デュラント&ジュレロヴァ「政府に都合の悪いニュースは別のニュースでまぎらわそう:注意逸らしの政治学」

Ruben Durante, Milena Djourelova “The politics of distraction: Evidence from presidential executive ordersVoxEU, 17 November 2019  

政治家は,世論から厳しく見られるのを避けるため,異論の多い政策は戦略的にタイミングを見計らって発表していると疑われることがある。本稿では,アメリカの大統領令のタイミングの系統的な分析によって,そうした疑いは,少なくともアメリカ大統領令に限っては,正しいことを示す。大統領は大統領令,とくに世論の反発を生み出すとみらあれるものについてはメディアや世論の注意がそれるような重要なイベントとぶつかるように発出する傾向にある。


2017年8月25日,ハリケーン・ハービーがテキサスを襲う前日,トランプ大統領は人種差別的な捜査を行ったとされる元保安官に恩赦を与えるとともに,トランスジェンダーの米軍への入隊の禁止を発令した。2018年6月14日,ロシアがホストする2018年FIFAワールドカップの開会式の当日,ロシア政府は定年の引上げと付加価値税の増税を発表した。1994年7月13日,イタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニ政権は汚職で訴追されている数百人の政治家を釈放する緊急令を承認したが,これはイタリアのFIFAワールドカップ決勝進出が決定した日だった。

こうしたエピソードは次のような疑惑を生じさせる。すなわち,これらのタイミングの一致は戦略的な行動なのではないだろうか。別の言い方をすれば,政治家は異論の多い政策がメディアや世論の注意を逸らす重要なイベントとぶつかり,それによって世論の否定的な反応を最小化するようにタイミングを計っているのだろうか。企業の発表(DellaVigna and Pollet 2009)や軍事作戦(Durante and Zhuravskaya 2018)は戦略的にタイミングを見計らっているが,これまでのところ政治家が同様の戦略を使っているかは明らかとなっていない。

戦略的なタイミングの証拠

私たちは,アメリカ大統領が発出した大統領令のタイミングを過去40年以上にわたって調べることで,この疑問の検証を行った。アメリカ大統領令のタイミングと内容は完全に裁量となっているため,戦略的行動を調べるにあたって理想的な機械を提供している。

大統領令は議会の承認を必要とせず,大統領が議会が反対する措置を押しつけるためによく使われる。そのため,大統領令には大統領が憲法上の権限を逸脱しているとの非難で議論を紛糾させる潜在性がある。そうした批判に有権者も同意し,大統領の人気が落ちることは研究によって明らかになっている。

大統領令の政治コストは,したがってそれがどれだけのメディアの注目を集めるかによって決定される。ひいてはそれと同時にほかにどのような重要なイベントが発生し,大統領令とニュース時間で競合するかに依存するのだ。そのため,異論の多い大統領令を発出することを考えている大統領には,それが「目くらましイベント」とぶつかるようにするインセンティブがあるのだ。

ニュース圧力と大統領令を関連づける

大統領令がニュースサイクルのタイミングを戦略的に見計らって発出されているかを検証するため,私たちは所与の日に少なくとも一つの大統領令が署名される可能性と毎日の「ニュース圧力」尺度の関係を検討した。この尺度は,アメリカのテレビネットワークのゴールデンタイムでのニュース放送におけるトップ3のニュースに費やされた時間(Eisensee and Strömberg 2007, Durante and Zhuravskaya 2018)であり,大統領令とは無関係の重要なニュースの存在,あるいはその大統領令のニュースでの取り上げを押しのけうるそのニュースの重要性を把握するものだ。

私たちは,ニュースがほかのイベント一色になる前日に大統領令が署名される可能性がより高いことを見いだした。図1では,大統領令の頻度と翌日のニュース圧力及び両者のノンパラメトリックな関係をプロットしている。この発見は政府が分裂している期間,すなわち大統領と議会が異なる政党となっているときにだけ適用できる。政府が分裂している期間は,大統領の一方的な行動が敵対的な政治家からの批判を呼ぶ可能性がより高いものと思われる。

図1:翌日のニュース圧力5分位で示した大統領令の頻度(上)とアメリカの政府が分裂している期間における翌日のニュース圧力による大統領署名のノンパラメトリック回帰(下)
出典: Djourelova and Durante (2019).


また,私たちはどのような種類の大統領令,どのような種類のニュースがこうした関係を導いたかも調べた。こうした競合が戦略的ならば,事後的にニュースになって議論を呼ぶ可能性の高いニュースのほうがより強く「隠す」インセンティブを作るため,その効果はよりはっきりしたものになると思われる。私たちは,その効果が統計的に有意(図2)なのは以下の場合だけであることを見いだした。

  • ルーチン的な政府運営,物議をかもす可能性やニュース価値が最も低いカテゴリに属するのではないトピックの大統領令
  • AP通信のニュースネットワークで取り扱われる重要性のある大統領令
  • 過去数ヶ月で大統領令と議会が最も意見を異にした事項に関する大統領令

私たちは,プレスに事前に発表され,明らかに政府にそれを隠す意向が全くない大統領令には戦略的タイミングの証拠がないことを見いだした。

図2 大統領令の種類ごとの不均一性
出典: Djourelova and Durante (2019).


大統領令のタイミングに意図的なフォーワードルッキング戦略があるのであれば,大統領令とタイミングが重なるニュースイベントは事前に予期しうるもの(たとえば政治,スポーツなど)だけであり,予期できないもの(地震やテロ攻撃)とは重ならないはずだ。私たちは予見と関連する単語をより多く含むニュースと驚きと関連する単語をより多く含むニュースを区別するため,個々のニュース内容にテキスト分析を応用した。図3はそれぞれのカテゴリに最頻する単語の雲を示している。

図3 個々のニュース驚き(左)と予見(右)に関連する単語
出典: Djourelova and Durante (2019).


大統領令とニュース圧力との間の正の関係は,すべて予見と関連するニュースによって導かれていた。驚きのニュースには何ら相関がないのだ。私たちは,地震,テロ攻撃,銃乱射事件といった実際の予期せぬイベントが利用されていないか念のための検証を行った。ニュースでの多大な注目にもかかわらず,これらは大統領令のタイミングとは無関係だった。

しかし,なぜ大統領令は当日ではなく次の日のニュースにタイミングを合わせるのだろうか。次の日で取り上げられることは大統領にとって都合の悪いことなのだろうか。大統領令に関する数百件のニュース報道の動画分析は,翌日のニュース報道は議会 [1]訳注;原文ではここに”which, during periods of divided government was aligned with the … Continue reading の反応を取り上げる可能性がより高いことを示している。平均的には,これらの反応は大統領の措置に批判的であることが多かった。

メディアの役割を制約する

うまく機能しているメディアは市民に対して政府が何をしているかを伝え,政策決定者の説明責任を保持させる。しかし世論の注目には限界があり,巧みな政治家はメディアと世論の注意がそれている時に合わせて発表を行うことで厳しい目で見られることを減らすことができる。私たちの証拠が示唆するところでは,政治家はこれを最大限活用しており,私たちはどういったときにそうしたことが起きる可能性がより高いかを予見することができる。メディアが政治的に偏向していない場合でも,政治家の戦略的行動は番犬としてのメディアの役割を制約する。しまいには,これによって政治の透明性が損なわれることになるのだ。

参考文献

●Christenson, D P and D L Kriner (2017), “Mobilizing the public against the president: Congress and the political costs of unilateral action”, American Journal of Political Science 61(4): 769-785.

●DellaVigna, S and J Pollet (2009), “Investor inattention and Friday earnings announcements”, The Journal of Finance 64(2): 709-749.

●Djourelova, M and R Durante (2019), “Media Attention and Strategic Timing in Politics: Evidence from US Presidential Executive Orders”, CEPR discussion paper 13961.

●Durante, R and E Zhuravskaya (2018), “Attack when the world is not watching? US media and the Israeli-Palestinian conflict”, Journal of Political Economy 126(3): 1085-1133.

●Eisensee, T and D Strömberg (2007), “News droughts, news floods, and US disaster relief”, Quarterly Journal of Economics 122(2): 693-728.

●Reeves, A and J C Rogowski (2018), “The public cost of unilateral action”, American Journal of Political Science 62(2): 424-440.

References

References
1 訳注;原文ではここに”which, during periods of divided government was aligned with the president(政府が分裂している期間には大統領と足並みをそろえていた)”という一文が入っているが,文脈上は逆の意味でないと通らないように思われるため,訳出していない。
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