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タイラー・コーエン「社会保険の一形式として再分配を支持するロールズ的な論証はあるか?」

[Tyler Cowen, “Is there a Rawlsian argument for redistribution as a form of social insurance?” Marginal Revolution, September 23, 2017]

そういう論証を提示した一例がこれ (pdf).ただ,次の点に留意しておこう:

1. 再分配を支持する論証がいちばん強力になるのは,再分配によって経済成長が促進され社会の全員もしくは大半の便益になるときだ.もちろんつねにそうなってはいるわけではないけれど,ときには成り立っている.そして,言うまでもなくこれはロールズ的な論証とは別物だ.

2. 再分配支持の論証で2番目に強力なのは,次のようなものだ――「もっと豊かな人にではなく貧しく助けを必要とする人の手に資源がわたるのは,それ自体としてよいことだ.」 実際,提示する論証こそ人それぞれであっても,たいていの人はそう思っている.

3. あとで見るように,ロールズ的な論証は #2 に寄りかかっている.だったら,#2 をそのまま使えばいいんじゃないだろうか? なるほど #2 は科学的な方法では確立させにくい結論ではある.だけど,よくよく検討してみると,ロールズ的な論はこれを強めるどころか弱めている.ただ,ロールズ的な論証を採ると,a) もっと学術っぽく見えるし,b) 一見したところ新古典派経済学の思考法に合致して見える.

4. 大半の政治哲学者や,もっと広げて大半の哲学者も,ロールズ主義者ではない.ロールズに影響は受けているとしても――実際そういう場合は多いけど――ロールズ主義者ではない.だったら,かりにキミが経済学者だったとして,ロールズ主義者になるべき理由はあるだろうか? ロールズとその批判者たちをいろいろ読んでみて,ロールズが正しいと考えてから,さていったいここからどんな含意が出てくるかと考えてみた〔という流れでロールズ主義者になった〕んだろうか? それとも,前から信じていたことや信じたがっていたことを合理化するのにそれが手っ取り早かったってこと?

4b. ロールズの論は,ほぼいつでも〔都合のいいときだけ〕選択的に持ち出される.国境や世代をまたいで当てはめられることはめったにない.だが,そうした場合には一筋縄でいかない結果がもたらされるのだ.ロールズ当人は経済成長をよいことだと認めるのに躊躇していた.なぜなら,経済成長は最初の「最悪な」世代の厚生を最大化しないからだ.この世代はもちろん救済を必要とする.ロールズはミルの定常状態の考えに共感していた.こういう結論を却下してもそれはそれでいいし,却下してしかるべきではある.ただ,その場合,キミは本当のところロールズ主義者ではないのかもしれない.〔都合のいいときだけの〕選択的なロールズ主義者なんだ.

4c. 大半の人たちは――「正当にも」と付け加えるべきか――あらかじめ自分が確実に不運な立場になるとわかっているときには再分配はかなり正しいと信じる.むしろ,そういうときこそ再分配が正しいと信じているかもしれない.これまでに,「社会的な流動性の欠如は解決策の必要な問題だ」という話をどれくらい耳にしたことがあるだろうか? この論は,それじたいとしてはけっこうだけど,ここでふたたび #2 に舞い戻ることになる.経済系ロールズ主義者のなにが可笑しいといって,富の分配が不確実なのを挙げて再分配を支持しておきながら,そのあとで逆に富の分配の確実性を引き合いに出して再分配を支持するさらなる理由にするところだ.

なるほど,確実な配分がなされている状況にロールズ的な転換を当てはめて,「…だけど *もしも* こうした人たちが無知のベールに覆われていたなら」と言い出すことはできるかもしれない.だけど,いいかな,ロールズ的な転換が適切なのは,〔絶対確実でない〕いくらかの確率があるときにかぎられる.だから,ロールズの説を「もっとも正しそうな道徳理論」として支持し続けるなら,こうした確実な分配の状況では再分配を減らすことが正しいと信じなくてはいけない.だけど,人々の意見はそういう風な構造になっていないし,そういう構造になってしかるべきでもない.つまり,ここでも実のところみんなはロールズ主義者ではなく,#2 によって動機付けられているわけだ.

5. 社会保険としての再分配に関して,ロールズ的な方法にとって最大の問題となるのはこれだ――所得分配に関して人々の選好はありとあらゆる種類にわかれる.実力に関連した分配がいいという人もいるし,自由に関連した分配がいいという人も居るし,ロールズとはちがう公正に関連した分配がいいとか,なんらかの保険に関連した分配がいいという人もいる.さらには,偏見に根ざした分配をよしとする人だっているかもしれない.こんな具合にいろんな動機や理由を列挙していけば長くなる.無知のベールは典型的に経済学者によって使われるので,こうしたありとあらゆる種類の選好ははぎとられてしまう――ただひとつ,保険への選好をのぞいて.だから,これによる最終的な産物が保険支持の論証になるのも当たり前だ.インプットが保険ならアウトプットも保険になるわけだよ.

6. すでに #2 を信じているなら,#5 はたいして問題にならない.ただ,ここで本当に効いてるのは #2 だ.

7. ほぼ誰もが,そこかの時点または限界で #2 を当てはめるのをやめる.たとえば,オバマケアの及ぶ範囲をいつでもどこでも広げるのが好ましいとキミは思うだろうか? 範囲を広げればそれだけ人命が救われるだろう.範囲拡大を好ましいと考えないとしたら,そいつは卑しむべき人殺しなんだろうか? 実際,ぼくの観察では,人々は現状と現在の政治論争をあれこれのベンチマークとして受け取ってあれこれの立場を選ぶけれど,じぶんがよしとする提言の「停止原理」のあらましははっきりさせない.これは,当人がいろんな問題を明瞭に考えていないのを示すかなりたしかなしるしだ.

8. 一種の「本能的な平等主義」とぼくが考えている #2 ですら,みんなが思うほど単純明快ではない.他国の人たちや,お金持ちではあってもまもなく死にそうだという点を加味すると貧しい人,ブサイクでセックスできない男性,さまざまな障害者たちなどなど,こういう人たちにもつねにこれを当てはめるとはかぎらない.ほぼ誰もが,当人が自認しているよりもずっと,排外的で状況依存的な平等主義者だ.

まとめると,(なんらかの限定がついた)再分配を支持する論証は,ロールズを支持する論証よりも強固なんだ.


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