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タイラー・コーエン 「優れたスポーツライターのおかげで試合の俗悪化が進んでいる?」(2015年2月11日)

●Tyler Cowen, “Do smart sports writers actually dumb down the games they cover?”(Marginal Revolution, February 11, 2015)


つい先日のことだが、ケビンとロビンの二人と一緒に「サンダー対クリッパーズ」の(プロバスケットボールの)試合を観戦してきた。よくあることなのだが、生で試合観戦をしている最中に不快な思いに襲われる瞬間が度々あった。例えば、鼓膜を打つ騒音に会場中に鳴り響くアナウンス、そしてチアリーダーのパフォーマンス。スポーツの生観戦にくっついてくるこういった特徴は全般的に時とともに悪化する一方だ。

にもかかわらず、プロバスケットボールリーグのNBAは社会的地位の垣根を越えて幅広い層からファンを獲得することに成功している。下流の人間だけではなく上流の人間を呼び込むことにも成功しているのだ(ローラーゲームやプロレスなんかはこの点今ひとつうまくいっていないようだが、モータースポーツを統括するNASCARはかつてに比べると社会的地位の垣根を越えてファン層を拡大しつつある。試合を観戦する誰もがプレミア感を味わえるような会場作りの秘訣についてはこちらの興味深い記事を参照されたい)。上流の人間にしても下流の人間にしてもすっかり満足し切って会場を後にするわけではないものの、それぞれにまずまずの満足感は得られているようだ。

上流の人間はNBAの観戦に伴って試合そのものだけではなく「付属品」を味わうこともできる。「付属品」というのはビル・シモンズ(Bill Simmons)ザック・ロウ(Zach Lowe)、(ネイト・シルバー率いる)FiveThirtyEightだとかが提示するNBAにまつわる統計データとその精緻な分析(データ解析)のことだ。彼ら(バスケ版セイバーメトリクス)のおかげで上流の人間はNBAの試合を「知的で高級な」商品として観戦することができ、そのことから満足感を引き出すことができるわけだ。しかしながら、そのような「付属品」が提供される一方で試合観戦の他の面では俗悪化が進む可能性がある。それも上流の人間のバスケ離れを引き起こさずにだ。会場を彩るおどろおどろしい看板(広告看板)やハーフタイムショーは(下流の人間の好みに適う一方で)上流の人間の好みに合わなくなってきているが、会場にいながらにして「ケビン・ラブの今シーズンのPERの値はどのくらいだろう?」「ウィザーズの選手は遠目からのツーポイント(2点)シュートばかり狙っているようだが、チームの戦術としてそれはどうか?」「アトランタ・ホークスが予想外の躍進を遂げた理由は何だろうか?」なんてことをあれこれ考えて楽しんで過ごせたら試合観戦の場の一部で進む俗悪化も無視してしまえるのだ。

「意図せざる結果」の例がここにも、というわけだ。優れたスポーツライターのおかげでスポーツの試合観戦の知的さが増すのに伴って試合観戦の他の面では俗悪化が進む可能性があるのだ。


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