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ジョセフ・ヒース プライバシーの終焉, パート1: 読心術 (2017年1月4日)

The End of Privacy, Part 1: Mind Reading (In Due Course, January 4, 2017)
Posted by Joseph Heath

2017年へようこそ.最近は,つくづく歳をとったものだと感じている.そう感じるようになった原因の一部は,私が現在居住しているこの世界,私の前に姿を現しつつあるこの世界というものが,私が生まれた世界,私が社会に対する感じ方を育んだ世界とは根本的に異なっているという事実である.もっとも違いが明らかなのはプライバシーの領域だ.私は確信している.私の子供時代の1970年代こそが匿名性の黄金時代,すなわちある意味での個人の自由の黄金時代として歴史に残るだろう.先日,70年代の映画を見ていると,2人の刑事が犯罪者を車で追いかけて州境に向かっていた.犯罪者は刑事の追跡から逃れてしまい,刑事らは町へと引き返した.戻る途中,公衆電話で停車して刑事らは本部に状況を伝えた.子供らには説明してやらないといけなかった.昔は,無線の届く範囲から出てしまうと,警察官が署と連絡を取るには電話を探さないといけなかったのだよ,と.

未だにあの感覚を覚えている…都市にいるのに,完全に音信不通になる感覚 — 誰もあなたがどこにいるか知らない,誰もあなたと連絡を取れない — そして,それが当たり前であるという感覚を.もちろん,音信不通の状態を再現することは今も可能だ.しかし,今それをやると,それだけで疑念を呼び起こしてしまう.連絡を取れる状態に戻ったとたん,みんなからの「どこにいたの?」というメッセージを10かそこらは目にすることになるだろう.

よく知られている通り,この状況をもたらしたのは携帯電話である.ところが,はるかにプライバシーを脅かすテクノロジーが迫りつつある.これまで懸念してきたすべてが霞んでしまうほどだ.なかでも飛び抜けているのが,Foveが開発した視線追跡型VRヘッドセットである.はじめは興味がなかったが,友人がFoveで働き始め,このテクノロジーの重要性を説明してくれたので本気で関心をもつようになった.

まず,こういうことをやるヘッドセットをFoveが開発する動機は,技術的には完全に理にかなっていると言っておこう.人間の視覚について少しでも知っている人にきいてみるとよい.我々が世界を画像として — 映画やTVスクリーンのように — 知覚しているかのような印象はほとんどのところ幻想である.実のところ我々が見ている(あるいは,はっきりと見ている)のは,視野のうちのごく狭い注目部分にすぎない.残りの部分は脳が大まかに省略してしまっているのだ.眼球が非常に高速に運動して視野の中のどこにでも向くことができて,実際にそうした(サッケード1 とよばれる,1秒に3回程度の)素早い動きをしているため,あたかも全体が明瞭な単一の画像を見つめているような気がしているだけなのだ.

さて,ここでVRテクノロジーを考えよう.(ところで,高精細なVRをまだ体験したことがないなら,ぜひ体験してみるようすすめる.ほんの数分で,このテクノロジーがすごく,すごく重要なわけがわかるだろう.) VRには,非常に大きな計算能力が必要となる.とても大きな画像を生成し,高速に書き換えなくてはならないからだ.さもないと,ユーザは頭の動きと画像の変化の間にタイムラグを感じてしまう.(ユーザが自分の頭を急に左に90度回転させたとする.大量の画像更新を非常に高速に行わなくてはならない.また,動きを引き起こしているのが頭であり,視覚野は頭の内部にあるため,画像の更新は手でコントローラを動かした場合よりもずっと速く行う必要がある.)

だから,VRに伴う画像処理の量は膨大なものになる.同時に,この処理のほとんどは無駄になる.なぜって? 標準的なVRが生成するのは,われわれが見るための仮想世界だ.つまり,VRが生成する完全な高解像度の画像には,ちゃんとテクスチャを貼付けてレンダリングしてあり,どこもかしこもきちんと焦点があっている.しかし,ユーザがしっかり見るのはその画像のほんのちっぽけな部分にすぎないのだ! 原理的には,画像全体に焦点があっている必要もなければ,全体にテクスチャが貼られている必要も,全体がきちんとシェーディングをされている必要も,その他のいろんな処理をしっかりやる必要もない.人が見つめている部分さえちゃんと高解像度で処理すれば,残りは大まかでかまわないのだ.

これこそが基本的にFoveのシステムがやっていることである.Foveのゴーグルは視線を追跡し,見つめている箇所だけを高解像度でレンダリングする.下のビデオがこの処理方法の効果をよく示している:

 

まだFoveのゴーグルを着けてみたことはないが,HTC Viveを試したことはある.Viveの優れた動作を見れば,VRゴーグルが現実と事実上 区別不可能な仮想環境を作り出せることは疑いない.今は無理だとしても,すぐにできるようになるだろう.

テクノロジー的には,これはまったく結構なことだしビジネス的にも(エトセトラエトセトラ…)しかし,哲学的な側面から見ると,Foveゴーグルが実際にやっているのはある種の読心術だ.我々の眼前の「画像」がおおよそ幻想であるというのと全く同様に,我々が自分の周りの世界の細部の表現を脳内に作り出しているというのもまた幻想だ.眼は,ある意味で脳の一部であると言われるが,眼だけではなく,眼球の運動も実は,ある重要な役割をさまざまな思考プロセスの中で担っているのである.アンディ・クラークいわく:

この視覚的脳というやつはご都合主義的で,すきあらば常に古着をリメークするように,世界が既に提示しているものを最大限に利用しようとし,自分の内部で認知ルーチンを神経線維網から構築するのをなるべく避けようとする.内部の表現(内的画像すなわちモデル)をぜいたくに作ったり維持したり更新したりしようとはせず,ロボット工学者ロドニー・ブルックスが述べたところの「世界自身を世界の最良のモデルとして利用する」という戦略を活用する.ブルックスのアイデアはどういうことかというと,ロボットのセンサーから得られる情報を使ってロボットのまわりの環境を詳細かつ複雑に記述するモデルをロボット内部に作り上げるという,実現できるかどうかわからない困難な問題にチャレンジするよりも,ロボットがうまく振る舞うには,もっと倹約したセンシングを行って,状況の中のほんの一握りの重大な側面だけを選び抜いて監視し,外に存在し続ける周囲の物理的環境それ自身を一種の永続的外部記憶 — 必要に応じていつでもサンプリングし直せる外部の「メモリ」– として利用するのが良いというものである.我々の脳も,こういったモバイルロボットと同様に,可能な限り外部の世界それ自身を世界の最良のモデルとして利用しようと努めている.

(この引用は,もっと長い「神経的ご都合主義」という論考の一部で,クラークの本『Natural Born Cyborgs』2 に収録されている.一読することを強く薦める.)

世界の「コピー」をメモリ内に作ってから,そのコピーをもとに思考するのではなく,我々がやっているのは世界自身を参照点として用いる方法で,メモリにコピーするのは世界の中で何が必要かを探すのに必要な情報だけなのである.これが明らかになるのは,サッケードが視界の中を動き回るパターンがどう変わるか,何か情報を探すように指示したり,何か問題を解くように指示した際に観察したときである.情報を世界から引き出すのは,その情報が何らかの認知処理に必要になった時にはじめて行われる.従って,多くの状況で,文字通りの意味で人が何を考えているか視線追跡によって知ることができるのだ.(私はクラークら「拡張した心」論者に賛成の立場に傾きつつある.「拡張した心」論者は,眼球運動は思考プロセスの一部だと主張している.)

このテクノロジーがプライバシーという伝統的概念に対して提示する課題がいかに重大かは,十分に明らかだと信じる.このテクノロジーはとんでもないほどの侵略だ.テクノロジー企業は,あなたの思考に対して,あなた自身(すなわち,あなたの意識的な心)より優れたアクセス手段を得る.この感じをつかむために,次のものをよく見てほしい.1枚の画像と,その右側には同じ画像に,人がこの画像を見る際の典型的なサッケードのパターンを重ね合わせたものを示してある.

サッケード

さて,この画像が広告だとしよう.あるいは,複数の広告があるウェブページだとしよう.右に示してあるような,画像に対するあなたの眼球運動パターンの情報をFacebookに渡したいと思うだろうか?

わかりやすい例をひとつ挙げると,それほどたいした創意工夫をせずとも,ある人の性的嗜好に関して眼球運動の調査から多大な情報を得ることができるだろう.最近の研究によれば,瞳孔の反応の測定結果を用いてヘテロセクシュアルな男とホモセクシュアルな男を区別できるという.また,小児性愛的な反応も検知できるという(Janice Attard-Johnson, Markus Bindemann and Caolite O Ciardha, “Heterosexual, Homosexual, and Bisexual Men’s Pupillary Responses to Persons at Different Stages of Sexual Development”を参照のこと).これは眼球運動の追跡とは少し異なるが,技術的な困難さは同程度である.

「うちのTiVoは私をゲイだと思ってる」という昔ながらの逸話を思い出そう.今回の場合,あなたのエンターテイメントシステムは実際あなたがゲイであることを知っているのだ.あなた自身が気づくより先に.さて,そうなると,ある人がもっとも性的に興奮するものが何かを探り出し,広告の内容をその嗜好に適応させるのはどれくらい難しいだろうか?もっと気がかりなのは,小児性愛嗜好を検知する能力である.検知するのが単に嗜好であって行動ではないとはいえ,これは我々を『マイノリティ・リポート3 』の領分へと追いやる第一歩である(小児性愛に対する現在の扱いが変わらないとしての話だが).

おしまいに,もう一つ例を.ここトロント大学のわが同僚Kang Leeは,人々の顔の毛細血管の血流パターンを,普通のビデオカメラを使って検知して解析できる技術を研究している.彼が特に関心を持っているのは嘘の検知だが,この技術は広い範囲の感情を検知するのにも使える:

私は,誰かにXbox KinectをハックさせてXboxで動くシステムを作ったらどうだと彼に提案した(Kinectのカメラに顔の色を検知する機能がすでにあるので,彼のソフトウェアはその機能を利用できるだろう).しかし,このビデオを見ると,この技術をSkypeに組み込むこともできそうだとわかる.誰かと話している時に,コンピュータがリアルタイムで相手の感情,ストレスや不安のレベルを解析し,結果をダッシュボードに表示したりするわけだ.

こうした種々の技術すべてに共通しているのは,これらが難問を投げかける相手が心のプライバシーだという点である.心のプライバシー — 我々のほとんどが育ってきた世界では当然のものとみなされていたが,どうやら今後は存続しそうにない何か.

  1. 訳注: 衝動性眼球運動 []
  2. 訳注: 邦訳『生まれながらのサイボーグ: 心・テクノロジー・知能の未来』,春秋社, 2015 []
  3. 訳注: P・K・ディックの短編SF小説およびそれを原作とするS・スピルバーグの映画.犯罪が予知され事前に防止される監視社会が舞台. []

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