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タイラー・コーエン 「被告人は『経済学者』?」

●Tyler Cowen, “The World Between the Wars, 1919-1939: An Economist’s Perspective”(Marginal Revolution, February 7, 2009)


以前から不思議に思っていたのだが、ジョセフ・デービス(Joseph S. Davis)の『The World Between the Wars, 1919-1939: An Economist’s Perspective』に言及されることが滅多にないのはどうしてなのだろうか? この時期(1919年~1939年)の話題を扱ったものとしては最も優れた本の一つだというのに。本の中からほんの一部だけだが以下に引用しておこう。

1933年の春のある日のこと、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で「経済学者」を被告人とする模擬裁判が執り行われた。下院議員のロバート・ブースビー(Robert Boothby)が「国民の心情」を代弁して経済学者に非難の声を浴びせる。曰く、経済学者たちは「国民の精神に霧をかけて惑わせようと共謀」している。曰く、「経済学者の発言は難解でわかりづらい」「経済学者は間違ってばかりだ」「経済学者たちの意見が互いに一致した試しなどない」。ブースビーによる「告発」が終わると、いずれも高名な4名の人物(ウィリアム・ベヴァリッジ卿(William Beveridge)、アーサー・ソールター卿(Arthur Salter)、グレゴリー教授(T.E. Gregory)、ヒューバート・ヘンダーソン(Hubert Henderson))の間で告発内容を巡って討論が始まった。ブースビーの告発に異議を唱える声は聞こえてこない。一方で、遠回しながらもブースビーの告発に味方する発言が次々と飛び出してくる。「国民が経済学に対して抱いている不信感の多くは経済学者の役割をどう捉えるかという点と関わりがあるのでしょう。経済学者は(経済現象を説明する)生理学者としてだけ振る舞っておけばよいというわけではなく、(経済問題を解決する)医者としての役割も務めるべきだ。国民はそう考えているのでしょう」。実際のところ、経済学者は(病気に罹った経済を治す)「医者」や「ソーシャル・エンジニア」としての訓練を受けてはいなかった。そのため、「医者」や「ソーシャル・エンジニア」として適当な能力を備えている経済学者は極めて稀だったのだ。

近いうちに似たような裁判が起こされる可能性はあるだろうか?


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