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タイラー・コーエン 「認知的バイアスへの気付きが人をして認知的バイアスに陥りやすくさせる?」

●Tyler Cowen, “They have transcribed my TEDx talk on stories”(Marginal Revolution, December 22, 2011)


Ben Casnochaのブログ経由で知ったのだが、私が数年前にTEDxで行った講演(テーマは「ストーリー」)の内容が文字に起こされているようだ。その一部を以下に引用しておこう(ゴシック体による強調はCasnochaによるもの)。

まず第1の問題というのは、ストーリーはシンプルになり過ぎる傾向があるということです。ストーリーのポイントは細かい部分を削ぎ落していくことにあります。・・・(略)・・・詳細(ディテール)が削ぎ落されたシンプルなストーリーとしては、「善vs悪」(good vs. evil)のストーリー1――自分の人生に関するストーリーの場合もあれば、政治に関するストーリーの場合もあることでしょう――があります。みなさんも心当たりがあるかとは思いますが、世の中には「善vs悪」といった枠組みで捉えることが可能な物事もあるにはあります。しかしながら、私たちはあまりにも「善vs悪」のストーリーに頼りがちなのではないかと私には思えてならないのです。そこで、「善vs悪」のストーリーに過度に傾斜してしまうことを避けるための一種のヒューリスティックとして、「善vs悪」のストーリーを語るたびに自分のIQが10ポイント程度低下することになってしまうと想像してみてはいかがでしょうか。このヒューリスティックを身につけてしまえば、たやすく賢くなる方法を身につけたようなものです。本なんて読む必要はありません。「善vs悪」のストーリーを語るたびに知らず知らずのうちに脳内のどこかにあるボタンを押してしまっており、そのボタンを押してしまったがためにIQが10ポイント程度低下してしまう。そのように想像するだけでよいのです。

・・・(中略)・・・

さて、人間が抱える認知的バイアス(cognitive biases)の話題に関連して興味深いことがあります。ここ最近、認知的バイアスをテーマとした一般向けの書籍が数多く出版されているわけですが――『Nudge』(邦訳 『実践 行動経済学』)、『Sway』(邦訳 『あなたはなぜ値札にダマされるのか? 不合理な意思決定にひそむスウェイの法則』)、『Blink』(邦訳 『第1感-「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』)などなど――、この種の本が明らかにしていることというのは、簡単に言ってしまうと、私たち人間がどのようなメカニズムを通じてヘマを犯すのかということです。私たちがヘマをしてしまうメカニズムはそれこそたくさんあるわけですが、この種の本を眺めていて興味深く感じるのは、人間がヘマを犯すに至るメカニズムのうちで私にとって最も中心的で重要だと思われるものに触れている本が一冊もないということです。つまりは、私たち人間がストーリーを通じて思考しがちであり、あまりにも容易にストーリーに惹きつけられがちな傾向を持つことにどの本も目を向けていないのです。どうしてなのでしょうか? その理由はこの種の本それ自体がストーリーだからなのでしょう。この種の本を読むことで読者は自らが抱える(本の中で取り上げられている)いくつかの認知的バイアスに気付くことができるわけですが、それと同時に(本の中では取り上げられていない)他の認知的バイアスを悪化させることになってしまうかもしれません2。つまり、認知的バイアスを明らかにしている本自体が読者の認知的バイアスの一部となっている可能性があるわけです3。この種の本を購入する理由は人によって様々でしょうが、一種のお守り(talisman)のようなものとして購入するというケースもあることでしょう。「この本を買うことで『予想どおりに不合理』な状態から逃れることができる」というわけです。最悪の事態にあらかじめ精神的に備えておくために、あるいは、最悪の事態から身を守るために、最悪の事態について聞きたがる――悲観論が人気な理由もこのあたりにあるのでしょうが――というのと似ていると言えるでしょう。しかしながら、本を購入する(そして読む)ことでどうにかうまくやり過ごすことができるという発想は大いなる誤謬であるかもしれません。この度の金融危機がその証拠の一つを提供していると言えますが、最も危険な人物は金融リテラシーを学んでいた人々でした。彼らは(本などを通じて)身につけた金融リテラシーを引っ提げてマーケットに足を踏み入れ、そして最悪の間違いを犯してしまったのでした。一方で、金融危機をうまくやり過ごしたのは「その手のことについては何にも知らない」と悟っていた人々だったのです。

講演の映像はこちらをご覧あれ4

  1. 訳注;「善vs悪」といった二項対立的な図式に沿って語られるストーリー []
  2. 訳注;本の中で取り上げられている特定の認知的バイアスにばかり注意が向くようになってしまう結果として、本の中では取り上げられていないその他の認知的バイアスに対する注意が疎かになってしまうということ。 []
  3. 訳注;英語で申し訳ないが、次の記事でもこの箇所と同様の論点が取り上げられている。 ●Samuel McNerney, “The Irrationality of Irrationality: The Paradox of Popular Psychology”(Scientific American, April 27, 2012) []
  4. 訳注;拙訳で恐縮だが、この講演に興味がある向きは次のリンク先も参照していただけたら幸い(ただし全訳ではない)。 ●「ストーリーを疑う;ストーリーとうまく付き合う方法」【(その1)(その2)(その3)(その4)】 []

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