Samuel Bazzi, Martin Fiszbein, Mesay Gebresilasse, “Individualism and opposition to redistribution in the US: The cultural legacy of the frontier” (VOX, 23 December 2017)
再分配、そしてヘルスケア・銃規制・最低賃金・汚染管理といった領域における政府の介入。こうしたものに反対する人は、アメリカ人のほうがヨーロッパ人より多い。本稿では、アメリカに古くからある 「武骨な個人主義 (rugged individualism)」 の文化がフロンティアの歴史において根付いたものである旨を主張する。共和党への支持を個人レベルで考慮してもなお、フロンティアの歴史的経験が大きかった合衆国地域ほど、今日においても依然として再分配や政府による規制にたいする反対が強くなっている。
アメリカの投票権者の大きな割合が再分配に強く反対している。こうした人達はおそらく、増税ではなく福祉支出の切り下げのほうを選好する。過去40年間の所得格差と財産格差の急速な拡大を後目に、この再分配にたいする反対は安定を保ってきた (Ashok et al. 2015)。合衆国とヨーロッパにおける再分配政策と選好状況のあいだには 「世界ひとつ分の隔たり」 が存在するのである (Alesina and Glaeser 2004)。この論点は長らく政治経済学の一大テーマとなってきた (Alesina et al. 2016, Benabou and Tirole 2006, Picketty 1995)。
最近 New York Times に掲載された記事のなかでDavid Brooks (2017) が、アメリカの投票権者はなぜ自己の経済的利益に反する政策を支援するのかを問うている:
「…私の試論では、18-19世紀から説き起こすことになる。トランプ支持者の多くは、かつてアメリカのフロンティアの最前線だった地域に居住している。このフロンティアでの生活は、吹けば飛ぶような、危険の付き纏う、孤独で、仮借なき代物だった…節制と独立自尊は必要不可欠だった…彼らの見るところ、政府なるものはこの峻厳なる徳目を強化するものではない。それどころか、これを台無しにしてしまうのである」
我々は同意する。そして、合衆国における再分配への反対は、フロンティアの歴史において根付いたこの 「武骨な個人主義」 の一部であると主張する。
我々は最近の論文 (Bazzi et al. 2017) のなかで、アメリカのフロンティアは個人主義を涵養したとのテーゼを考察した。このテーゼは1893年にフレデリック・ジャクソン・ターナーによって初めて提起された。我々はこのフロンティアテーゼを地方レベル (subnational level) で検討し、それがはらむ文化と政治への長期的影響を特定することができた。歴史的に見ると、フロンティア地域には特異な人口と、相対的に強い個人主義が存在した。フロンティアの消滅から何十年も経つと、こうした人口学的な差異も姿を消すが、その文化的遺産は今もその脈絡を保っている。歴史的に見てフロンティアであった時間が相対的に長かった地域では、今日においても個人主義と再分配への反対が相対的に広く見られるのである。
アメリカ史におけるフロンティア
合衆国初期の歴史は、西へと向かう急速な拡張の歴史であった。19世紀後半になるまで、合衆国の領土は広大な空き地を抱えていた。定住が始まった地域とまだ定住が始まっていない地域を分かつフロンティアは、アメリカ文化に強い影響を及ぼし、武骨な個人主義 – 個人主義そして政府介入への反対の特異な混合体 – の発達を促した。
我々の研究では、歴史データとならんで近代的なGIS手法を用いることで、フロンティアの位置特定とその継時的な変容の追跡を行った。歴史的資料に倣い、人口密度が平方マイル毎に2人に満たない水準に落ち込む境界線を見つける度、それをフロンティアラインと定義した。続いてフロンティア地域の定義だが、これはフロンティアラインから100キロメートル以内にある地域で、人口密度が平方マイル毎に6人に満たないものとした。
図1 1790年および1890年の人口密度とフロンティアライン
フロンティア人口には幾つかの特異な性質があった。これら人口には、男性で、婚姻適齢期にあり、文字が読めず、外国生まれ、といった人達がアンバランスに多かったのである。くわえて彼らはかなり高度な個人主義を持っていた。ここでいう個人主義とは、珍しい子供の名前の普及 (prevalence) により把捉したものである。Twenge et al. (2010) の考案したこの独創的な測定方法の背後にあるのは、個人主義タイプの人間は多くの場合平凡な名前を避け (ジョンやサラといった名前が少なくなる)、代わりに珍しい名前 (ルーファスやルシンダといった名前が多くなる) を選びたがるとの考え方で、前者は周囲に溶け込みたいとの欲望を、後者はなんとか目立ちたいとの欲望を、それぞれ反映している。この方法は次に挙げるような個人主義の社会心理学的な定義にも合致する: すなわち、自己利益の第一義性・独立自尊の強調・社会規範ではなく個人的態度に基づいた行動制御である。
人口学的特徴と個人主義に関する差異は、フロンティアを定義づける二大性質 – 人口密度の低さと孤立性 – の双方と結び付いている。しかしフロンティアの違いは統計的に現れる違いに留まらない。それは定質的にも判然たる社会タイプだった。このことは例えば、低い人口密度において観察される男女比率と珍しい名前に関しての構造変化に見て取れる。
図2 フロンティアにおいて歪みが見られる男女比率と個人主義
出典: Bazzi et al. (2017).
フロンティアがもたらしたもの、それは機会と危難の類稀なる組み合わせだった。土地その他の自然資源の潤沢さは、適切に利用すれば、多くの利潤機会を生み出した。他方、フロンティア定住者の恃むところは、己をおいて他になかった。彼らは幾多の危難に直面した。旱魃・吹雪・疫病・収穫不振・野生動物襲来・ネイティブアメリカンとの紛争、などである。
こうした条件は次の3つの作用をとおしてフロンティアの特異な文化的性質を育んだ:
- 選択的移住: フロンティア地域に惹き寄せられたのは、過酷な条件のもとで伸し上がってゆくだけの意思と能力をもった人達だった。我々は、アメリカ人ネイティブのなかでも、個人主義タイプの人間 – 子供に付けられた珍しい名前で代理 – はフロンティアに移住する傾向が相対的に高かったことを明らかにすることができた。
- 個人主義の適応アドバンテージ: 独立自尊は防衛のためにも生活条件の改善のためにも重要だった。個人主義と結び付いた革新性は新奇で不確かな条件に対処するうえで有用だった。個人主義タイプの人間は、フロンティアにおいて相対的に高い社会経済的地位と残留傾向をもっていた。
- 再分配反対の選好: 土地の潤沢性と遠隔性は、努力による社会的上昇の期待をうみだした。これは再分配にたいする敵意を醸成するものだろう。フロンティアでは、土地格差が相対的に小さく、高い財産蓄積率があり、また社会移動も盛んだった。
フロンティア地域が個人主義的タイプの人間を惹き寄せる一方、フロンティア特有の自然・社会条件も個人主義を涵養した。こうした作用力は相補的かつ相互強化的なものだった。例えば、フロンティアで個人主義が持っていた相対的に大きい適応アドバンテージは、個人主義者の選択的移住の増加を誘発しただろう。他方、個人主義者によるフロンティアへの選択的移住は、この特質のアドバンテージを強めたはずだ。個人主義者からなる社会では、集産主義的規範の価値は限られているのである。
フロンティアが文化と政治に及ぼした長期的影響
フロンティアにおける高度の個人主義は消え去っていてもおかしくはないのだが、実際はそうならなかった。というより、フロンティアの経験こそが文化の長期的展開を形成してきた。フロンティア地域における初期定住者が文化的展開の条件を確立してしまったのである。数多くの均衡点そして経路依存性が存在するなか、この形成期が1つの決定的な分岐点となり、フロンティアの経験は末永く保たれる遺産をあとに残すこととなった。
フロンティア経験の長期的影響を検討するにあたり、我々は合衆国の各地域について1790年から1890年にかけてフロンティアにあった年数を測定した。フロンティア条件への露出の長さは、フロンティアにおいて武骨な個人主義が大いに栄えるに至った3つのメカニズムの射程を決定付けた。別の言い方をすれば、総フロンティア経験 こそが各地域におけるフロンティア文化の刷り込み強度を決定付けたのである。
出典: Bazzi et al. (2017).
そして我々は、総フロンティア経験が相対的に強い水準における武骨な個人主義の持続につながったことを明らかにした。フロンティアにあった時間が相対的に長い郡では、次のような状況が依然として観察される:
- フロンティア消滅以降も数世代にわたって個人主義が相対的に強い。これは20世紀中葉に見られた珍しい名前と、1990年代初頭におけるサーベイ調査にたいする回答に反映されている。
- 再分配と公的支出にたいする反対が相対的に強い。これは政府の介入に関する異なる考え方を把捉した直近20年の様々なサーベイ調査をとおして測定されている。
- 2010年における財産税が相対的に低い。これは地域公共財への資金供給にとって重要な政策アウトカムである。
- 2000年以降の大統領選挙において共和党支持が相対的に強い。
- 政府による継続的な規制にたいする反対が相対的に強い; これについては、アフォーダブル・ケア・アクト (ACA)、最低賃金の上昇、アサルトライフルの禁止、二酸化炭素排出規制の4つを取り上げた。
共和党への支持は、再分配と大きな政府にたいする反対の、大よその代理物として使用できる。こうしたテーマは同党の政策綱領群に顕著であり、政治的二極化の激化のためにいよいよ顕出的になってきた。これは、歴史的なフロンティア経験と現代における共和党支持との結び付きが、2000年代に強まった理由を説明するものなのかもしれない。とくに2016年の選挙ではフロンティアの遺産がとりわけ色濃く見られた。
我々が考察の対象とした政府による4つの継続的規制は、フロンティアの文化的遺産についてさらなる洞察を与えてくれる。これら4つの政策は今日の党派的議論を生み出しているものだが、これはフロンティアにおける生活の歴史的性質に関連付けることができる。例えば、運不運ではなく努力をとおした社会的上昇への堅い信仰は、最低賃金の上昇やACAにたいする反対を生み出しているかもしれない。同様に、自己防衛の必要性は銃規制への反対に勢いを与えているかもしれず、「明白な天命」 なる概念が汚染規制への反対につながっている可能性もある。興味深いことに、共和党支持に関する個人レベルデータを考慮してなお、歴史的なフロンティア経験が相対的に強かった地区に住む人のあいだでは、こうした規制にたいする反対が今日においても相対的に強いのである。
「一歩、また一歩と、アメリカ的に」
合衆国とヨーロッパのあいだで、個人主義と租税再分配にたいする反対について態度を比較する試みは、多くの関心を集めてきた。我々の研究はアメリカ史におけるフロンティアの重要性を確証するものとなった。1893年、F J ターナーはこう述べている。最初期において 「大西洋沿岸…はヨーロッパのフロンティアであった」 が、「フロンティアの漸進はヨーロッパの影響から着実に遠ざかってゆく運動を意味した」 のであって、結局のところ 「西へと進むなかで、フロンティアは、一歩、また一歩と、アメリカ的になっていった」 のである。
合衆国における再分配への反対は、拡大する格差を目の当たりにしてなお脈絡を保っているが、本稿で述べた幾つのかの根因は、この反対を説明しうるものかもしれない。政府の介入にたいする反対と激化を続ける政治的二極化は、現在の出来事にたいする反応のみならず、古くからアメリカ文化の一部をなしてきたある種の態度をも映し出している可能性がある。
参考文献
Alesina, A, E Glaeser (2004), Fighting Poverty in the US and Europe: A World of Difference, Oxford University Press.
Alesina, A, S Stantcheva, S, E Teso (2017), “Intergenerational Mobility and Preferences for Redistribution”, NBER working paper 21529.
Ashok, V, I Kuziemko, E Washington (2015), “Support for Redistribution in an Age of Rising Inequality: New Stylized Facts and Some Tentative Explanations”, NBER working paper 21529.
Bazzi, S, M Fiszbein, M Gebresilasse (2017), “Frontier Culture: The Roots and Persistence of ‘Rugged Individualism’ in the United States,” NBER working paper 21997.
Benabou, R and E A Ok (2001), “Social Mobility and the Demand for Redistribution: The Poum Hypothesis”, Quarterly Journal of Economics 116(2): 447–487.
Brooks, D (2017), “What’s the Matter with Republicans?” New York Times, 4 July.
Piketty, T (1995), “Social Mobility and Redistributive Politics”, Quarterly Journal of Economics 110(3): 551–584.
Twenge, J M. E M Abebe, W K Campbell (2010), “Fitting In or Standing Out: Trends in American Parents’ Choices for Children’s Names, 1880–2007”, Social Psychological and Personality Science 1: 19–25.
Turner, F J (1921), The Frontier in American History, Henry Holt and Co.