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ジョセフ・ヒース『パンクは死んでいない』(2016年3月21日)

Punk’s not dead…
Posted by Joseph Heath on March 21, 2016 | culture

反逆の神話」を書いたおかげで、音楽や文化についての意見を今でも求められることがあります。いつもは断りますが、イギリスの音楽ライターであるジェミリー・アレンが持ってきたアイデアに興味を引かれたので、この記事1 に対するインタビューを受けることにしました。

しかし、メールによるインタビューだったので、返事に大変な時間が掛かったうえに、恥ずかしながら大部分が没になりました。そこで、興味のある人向けにブログで全インタビューを掲載します。

問:『反逆の神話』の中で、カウンターカルチャーはシステムに対して脅威ではないと、あなたは主張しました。芸術は何も変えないのでしょうか?

共著者のアンドリュー・ポターと私がその本で議論したのは、60年代に発生しパンクの時代にも強烈な影響を持っていた政治的思想についてです。しかし、それは前世代の共産主義者が資本主義に反対したような革命的な力を持つには至りませんでした。資本主義は、教育システムや軍産複合体、教会、家族など、社会の全様相に影響を与えている、巨大な問題の顕著な特徴の1つと考えられています。

本当に革命的であるには、もっと社会の全体に対して反抗を行う必要がありました。さらに[カウンターカルチャーによって想定された既存の社会システムの]中心的な特徴は、秩序と規律の固定化にあると考えられていました。もし[既存の社会システムにおける]全体的な文化が、[社会の構成員に対して]抑圧的であるならば、無秩序かつアナーキーを称揚するカウンターカルチャーを形成することによってのみ『解放』が可能になると、当時は考えられていました。

この考えは左派にかなり大きな影響を与えました。その現象を私たちは本のなかで以下の様に書きました。「ジャズクラブで待ちぼうけをくらっているヒッピーが、投票者を得るように努めている公民権活動家や、憲法改正を訴えるフェミニストの政治家よりも、深遠な現代社会の批評家に見えるようになるのだ」と。

カウンターカルチャーによる社会分析は、残念ながら間違っていたことが分かりました。他に言いようがありません。カウンターカルチャーによる社会分析に従った考え方とは、ある種の規律を破壊できたなら――例えば、もし人々が性的抑圧を克服し自由恋愛を楽しむようになったり、単調で画一化された郊外の生活を拒絶し始めたならば、自由と個性による新時代の幕が開き、ひいては、人々は搾取的な組み立てラインで働いたり、帝国主義と闘うための徴兵を拒否するようになるかもしれない、といったものでした。言い換えれば、カウンターカルチャーは本当に『システム』を撹乱し破壊すると無邪気に信じられていたのです。しかしながら、[社会を構成している]『システム』は実際には順応性や性的抑圧を必要とはしていなかったのです。さらに、そのような思想に基づいた全ての『反逆』は、新しい資本主義の消費対象になりました。例えば、性革命はポルノ産業の黎明を促し、服飾会社はフランネルのスーツと同じように反抗の象徴とされる皮ジャケットを楽しげに売り出しています。カウンターカルチャーによる反逆は、自身が反対すると考えられていたシステムの一部になってしまったのです。

芸術は物事を変えないと言いたいのではありません。しかし、芸術は広告社会の基本的な性質を変えることはできないのです。芸術家はブルジョワ社会とその価値観を100年以上も非難してきました。けれども結果として、反ブルジョワ社会にとっての市場が、どれくらい深くて流動的な力を持っていたかを証明することにしかならなかったのです。

問:パンクは過大評価されていたのでしょうか?

私はパンクの美学について大した見識は持っていません。しかし、パンクムーブメントに巻き込まれた私たちは、自身がしていることの政治的な重要性を大きく見積もりすぎていました。60年代のカウンターカルチャーの失敗から学ばなかったことが問題です。

私たちは皆、ヒッピーを嫌っていました。私たちは基本的に彼らが変革に失敗し、消え去ったと考えていました。ヒッピーの反逆概念は、軟弱で甘ったるいものだった、つまりヒッピーカルチャーには尖った部分は全くないことが原因だと考えました。なので、私たちの解決策は、政治と音楽の両方におけるあらゆる面で、よりハードコアかつ妥協しないようにすることでした。

問題はカウンターカルチャーに対して、私たちが[ヒッピーと]同じアイデアを投入したことです。そのアイデアとはシステムを破壊するために、単に非順応的に振舞えばよいというものです。言い換えれば、パンクはヒッピーと同じ革命理論を持っていたのです。つまり、ヒッピーは上手くやれなかったが、私たちはもっと上手くやれば良いと、考えていたのです。

残念ながら、これはまるっきり見当違いでした。ある意味で、ヒッピーについて、そして60年代についても、十分に批判しきれていなかったのです。ヒッピーの反乱は単に失敗に終わったというだけでなく、ヒッピーの反乱に指針を与えていた思想の分析そのものからして、完全に間違っていたんです。

問:あなたはパンク自体のファンですか? 例えばどのようなバンドを、もしくはどのような音楽を好んでいますか? あなたを熱狂させるのはどんな音楽ですか?

私は若いときにかなりパンクに熱中していました。私は1967年に生まれたので、70年代の音楽に接するには少し若すぎました。しかし、80年代のパンクムーブメントに、どっぷりと熱中しました。カナダの西部で育ちましたが、カリフォルニアのバンドであるDead KennedysやThe Cramps、Circle Jerks、X、The Gun Clubなどに大変に興味を持ちました。1985年にはケベックに引越しましが、そこでは当時、Berurier Noirが巨大な存在感を持っていました。

私の嗜好は進化しましたが、望んだほどではなかったかもしれません。ただ商品を良く評価する方法は確かに学んだと言えます。しかし先日、ホワイト・ゾンビとメタリカ2 を車で流していたところ、娘に「年寄りの音楽」を切ってと頼まれました。私は今、自分が聴いている音楽は「年寄りの音楽」だと悟ったのです。

問:パンクに由来する態度が残っている可能性を認めないのですか? セックス・ピストルズがビル・グランディ事件3 で誓いを立てた場面を見た子供たちがそれ以来、真似をして、さらにその子供たちの子供たちが引き継いできました……。

パンクは『注目を集めるための公式』を完全に確立しました。その公式は今日のアーティストに巧みに引き継がれています。例えば、[メインストリームとされているものに対して]何か下品なことをし、[その下品な行為への]怒りの反応を待ってから、[我々は]保守勢力により迫害される政治的殉教者であると主張したり……と。この公式がいまだに有効であることに少し驚きます。

エミネム4 の曲である“My Dad’s Gone Crazy”と“Sing for the Moment”の歌詞を比べてみましょう。それらの全ての歌詞が本当に『政治的である』ことで論争する価値があるか、自分自身に問うてみましょう? エミネムはアイデンティティ効果を存分に使い、基本的にセックス・ピストルズによる詐欺行為とまったく同じ効果を狙った真似事を行いました。[今においても]彼が正面切ってそのようなことが実行できるという事実に驚かされます。つまり、彼の事例は唯一のものではなく、一種の公式のようなものになったことを示しているのです。ただ公式化したことで、大衆を驚かせることは、ますます難しくなっています。

問:あなたはカナダ出身です。パンクはイギリスのように『発生』しましたか? そしてカナダはアメリカに近く、あなたはアメリカ文化に興味があったそうですが、パンクはいつアメリカに影響を与えましたか? 90年代では大きかったと思いますが、グランジ5 のサブジャンルのようになったように見えましたが……。

確かに、西海岸のDOAやアルバータのSNFUがありました。より大きな計画を持っていたk.d.lang はそのシーンから出てきました。SCUMとAsexualsはモントリオールにおり、Skinny PuppyとVoivodのようなパンクに影響を受けたバンドもありました。バンクーバーのDIYシーン6 出身でNettwerk Recordsから世に出て、最も商業的にインパクトを持ち、世界に進出したのは、サラ・マクラクラン7 です。

問 当時大衆的な音楽だったボニーM8 やデビッド・ソウル9 が世界で聴かれているときに、歴史修正主義者はパンクはイギリスで77年に爆発的に発生したと言います。なぜこのように修正された話を疑問を持つことなしに、私たちは受け入れてしまうのでしょうか?

『オルタナティブ』や『アンダーグランド』と呼ばれる音楽の全体概念は、80年代での実際体験と一致させて理解しなければいけません。過去を振り返って考えると、それらの音楽は、ベビーブーマー世代の後に続いた世代の行動結果と、人口動態に従って音楽産業がどのように働いたのかという現象の相乗効果でした。一般的に人は20代前半で最も音楽を購入します。そして、[視聴年齢と]同年齢前後の人達によってポピュラー音楽は作られ、聞かれるのが通常の状態です。なので、今ならジャスティン・ビーバーやテイラー・スウィフト10 などのような若い世代によって[作られ、同世代に聴かれる事で]ポップの意味合いが定義付けられます。

私たちのようなジェネレーションX11 の場合は不思議な時代でした。私たちが10~20代のころはベビーブーマー世代の人口がとても多かったのです。なので[当時の音楽産業では私たち]若い人々に向けての売上より、ベビーブーマー世代に対する売上のほうが勝っていました。結果として、ラジオやレコードレーベル、レコード店には私達の両親に関わるような音楽、つまり主にスタジアムロックのようなもので占められていました。

[当時の]若者が同世代に向けて音楽を始める時、文字通り自分のレコードレーベルを開設し、独自の流通ネットワークを構築しなければなりませんでした。音楽産業は人口動態に従って、当時の若い世代には完全に興味がなかったからです。当時、アルバムを手に入れることさえも、貴重なツテが必要でした。もし大都市に住んでいなかったら、若者向けの商品は禁制品のように感じたはずです。

記憶の歪みがあります。それを私が初めて感じたのは、ジョン・キューザック12 (彼は私と同い年です)が演じる主人公が高校の同窓会に出席する映画、『ポイント・ブランク(原題は”Grosse Point Blank”)』を観たときです。私が80年代に聴いていたヴァイオレント・ファムズ13 のようなバンドの楽曲が、その映画では主要なサウンドトラックとして使用されていました。私は感銘を受けましたが、その映画は全体的に修正されていたのです。

80年代に実際にさかのぼると、学校のダンス現場は、レッド・ツェッペリンやイーグルス14 などで占有されていました。つまり、ヴァイオレント・ファムズは当時の高校では、私を含めて2~3人しか聴いてないような深刻なまでの『アンダーグランド』な音楽だったのです。クラッシュ15 でさえも異端な趣味でした。

しかしながら、ジェネレーションXの当世代よって作られた音楽だったので、ヴァイオレント・ファムズやクラッシュは時代を定義するような音楽になりました。ほとんどの人々が実際に若いときに聴いていなかったような音楽が、私たち世代を代表する音楽になるという奇妙な状況に至っています。

あなたの質問に答えると、[当時の私たち世代の]人々はボニーMをやはり聴いていたのでしょう、あなたの界隈ではブラック・サバス16 かもしれませんが。しかしながら当時を振り返ると、アンダーグランドなミュージック・シーンはやはりアンダーグランドでしかありませんでした。ラジオやレコード店では全く存在感がなかったのです。

このことはもちろん、本当に破壊的で革命的なものに関与しているという感情を、私たちに引き起こさせました。音楽業界がパンクのレコードを売りたくないという事実と、ラジオ局がパンクを流さないという事実は、私たちが社会システムに対する、なんらかの脅威である違いないと、感じさせたのです。今では、それはただの幻想だったことが分かってます。実際には音楽産業による経済活動の結果に過ぎなかったのです。

ひとたび人口動態が変わったことで、音楽産業は若者に向けて音楽を再び販売し始めるのを、あなたも見ましたよね。それはあなたが『グランジ』と呼ばれる現象に遭遇した時です。その音楽は新しいものではありませんでした。グランジの音自体は、子供たちが10年以上も聴いてきたものでした。ちなみに私たちはそれを『ハードコア』と呼んでいました。突然、その市場が大きくなったので、メジャーレーベルが関心を持ち始めただけですが。

問:ジョニー・ロットン17 のパンク哲学はかなり実存的でした。パンクとは全てに疑問を投げかけるということだ、と彼は言いました。これが、他のどのセックス・ピストルズの模倣よりも、彼にパブリック・イメージ・リミテッドを続けさせている理由ではないでしょうか。ほとんどの人々にとってのパンクとは、同じ服を着て、人々を挑発しつつスリーコードを早く演奏することに順応する事なのでしょうか?

パンクは明確に反乱であり、[当初はなんらかのスタイルへの]順応ではありませんでした。『反逆の神話』で、私たちが示そうとしたことがあります。それは、反乱の発生が競争・示威状態を生み出し、その競争・示威状態の間接的な結果が、どのような順応性に至ったのか、ということです。反乱に関わることはとても格好良く、反乱者に社会的な地位を与えます。結果として、反乱はたくさんの模倣者を惹きつける事になりました。

インストリームの社会に対して、カウンターカルチャーによる分析を行えば、基本的に大衆は洗脳された羊の群れということになります。誰もがそんな群れのなかに留まりたいとは思わないでしょう? あなたは、洗脳された群れの一頭ではないことを、どうやって自己表現しますかね? あなたは自分が他者と違うことを顕示するために、反乱を起こさねばならないでしょう。不幸なことに、皆が反乱に走ると、揃っての自滅に至ります。

つまり、本当の反乱を実践するには、常に変わり続け、常に他人からは安易に定義されない新しい道を探さなければなりません。なぜなら『エッジ』と呼ばれているものは、すぐ『見慣れた』とか『主流な』とか言われるようになるからです。これこそ、反抗的なサブカルチャーが常に創造性を持ち、たくさんの洗練された発見を産み出してきた理由の一つでもあります。クールであり続けたい、皆より抜きん出ていたいという、競争・示威状態に駆り立てる姿勢への熱情を、人は持っているからなのです。

話を戻すと、私たちは、この競争・示威状態を求める姿勢を、調和・包括的な意思を拒絶する悪意のある『考え方・姿勢』の源泉だと考えてしまっています。私たちはこういった『考え方・姿勢』に全く関係していないと思っていますが、私たち自身は皆、これを行っているのです。

問:DIY音楽18 の平等性の原則は大変に素晴らしいものです。[DIY音楽による]ちょっとした工夫や改良の積み重ねが、平凡なものを上回る素晴らしい芸術に昇華すると思いませんか?

DIYとは『自営業』の単なる言い換えに過ぎませんよ。楽器の演奏方法を学ぶためのDIYは良い方法ではないでしょう。しかし、作曲し配信する方法については非常に良い方法なのかもしれません。

問:私の意見では、今やDIY音楽はインターネット上で光よりも速く生み出されています。インターネットは恒常的に社会制度や人的資本を変えるのでしょうか?

いいえ、ネットは[社会への]不順応性や文化的反乱を起こすことによって、人的資本を変える力を持っていないのは明白です。ネットにおいて、本物の『オルタナティブ』や『アンダーグランド』なミュージックシーンを維持することは、基本的に難しいのです。なぜなら、誰かがビデオをYoutubeに投稿したり、音楽をSoundcloudに投稿したりすることは、全世界に受容される事を可能にしています。それは結果として、『オルタナティブ』と『メインストリーム』との間にリアルな緊張感作り出し、それを幻想として保つことを不可能にしてしまっているのです。言い換えるなら、『オルタナティブ』が『メインストリーム』に取って代わるかもしれない、というような種類の脅威の醸成ができなくなっていることになります。

私が若いときには、本当に覇権的な大衆文化を担っていたテレビはたった3つの局しかなく、ラジオは5つくらいの局しかなかったのです。これらの事実から、『システム』がなんらかの社会秩序の命令によって動いている、と思い込むのはクレイジーではありませんでした。なのでテレビやラジオを断つことによって、何か破壊的なことをしているようにも感じたでしょう。

今日の若者にとって、『システム』が、覇権的な大衆文化や順応性を要求していないことは明らかです。今日の市場を経験している人々は、何一つとして順応性を強要されていません。ヘンリー・フォード19 の時代、彼は「どんな色の車でさえも手に入る、黒色でさえ」という言葉を残しましたが、技術の発展によってその言葉すら時代遅れになっているのです。若者は、個人に向けて特化し希少化されたものとして市場を扱うことに慣れきっています。[システムへの]不順応性によって資本主義を破壊できるかもしれない、という考え方は、無意味なものとして棄却されているでしょう。30年前にはそう見えたかも知れませんが……

問:パンクは今や、単なる遺物産業、つまり過去の栄光の卑屈なシュミラークル20 のリサイクルになっているのでしょうか?

もし、Sum 41やグリーン・デイ21 を指しているのならば、その種のパンクはジャンル音楽です。しかし、彼らは特に貶めるべき存在であるようには見えませんね。

問:ヒップホップは新しいパンクだと言えますか?

いくつかの点ではそうです。ヒップホップの『リアルであり続ける(”keepin’ in real”)』という概念や『ギャングスタ』は、パンクに見られるような反乱を連想させます。一方で、ヒップホップは熱狂的に資本主義や消費主義を、常に受け入れてきました。政治的文脈では、アフリカ系アメリカ人(彼らを同一視している国際的な層も含めて)の不満に極端に焦点をあてています。なので単なるパンクの繰り返しではありません。ひるがって、パンクの実態は、私たちが60年代に見たもの[ヒッピーカルチャーの事]と同じものの、別バージョンでしかありませんでした…。

問:パンクはジェネレーションXの遺産ですか? あくまで世代の事であり、バンドの事ではないですが…。

『オルタナティブ』音楽の全体的な概念はジェネレーションXの遺産です。私が90年代にトロントに引っ越したとき、『オルタナティブ』音楽のラジオ局がありました。もちろん、それは語義矛盾です。なぜなら、『オルタナティブ』の包括的な概念とは、ラジオでは流されない音楽というものでしたから。もっとも、そんな概念は、80年代以降に生まれ、自身の世代によって作られた音楽に常に接する世代にとっては無意味な概念でしょう。

私の世代は本当に奇妙な時期に育ったことを理解することが重要なのです。ベビーブーマー世代の人口動態はかなり極端でした。そうたしかに、パンクは明らかにジェネレーションXの遺産です。しかし、こうとも言えます。その世代による経験から引き出される独特な特徴を表現する音楽でもある……と。

※訳注:訳者による補足、註釈の文面は基本的に[]で囲っている。
※訳注:本エントリは、氏が全訳し、WARE_bluefieldが代理で投稿している。なお、☆氏の許可の元、書体等の一部文章を訂正している。バンド名等、ポップカルチャーの訳注もほぼ全面的に☆氏によるものである。☆氏によると「本文中において重要性の低いバンドの注は省略している」とのことである。
※訳注:「問:」に続く斜めフォントの文章は、ヒースにインタビューしたジェミリー・アレンの問いである。
※訳注:”nonconformity”には『不順応』『不順応性』と訳語を当てている。体制等に対する、『不適合』や『不服従』を意味するカウンターカルチャーで一般的に使われる単語である。対義語の”conformity”は『順応』と訳している。
※訳注:”Rebel”、”Rebellion”には、文脈に応じて『反逆』『反抗』『反乱』を使い分けている。

  1. 訳注:音楽ライターのジェミリー・アレンによる「パンクはゴミだ。パンクは何も変えなかった」という記事を指す。 []
  2. 訳注:共にアメリカの有名なヘヴィメタルバンドで、80~90年代に活躍。 []
  3. 訳注:1976年にイギリスの家庭向けテレビ番組に、クイーンの代役として出演したセックス・ピストルズが、司会者に向かって暴言を吐いた事件。Youtubeで当時の動画を見ることが可能。 []
  4. 訳注:アメリカの有名な白人ラッパーで、主に2000年代に活躍。 []
  5. 訳注:アメリカで90年代に発生した音楽、代表的なバンドにニルヴァーナなど。 []
  6. 訳注:DIYは、”Do It Yourself”「自分でやる」の略で、一般的に日曜大工のような専門業者に頼らないで個人で行うモノ作りを意味する。この意味から転じて、インディーズ等の自主制作音楽全般を『DIY音楽』と呼ぶ事がある []
  7. 訳注:カナダのシンガーソングライターで、4000万枚アルバムセールスを誇る。 []
  8. 訳注:70~80年代に活躍したドイツのディスコバンド。 []
  9. 訳注:1943年アメリカ生まれの俳優兼ポップソングの歌手。 []
  10. 訳注:カナダやアメリカのポピュラー音楽の歌手で、2010年代に活躍している。 []
  11. 訳注:カナダの現代文学作家クープランドによる造語で、60~70年代に生まれた世代を指す。日本で言うところの新人類。 []
  12. 訳注:1966年生まれのアメリカの俳優。『セイ・エニシング』『ハイ・フィデリティ』のような音楽を題材にした青春映画への出演が多い。 []
  13. 訳注:主に80年代に活動したアメリカのフォークパンク・バンド。 []
  14. 訳注:共に有名な欧米のロックバンドで、主に60~70年代に活躍。 []
  15. 訳注:76-86年に活動したイギリスのパンクロック・バンド。80年代には北米でも大規模に受容されている。 []
  16. 訳注:68年から活動するイギリスのハードロック・バンド。 []
  17. 訳注:セックス・ピストルズのボーカルで、後にパブリック・イメージ・リミテッドを結成した。 []
  18. 訳注:上でも説明したが、宅録や自主制作等の音楽活動の事 []
  19. 訳注:自動車会社であるフォード・モーターの創業者。車のベルトコンベア式の大量生産技術を確立したことで有名。 []
  20. 訳注:フランス語で『模造品』のこと []
  21. 訳注:共に欧米で90年代から活躍しているハードロック・バンド。 []

Comments

  1. optical_frog says:

    「不運なことに」ではじまるパラグラフに訳の抜けと誤訳と思われる箇所があります.

    (1) we were insufficiently critical of the hippies : 「私たちは60年代のヒッピーにも足りませんでした」→「60年代のヒッピーへの批判が不十分でした」
    (2) the whole analysis that informed their approach to rebellion was totally wrong : 「彼らの反乱への私たちの分析も、完全に間違っていました」→ヒッピーたちが反乱にあたってとったアプローチの指針となった [informed] 分析が間違っていた,と言っています.ヒースたちの分析ではないです.

    ▼対応する原文: Unfortunately, the whole thing was misguided. In a sense, we were insufficiently critical of the hippies, and of the ’60s. Not only did their rebellion fail, but the whole analysis that informed their approach to rebellion was totally wrong.
    ▼訳のサンプル:残念ながら,これはまるっきり見当違いでした.ある意味で,ヒッピーについて,そして60年代についても,十分に批判しきれていなかったんです.ヒッピーの反乱が失敗に終わったというだけでなく,この反乱の指針を与えていた分析そのものからして,完全に間違っていたんです〔→だからその分析まで批判しなくちゃいけなかったのに,当時はできてなかったってことですね〕.

  2. WARE_bluefield says:

    optical_frogさん(ここだと蛙先生じゃないほうが良いのかな)
    ご指摘わざわざありがとうございます。他にも気づいことがあれば、遠慮なくご指摘いただけると幸いです。

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