Daron Acemoglu, Leopoldo Fergusson, James Robinson, Dario Romero, Juan F. Varga, “How not to build a state: Evidence from Colombia“, (VOX, 06 October 2016)
暴力の管理・法律の執行・租税の徴収・経済活動の規制・公共サービスの提供。数多くの貧困国ではこうした領域における国家的能力の欠乏が1つの大問題になっている。本稿ではコロンビアの事例を取上げ、何よりも先ず軍事的目標を優先するものであるトップダウン式国家建設戦略の効率性の評価を試みる。この種の国家建設アプローチでは国家的能力のその他重要側面の育成に失敗する可能性が有るばかりか、発展初期段階にあるこうした能力に悪影響を及ぼしかねない。
今日多くの国で国家的能力の欠乏が1つの大問題になっている。例えば暴力の管理・法律の執行・租税の徴収・経済活動の規制・公共サービスの提供などを行う能力がここに含まれる。貧困国の多くではこうした面の不備が其処彼処にまで蔓延しているが、Fearon and Latin (2003) の主張によればこうした事態こそが内戦の根本的原因なのだという。とはいえ、その潜在的便益にも関わらず、上述の諸能力開発は尋常ならぬ難しさの様で、多くの国が恒常的にその国家的弱体性を顕にしている。
社会がこうした困難を乗り越え、首尾よく国家の強化を成し遂げるにはどの様な道筋が在り得るのだろうか? またWeber (1946) が国家の 『あれ無ければこれ無し』 たる条件と見做したところの領土内における暴力の正統的独占だが、国家は如何にしてこれを確立し得るのか? こうした目的へのアプローチとしては、先ず非国家武装アクターの消去と国家的支配の確保をめざす軍事的戦略に集中するというのが自然に思いつくだろう。『国家第一 [state first]』 または 『保安第一 [security first]』 的見解と呼ばれることもあるこのアプローチは、当然トップダウン式 (一般的に言って、社会の側からの合意や参加は存在しない) であり、ピョートル大帝やルイ14世またケマル・アタテュルクそして朴正煕といった強力な指導者による国家建築計画の歴史的な例を以て描き出されてきた (例: Huntington 1968, Fukuyama 2001, 2014)。この見解はアカデミックな領域に留まるどころか、近年のアフガニスタン・イラクに対する合衆国の侵攻にあたっての指導原理となるまでに至っており、数多の国際的開発ガイドラインの導きとなっている (Grävingholt et al. 2012, World Bank 2012)。
トップダウン式アプローチはしかし、通例一面的であり、何よりも先ず軍事的目標を優先するものである。最近の論文で我々は、こうしたアプローチが相当深刻な負の帰結を生み出しかねないことを主張している (Acemoglu et al. 2016)。それだけでなく、同アプローチでは国家的能力のその他重要側面を育成できない可能性があるばかりか、発展初期段階にあるそうした能力に悪影響を及ぼしかねないのである。
我々は、2002年におけるアルバロ・ウリベの大統領選出以降、コロンビア国内の暴力の国家的独占確立をめざして行われた取組みの帰結を研究対象とした。ウリベ大統領は古典的なトップダウン式国家建築計画の定式に則り、非国家的武装アクター、とりわけ左翼ゲリラとの闘争に焦点を合わせた。彼の 『民主的保安政策 [Democratic Security Policy]』 は次の2つの主柱で構成されている: すなわち軍隊規模の拡張、そして軍隊側の対ゲリラ戦闘へのインセンティブ増進である。Human Rights Watch (2015) の或るレポートは、2002年以後のインセンティブ導入を 「戦闘における殺人を、休暇や昇進また勲章そして訓練コースさらに上官からの称賛等々の賞与を以て褒賞するもの」(p. 29) と描写している。
図1 セメスター毎の虚偽検知数
事例数および死者数, 1988-2011
原註: 1988年の第一セメスターと2011年の第二セメスターの間の期間における虚偽検知数。事例数 [cases] は虚偽検知を生んだ出来事の総数であり、死者数 [casualities] はそうした出来事で殺害された者の総数である。何れの場合も、生の数値から算出した三セメスター移動平均を示している。
出展: Acemoglu et al. (2016), CINEPのデータに基づく。
こうした強化インセンティブの主たる帰結は 『虚偽検知数』 の急増だった。これは軍隊が民間人を殺害したうえで、こうした民間人をゲリラ戦闘部隊であるとする虚偽の描写を行った場合である。図1に示すのがこうした事例であり、虚偽検知を生んだ事件と、そうした出来事で殺害された者の数の双方を明らかにしている。虚偽検知はコロンビアではかなり前から存在していたのだが、ウリベ大統領による国家建築計画を経て大幅に増加し、その後メディアによって2008年の民間人殺害水準が公にされたことを受け政策が穏健化されるまで、この数字が減少することは無かった。図2には領土内における虚偽検知の分布が示されており、ここから同慣行は国土全体に蔓延したものであって、一部の不良軍事部隊のために生じたものではないことが明らかに読み取れる。
図2 虚偽検知数
居住者100,000人あたりの総処刑数
原註: 地方自治体単位で全サンプル期間 (2000-2010) を通して見た虚偽検知数 (100,000人あたり)
出展: Acemoglu et al (2006), CINEP (虚偽検知数) および DANE (人口) のデータに基づく
(Holmström and Milgrom 1991におけるマルチタスクフレームワークの考えに倣った) 単純な理論を用いれば、インセンティブ構造と、国家的能力のその他側面、またトップダウン式かつ一面的な国家建築計画活動から生じた意図せざる結果との関係の明晰化もやり易くなる。同理論からは我々にも検証可能な幾つかの予測が得られる。
- 一、軍人側のゲリラ殺害へのインセンティブ増強は、虚偽検知数と本物のゲリラの殺害数 (これを 『真正検知』 と呼んでいる) 双方に繋がるエージェント活動の増加をもたらす。
- 二、この効果は、キャリアへの関心がより強いものである大佐階級 [colonels] が率いる隊ではより顕著になる (大佐から大将 [general] への昇格は大半の軍隊において難しくなっており、コロンビアも例に漏れない)。
- 三、地方司法機関のもつ、軍事部隊およびその司令官らの取調べ、並びに答責可能性の維持に係る権限が弱い地方自治体ほど、虚偽検知への影響は顕著になる。極めて重要な点だが、司法機関の弱さは虚偽検知数に影響するが、真正検知数には必ずしも影響しない。
さて、一番最後の非対称性も含み、以上の予測は我々のデータとも整合的であることが分かった。これら発見は国家建築における一面的アプローチの負の帰結を浮き彫りにしている。機関化の遅れた地区において真正検知および虚偽検知の数に非対称的な反応が見られる事からも、今回記録された事態は真正のゲリラに対する攻撃の過程で生じた不可避の付随的損害で片付くものではなく、民間人を殺害したうえでこれをゲリラ戦闘員であったと装うよう方向付けられた軍事部隊による、組織ぐるみの行動であったのだという我々の解釈は裏付けを得ている。
この点はさらに、近年増えてきた、司法部またメディアによる調査からの事例研究的実証データとも軌を一にしている。国連特別報告官のフィリップ・オールストンは 「結果を見せよ」 という圧力とそれに応ずる行為に対する褒賞が虚偽検知の一因であると、専門家から – 軍内部の専門家からも – 指摘されているとの見識を述べているが、同氏に対し或る兵士が、自らの所属する隊が殺害行為1件を遂行した場合15日間の休暇以て褒賞されていたというその実態を説明している: 「大事な祝日が近づけば兵士達はなんとか休暇を 『稼いでおこう』 としたものです、と彼は述べたのだった」(Alston 2010, p. 11)。別の兵士で、2007年から2008年の間に優に25件もの虚偽検知事件の発生を目撃した者がいるが、同人物は2005年政府指令第29号 [government Directive 29 of 2005] を引きつつ、同指令が殺害行為または軍需資材に対し約束している金銭的褒賞を請求するために、軍人員は民間人を殺害したうえで彼らに武器を 『植え付け』 ていたと述べている。
我々の提示する実証データはさらに、コロンビアが採用したトップダウン式国家建築戦略は単に人類の悲劇をもたらすばかりか、それが意図する目的との関連でも逆効果となる可能性が在ることを示している。ここで今一度、ゲリラ殺害への強いインセンティブに直面した国家エージェントを想像されたい。司法機関の水準が劣るほど、民間人殺害しておきながら事無きを得るのも容易になると考えられるが、そうした状況下では国家エージェント側で地方司法機構の弱体化を図る行動を起こす場合も考え得る。事実、経験的実証データは大佐階級が指揮する部隊が高い割合を占める地区で司法機関の水準に悪影響が出ていること、またこちらはさらに逆説的だが、こうした地区では保安水準も悪化している (民間人に対する、ゲリラによる攻撃と準軍事部隊による攻撃の双方が増加している) ことを指し示している。
コロンビアにおけるトップダウン式の、一面的国家建築計画は、したがってそれが達成しようと掲げている目的との関連でさえ反生産的なのだ。同計画はその進行過程で国家的能力におけるその他の側面を弱体化させただけでなく、恐らくは国家の正統性と自らに対する承認から生ずる力を台無しにしてしまったのであるが、こうした承認の力こそ実は国家的能力の中心を占めるものかもしれないのだ (その理論的考察についてはAcemoglu 2005、コロンビアの事例についてはIsacson 2012を参照)。今回の分析から得られる主要な教訓は、たとえ暴力の正統的独占の達成を目指す場合であっても、国家の多様な側面における諸機関を同時的に築き上げる取組みが決定的に重要であり、また問責可能性の欠けたまま、そして司法府といった国家機関が脆弱な時節に採用された強化インセンティブは、極めて捻くれた振舞いを見せ得ることである。
同様に捻くれた意図せざる結果の発生を予感させるトップダウン式の一面的国家建築活動には、他にも数多くの例が在る。例えばペルーとグアテマラでは、紛争後の真実和解委員会によって民間人殺害の拡大が記録されている。同委員会の報告によれば、ペルーでのこうした殺人は、トップダウン式の保安第一論理がその誘因となっているという: 「軍事的アプローチに特権を付与することで、対反乱分子戦略における主要目標の1つとして武装蜂起の人員・同調者・協力者の抹消が挙げられ、権限の有る司法当局の下で裁判を受けさせるためにこうした人物を捕縛するという目標すらも措いて優先された」(Comisión de la Verdad y la Reconciliación 2003, p. 146)。グアテマラの同委員会も我々の研究と似た結論に至っており、次の様に論述する:
「軍事化が刑事免責の支柱と化したのだ。軍事化はさらに、広い意味で国家機関を弱体化させることでそうした機関が効率的に機能するための能力を損なわせ、結局それが正統性を喪失する一端を担った」(Comisión para el Esclarecimiento Histórico 1999, p. 28).
同論述の結びは次の様になっている: 「司法制度は、そもそも本国における多くの地区では武装扮装が起こる前にも不在だったのだが、司法部門がこの支配的な国家保安モデルからの要求に屈服してからはなお一層弱体化が進んだ」(p. 36)。
こうした問題はラテンアメリカの外でも無関係ではない。国家が喪失していた暴力の独占をトップダウン式に再創出しようというソマリア・アフガニスタン・イラクにおける試みはみな、ここ数十年のあいだに裏目に出たように思える。我々の一般的アプローチの視点から展望するのなら、この様な事態が生じた一因として、そうした試みが保安軍に対し反抗者や反乱分子との戦闘に向けた強力なインセンティブを創出しようとしながらも、関連機関や地域住民からの支持を築き上げる為の努力の多くを欠くものだったためだとも言い得よう。
ここでアンナ・カレーニナの冒頭を飾るトルストイの有名な一文がふと思い浮かぶ: 「幸福な家庭はみな似ている; しかし不幸な家庭には全てそれぞれの不幸がある」。上手に事を運ぶため数多くの要素が手を携えて進む必要がある時には、失敗は多種多様な形で生じ得る。国家建築というのは – ちょうど関係構築と同じ様に – そもそもそう容易いものではない。それを成功させようと思うなら、人は実に数多くの側面と取組んでゆかなければならない、この1点だけは明らかなようだ。
参考文献
Acemoglu, D (2005) “Politics And Economics In Weak And Strong States,” Journal of Monetary Economics, 52(7), 1199-1226.
Acemoglu, D, L Fergusson, J A Robinson, D Romero and J F Vargas (2016) “The Perils of Top-Down Statebuilding: Evidence from Colombia’s ‘False Positives’,” NBER Working Paper No. 22617.
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Holmström, B and P Milgrom (1991) “Multitask Principal-Agent Analyses: Incentive Contracts, Asset Ownership, and Job Design,” Journal of Law, Economics and Organization, 7(0), 24-52.
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