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タイラー・コーエン 「マクロ経済学に革命をもたらした経済学者たち」

●Tyler Cowen, “Economists who revolutionized macroeconomics”(Marginal Revolution, August 31, 2005)


以下のリストは先日の大学の講義で使用したものである。

デイヴィッド・ヒューム(David Hume): 彼が1752年頃に著した貨幣に関するエッセイは今でもこの話題を巡る最高の作品の一つである。選外佳作として、1734年に正貨流出入メカニズム1 のあらましを述べたアイザック・ジェルヴァイズ(Isaac Gervaise)の名前にも言及しておこう。

アダム・スミス(Adam Smith): 経済成長こそがすべてだ。・・・何か異論でも?

トマス・マルサス(Thomas Malthus): 彼はあまりにも過小評価され過ぎのマクロ経済学者だ。人口動態の重要性を指摘したことは言うまでもないが、彼は総需要や価格-費用マージン2 といった問題についてもしっかりと把握していた。

デヴィッド・リカード(David Ricardo): 独創的なマクロ経済学者であったとは言えないが3 、彼は当時の政策問題4 を論じるにあたって貨幣数量説を応用することは可能だということを示してみせたのであった。

ヘンリー・ソーントン(Henry Thornton): 彼はかなりの切れ者5 だ。(現在で言うところの)マクロ経済学の分野でそれまでになされたあらゆる業績の中から最善のものを選びとり、それらを一切のミスもなしに見事に統合してみせたのだ。しかしながら、彼の影響力はヴィクセルやオーストリア学派が表れるまではそれほど大きなものではなかった。

クヌート・ヴィクセル(Knut Wicksell): 彼は経済の実物部門と貨幣部門とを統一して分析することは可能だということを示してみせた。加えて、彼は現代の実物的景気循環(リアルビジネスサイクル)理論のおよそ90%にあたる知見を予見していたと言えるだろう。

ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes): 彼の(『一般理論』以外の)別の側面を知りたければ、マネタリスト的な立ち位置の『貨幣改革論』(Tract on Monetary Reform)やあるいは『人物評伝』(Essays in Biography)の一読をお勧めする。どちらもともに傑作である。

ミルトン・フリードマン(Milton Friedman): 彼の最も重要なアイデアの多くは、過去の洞察(知恵)――とりわけ、アーヴィング・フィッシャー(Irving Fisher)による洞察――を復活させたものであった。しかしながら、彼が現実社会に与えた影響は広大なるものであった。

1979年から1990年にかけての「理論のブーム」期: このブーム期においては、経済学の道具箱の中にあるありとあらゆるアイデア――ゲーム理論や逆選択(adverse selection)、不完全競争などなど――がマクロ経済学の分野に応用されたのであった。ところで、このブームを支えた功績を一体誰に帰したらよいだろうか?

この先の未来:?????  純粋理論の発展ということで言うと、現在我々は変化の緩やかな時代に生きていると言えるだろう。

しかし、(今後マクロ経済学に革命をもたらす可能性がある存在の中から)あえてダークホースを選ぶとすると、フリードリヒ・ハイエク(Friedrich Hayek)ということになろうか(それともミーゼス(Ludwig von Mises)?)。あのポール・クルーグマン(Paul Krugman)でさえもハイエクのアイデアを拝借しているのだ。

(追記)ウェズリー・ミッチェル(Wesley Clair Mitchell)の名前も言及に値するだろう。他の候補については、このエントリーのコメント欄における上から2番目のコメント(Kurt Schuler氏によるコメント)を参照してもらいたい(訳注;227thdayさんによる翻訳はこちら)。

  1. 訳注;国際金本位制下における国際収支の自動調整メカニズム []
  2. 訳注;財の販売価格とその財の生産に要する費用との差 []
  3. 訳注;マクロ経済学の理論の発展に貢献したとは言えない、という意味。 []
  4. 訳注;リンクが切れているため、代わりに山形浩生氏が翻訳されているヴァージョンに差し替えた。 []
  5. 訳注;上に同じ。 []

Comments

  1. 翻訳お疲れ様です。おまけとして、本文で触れられているKurt Schulerのコメントの訳を。

    Kurt Schuler August 31, 2005 at 12:52 pm

    ソーントンのアイデアはリカードのそれと比べれば遥かに遅れていたけど、僕だったら彼をリストから外すだろうと思う理由は、彼がマクロ経済学に革命を「もたらしていない」というものだ。そうなるべきだったにも関わらずね。どういうわけか、ソーントンは1800年代中盤以降忘れ去られて、彼の著書「An Enquiry into the Nature and Effects of the Paper Credit of Great Britain」は100年以上も第二刷が出なかった。ヴィクセルもソーントンに気付いていなかったようだ。ヴィクセル以前の世代であるウォルター・バジョットも同様だ。彼はその著書「ロンバード街」によって、現代中央銀行の父としばしばみなされている。両者ともに、ソーントンの業績を知っていればもっと先に進んでいたかもしれないんだ。

    ソーントンと同じ運命を辿ったのは別の人物として、ジョン・ローがいる。今日の経済学者が使っているのと同じ意味で「需要」という用語を使ったのは彼が最初だと思う。彼の優れた理論的なアイデアは、酷い金融危機を招いた彼の「ミシシッピー方式」の失敗によって信用を失ってしまった。

    ジョン・スチュアート・ミルは当時の経済理論、マクロ経済学、ミクロ経済学の偉大な統合者として、ここに名前を連ねるに値する。

    シュンペーターは、現代資本主義の動的で不安定な本質を強調することによる彼の長期にわたる影響力から、明らかにここに名前を連ねるに値する。

    「理論ブーム」は、テクニカルなアイデアの深まりと、シュンペーター、ケインズ、ミーゼス、ハイエク、フリードマンの幅の広い洞察を結びつける経済学者を生み出すことはなかった。そうした洞察的なものの統合を図った人もいくらかいるけれど、先人たちには及んでいない。1970年以降で一番を挙げるならフィッシャー・ブラックか?

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