して欧州中央銀行はあまりに保守的な対応をやってきたと多くの経済学者は考えている.ドイツの圧力がその一因だと彼らは見ている.そうした経済学者たちの主張によれば,中銀当局は何年も前に金利を引き下げておくべきだったし,少なくとも,アメリカの連銀による量的緩和プログラムのような非伝統的金融刺激策をやろうと試みるべきだったという.
『フィナンシャル・タイムズ』に先日掲載された論説で,経済評論家マーティン・ウルフはドイツに対し,ユーロ圏の経済回復にもっと先を見越した役割を果たすよう促している.ドイツは欧州の通貨同盟から得ている便益を過小評価することが多いとウルフは主張している.
「ユーロ圏からでたとしても,自分たちはうまくやれるとドイツにいる人の多くは結論づけるかもしれない」とウルフ氏は述べる.「気持ちはわかる.でも,自分たちの望みがどんなものだか,よくよく注意した方がいい.もしも通貨同盟がなければ,そのときにドイツマルクになる通貨は,価値を急騰させることになるだろう.この新通貨の実質価値の大幅な上昇がもたらす影響は,日本を見舞ったのと似たようなものになる:つまり,製造業生産の大部分は近隣諸国に移転していく.ドイツ経済が景気後退に追い込まれること必至だ.そのときには,きっと国内物価も下がることになる.」
© The New York Times News Service
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