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デビッド・ベックワース 「アベノミクスの経過報告」(2017年11月27日)

●David Beckworth, “Abenomics Update”(Macro Musings Blog, November 27, 2017)


「アベノミクス」――日本で継続中の金融政策の大実験――のこれまでを早足で振り返っておこう。

先月(2017年10月)行われた非常に重要な衆議院選挙で安倍晋三首相率いる自民党が勝利を収め安倍政権の続行が決まった。ということはつまり、日本銀行は2%のインフレ目標の達成に向けてこれまで同様にマネタリーベースの拡大を続けるとともに10年物国債利回りを0%程度に誘導するイールドカーブ・コントロールを継続する見込みが高いということになる。

私は当初こそアベノミクスのファンだったが、次第に少しばかり懐疑的になってきている。アベノミクスは成果を上げている最中だし、アベノミクスの継続が決まって喜ばしい。そう語る論者もいる。ノア・スミスが代表例だが、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の記者であるマイク・バード(Mike Bird)もアベノミクスのファンの一人のようだ。日本銀行の政策のおかげで日本経済の実物サイドは順調だ。アベノミクスのファンの間からはそのことを示す筋の通った議論が聞こえてくる。

その通りかもしれない。しかし、日本経済の(物価や名目GDPといった)名目サイドはどうなっているだろうか? 結局のところ大事なのは(実質GDPや雇用情勢といった)実物サイドだというのはその通りだが、中央銀行が直接影響を及ぼせるのは経済の名目サイドに限られる。中央銀行の政策が実物サイドに対して何らかの影響を及ぼすとすれば、それはあくまでも名目サイドに対する影響の副産物としてに過ぎない。それに加えて指摘しておくべきことがある。累積する公的債務の実質的な負担を和らげるためにも経済の名目サイドの急拡大(インフレ率や名目GDP成長率の上昇)は欠かせないのだ。

というわけで、日本経済の名目サイドはどんな感じだろうか? 悪くはないが、素晴らしい(グレート)とまでは言えない。そういう評価になるだろう。インフレ率はゼロ%を上回ってはいるが、インフレ目標値である2%には程遠い。2014年の消費税率引き上げの直接的な影響を取り除いたコアインフレ率でもそれは変わらない。以下のグラフをご覧いただきたい。このグラフは日本銀行が公表している資料(pdf)の中から拝借したものだが、コアCPI(およびコアコアCPI)の推移が跡付けられている。

名目GDP――名目的な総需要の水準を測った指標――はどんな具合だろうか? 第一弾の量的緩和期(2001年~2006年)よりもアベノミクス期の方が名目GDPの勢いはいいようだ。

確かに前進ではある。しかしながら、一歩下がってもう少し長いスパンで眺めてみると、このところの名目GDPの快調な伸びも色褪せて見えることになる。アベノミクスのこれまでの成果は名目GDPの水準を(1990年代以降の趨勢である)ゼロ%成長経路の上に引き戻したというに過ぎず、名目GDP成長率は1990年代以前までの趨勢を依然として大きく下回ったままなのだ。この事実は公的債務の負担についも重要な意味合いを備えているだけではなく、実質GDPの成長余地はまだ残されている可能性を示唆することにもなる。

アベノミクスが「会心の一撃」を繰り出せずにいるのはなぜなのだろうか? 経済学的な答えと政治的な答えの二通りの答えが考え得る。経済学的な答えはテクニカルな問題が絡むものであり、そのポイントは図示することが可能だ。以下のグラフがそれだ。このグラフではマネタリーベース全体の伸び(黒色の折れ線)に加えて、マネタリーベースのうちで将来的に売りオペを通じて市中から回収される見込みが薄い「永続的な(恒久的な)マネタリーベース」の伸び(赤色の折れ線)が跡付けられている(「永続的なマネタリーベース」は市中に流通しているお札と硬貨の合計残高で近似したものである。マネタリーベースの伸びの長期的な趨勢は市中に流通するお札と硬貨の量によって方向付けられる傾向にある)。

マネタリーベースのうちで将来も回収されないままでいる部分、すなわち「永続的なマネタリーベース」がこの先どのような軌跡を辿るか? その点に関する予想が将来における物価水準の行方に関する予想を規定し、そこから現時点のインフレへと影響が及ぶことになる。アベノミクスを通じてマネタリーベースは大きく膨らんだものの、将来的にどこかの時点で膨張したマネタリーベースが回収(縮小)されることになるのではないか? そのように大方の人々に予想されるようだと、どれだけ勢いよくマネタリーベースが拡大しようとも現時点の物価水準には大した効果は及ばないだろう。上のグラフで跡付けられている「永続的なマネタリーベース」の動きは将来的にマネタリーベースが回収されることになる(マネタリーベースの拡大は一時的なものに過ぎない)可能性を示唆しているのだ(マネタリーベースの「永続的な」拡大と「一時的な」拡大との区別は極めて大事なポイントだが、そのあたりの理由も含めて詳細は近々学術誌(Journal of Macroeconomics誌)に掲載予定の拙論文を参照されたい)。

市場筋の間では「日本銀行は第一弾の量的緩和の時と同じことを繰り返す――膨張したマネタリーベースの縮小に乗り出す――に違いない」と予想されている。そうとも言えるだろう。マイケル・ウッドフォードは2012年に開催されたジャクソンホール・シンポジウムの席上で2001~2006年のエピソード(日銀による第一弾の量的緩和)について次のようにコメント(pdf)している。

〔量的緩和の解除が宣言されるとマネタリーベースはたちまち縮小に向かい〕日本のマネタリーベースは量的緩和が開始される前までの趨勢にほぼ沿うような軌跡を辿ることになったのであった。日銀が量的緩和に乗り出したにもかかわらず、マネタリーベースはこれまでの趨勢に沿って増えていくに違いないとの予想にこだわり続けた市場筋がいたとしたらその予想はそこまで大きく外れずに済んだことだろう。(p. 241)

日銀による第一弾の量的緩和の経験は「Krugman(1998)Eggertson&Woodford (2003) の中で提示されている『無関連命題』が当てはまる政策の実例の候補に限りなく近い」。ウッドフォードはそうも指摘している。(アベノミクスが「会心の一撃」を繰り出せずにいる)経済学的な答えはこんなところだが、これは同時に私がアベノミクスに懐疑的になりつつある理由でもある。

最後に(アベノミクスが「会心の一撃」を繰り出せずにいる)政治的な答えに話を転じるとしよう。日本銀行によるマネタリーベースの拡大は一時的なものに終わり、それゆえインフレ率もそこまで上がりはしない見込みが高い。それはなぜか? 政治的な障害が立ち塞がっているからだというのが私の考えだ。日本では高齢化が進んでおり、定額収入で暮らしを立てている高齢者が多くなっている。さらには国債の大半は国内で消化されており、国債の利息に頼っている層も多い。そんな彼らにとってはインフレ率が高まれば打撃を被ることになる。(「そうさせてなるものか」と)激しい抵抗の声が上がることだろう。名目GDP(名目的な総需要)の堅調な成長を妨げている原因を突き詰めていくとそのような政治的な障害の存在に行き着くのではないか。そう思われるのだ。


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