Why Brexit has led to falling real wages
(Mainly Macro, Thursday, 31 August 2017)
Posted by Simon Wren-Lewis
一見,簡単に見える.ポンド安がBrexit後すぐ生じ,その後1ポンドで買えるユーロの数が減り,それが輸入価格を押し上げ,消費者物価に(タイムラグを伴って)影響して実質賃金を減少させた,と.しかし,実質賃金は物価だけでなく名目賃金にも依存している.なぜ名目賃金は,物価上昇にも関わらず変化しないままなんだろう?
答える前に,2つ目の質問をしよう.なぜポンド安なのに貿易赤字は減らなかったんだろう? 下に示したのは,英国のGDPへの寄与度を示す国民経済計算のデータだ.純輸出はとても不安定だが,均してみるとBrexitによるポンド安が起きた後,純輸出が経済成長に全く寄与してこなかったことがわかる.
ポンド安が英国の輸出を後押しするはずだという信念の一部は,輸出業者が外貨ベースでの価格を引き下げて競争力を増そうとするだろうという考えをもとにしている.ところが現在の英国で,大多数の輸出業者のポンド安に対する反応は,価格引き下げでなく利幅を増やすことだ.外貨ベースでの価格を一定に保っているなら(表示通貨単位のデータによれば,輸入と輸出でほぼ同数の品目が外貨で価格付けされている)売上は同じでもポンド建てでの利益は増加する.
これは純輸出が改善しないことを説明する助けにはなるが,一方,なぜ名目賃金が輸入物価上昇に反応しないのかという謎は深まる.もし輸出企業の利益がポンド安によって上昇するなら,なぜその一部を従業員に渡さないんだろうか?
申し分ない一つの説明は,労働市場が弱く,実質賃金が低下しないで済んでいるのは企業が名目賃金を切り下げたくないからだというものだ.こうした状況下では輸出業者が,増えた利益を従業員と分け合うべき理由は無いことになる.したがって,ポンド安がすぐに与えたインパクトは交易条件(輸出物価÷輸入物価)の悪化ではなく,賃金と企業利潤の間の分配をシフトさせたことだったのだと.だが,多くの人々は失業率の急低下から,労働市場が弱くなんかないと確信している.
もう一つ他にも,輸出業者が売上数量でなく利益を増やし,その増えた利益を賃金上昇に反映させないのはなぜかという説明が存在する.この説明は以前に私が強調した論点にさかのぼるものだ.まず,そもそもなぜポンド安が生じたのかということを考える必要がある.ある程度は,英国の中央銀行が設定した低い期待金利への市場の反応で説明できるが,それ以上に重要な理由がある.BrexitがEUとの貿易をより困難にし,英国とEU間の貿易量を減らすだろうということだ.さらに言うと,2つの理由からBrexitが英国の輸出の方を,輸入よりも減少させる可能性が高い.
1つめは特化である.国々はそれぞれ自国の生産物に特化する傾向があるため,輸入品の代わりになる製品を作る企業がなく,代替が難しくなるかもしれない.EUは英国よりはるかに多様な財を生産しており,英国からの輸出品をEU内の財で置き換えるのはより簡単だろう.2つめの理由は,英国のサービス輸出の重要性と,それを可能にする上で欧州単一市場が決定的な役割を果たしてきたという点である.双方の点を考慮すると,Brexit後に輸出が輸入より減少する影響を相殺するにはポンドの実質的減価が必要なのである.輸出業者は外貨建てでの価格を引き下げざるを得なくなり,そして,ポンド安がこれを可能にするのだ.
もちろんBrexitはまだ起きていない.それなのに既にポンド安が起きている理由は,そうでないとポンド保有者が〔将来〕損失を被るからである.そして〔輸出〕企業は,まだ外貨建て価格を引き下げる必要はなく,それが企業の利益増をもたらしている.だが,この利益増は一時的なもので,Brexitが起きてしまったら消失する.そうすると,いま賃金を引き上げてまたBrexitが起きたら賃金をカットするというのは馬鹿げているということになる(誰にとっても賃金カットはいやなものだ).より専門的な言葉で言い換えると,Brexitが実際に起きた時には英国の交易条件が(輸出数量の減少度合いが輸入数量より大きいため)悪化するということである.企業が,輸入価格を補償する名目賃金引き上げを実施しないのは,ある意味でこの交易条件悪化を予測しているのである.
したがって,Brexitが起きる前の現在は,賃金と利潤の間の分配のシフトが観察されているのだが,Brexitが起きてしまえば利潤は元通りに低下し,我々みんなの暮らし向きが悪化する.「離脱」に投票した者でまだこれが全部ただの『怖がらせプロジェクト(Project Fear)』だと思っているものは,国民経済計算の公表データを見てみるといい(上の図もここから持ってきたものだ).このデータが明確に示しているのは,英国の今年前半の経済成長がアメリカ,ドイツ,フランス,イタリア,日本よりも劣っていることだ.それも大差で.「離脱」への投票キャンペーンをした人たちが『怖がらせプロジェクト』と呼んだものは現実であり,今まさに起きている.しかし,政府や新聞がそれを教えてくれるなんて期待してはいけない.